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このパートには残酷・性的な表現が含まれます。
於仁丸が雨宮家を辞した頃、篝は必死で山中を駈けていた。
追っ手はふたりの侍である。このふたりは素破の心得があるらしく、木々の小枝や悪い足場をものともせず、時に樹上を跳ぶ篝を見失うことなく追いすがってきた。
今朝目覚めたときは、今日がこんな日になるとは思いもしていなかった。
屋敷へ出向いた於仁丸を迎えに行こうかと考えたのも、ほんの思いつきだ。
昼過ぎにこっそりと村を出た。大きな滝が山の中腹にあり、村に戻るにはこの前を必ず通る。
その辺りで待っていようと考えたのだが、これまであまり村から出たことがなかったのが篝の不幸であった。
どうやら道を違えたらしい……さんざん迷った挙げ句細い山道へ出た篝は少し焦っていて、近づく者に気づいたときは、相手にもすでに見咎められていた。
「何者や?そこで何をしておる!」
馬上に三人の侍である。ひとりの主とふたりの従者と見て取れた。狩りにでも来たらしく、いずれも射籠手をつけ、弓を携えていた。
「この山奥に女がひとりで何の用や」
「近隣に住む百姓です……あの、山菜を採りに参って……道に迷うてしもうたのです……」
「近隣?どこの村や、いうてみよ」
篝は答えに詰まった。何故だか黒髪村の名を口にしてはいけない気がした。
「ふうむ……」
侍達が篝を睨めつけた。
まだ幼いが、百姓とはとうてい思えぬ垢抜けた美しさである。身につけたものも粗末ではあったがすっきりと清潔で、垢じみたところがまるでない。
それがこのような山中にぽつんとひとりでいることが、ますますもって奇異であった。
侍達の、着物を剥いで舐め上げるような不快な視線に篝が耐えきれなくなった頃、主らしき若い侍がいった。
「いえんのか。おまえは山菜を採りに来たというたが、見たところ籠も鎌も持っておらんようやな」
ふたりが下馬し、篝に近づいて来た。
「…………」
嫌な汗が脇を伝った。四肢が緊張し、神経が研ぎ澄まされて来るのがわかる。
「あやしい女や、捕らえよ!」
ふたりが手を伸ばすのと、篝が飛びすさり木立の中へ逃げ込むのがほぼ同時であった。
それからずっと追われている。
水の音がしていたが、篝の耳に入るのは己れの激しい息づかいのみであった。
侍が矢をつがえ、撃った。いくつかはかわし、いくつかは木々にはね返された。だがとうとう一矢が篝のふくらはぎを射抜いた。
「あっ……!」
膝が折れ、つんのめる。そこは小さな崖になっていて、篝はすぐ下へと落ちた。
水かさのある時には川底になっているはずの、荒々しい石が転がったわずかな河原である。
「ようも逃げ回ってくれたな……女童めが、我らから逃げおおせられると思うたか」
ひとりが残忍に笑いながら近寄って来た。主を呼びに戻りでもしたものか、もうひとりの姿はなかった。
「うちはただ……恐ろしゅうて……逃げた……だけです……なんで……」
痛みと苦しい呼吸で、言葉もろくに出て来ない。
「ぬかせ、先ほどの身のこなしといい、きさまただの百姓ではなかろうが」
あの時大人しく捕らえらておけば良かったのか……だが篝には、そうしたところでかかる結果にさほどの違いがあったとも思えなかった。形勢は絶対的に最悪であり、この場を切り抜けようとするなら奇跡を待つ以外にはないこともわかっている。
……於仁丸……!
溢れそうになる涙をこらえ、篝は唇を噛みしめた。それから隙を見、袂に隠し持った棒手裏剣を撃った。
抵抗してもしなくても、どのみち命運は決まっているのだ。
「うおっ!」
不意を突かれ、侍はのけぞった。
だがわずかに切っ先がそれた。手裏剣が篝の手を離れる間際、飛んできた矢がその手を射たからだ。
右手を砕かれ、弾かれたように篝はまた倒れた。
「たかが女童ひとりを相手に、何を手こずっておるのや」
「こやつ……!」
あわや手裏剣を突き立てられるところであった侍は憎々しげにそう吐き捨てると、自ら弓を取って篝のもう一方の腕を射た。
「うあ……っ」
うめき声が上がる。侍は倒れた篝に近づくと、間近から両膝にも矢を射込んだ。
噛みしめた唇から悲鳴が漏れた。
「うぬ、何者や」
近づいて来た若侍がいった。
「答えい。どこぞかの刺客か、それとも山に住む狐狸か妖か……」
「…………」
篝は答えない。
どうやら暗殺をおそれている身分のある侍らしかったが、これが何者であっても、篝にはすでに意味のないことであった。
「よい。うぬの体に聞いてやるわ。これから、じっくりとな」
若侍は笑みに残酷な愉悦を浮かべていった。
「美しい娘が血みどろで泣き叫び命乞いをするのは、さぞかし堪えられぬ眺めであろうよ」
河原では今まさに、酸鼻な光景が繰り広げられようとしていた。
手足を射抜かれて倒れている美しい少女を、狩り装束の侍が三人、薄笑いを浮かべて見下ろしている。
侍が刀を抜いた。
「まずはその手足、切り落としてくれる……先のようなふざけた真似がでけんようにな」
まず右腕を切り飛ばす。
少女の体は跳ね上がり、胸が大きく喘ぐ。苦しげに呻いたが、悲鳴はあげなかった。
侍は血に濡れた刀先を少女の鼻先に突きつけた。
「どうや、痛かろう。命乞いはせんのか?」
少女は顔を背けた。その表情はきつく歪んでいる。美貌が凄惨さに拍車をかけていた。
侍は次に左腕を、そして右足、左足と切り飛ばしたが、顔を見合わせて不満げな、面妖な表情をした。期待していた血を吐くような絶叫が、ついに上がらなかったからだ。
足元に転がった、今は手も足もない芋虫のごとき姿へとなり果てた少女、篝は痛みに喘ぎ、身をよじっていた。
血と涙と脂汗にまみれた美貌とそれに不釣り合いな体躯が無様に蠢くさまが、白けかけた侍達の嗜虐心を再び煽った。
ひとりが手荒に篝の帯を解く。
「こやつ」
そういいながら他のふたりに示したのは苦無であった。
村の者なら誰でも携行している。武具としてはもちろんのこと、本来は工具であり、持っていれば何かと重宝するからだ。
しかしこの時はこれが裏目に出た。
「やはりどこぞかの素破か……それにしては大分にお粗末やったな。見目良い女を差し向ければ、やに下がって油断するとでも思うたか……
わしも舐められたもんやの」
若侍は口の端を歪めてそういうと、呻吟する篝を覗き込んだ。
「いえ、どこの手の者や。素直に吐けば、血止めをしてやろう。今ならまだ助かるやも知れんぞ」
侍が着物を剥ぐ。血には汚れているがしみひとつない、内側から照り映えるような肌が露わになり、若侍は目を細めた。
「うぬのような年端もいかぬ半端者を使い捨てる主など見限ってしまえ。わしがうぬを飼うてやる……見目良い地虫女など、滅多には手に入らぬ代物やろうからな」
そういって耳障りな声を立てて笑ったが、篝はもう荒い呼吸が喉を鳴らすだけで、何の言葉も発しようとはしなかった。
篝の様子に若侍は身を離すと、あとのふたりにいった。
「滑稽な姿やがどうやら上物や、息が絶える前に味おうてみたらどうや」
ふたりの陽物はすでに猛りきっており、渡りに船とばかりに着物を脱いだ。血で汚れるのを憚ったためだ。
ひとりが篝の腿を割り裂き、禍々しい肉塊を篝の幼い秘所に突き立てた。
「……!」
篝は歯を食いしばった。痛みよりも恥辱よりも、何よりも於仁丸が手中の珠のように慈しんだこの身を、薄汚いもので浅ましく穢されることが耐え難かった。
於仁丸が知ったらどれほど怒り、苦しむだろうか。
いまや篝の胸にあるのは、ただひとつ於仁丸の面影のみであった。
於仁丸、ごめん……
於仁丸──
「これはたまらん……年端もいかぬくせに女はほんまにわからんの……」
荒々しく揺さぶられ、血がまた噴き出した。
「おいおい……わしの番が廻ってこんうちにこの女、死ぬのやないか?」
「そう思うならおぬしも愉しめば良かろう。女の穴はひとつやなかろうが」
そういいながら、軽々と篝を持ち上げる。もうひとりは篝の血をまぶしつけ、無理矢理後門に押し入れてきた。
篝は己れの身が裂ける音を聞いた。
「なにがひとつやなかろう、や。ひとつになってもたやないか」
いわれた侍は下卑た笑いを漏らしながら、手を伸ばし先刻放り投げた苦無を拾い上げると、篝の薄い胸に浅く突き立て一文字に引いた。
「……っ」
篝が大きく息を呑んだ。ぐったりしていた体がわななく。
「これはええ。ぎゅうぎゅう締めつけてきよるわ」
侍はげらげらと声を上げて笑った。
うちは……死ぬのか……
篝は濁った意識の中で思った。
いやや、死にとうない……!
うちは死なへん
絶対──うちは──
「たまらんな……まったく女は死にかけが一番味がええ」
ほどなく侍達は果て、うち捨てられた篝に今度は若侍が近づいた。
篝はすでに虫の息である。全身は蒼白で、体中の血があらかた流れ出してしまったことが見て取れた。
「ほんまに女はしぶといの……まだ生きておるのか」
そういいながらしゃがみ込む。
「うぬは何や……なんで悲鳴のひとつもあげん?」
篝はやはり答えない。尤も答える意志があったとしても、すでに言葉を発せられる状態ではないことは若侍にもわかっていた。
「誰に義理立てしとるのや。哀れなやつ……うぬが死を賭けて庇ったとて、誰も助けにはこんぞ」
「…………」
篝の耳には若侍の言葉など入ってはいなかった。
途切れそうになる意識を懸命に支えながら、ただひとつことだけを念じていた。
うちは死なへん……
うちは……絶対……
うちが死んだら……於仁丸が……
若侍はおもむろに小柄を引き抜くと、篝の腹に突き立てた。げぶ……っ、と喉を鳴らし、血の塊が篝の口から吐き出される。
若侍はそのまま腹を裂くと、そこに左手を突っ込みかき回した。
臓腑の痙攣と熱さを愉しむつもりだったが、期待したものはそこにはもうなかった。
……どれだけ……悲しむか……
於仁丸が……うちが死んだら……
そやからうちは……絶対……
「ふん……」と若侍は鼻を鳴らした。
「なるほど、うぬは確かに刺客ではなさそうや。これだけ血を流し、臓腑を引きずりだされてなお死なんところをみると、どうやら妖の類やな」
於仁丸……
於仁丸……
於仁丸……
「しかし妖がどれほどしぶといものであっても、首を落とされては命もあるまい」
若侍が立ち上がり大刀を引き抜く。
於仁丸……
おにまる──
刀が高く上がり、そして振り下ろされた。