序
里山を深く分け入った森の木々の梢を、四つの影が疾風のように駆け抜けていく。
否、ひとつの影がほかの三つに追われているのだ。
追われている影は他のそれに比べると小さいが、それでも猿よりは大きい。果たしてそれは、ひとの影であった。
野良着姿の少年と、それを追う忍装束の男三人──
なぜ、こんなことに……なぜわしが追われるのや……
少年は混乱した頭で考え続けていた。その間にも足は幹を蹴り腕は枝を捉え、ひととも思えぬ身のこなしで木間を移動している。
己れになぜこんなことが出来るのかさえ理解できない。
わしはただの、百姓や……それやのに……
何より理解できなかったのは、いつの間にか両手の指に嵌っていた「指貫」だ。
それを手渡されたとき、お守りかまじないの類だと思った。懐に入れていたはずが、こうなった後に気がつけば両手にあった。そればかりか……
男の手から手裏剣が放たれる。振り向きもせず少年の腕が大きく動いたかと思うと、手裏剣は少年に触れることもなく男達をめがけて跳ね返されてきた。
「あやつ」
ひとりが小さくごちた。
「わしらを謀りよったか」
「そうではあるまい」と、もうひとりが答える。
「体が勝手に、覚え込んだ動きをなぞっとるだけや……あれの記憶が戻っとるなら、こんなもんでは済まんぞ」
四つの影は絡みあいながら、ムササビの如き速さで森の奥へと姿を消した。