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花より団子屋のお兄さん

作者: 紅真

 四方を桜の木で囲まれた柳田公園は、お花見スポットとして、この辺りで有名である。桜の満開の季節になると、多くの人々で賑わうのだ。まるで、桜を花火に見立てた花火大会である。

 毎年、私も家族と訪れるのだが、今年は病室の窓からのお花見になる。ちょうど、この病室からは柳田公園を一望できるのだ。


 コンッコンッコンッ

 ノック音の後に、ゆっくりとドアがスライドする。

「体調はどう? 柚希ちゃん」

「はい元気です。いつもお見舞ありがとうございます。」

 智也先輩が、手を後ろに組みながら病室に入ってきた。

 智也先輩は、私の二個上の先輩で、近所の団子屋さんの息子さんだ。私は小さい頃から、その団子屋さんに通っていて、とても仲良しなのである。

「もうすっかり、花見の季節だね」

「そうですね。私も公園でお花見したかったです」

「それはもっと元気になってからね。でも、ここから見るのも、綺麗じゃないか」

「そうなんですけどね、ここじゃあ匂いとか感じませんし」

「フッフッフ。そう言うと思って......」

 智也先輩は、ニヤニヤしながら手を前に回した。

「じゃーん。春の新作お団子、桜薫る桜団子」

「えっすごい。桜がのってる」

 白い団子に桜シロップと桜の花びらがのった、可愛らしい団子。

 私はベッドから体を乗り出して驚いた。

「柚希ちゃんのために、特別に作ったんだ。喜んでくれたかな」

「はい。大喜びです。感激です。智也先輩、本当に大好きです。」

「それはよかった。作った甲斐があったよ」

 お団子を受け取り、そして智也先輩の手を握った。智也先輩と目が合い見つめあった。

 智也先輩が何か言いかけた時、またドアがノックされる音が聞こえた。

「ちょっと二人とも、付き合ってるからって、

 ドア開けっ放しでイチャイチャするのは、止めていただけますか。ここは病院ですよ。」

 看護師の鈴木さんが、嫌みのように私たちに言ってきた。私と智也先輩は直ぐに手を離し、照れぐさい気持ちを隠すために、二人でそっぽを向いた。

「すみません。僕は用が済んだので、もう帰りますね。柚希ちゃんまた来るね」

「はい、今日はありがとうございました」

 智也先輩は、さっさと身支度を済ませて病室を後にしてしまった。

「もう。鈴木さん! せっかく良いムードだったのに」

「あら、ごめんなさいね。でも正直危ない所だったでしょ」

「まぁ、そうですけど。」

 鈴木さんは、智也先輩が行ったのを確認すると、私の方に近づき彼からもらった団子を受けとる。

「いつも、すみません。あとはよろしくお願いします。」

「いいのよ。お団子美味しいし。じゃっまた検査のときね」

 そう言うと、手をふりながらドアを閉めて行ってしまった。

 実は私は糖尿病という病気で、体の中のインスリンという物質が足りないせいで、糖質を摂取し過ぎてはいけないらしい。

 智也先輩には、本当の事を言っていない。鈴木さんに協力してもらって、肝臓の病気と伝えてある。

 鈴木さんは、智也先輩がお見舞で持ってきてくれるお団子を、私の代わりに食べてくれるのだ。それでもやっぱし、さっきのお団子食べたかったな。私のために作ってきてくれるのに。

 もう手元にないお団子に思い更けていると、またまた、ドアがノックされる音がする。今日はお客さんが多いな。

「入るぞ柚希」

 入ってきたのはお父さんだった。

「どうしたの? お父さん」

「お前の着替えを持ってきたんだ。あとさっき、団子屋の息子を見かけたぞ」

「うん......お見舞に来てくれたの」

「もうあいつと会うのは止めろと言っただろ」

「私が智也先輩と会ってても、お父さんには関係ないでしょ」

「お前な、何回言わせれば気がすむ。あいつのせいでお前は糖尿病に」

「うるさい! 私の彼氏を悪く言わないで」

 私はつい、大きな声でお父さんに怒鳴ってしまった。

「静かにしなさい、他の患者さんの迷惑だろ」

「だって、智也先輩は悪くないの。私が......私が勝手に行ってただけなの」

 私は、顔を伏せたまま静かに、それでも強く言った。手のひらを固く握りしめ、お父さんの次の言葉を待った。

「柚希、お父さんはな、お前のために言ってるんだ。それだけはわかってくれ」

 そう言うと、荷物の入った鞄を棚の上におき、そのままゆっくり出ていった。

 私が入院したのは二ヶ月前、智也先輩のいるお団子屋さんで意識失い倒れた日からだ。

 私は三年前から、毎日のようにお団子屋さんに通っていた。お団子が食べたいというよりは、智也先輩に会いたくて。そして半年前、私から告白して、ついに付き合うこととなったのだ。それから私は、智也先輩の新作団子の試食を手伝うようになった。

 私は智也先輩の役に立つことが嬉しかった。だけど、それが原因で糖尿病になってしまった。

 お父さんの言いたいことはわかる。でも、私は智也先輩に嘘をついてでも、彼を手放したくなかった。彼の彼女でいたかった。それが正しい選択かわからないけれど。


 暫くしてから、鈴木さんが検査のためにやってきた。

「柚希ちゃん、お団子美味しかったわよ。桜ってあんな味するのね。彼氏さん凄いわ」

「そうですか、美味しかったですか」

 採血の準備をしながら、鈴木さんは満足そうに言った。なんだか、自分が誉められたようで嬉しい。

「鈴木さん......やっぱり本当のこと言った方がいいですかね」

「そうね。大人としていうと、言った方がいいと思ってる。でも女としていえば、彼氏のことを思って言わないのもありかな。はい、少しチクッてしますよ」

「そんな、結局どうしろっていうです。」

「そんなのわからないわ。でも、嘘っていうのはいつかバレるものよ。よしっと、採血した所は血が止まるまで少し押さえてて」

「大人の鈴木さんがわからないなら、私にわかるはずかない」

「おバカね。恋愛に大人も子供も関係ないのよ」

 少し得意気に鈴木さんは言った。何よ彼氏もいないくせにっと思ったが、口にはしなかった。

 去り際に鈴木さんが

「明日、私じゃない看護師があなたの面倒みるから、お団子には気を付けなさいね」

 そう言うと、台車をガタガタ言わせて出ていった。


 翌日。今日はなんだか気だるい。

 元気が良かったら、柳田公園でお花見できたかもしれないのに。

 柳田公園は今日も大変賑やかだ。

 ドアがノックされて、看護師さんが入ってきた。

「初めまして柚希さん。看護師の宮西です。お食事お持ちしましたよ」

「はい。よろしくお願いします」

 糖尿病生活の食事は美味しくない。味がほとんどしないのだ。だけど、食べないわけにはいかない、栄養が足りなくなってしまう。私は渋々味のない塊を口に運ぶ。

「今日は少し血糖値が高いですね。苦しくなったら、すぐ呼んでくださいね」

「わかりました」

 食事をしたら眠くなる。これも糖尿病の症状らしい。私は少し眠りに着いた。


 なんだか苦しい。苦しさのあまり私は目覚めた。薬を打たないと。私はナースコールを押した。

 するとすぐに、ドアが開いた。しかし、入ってきたのは看護師さんではなく智也先輩だった。

 なんて運の悪いタイミング。そして続いて、宮西さんが現れた。

「すみません。通してください」

 宮西さんが、智也先輩を押し退けて病室に入る。そしてすぐさま、私に薬を打った。

「看護師さん、柚希ちゃんは大丈夫ですか?」

「えぇ、薬を打ったからすぐに安定すると思います」

「そうですか」

 智也先輩の安堵の声が聞こえる。私が智也先輩に話しかけようとした瞬間、室内に大きな破裂音のような音が響いた。

「何ですか! 急に顔を叩いてきて」

「その手に持ってるのは何!」

「お見舞のお団子ですが。それがどうかしたんですか!」

「ふざけないで! なんで糖尿病の子にお団子なんか持ってくるの、あなたは柚希さんを殺す気ですか!」

「え?」

 智也先輩は呆然とその場で立ち尽くしている。

 私が何か言わなきゃ。早く何か......。

 意識だんだんと薄らいでいく。私は何も言えず、そのまま眠りに落ちた。


 ゆっくりと瞼をあげる。私の前には智也先輩が座っていた。

「目が覚めたかい。柚希ちゃんのこと、鈴木さんっていう看護師から聞いたよ。最初は叩かれて意味わからなかったけど、僕はとても酷いことをし続けてしまったんだね。本当に申し訳なかった。」

「智也先輩は悪くないですよ。私が勝手に手伝って、勝手に病気になって、そして勝手に大事な人に嘘をついた」

「彼女の嘘を見破れないなんて、彼氏失格だ」

「私、嘘つくの上手なんです」

「一歩間違えれば、取り返しのつかないことに、いやもう取り返しのつかないことになってる。」

「大丈夫ですよ。生活に気をつけていれば、そう簡単に死にませんって、心配しすぎです」

「柚希ちゃんの親御さんにどう謝ればいい。

 僕は......僕は柚希ちゃんの」

「これ以上は何も言わないで!」

 私は両手で顔を隠しながら、自分にも言い聞かせるように言った。次の彼の言葉が何なのか、なんとなく予想できた。

「これ以上......私を悲しませないで......」

 掛け布団のシーツが濡れていく。

「わかった。今日はこれで帰るよ。じゃあね」

 最後のじゃあねという言葉が、頭の中で何回も繰り返し流れる。ドアの閉まる音が、病室の中で静かに消えた。



「鈴木さん、私、智也先輩に嫌われちゃったのかな」

「さぁね。どうかな」

「前まで毎日のように来てくれたのに。智也先輩にとって、私はもう彼女じゃないのかな」

「どうだろね」

「鈴木さん、私は」

「柚希、恋にはね、時には待つってことも大事なことよ」

「鈴木さん、彼氏いないじゃないですか。なんでそんなこと知ってるんですか?」

「失礼ね。昔はいたわよ」

 あの日から、二週間が経とうとしていた。

 桜は完全に散ってしまい、緑の葉がつき始めている。

 今日の検査が終わり、鈴木さんが病室を出ようとしたとき、誰かの走る音が聞こえた。

「ほら、お待ちかねの人がやって来ましたよ」

「ん? 何て言いました?」

 鈴木さんの方を振り向くと、そこには智也先輩がいた。

「遅くなってごめんね」

「えっ? なんで智也先輩が?」

「なんでって、お見舞に来たんだよ」

 そう言うと、私に紙袋を手渡した。中にはお団子が入っていた。

「これって?」

「糖尿病の人でも食べれるお団子だ。糖質を最小限に、甘味料はいっさい使ってないよ。量も一気に食べないように少なめで」

「これを私のために?」

「そうだよ。君のために特別に作った。また君に食べてもらえるように。でもそのせいで二週間も経っちゃったよ」

「智也先輩......」

「僕は決めたよ。君のために、これから糖尿病についてもっと勉強する。そして糖尿病の人でも食べれるお団子を作り続ける。」

 智也先輩は私の手を両手で強く握って、私の目を鋭い視線で見つめてくる。額には汗が。店からここまで走ってきたに違いない。

「それで、元気になったら一緒にお花見をしよう。僕の作ったお団子でお花見をするんだ」

「はい。楽しみに待ってます」

 自然と言葉が出た。今まで悩んでいたことが嘘みたい。彼の熱い思いが、両手から痛いほど伝わってくる。

「あと、柚希ちゃんのお父さんの方には、僕から責任をとりますって伝えておくから。」

「へぇ? 本当に!」

「うん、本当」

 私は彼から目を離し、鈴木さんを見た。

 彼女も目を大きくして驚いている。

「ちょっと二人とも、付き合ってるからって、

 ドア開けっ放しでイチャイチャするのは、止めていただけますか」

「すみません」

 二人で謝るものの、私たちは手を離さなかった。







「いつ結婚するの? あなたたち」

「え? 僕たちまだ結婚する予定ないですよ」

「智也先輩、さっき責任とるって......言いましたよね?」

「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないけど」

「そんな、ひどい。私、期待してたのに」

「違うよ、今はしないってこと」

「もう、智也先輩大好き」

「はいはい二人とも、いい加減にしようね」

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