プロローグ
正直、自分は平凡な人間だと思う。
自分でいうのもなんだが、頭も運動も特に秀でているところはない俺は、大学進学とともに親元を離れて上京しそのまま無難な中小企業に就職した。
一人暮らしも板についてきたところ、その7年働いてきた会社が今期の決算で赤字を出し、全く関係のない業種の会社に吸収されることになった。もちろん、赤字を出した会社にいる俺たちをそのまま雇ってくれるわけはなく、俺もリストラの対象となり3ヶ月前、7年も続けた会社を辞めた。
何をしなくても生きていけるほどの蓄えもなく、俺はすぐに新しい会社に入ったのだが…。
…このご時勢、急に雇ってくれる会社は予想通りブラックだった。
毎日、終電で帰るのは当たり前、場合によって納期に間に合わなければ泊まり込む、休日も呼び出されれば出社し、家で電話対応することも当たり前。ようやく静かな休みができても寝て1日がいつの間にか過ぎてまた仕事の日になるだけ…。
そんな毎日が続けば、3年前から付き合っていた彼女もさすがに愛想を尽かしたらしい。
『…仕事忙しいのわかるけど、私たち付き合っている意味ある? 』
…といった内容の言葉で別れを切り出された。
謝る時間さえも仕事で取れず、元々なぁなぁの関係だったこともあり、面倒臭くなって追いかける気も起きなかった。
毎日仕事で疲れているため余裕がないこともあり、別れたことに後悔はしていないのだが、先日、久しぶりに会った前の会社の同僚だった木島に
「元カノ、俺たちの2期下の後輩だった倉橋と付き合っているみたいだぜ」
と頼んでもいないのに報告され、倉橋が前の会社の吸収合併のときに残った組だと思い当たったとき、彼女が俺から倉橋に乗り換えたことに気づかされ、俺はショックを受けた。
「…お前、本当痩せたよな…今の仕事合ってないんじゃないか?」
木島に心配されているのはわかってはいるが、また転職活動をする…という気力もなく、その場はそのまま木島と飲んで他愛のない話や、それぞれの転職先の話をしてその日は別れたのだった。
---------------------------
『…この電車は、○○方面、最終列車です。どなたさまもお乗り間違えのないようにご注意願います~』
ホームに終電の案内放送が聞こえる。
オフィス街も近くにあることもあり、俺と同じ仕事帰りもいればどこかで飲んできたのか酔っ払いも沢山いた。
今は、忘年会シーズンだから仕方ないか…。
今の会社にも忘年会はあるが、年末と忙しい年の瀬で仕事に追われていて楽しめそうにない。
忘年会に行く時間があったら、先日通った企画書の進行スケジュールとS社への納品の手配を明日までにして…、あっ、申請書の提出忘れてたっっ。
…あぁ、明日経理が動く前に出社か…っ。
「あと、6時間後にまたここにくるのかぁ…。はぁ、…明日なんか来なけりゃいいのに…」
このまま、会社に引き返すべきだろうか…。でも、風呂入りたいし、ちゃんとしたベッドで寝たいな…。
ドンっ
スマホを片手に明日の早朝出社について想いを馳せていた俺の背中が押された。
ホームの一番前に立っていた俺はバランスをくずす。
「っ、うわっ、やべっ…」
「…っちょ、ちょっと…」
すぐ後ろで声が聞こえた。
さっき見かけた忘年会帰りの集団の一つだろう…。
彼らは、すごく慌てた声を上げていた。
「…えっ」
俺の体は前のめりにバランスをくずし、何もないところであれば手と膝をつくだけですむのだが、目の前にはホームの向こうの線路のため、何もない。
『パーッツ』
明るい光が右側から当たる。
「…っい、いやぁ」
誰かの叫び声…。
自分でも死亡が確実なのがわかった。
映画やマンガみたいなヒーローの特殊能力でもなければこんな状況から抜け出すことはムリだ。
もういいや、親は悲しむかもしれないけどこんな世界に未練はない。
もう毎日が疲れたしな…。
世界がなくなれば、明日もなくて楽なんだけどなぁ。
『では、なくしましょう』
…へっ?
その言葉が聞こえたと同時に真っ暗になった。