第04話 噂話
やがて、店にも慣れ始め、顔馴染みのお客さんも増えてきた頃、ある噂話を聞いてしまった。
「おい、聞いたか?ルーファス様が帰ってきたらしいぞ」
「へぇー!今まで里帰りしてたんだっけか?自分の国に」
「そう聞いたぜ?ま、これでまた安心して暮らせるな!」
[ルーファス]という名前をどこかで見たことがある気がする…私はお客さんの注文を運びながら、誰だったけと考える。もちろん、窓際の席の酔ったおじさん二人組の会話を聞きながら。
「…ルーファスって……あ! 思い出した!ルーファス・クロスだ! 」
お客さんに料理を送り届け、調理場に帰る途中で唐突に思いだし、思わずそう呟いてしまう
「…お前、ルーファス様のこと、知ってるのか?」
どうやら、近くのテーブルを片付けていたライアンに聞かれてしまったらしい。意外そうな顔をして私を見ている。
「…名前だけね。…ルーファス様って誰?」
私が聞くと、ライアンは珍しく丁寧に教えてくれた。
「…ルーファス様は国王つきの魔術師だ。魔術の腕は世界で一番とされている。その上、この国や国の近辺には魔術が使える人間なんてほとんどいないから、とても大切にされているらしい。…この国から大分離れたところに魔法の国があってそこからきたんだと」
「へぇ…そうなんだ。…ちなみに、ルーファス様のフルネームは?」
「…ルーファス・クロス」
ライアンがそう口に出した瞬間、にゅっと調理場からマリンナさんが現れて私のおでこを軽く叩き、その後にライアンをゲンコツで殴った。
「痛てっ!」
「…仕事中に何仲良くおしゃべりしてるんだ?」
「ごめんなさい!マリンナさん」
「チッ。また怒って…だから男にモテないんだっつーの」
「あ?バカライアン、今何て言った?」
ライアンがボソボソと言ったのが聞こえたらしいマリンナさんの形相がみるみると鬼のように変わっていく
「だから、そんなんだから、男に…」
ゴンッ、言い終わらないうちに先ほどよりも大きいゲンコツをくらい、ライアンは目に涙を溜めてマリンナさんを睨んでいる。
「クソッ!事実を言っただけたろっ!」
「事実じゃない。あたしはモテモテだよ、全く…。あんた何にも知らないんだね。 ちゃんと周りをみな」
「はぁ?」
「分かったら、仕事に戻って」
「…はいはい」
見慣れた二人のケンカを横目に、私はルーファスという、あの本の作者と同姓同名のその人に会ってみなきゃだと感じていた。
その日の夜、私はその事を夕食の席で二人に伝えた。
「へ?ルーファス様に会いたい?」
「何で?」
案の定、二人とも驚いている。
「…私、ルーファスという人を知ってるんです。もし会えれば…私、自分の家に帰れるかもしれない可能性があるんです!」
「ルーファス様に会えれば記憶が戻るかもしれないってことか?」
「え?あ、まぁ…そうかな」
ライアンの質問に曖昧に答え、チラりと難しい顔で何かを考えているマリンナさんを見る。
「……リナ、城に行く気か?」
「え?」
「ルーファスに会うには、城に行かなきゃ行けないでしょ?」
「はい…」
「…城へは行かない方がいい」
「え?」
「危険だ。それに、庶民が入れるところじゃない。行っても辿り着けないし、きっと衛兵に捕まる。…諦めた方が身のためだ」
「でも…」
「…どうしても行きたいって言うなら、ここを出て行ってもらう」
「はぁ!? 何言ってんだよ、マリンナ!城に行くくらい、協力してやろうぜ!リナの記憶が戻るなら、そのくらい…」
「ダメだ。あいつらは危険すぎる。…簡単に人を殺せるやつらだ」
「あ、マリンナさん!」
「…リナ、よく考えるんだ。…記憶がなくても、ずっとここで暮らせばいい。城へは行くな」
マリンナさんはそう言い残すと席を立ち、部屋にこもってしまった。
「…ごめん、リナ。縁がないと思ったから言わなかったけど…先に言っとくべきだった…」
「え?」
茫然とマリンナさんが出て行った扉を見つめる私に、ライアンは思い切ったように口を開いた。
「…マリンナは。王を恨んでいるんだ」
「王を?」
「そうだ。前、マリンナが酒に酔った時に自分から話してくれたんだけど、あいつ、国に両親と恋人殺されたらしい」
「え…?」
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八年前、アルヴァン王国・レミロット伯爵家
「…お前たちは、私の秘密を知ってしまった。…優秀な君を殺してしまうのは勿体無い気がするが…まぁ、仕方ない。消えてもらおう」
アルヴァン王国、国王のジョージがレミロット一家を兵で取り囲んだまま話す。
「そんなっ…!ジョージ王様、わたくしはこのことを他言するつもりはございませんし、家族はその事を知りません!だから、せめて家族だけはお救いください!」
アルヴァン王国の伯爵、カルロスはジョージ王を見て、必死に懇願する。
「そうしたいのは、山々なんだが、私が長年をかけて作り上げたものを壊されたら困る。…それに君が家族に話していないなど、どうやって証明する?」
「…私たちは何も知りません!主人は真面目な人です。誰かに話して迷惑をかけるなら、絶対に言いませんわ!主人と付き合いが長い貴方ならお分かりでしょう?」
伯爵の妻、アンナが、娘、マリンナを庇いながら落ち着いて答える。
「まあな。しかし、万が一の事があるとまずいからな。お前たちはここで死んでもらう。」
「なっ…ジョージ王様、考え直してください!貴方はこんなことをするお人じゃないはずだ!それにこんなこと…許されるはずがない!」
「…許さなくてもいい。これも国民のためだ!」
王が指示を出し、一斉に兵が飛びかかってくる。その途端、カルロスは隠しもっていた武器を取りだし、妻子を兵士たちからと戦いながら守り、叫ぶ。
「お前たちは逃げろ!早く!」
だが、二人から出口は遠い。普通に行けば、捕まってしまうことは簡単に分かる
「いい、マリンナ。 私が兵士から貴方を守る。だから、後ろを振り返らずに、扉を抜けて遠くまで逃げなさい。…大丈夫。貴方なら出来る。…マリンナ、愛してるわ」
「え…?」
「よし、今よ、走って!」
アンナの声で、マリンナは走り出す。言いつけ通り後ろを一度も振り返らずに…。
部屋から出ると、マリンナの屋敷の兵士たちはみな床に倒れていた。しかし、彼らの生死を確かめることも、手当てすることも今は出来ない。彼女は必死に逃げた。
後ろから兵士が追ってくるのが分かる
マリンナが外に出た時、パッと後ろから手首を捕また。
「っ…!?」
終わった…と思ったマリンナだったが、手首を掴み、屋敷の影に自分を引き込んだ相手を見て、目を見開く。
「ローヴィン!?何故、ここに?」
「しっ。声を落とせ。…今日来るって言ってただろ。…来てみたら国王の軍が入って行くのが見えたから、様子を見てた」
「…そう」
「…カルロスさんとアンナさんは?」
「……分からない。さっき大勢の兵士たちと戦ってたけど…多分、もう…」
「……そうか。…でも、お前が無事で良かった。…ここからは俺がお前を守る。…いずれこの場所もバレる。…逃げよう。今はそれだけを考えろ」
「…でも」
「…今、人がいないみたいだ。行こう」
ローヴィンはマリンナの手を握ると、建物の影から飛びだし、町の方へ逃げる。
「いたぞっ!殺せ!」
すぐに見つかってしまったが、二人は走る。追い付かれないように。
しかし、相手は人数が多い。ついに、二人は崖の端まで追い詰められてしまった。
「選択権をやろう。…そこから飛び降りるか、この剣で首を斬られるか…どちらがいい?」
兵士の中で一番偉そうな男が不気味な笑顔を浮かべながら、近づいてくる。
「マリンナ…俺が強いこと、知ってるよな?」
「…えぇ。だけど、それが何?まさか…」
「俺が道を作るから、逃げろ」
「嫌よ!貴方にまで死なれたら…」
「俺は死なない」
「三十人くらい、敵がいるのよ!逃げられるわけない!」
マリンナがそう叫んだ時、ローヴィンはマリンナを引き寄せ、短いキスをした。
「俺を信じろ」
「……絶対、生きてね!何があってもまた会うのよ!」
「あぁ、そのつもりだ」
ローヴィンはニッと不敵な笑みを浮かべると、敵につっこんで行き、マリンナもそれに続く。
だが、途中で倒されたはずの兵士が立ち上がり、マリンナを捕まえた。
「いや、離して!」
「離すわけないだろ…この任務に失敗したらどっちみち俺たちは死ぬことになるんだ」
敵の兵士はマリンナに剣を向ける。
「やめろ!」
ローヴィンが気づいて、マリンナの方へ向かおうとする。
「ローヴィン、ダメ!もういいから逃げて!」
そう叫ぶ間にも剣は近いてくる。
「マリンナ様は別に悪いわけではないが、死んでもらう」
「きゃっ…」
剣を避けようとして、足を踏み外す。下は川だ。
「マリンナ!!」
一瞬気を緩めた隙にローヴィンは敵に後ろを取られ
、身体を貫かれた。
「ローヴィン!!」
マリンナは崖から落ちる間にそれを見てしまった。