やめる
歌っていれば、みんなが自分を見てくれた。
わたしの名前を、呼んでくれた。
「でも、わかりあうことは、できなかった」
見ている景色。感じる匂い。
胸が苦しくて苦しくて。せりあがってくる、この、何かを。
伝える術のないこれを。誰も、わかってはくれなかった。
「……たくさんの人の前で歌っても。だれも、わたしの本当の声は、聞こえてないの」
みんな、当たり前のように……。
気付きもしないで、踏みつけていく、それ。
「……だからわたしは。歌に心を乗せるのを、やめたの」
ただ、心地よい音符の羅列に。
耳触りのいい言葉を並べ立てた。
歌ではない。まがい物を、作り続けた。
歌うことが、苦痛に変わっていく。
でも怖くはなかった。
なぜなら。
「なっちゃん……」
奈都が、いたから。
「わたしには、なっちゃんがいた。きっとなっちゃんなら、わたしのこの気持ちを、わかってくれてる。だってなっちゃんとはずっと一緒だった。同じ景色を見て、記憶を、共有していた、なっちゃんなら、きっと……」
……ああ。ハルは、普通じゃない。みんなとは、違うよ。
「…………」
でも、そうじゃなかった。
最初から、わかっていたことだよ。
ハルは私やその他の人と、すむ世界が違うのさ。
「いや……いや……」
ハルは、頭を抱えた。
あの時。
奈都に言われた、あの時。
ハルは、本当に、諦めた。
あの世界で生きることを諦めたのだ。
だから、逃げた。
けれど、逃げてきたはずの、この、世界でも。
「…………」
ハルは、曇った瞳で、ぼんやりと辺りを眺めた。
誰かに求められるままに、歌い、そして、人を傷付けて、きたけれど。
「やっぱり……」
わたしは、ひとりぼっちだ。
「コーサ」
「は」
背後に控えていたコーサが、すすと王に近寄る。
「今、思い出したんだが……処刑場に飛び込んできた、子供らがいたな?」
「!は、はい……」
「あの身なりからして……貧民の子供、だろう?」
「……は。多分……」
コーサは怪訝に思った。
王はなぜ、急にこんなことを、尋ねるのか。
「あの子らの名前を知りたいなあ。お前、知ってるか?」
「……、い、いえ……」
「ふむ。じゃあ、地道に探すしかないか」
「…………」
探す?
あの子らを?
何故……。
コーサは、嫌な予感がした。
「コーサ」
「!は……」
「今すぐあの子らを探して、一人残らず捕まえてきてくれ」
「…………!」
「鑑札の番号がわかれば、名前も調べられるからな」
「……、は……」
どういうことだろう。
「……つ、捕まえて……その、一体、どう、なさるの、で……」
コーサが問うと、王は薄い唇を舌で濡らして、にた、と笑った。
「なあに。ほんの贈り物さ」
「……あの女への、な」
「!」
あの、女。
その言葉に、コーサの心臓が、跳ねる。
「一人ずつ処刑する。じわじわいたぶって、その骸を、あの女に送りつけるのさ」
「……、そ、そんな……」
「ハッ。どーせ、あのガキ共はゴミだ。遅かれ早かれ、処分場行きなんだ。なら最期に役に立ってもらおうじゃないか」
「……っ」
「さあて……。果たして何人目で音をあげるかな。そうだ!賭けでもするかい?……クク……アハハ!アハハハハ!!」
王の下卑た笑い声が響く。
高くなるそれに反し、コーサは、自分の体がスッと冷えていくのを、感じていた。
ああ……。
……もっと、早くに……。
吐息のような、コーサの、呟き。
不気味な王の笑い声に隠れて、城内の誰もそれに気づかなかった。
「…………」
コーサが、腰の剣に、手をかけたことに。




