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託されたもの

「奈都さま。これにお着替えください」

隊の女が、奈都に服を差し出す。

「私の物ですが……今お召しのそれでは、動きづらいでしょう?」

「!あ……」

粗末な布切れを合わせただけの、汚れた囚人用の服。

少し動いただけで、肌が露出してしまう。先程から男たちが気まずそうに目を反らしている理由がわかった。

「あ、ああ。着替えるよ。すまない」

慌てて、奈都は着替えを受け取った。



服を脱ごうと、腰の辺りに手を当てた、その時。

ぽとり、と小さな包みが落ちた。

「?何だ……」

拾い上げ、包みをほどく。

そこには。

「!」

錠剤がひとつ。入っていた。

「……あ……」

奈都は、これが何か、知っている。

「あの時か……!」

処刑に向かう途中、奈都に駆け寄った、あのこどもたち。


ねえさま!

あのね、お医者のおにいさんが……。


「…………」

しがみついた時に、服のなかにこっそりと差し込んでくれたのだろう。

イサが、託したのだ。

「……っ」

あの子どもらは、危険も顧みずに。

イサに渡されたこれを。きっと、何なのかもわからずに。

ただ、奈都に渡さねばと。イサの意思を守るため、だけに……。

「……わかったよ」

そう呟いて、奈都は、その錠剤を包みごと、ぎっと握りしめた。




「みんな」

「奈都さま」

「……私は、アリアムンドへ行く」

「!」

奈都ははっきりとそう言い放った。

「アリアムンドの歌姫に、用が、あるんだ。辿り着けるかは、わからないけど……。でも、あいつに渡さなくちゃいけないものが、あって……」

「奈都さま……」

「礼を言うよ。助けてくれたこと。今まで、共に戦ってくれて……。みんな、ありがとう、な」

奈都は、頭を下げた。

アリアムンドへは、ひとりで行く。

敗北がわかっている、戦いだからだ。

戦力に差がありすぎる。彼女の所まで行くのは至難。今まで以上に危険な賭けだ。

奈都自身も、今度こそは死を覚悟しなくてはならないだろう。

だからこそ、彼らにまで、危険に飛び込んでくれ、とは言えない。

しかし。

「奈都さま」

「!」

アザのある女が、奈都の手をとった。

「行きましょう」

「……は……」

「私たちも、共に参ります」

「!」

女は、奈都の手を力強く握っている。

「私たちも、あなたに着いていかせてください」

「!な……、お前は、何を……!」

「私だけではありません。ここにいる皆、私と同じ気持ちのはずです」

女の言う通り。

皆、彼女の言葉に頷くように、笑っている。

「……、そんな……」

「行きましょう。奈都さま」

「なんで……」

「奈都さま?」

「……私は、たくさんの人を、死なせたんだぞ」

奈都は、俯いた。

「ミラも……イサも。他の仲間たちも、みんな」

たくさんのものを失った。失わせて、しまった。

「守れなかったんだ……」

苦い、記憶。

女に掴まれた手が、じりじりと汗ばむ。

その手は、握り返すことなく。宙ぶらりんのままだ。

「だからもう……私なんかに、着いてこないでくれ」

全ては己の力を過信し、分不相応なものを望んだ、自分のせい。

望みすぎた、その、結果。

「処刑されるところを助けてもらっただけで、充分なんだ。お前たちはどうか、私なんかは放って、逃げてくれ」

処理場にほど近い貧民街から取り立て、戦に巻き込み、多少の金を渡せたとはいえ。

一緒に死地に向かってもらえるほどの恩など、売ってはいない。

しかし、いくらそう言っても。

「…………」

女も、他の者も、動き出す気配はなかった。

「……奈都さま」

女は、動じない。

「…… 私たちは、どこまでも、何があっても、あなた様について行くと。あの時……既に、決めているのですよ」

「っ!」

女は、にっこりと笑って言った。

「隊を作るにあたって……イサ様は、私たちにあなた様のことを、教えてくれました」

「!……イサが……?」

「はい。あなた様がこの世界の人ではないことも。歌姫となられた、その理由……そして、アリアムンドの歌姫……奈都さまの、御姉様の、ことも……」

女は少し、ためらいがちに目を伏せた。

「…………」

「けれど、イサ様はあなた様との思い出を話してくださるとき、いつも微笑んでいらっしゃいました」

「!微笑んで……?」

「はい。とても優しく。穏やかな、お顔でした」

奈都は、顔をあげて女を見た。

その、瞳の中に。

曾ての、彼女が見ていた、イサの姿が浮かんでいるように思えた。

「!」

その時。

「……、え……」

奈都の頭に、声が、響いた。


『奈都はね。強そうにみえるけれど、でも、とても弱いところのある人なんだよ』


「…………っ」

聞こえる。


『彼女と会えた日は……。とても、嬉しかったよ。奈都が僕の名前を呼んでくれたんだ』


「ぁ……あぁ……!」

彼女の記憶の中のイサが、奈都の頭のなかに流れ込んでくる。


『彼女は僕に……生きるということを望んでくれた、初めての、人なんだ』

『……だからね。僕は、奈都に出会ったあの日。もう一度。ようやく。……生まれたんだよ』


彼女が伝える、イサの思い出と、共に。

確かな声となってそれは、奈都の頭のなかに注ぎ込まれていく。


『奈都』


やがて。


『ねえ、奈都』


それは彼女の記憶に留まらず。まるで、奈都に語りかけているように変化した。


『奈都』

『君は、強くて、弱い。だから、君を好きになったんだ』

『君という光が、僕の……命の、灯火だったんだ』


「イサ……!」


『奈都』


「……っ」


『君に照らされて、僕は生まれて初めて、生きたんだよ』


「…………っ」



奈都は、膝から崩れ落ちるようにして、その場に座り込んだ。

「奈都さま!」

「…………」

確かに聞こえた、彼の声。

「そう、か……」

「奈都さま……?」

もう、増えるはずはないと思っていた、彼の記憶。

でも、そうじゃない。

誰かの中にも、イサはまだ、息づいている。

イサが関わった者、全てに彼の欠片が散らばっているのだ。

「……っ」

奈都の頬に、涙が伝う。

奈都は声もあげずに、泣いていた。

「!……奈都さまっ!」

慌てて奈都に駆け寄ろうとする男を、女が止めた。

女は奈都の手を握ったまま、静かに奈都に、寄り添った。

「奈都さま」

「…………」

「……確かに……確かに、あなたはたくさんの命を、取り零したのかもしれません」

「…………」

「けれど……けれども、そこには救いがあったと……私は、思うのです」

「……救、い……?」

奈都の手を握る、女の力が一段、強くなった。

「だって……私が見た、イサ様は。いつだって、幸せそうに笑っておりました、から」

「!」

イサ……。

彼の、柔らかい笑みが浮かぶ。

「奈都さまが失ったという者たちだって……。奈都さまの前では、皆笑顔でいたではありませんか」

「……そう、かな」

「はい。そして私も」

「……?」

「あなたに、生き甲斐というものを、頂きました」

「……っ」

胸に、熱がこもる。


ああ。

そうか。


奈都は涙を拭うと、すっと立ち上がった。

「……行こう」

「奈都さま……!」

「行こう。みんなで!」

宙ぶらりんだった奈都の手は、今、しっかりと女の手を握り返した。

「みんな!私についてきてくれるか!」

「……っ、もちろんでございます!」

大きな声で応える。

「ぐるる……」

スレイプネルが唸りながら、奈都に顔を擦り寄せた。

「ああ。もちろん、お前もだ」

「ぐるる……」

嬉しそうに、目を細める。

「行こう。みんなで」

もう、躊躇わない。

「託されたものを、渡しに」

用意は、できた。

「……イサ」

奈都はイサの遺髪を手にとると、束から一本、するりと抜き出した。

「…………」

その一本を、徐に。

奈都は左 手の薬指に、きち、と巻きつけた。

「……イサは、ここにいる」

呟いて、ぐっと、拳を握る。

「必ずあいつに、届けてやる……」



「行くぞ!」


「イサに託されたものを、ハルに渡しに!」



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