誤算
聖女化計画。
歌う適性のある少女を見つけ出し、その力を人為的に引き出し、聖女へと昇華させる。
「……だから、リリィ……」
そのための儀式についても、コーサはよく知っていた。
「私が……」
「…………」
「私が……聖女に……?」
「……っ」
コーサは苦悶の表情を浮かべた。
「すまない……リリィ……母さん……」
聖女になるための、儀式。
それはその少女が、最も心を占める存在を、目の前で殺すこと。
「きっと、すぐに城から兵が来る。だから早く……二人で、逃げてくれ」
「…………」
「早く!」
しかし、二人は決して、動こうとしなかった。
「……いいのよ」
コーサの母が、穏やかに口を開く。
「これが運命なら……受け入れましょう」
「母さん!?」
「コーサ。あんたは早く、城にお戻り」
「っ!何を……何を言っているんだよ!母さん……!」
「仕方ないわよ」
母は、微笑んでいた。
「どっち道、私たちには逃げる場所なんて、ないのだからね」
「……っ」
コーサは、母の言葉に口をつぐんだ。
コーサの家は、貧困層に属していた。
貧しく、卑しい身分。そんななか父親は早くに亡くなり、家は更なる困窮を極めた。
しかし、幸いなことにコーサには確かな剣の才があった。腕を買われたコーサは徴兵され、そして、王の側仕えの兵士にまで登り詰めたのだ。
コーサは必死だった。
危険なことも、汚いことも。
王の命のまま、遂行した。
何もかも、家族のためだった。
母と、まだ幼い妹。
その二人の存在が、彼の生きる全てだった。
「…………」
それを、失うことなど。
「……っ」
コーサには、できなかった。
そんなときだった。
ミラが、町に戻ってきたのは。
処分場送りになったはずの彼女は、無くしたはずの腕をつけて帰ってきた。
コーサはすぐさま彼女に会いに行った。
そして、彼女はコーサに言った。
森で出会ったお姉ちゃんが、歌って直してくれたの。
他者には決して漏らさなかったことを、つい、昔馴染みの気の緩みからか、コーサには話してしまった。
コーサはミラの家を出ると、城に走り王に報告した。
「何……?歌姫が居ると……?」
「はい。治したという腕も確認致しました。傷跡ひとつ、残っておりませんでした」
「ほう……」
そして、コーサは切り出した。
「歌姫を連れて来る役目は、どうか私にお任せ頂けませんか」
「お前に……?」
「はい」
歌姫を味方に引き入れる。
素性も、能力も未知の相手に交渉を仕掛けるのは、危険な任務になる。
しかし、コーサはそれに懸けた。
「……ですから……」
「…………」
「ですから、どうか、リリィを候補から外しては、頂け、ませんか……!」
コーサは、王に直訴した。
「必ず、歌姫をここへ連れて参ります。この国の力に……王に、従わせてみせます」
「ふうん……」
「…………」
コーサの訴えは、承認された。
「……失敗は許さんぞ。いいな」
「は!」
そして、コーサはミラを金で城に誘い、証言を引き出した上で、森へと向かった。
母と妹のために、奈都を差し出したのだった。
だが。
「…………」
唯一の、誤算は。
「くっ……」
奈都が、美しかったことだった。
「コーサ!」
思い出す。
あの人の声を。
自分の名を呼び、笑う。
暗闇に射す光のような。あの人は強く、温かかった。
「行こう!コーサ!」
ああ。
目が眩む。
彼女はあの、華奢な少女の腕で、全てを守ろうと戦っていたのだ。
その手をとって、もういいのだと、どこか遠くへ逃げられたなら……。
そんな強さが、自分にもあったなら。
細い体を抱き締め、傷付けるもの全てから、彼女を守れたなら……!
けれど。
「コーサ……」
自分は、彼女を裏切った。
彼女が自分の裏切りに気付いた、あのときの彼女の顔を思いだし、コーサは胸をわし掴んだ。
「……奈都さま……」
明日。
奈都の処刑が、始まる。




