生かす道を
夜明け前。小屋を揺らすほどの振動を引きつれて、兵は来た。
「国王の命により、奈都さまをお迎えにあがりました」
ドンドン、と扉を叩く音が響く。
「…………」
「返事がありませんが…」
「…ならば、叩き割れ」
粗末な造りの薄い扉は、あっという間に蹴倒された。
すかさず兵が、小屋のなかへと雪崩れ込んでくる。
奈都は予め用意していた荒く削った木刀を掴むと、振りかぶった。
「おらああああ!!!!」
「ギャッ!」
「ぐあっ」
人影がふたつ。悲鳴をあげ倒れた。
もうひとりが奈都の後ろにまわり、羽交い締めにしようと腕を回す。奈都はその顔に頭突きを叩き込んだ。
「ぐあっ…」
手が離れる。が、奈都の背中にズン、と重いものが被さる。奈都は倒れ込み、そのまま数人に押さえつけられた。
「くっ…!」
「…奈都様ですね。国王の命により、拘束させて頂きます。お連れの、方も…」
イサは手足を縛られ、床に転がされていた。
『!イサ!』
『奈都。僕は、大丈夫、だから…』
「イサ…」
イサの口から血が流れている。殴られたのだろうか。
外が明るくなってきた。青白い光が、徐々に部屋のなかをうつしだす。
「………っ!」
小屋のなかは、ひどい状態だった。
窓は割られ、家具も倒されていた。
薬棚にあった薬の数々が、こぼれ、床に散乱している。
それはイサが森を歩き回って、薬草を集め、こつこつと作ってきたものだ。
今までの、この、ふたりの優しい生活が、殺されたような気がした。
奈都は、怒りに震えた。
「…てめえら」
「!」
「許さねえ……」
奈都の目が、ギラ、と光った。
「壊してやる…。全員…ぶっ壊してやる。壊してやんよお!!」
「………!」
「な、なんだ!」
奈都は、歌い出した。
「ーーーーーー」
禍々しい、憎しみを込めた歌。
森の木々がざわめいた。
砕け散ったガラスが、チリチリと震えだす。
「…う、うぎ、が、が」
「あががぎぎいいあああ…」
「きいいいいえああああ!!」
奈都を押さえていた兵が暴れだした。皆耳を押さえ、口から涎をだらだらと流して苦しんでいる。
『!?奈都!?何をしているんだ!』
「ーーーーー」
『奈都!奈都!お願いだ!やめてくれ!』
異様な空気で満ちている。
兵は皆、ギョロギョロと忙しなく眼球を動かしている。躍り狂うように、めちゃくちゃな動きで暴れていた。
『…っ、奈都…!』
イサは拘束から抜け出すと、奈都の元へ駆け寄った。
『奈都!奈都!』
名前を呼び、肩を掴んで揺さぶった。
耳の聞こえないイサには、奈都が何をしたのか、何が起きたのか、わからなかった。
『奈都!』
イサは平手で奈都の頬をパンと打った。
『しっかりするんだ!奈都!』
「!」
ハッとしたように奈都はイサを見て、ようやく、歌うのをやめた。
途端、兵たちは糸の切れた人形のようにばたりと倒れ込んだ。
「あ……?」
床を這いずり、びくびくと痙攣する兵を見て、奈都は呆然とした。
怒りで、我を忘れていた。
奈都は自分が歌っていることも、わかっていなかったのだ。
『…イサ。私は……』
『大丈夫だよ。奈都。ゆっくり、息をして』
イサが、奈都の背中を優しく撫でた。
どくどくと妙に速打つ心臓が、まるで自分のものではない気がして、怖かった。
「……な、奈都、さ…ま……」
意識を取り戻した兵が、よろよろと二人の方へ近付く。
奈都は咄嗟に、イサを庇うように兵に向き直った。
「奈都、さま……」
「…………」
「国王、が、お呼びでございます」
兵は奈都の前に立つと、ピンと背筋を伸ばし、礼をした。
背の高く、まだ若い男のようだ。
「奈都さま。どうか…」
「…………」
大きな目が、奈都を捉える。
真っ直ぐな、力強い眼差し。
「このままでは、我々は、あなたを…」
外に、続々と人の気配が増えていく。
増援が、来たのかもしれない。
奈都は、観念した。
「…、はあー…。わかったよ」
「!では…」
「ああ。お前らと、行く」
わかっている。
こんな行き当たりばったりの抵抗をしたところで、きっと、国王とやらは、諦めてくれないのだろう。
逃げても、逃げても。その都度こうして、築いたものを平気で壊していくのだろう。
ならば。
「ただし、条件がある」
「!」
「この男も、一緒に連れて行け」
「な…そ、それは…」
ふたり、逃げることが叶わないのなら。
『奈都…?』
『イサ。私と、一緒に来てくれ』
イサごと、飛び込んでしまえばいい。
「そ…それは、出来かねます!命にはこの男は含まれておりません!」
「だったら行かないだけだ」
奈都はピシャリと言った。
イサを置いて行けば、きっと彼は、処分されてしまうだろう。
イサは彼らの言う、基準を満たさない、所謂、不良品なのだから。
「この男と一緒じゃなけりゃ、私は行かない。今ここで、すべて壊して逃げてやる」
ならば、理由を作ってしまえばいい。
イサを、切り札にする。
自分を得るための、鍵にするのだ。
「いいか。この男を傷つけたり、私から引き離したら」
「…………」
「お前ら全員、殺してやる」
「っ……、わ…かり、ました…」
兵は、了承した。
従うしかなかった。彼は奈都の力を、死に至る寸前まで、思い知らされていたのだから。
城に着くと、二人の手には、枷がつけられた。
「申し訳ありません。念のため、ですので」
兵が言った。
城内の者が皆、奈都たちを見ている。実に、ものものしい雰囲気が漂っていた。
大勢の兵士に包囲されながら、奈都とイサは、長い長い廊下を、歩き進んだ。
『…イサ』
数メートル後ろを歩くイサに、奈都は言った。
『…ここから先は、私に任せてほしい』
『…………』
『何があっても、お前は黙っていてほしいんだ』
頭のなかだけでされる、二人の会話。
兵士たちに聞かれる心配はない。
『イサ…頼む』
『……わかった』