もう、遅い
「…………よし」
若い兵士は命じられた通り、王の指した奈都の、少し右側に矢を射った。
矢は奈都の背後から、狙い通りに飛んでいく。
ヒュンッ……
風を切る音。
奈都が振り向いた。
「……っ!」
けれども、もう、遅い。
「…ぁ………」
避けられない。
まずい、と思った。
と、同時に。
突然、右からの衝撃。
『奈都……っ!』
「!え……」
イサが奈都を、突き飛ばした。
そして。
「い……イサ……?」
よろけた奈都が、見たものは。
『がはっ……』
ゆっくりと倒れゆく、イサの姿だった。
「ーーーっ!イサ!?イサ!!」
矢はイサの胸を貫いた。
血を噴き出し、倒れるイサ。
「ーーーーあああああああ!!」
奈都は駆け寄ると、イサの体に覆い被さり、叫んだ。
「イサ!イサ!」
『う、ぁ………』
「イサ!起きろ!」
『ぁ……な、つ……』
「イサ!」
虚ろな目。
奈都は必死にイサの体を揺すった。
「ま、待ってろ!すぐに、すぐに治してやるから!」
『奈都……』
「大丈夫だ!こんな傷……すぐに治して……」
奈都は、歌を口ずさんだ。
「ーーーー……」
癒しの歌。
今まで、それで数多の人の傷を癒してきた。
けれど。
「なんで……なんで、イサ……」
イサの傷は塞がらない。
尚もどくどくと、湧き出るように赤い血が流れている。
「うっ……くそ……」
わかっている。
耳の聞こえないイサには、歌の力は効かない。
だから、イサのこの傷は、歌でも、癒せない。
「イサ……イサ……」
『……な、つ』
「イサ……!」
イサが、震える手を奈都の頬に寄せた。
慌ててその手を掴み、引き寄せる。
『奈都……』
渇いた唇を、薄く開いて。
イサは言う。
『奈都……。僕は、約束を守った、よ……』
囁くような、か細い声。
『……だから、次は、君が守る、んだ』
「イサ……何を……っ」
『どうか、君は……』
「……!」
『君、は……』
『………………』
そう、言い残して。
「………イサ……」
イサは、目を閉じた。
「ーっ……あぁあぁぁ……!」
奈都はイサの体を揺すって、叫んだ。
「嫌だ……嫌、いやだ!ひとりで遠くに行くな!」
『…………』
「私は……お前のものなんだろ!だったら私から離れるな!」
『…………』
「ずっと側に居るって、一番側に居るって言ったじゃないか……!」
『…………』
「……私を……私を置いて、いくな……っ!」
『…………』
イサはもう、答えない。
「イサ……お願い……」
ぐったりと、力のない体。
イサの目の光は、既に消えた。
「イサ……」
もう、なにも残っていない。
これはイサの形をした、抜け殻。
奈都が見付けた希望。イサの美しい魂は、奈都を置いて、遥か遠くへ行ってしまった。
「う……くっ……」
奈都は泣いた。
イサの亡骸を抱いて、絞り出すように泣いた。
「……言えば、よかった……」
震える声で、奈都は呟いた。
「怖がらずに……あの時、言えば、よかった」
彼に。
たった、一言。
「イサ……」
彼の目を見て。
彼に触れて。
「イサ……私は……」
口に出して、伝えればよかった。
「……私は、お前を」
「愛して、いた」
血に濡れた手で、何度も何度も、イサの頬を撫でた。
周りはすでに、コルネシア兵に包囲されていた。




