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その夜。

すやすやと眠るミラの傍らに、奈都はいた。

「こんなに、小さな子が」

奈都が前髪をすいてやると、ミラが微かに動く。くすぐったかっただろうか。

「……くっ、っう…」

奈都は声を圧し殺して泣いた。


生きている。生きているのに…!


この子は、明日、自ら死にに行くのだ。

あの死体の山の中で横たわり、ひとり死を待つのだ。

「…なんて、なんて…」


なんて、残酷なんだろうか。


生かさない方がよかったのか。

あの時、そのまま死なせた方が、よかったのだろうか。

一度、気を持たせておいて。再び、この子を捨てるのか。私たちは…。


「んん……お姉ちゃん…?」

ミラが、ゆっくりと目を開けた。

「…、どうした?ミラ」

「うん。ちょっと、起きちゃったの」

ミラが困ったように笑う。

「ねえお姉ちゃん。お手々、握ってくれる?」

「手?」

「うん。眠れないとき、よくお母さんが、こうしてくれたの」

「…、そうか」

奈都は布団のなかの彼女の右手を掴み、両手でぎゅっと、包み込むように握りしめた。

「ありがとう。お姉ちゃんの手、冷たい」

「ミラの手は、暖かいな」

この子の母親は、どんな気持ちでこの小さな手を離したのだろう。

どんな顔で、このあどけない少女に死を覚悟させたのだろう。

そんな思いが、胸の中で錯綜する。

「…なあ、歌、歌ってやろうか」

「ウタ?」

「知らないのか?歌…」

ミラは不思議そうに奈都を見ていた。本当に、知らないらしい。

「じゃあ、歌ってやろう。ただ、下手でも笑うなよ」

歌うのなんて、子供の時以来だった。

ずっと、歌うのも、歌を聞くのも、やめていた。

歌に関わる限り、奈都にはずっとハルが付いて回ったからだ。

「子守唄だ。子供を寝かしつけるときに歌う、歌」

奈都はにこ、と笑って、静かに歌い出した。

「ーーーー…」

懐かしい歌。

母が子に、安らかに眠れと歌う、そんな歌。

ミラは目をキラキラさせて聞いていた。

「これが、歌…?きれいね…」

ぽつりと、ミラが呟いた。

奈都は思った。

ああ、どうしてこの子が死ななければいけないんだろう。

この子は何も悪いことなどしていない。

ただ懸命に生きていただけなのに。

それなのに。

この子は、母の顔も見れずに、薄暗い森のなか、ひとりで死ににいかねばならないのか…。

奈都は歌い、そして、願った。


この子の腕が、治りさえ、すれば…。

傷が消え、この指が動きさえ、すれば…



………



「ーっ!な、何だ…!」


奈都が叫んだ。

握ったミラの、その指先が、輝いている。

「なんだ、これは…」

「お、おねえ、ちゃん…?」

光は、やがてミラの右腕すべてを包み、ミラの中に染み入るように、ゆっくりと消えていった。

「な、何だよ、今の…」

「お姉ちゃん!!」

今度はミラが叫んだ。

「う、動くの!指!動く!」

ミラは右手を閉じたり開いたりして見せた。

「それにほら!傷も!」

ミラが袖を捲ると、そこにあったはずの大きな傷跡が跡形もなく消え去っていた。

「お姉ちゃん…!」

「あ、ああ…イサ、イサを呼ばなきゃ…」




イサに調べてもらったところ、ミラの腕はすっかり元通りになっているということだった。

『不思議だね。何が起きたんだい?』

奈都はあらましを説明した。

『それで、歌い出したらミラの腕が光りだして…』

『そうか。やはり、君にも…』

『?とにかく、元通りなんだよな?ミラは…』

『うん。もう大丈夫。家に帰れるよ』

『…!そうか…』

奈都は足の力が抜けてへたりこんでしまった。

「ミラ…」

イサの声が聞こえていないミラに、奈都がそれを伝えた。

「…帰れるの?私、おうちに、帰れる…!」

ミラは奈都に抱きつき、子供らしく大きな声で、わあわあと泣いた。




ミラが居なくなって、森はまた、しんと静まり返ってしまった。

『イサ』

『なんだい?』

『呼んだだけだよ』

『うん』

イサは奈都に背中を向けて、ぐつぐつと煮える鍋を絶えずかき混ぜている。

『イサ』

『なんだい?』

『イーサー』

『泣いてもいいよ。見てないから』

『っだ!誰が泣くか。ばかたれ!』

『強がりだなあ』

イサは苦笑した。

『まったく…。さみしいなら泣けばいいだろう?』

『違うって!』

『恥ずかしくないよ。あんなになついてたんだもの。寂しくて泣いちゃっても仕方ないよ』

『だからさみしくないって!もう!』

奈都はボスンと、ベッドに腰を下ろした。

『…なあ、イサ』

『ん?』

『昨夜のあれは、何だ』

イサの手がぴた、と止まる。

『お前、あのとき言ったよな。やはり、って。何か知っている、のか?』

『…この生活も、もう、終わらせないとね』

イサは鍋の火を弱めると、奈都に向き直った。

『君に話しておこう。迎えがくるまえに』




『僕は以前にも、君のような人とあったことがあるんだ。異世界から来たと言う人に』

『何…』

『君と同じように、この森で倒れていたところを、僕が見つけたんだ』

『…そいつは今、どこにいる?』

『こちら側には居ない。もう1つの国、アリアムンドにいる』

『アリア、ムンド…?』

『うん。彼女が来てから、この世界は2つの国に割れたんだ。こちら側のコルネシアと、アリアムンドに。彼女には、ある能力があったんだ。歌、という、力がね』

『歌…は?歌?』

『僕たちは、歌というものを知らない。歌う、ということができないんだ。けれど、君たちにはできる。歌は何らかの力になって、僕らに作用する。例えば、傷を癒したり、ね』

『!それって…』

『君が、ミラにしたのと、同じさ』

奈都は驚愕した。

この世界では、歌とは、特殊能力なのだ。

そして、自分と同じ、異世界から来たという者が、歌という自分と同じ力を持っている。

『彼女はその力で国をおこした。それからは早かった。彼女…アリアムンドは、コルネシアを激しく攻撃した。彼女の歌によって、アリアムンドの兵力は恐ろしく強力なものになっていた』

『…………』

『領地は、すでに半分まで侵されている。だから、コルネシア王はどうにかしてこの状況を打開する方法を探していた』

『方法って…』

『ミラが家に帰れば、きっと、腕がもとに戻った理由を聞かれる。そして、コルネシア王は君の存在に気がつくだろう。アリアムンドの王と同じ力をもつ君を、是が非でも獲得しようとするはずだ。このままでは到底敵わないアリアムンドの進撃を、君の力で止めようと…』

鍋の中から甘い匂いが漂う。ああ、薬が煮詰まった、とイサは立ち上がって再び鍋の方へ行ってしまった。

『…イサ』

『なんだい?』

『イサは…イサは、どうするんだ』

国王は、自分を戦力として求めている。

イサは迎えが来るだろうと言った。

国王の使いということだろうか。

ならば、イサは…。

基準を満たさない、既に死んだことになっている、彼は。

見つかったら、一体どうなるのだろう。

『どこか別の場所に、隠れるのか?』

『…………』

イサは、答えない。その背中に、奈都は再び言葉を投げ掛ける。

『なあ、イサ』

『…………』

『…私と、逃げてはくれないか』

『…………』

『どこでもいい。そいつらに見つからない場所に新しく家を建て直して、そこで、またふたりで暮らさないか』

『…………』

『なあ、イサ…』

『ダメだよ』

イサは、拒んだ。

『君は、これから国王の元に行くんだ。国王に保護してもらえばいい』

『イサ…!』

『僕のいる場所に居ても、何も得られない。でも国王に保護してもらえれば、安心だ。そこで元の世界に帰る方法を、探せばいい』

『!?イサ…』

『奈都。君も、いつかは家に帰らなくちゃ』

『でも…!』

『心配してくれて、ありがとう。僕は大丈夫だからね』

それから、奈都がいくら話しかけても、イサは返事をしてくれなかった。

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