あるべき場所に
奈都が王に宣言した通り、奈都の隊はめざましい勢いで戦果をあげていった。
しかし、彼らは基本、少人数で奇襲のような動きをするため、国民の評判は芳しくなかった。
特に、奈都を戦場の神のように崇めていた者たちには、それはとても卑しく、不潔なものに映っただろう。
歌姫も地に堕ちた。
彼らはそう言って奈都たちを嘲った。
しかし。
奈都は強かった。
「何を気にする必要があるんだよ?」
そう、鼻で笑った。
彼女は勝つために。効率のよい方法を探し続けていた。
『奈都』
部屋で休息をとる奈都の部屋を、イサが訪ねた。
『イサ……どうした』
『……出来たんだ』
霞む目を擦りながら、奈都が振り向く。
イサは小さな丸薬を手に乗せていた。
彼の言った意味が、奈都にはすぐわかった。
『……!治る、のか……!』
こくとイサが頷く。
イサが何度も試行錯誤し、作り出した、治療薬。
これがあれば、歌の力により失ったものを蘇らせることができる。
奈都は、複雑な思いでそれをじっと見、呟くように言った。
『……よかった、な』
『?奈都?』
『これで、ハルは治るんだろ』
ハルの目を治し、歌から開放する。
それがイサの願望だ。
『……あとは、ハルに近付くだけだ。頑張らないとな』
でも、それから……。
そのあとは?
イサと、ハルは……。
『お前の努力を無駄にしないためにも。私は必ず、お前をハルの立つ場所に連れていく』
決まっている。
姫を救った騎士は、ふたりで幸せに暮らすんだ。
いつまでも、いつまでも。
『すぐに彼処までかけ上がってやるさ。そして、お前を、ハルに……』
結末は、そうあるべきなんだ。
だから私は、ハルに、手渡して。
『……私は』
あるべきふたりを、あるべき場所に。
『私は……』
彼のたどり着く先に、私のこの薄汚れた気持ちなんか、要らないんだ。
「捨てて、しまえば…………」
奈都の口から出た言葉は、途中で、切れた。
「!」
イサが、奈都の唇を手で塞いだからだ。
『……どうして、わかってくれない……』
『イサ……?』
口のなかに、小さな固まりが転がっている。
少しだけ苦いそれは、ゆっくりと喉の奥に消えていった。
『!』
すると、今までにないほど、目の前の光景がはっきりと見えた。色彩と輪郭が力を増したように映し出される。
奪われかけていた奈都の視力が、全て、元に戻った。
『イサ!お前、私に薬を……』
『…………』
久しぶりにクリアになった、その視界で見るイサの顔は、なんとも美しかった。
そして、今まで見えていなかった……いや、見ないようにしていた、彼の表情、その細かな心理までもを、明るみにした。
『イサ…………』
『…………』
『なんで、そんな顔、するんだ……?』
『……君が、いつまでもわからないふりをしているからだよ』
イサは奈都に近付くと、抱き寄せた。
彼には似つかわしくない、強引な仕草だった。
『!イサ……』
『僕は、あの夜……』
『……?』
『あの夜、言ったはずだよ。君に、伝えた、のに……』
『!だ、だってあれは……ただの……』
慰め、だろう?
そう尋ねると、イサは悲しそうに首を横にふった。
『……初めてだった。人に、話したのは……』
『!』
『あれは、僕の……僕の、本当の気持ちだ』
『!だって、お前は、ハルを追いかけて……』
『違う……違う、んだ』
イサの手に、ぐっと力がこもった。
『……確かに、僕はハルを治してやりたいと思った。薬だって、作ろうと思ったのはハルがきっかけだ。けれどそれは彼女への執着とかではなくて……ただ、彼女に償いたいからなんだ』
『……償う………?』
『きちんと、話すよ。でも、その前に……』
イサは、奈都の首筋に顔を埋めた。
更に近くなったイサの体温に、奈都の心臓が跳ねる。
『!イサ……』
『僕は……僕は、君が好きだ』
「!」
『ハルじゃない。ハルの代わりでもない。君を、ハルの代わりだなんて思ったことなんか、一度だってないんだ。だって僕には初めから、君だけだったんだから』
首筋に、イサの吐息がかかる。
イサの匂い。頭が痺れ、動かない。
奈都の中の"あれ"が、再び暴れだそうと顔を覗かせている。
『奈都』
『…………』
『奈都は、どうなの』
『……、な、にが……』
『……奈都にとっては、あの夜の僕は、彼の代わり、だったのかい?』
『!』
彼、という言葉。それが誰のことを指しているのかは、歴然だった。
『……僕は、彼の代わりにしか、なれないだろうか』
その意味を、反芻するたび。沢山の言い表せない感情が体の中を錯綜していく。
暴れだしそうになる自分の心を、必死で、抑え込む。
『奈都』
イサは顔をあげ、奈都を正面から見据えた。
目を反らせない。
しばし、見つめ合う、ふたり。
ごくりと、喉がなった。
『……違う』
奈都は、首をふった。
『……コーサの代わりなんか、いやしない。コーサはコーサで、お前は、お前、だ』
『…………』
『……だけどあいつを、お前の代わりにしようとは、した……』
『!』
手に入らないイサの代わりに。
わかりやすく愛情を示してくれる、コーサにすがった。
汚い心。だから、仕返しを食らった。
『でも、やっぱり、違う。お前の代わりなんか……、いない』
『奈都』
『だって……だって私は、あの夜、幸せだった!たとえ、それが偽りの優しさからのことだとしても……私への、最後の餞だったとしても。私は、充分だと思った。これでまた、お前のために生きていけると……!そう、思ったんだ』
だから、イサをもう一度ハルの元へ連れていくために。
奈都は戦うことを決意した。
『でも、怖かった……。また、お前に掴まったら……お前にすがりついてしまったら……。お前を、本当に、失ったとき、今度こそ、私は………!』
『……っ!』
奈都の言葉は、再び途切れてしまった。
『……!イサ……』
イサが、奈都の口を塞いだからだ。
今度は、唇で。
『……ありがとう』
『……?イサ?』
『ありがとう。奈都』
頭に響く、イサの声。
それと一緒に、何か、温かいものが奈都の中に流れ込んでくる。
『それだけで……その、言葉だけで。僕は、生きる全てをもらったよ……』
『イサ……』
重ね合った唇を、イサの涙がしとしとと濡らしていった。




