新たな一歩
『奈都』
『うん』
『準備は、整ったよ』
イサの家の前。
イサの後ろには、数人の男女が並んでいた。
『交渉は、うまくいったかい?』
『ああ。認めさせた』
奈都はそこに居る若者たちを見渡した。
みな、どこかしらに傷や欠損の痕が見られた。
「あなたが、奈都さまですね」
青年が言う。
「我々に、生きる道をくださって……ありがとうございます」
「捨てられるはずだった命を、一度ならず二度までも……どれ程、感謝をしていいか」
そう。
彼らはみな、かつて森でイサに治療を受けて生き長らえた者たちだった。
「どうぞ。我らを是非お使いください。あなた様の良いように」
「……、ありがとう」
奈都は彼らに頭を下げ、礼を言った。
奈都が連れていく貧民街の者たちとは、彼らのことだったのだ。
「まずは南の山に向かおう。厳しい道のりになると思うが、その分、敵も油断しているはずだ」
奈都は仲間と共に、新たな一歩を歩き出したのだった。
『奈都』
後ろを歩くイサが声をかける。
『……今のうちに、薬を』
『わかった』
奈都は渡された小瓶を飲み干した。
『もうすぐだね』
『ああ』
小雨の降る中、ざく、ざくと湿った落ち葉の中を歩く。
『体は、平気かい?』
『大丈夫だ。目も、見えている』
『そうか……少し、薬の調合を、変えてみたんだよ』
『……ん』
『?』
奈都は少し、言葉を咀嚼するような仕草を見せた。
『…………』
この薬は、本当は、彼女のために作っているんだろう?
奈都の胸に靄がかかる。
わかっている。
イサは、ハルのために近づいたのだ。
そして今も。
ハルに会いに行く手段として、この隊に同行しているだけだ。
そう。たったそれだけ。
あの夜のことは、きっと彼のせめてもの優しさだったのだ。
そう。憐れみみたいなものだ。
わかっている。
二度と間違えたりはしない。
けれど。
早く、その薬でハルの目が、治るといいな。
その一言が、言えない自分が、もどかしかった。
険しい山道が続き、ようやく一行は砦へと着いた。
敵に見つからないよう、姿を隠す。
少数の隊のため然程難しくはなかった。
「さて……」
どうするか。まずは作戦を練らねばならない。
奈都は地図を広げ、地形を見ながら唸った。
「奈都さま」
と、そこへ。
「僭越ながら、私にひとつ、考えがあります」
隊のひとりが、奈都に言った。
「なんだ?」
女は、顔の片側全部に、ひどい痣があった。
それを片手で隠し、目だけをキョロと上に向けて、おずおずと話し出した。
「その、私は町で、ずっと畑作をしておりました。ですから、天気の変化には多少詳しくございます」
「…………」
「そ、それで……明日の朝が、狙い目ではないかと思うのです。今はもう、ほぼ止んでおりますが、昨日からの雨で、空気は水を含んでいます。それに、この辺りは山々に囲まれ、風が弱いようです」
「……はっ!」
「気温も、低くなってきました。条件は、揃っています」
「そうか!」
彼女の意図に気付いた奈都が声をあげた。
「霧が出るんだな!」
女が、こくこくと頷く。
「はい。翌朝……夜が明けてすぐあたりが、一番濃くでると思います」
「それに紛れて近付けば……!」
「一気に、かたがつくのではないかと」
「……よし!」
奈都はニッと笑うと、隊の者たちを集め、彼らに作 戦を伝えた。
作戦は、まんまと成功した。
「奈都さま!奈都さま!」
「やりましたぞ!」
大将首を掲げる奈都。
隊のみなが奈都に向かって叫ぶ。
喝采のなか奈都は作戦を提案した女に近づいた。
「!な、奈都さま……」
「よくやったな!」
奈都は女の縮こまった背中を、ぽんと叩いた。
「この戦果はお前のものだ。お前が居なければ、こんなにうまくはいかなかった」
「!」
「この勝利は、お前のものだ」
奈都の労いに、女は伏せていた顔を、ぱっと明るくした。




