立ち上がる
数日後、奈都は城を訪ねた。
「!……コーサ……」
「…………」
王の傍らに立つ、コーサ。その姿を見て、奈都は全てを悟った。
あの日以来、奈都を訪ねてくることもなく、何の音沙汰も無かった、彼。
彼と共有した時間は、全て王が仕組んだことだったのだ。
奈都はようやく、それに気付いたのだった。
「……私も、つくづくガキだよな」
自嘲めいた笑い。
コーサは口を真一文字に結んで、背筋を伸ばして立っている。
その目に、奈都は映っていない。
それは奈都に微笑みかけたあの日々の、あの顔ではなく。初めて会ったときの、ただの真面目で従順な、権力に飼い慣らされた、いち若い兵士の顔だった。
「……ま、いいさ」
奈都はふっと息を吐くと、手に持った包みを王に向かって差し出した。
「ほらよ。国王殿に、手土産だ」
奈都はその薄汚れた包みを、どんと放り投げた。
それはいやに湿り気のある音を立て、床に転がった。
「!!」
包みの結び目が、はらりとほどけた。
中のものが姿を見せる。
「……!こ、これは!」
「ひっ……!」
城内の兵たちがどよめく。召し使いの女から悲鳴が漏れた。
「気に入ったかよ?」
奈都はにやりと笑った。
「西の峠の大将首だぜ」
「……っ!」
奈都はまるで庭に生えた木から採ってきたかのように言った。
真っ白な床に転がる、血にまみれた生首。
顔色を変えたコーサが、思わず口走る。
「そ、そんな……一体、どうやって……隊も連れずに、大将を討つなど……」
「……ハッ。彼処は兵の数が少なかったからな。余裕で殺れたよ」
「!」
「ひとりのほうが、潜み易い。大将だけ飛ばすなら、簡単さ」
「……そんな……」
砦を、たったひとりで奪い返した。
コーサがごくりと喉を鳴らす。
「……くっ……」
「!」
「ふふ……あははは!」
その時。
突然、王が笑い声をあげた。
「あっはっは!くっくっ……ああ。お前は本当に、人間の価値というものをよくわかっているね」
王は大仰に脚を組み替えると、右手で頬杖をつき、奈都を見据えた。
長い前髪に隠れた瞳は相変わらず、人を不愉快にさせる笑みを浮かべている。
「……ふふ。お前に機会を与える。兵をやろう」
「兵?」
「それで再び、隊を作るといい。また歌姫として戦わせてやろうというのだ。お前はそのために、わざわざここに来たのだろう?」
そんな手土産まで携えて、と王は皮肉るような口調で言った。
しかし、奈都は不愉快そうに眉をひそめ。
「兵士なんか、要らねーよ」
そう、奈都は王の提案を、ぴしゃりとはねつけた。
「何……?」
「てめーの息のかかった兵士なんざこっちからお断りだ。代わりに、町の人間を連れて行く。貧民街に暮らしてるやつらだ」
「貧民だと……?彼処には、まともな人間などいなかったはずだが……。壊れかけた人もどきを詰め込んだ所謂、掃き溜めだろう?」
王がさも不思議そうに首をかしげる。
「そんなものをわざわざ、戦場に連れていくというのか?お前は」
「ああ」
「ふむ……」
納得の行かない、という顔をした王に、更に奈都は畳み掛ける。
「それで。私の隊には、独立した権限が欲しい。私が全ての決定権を持てるように。……攻める場所も、動くタイミングも。私が自分で決められるようにしたい」
「!……ほう……」
奈都から出された、前代未聞の、提案。
民間人を引き連れた、完全な独立部隊を作る。
あまりに無茶だと、コーサは思った。
そんなことをこの王が許可をするわけがない。
王に仕える者には、一目瞭然だ。
しかし。
「……よし。わかった」
なんと、王は、許可を出したのだった。
王は側近を呼ぶと何やらひそひそと耳打ちし、それから奈都に向かって宣言した。
「認めよう。君の隊を、特別遊撃隊とする」
「!?王….…!」
「部隊の指揮は完全に君に委ねる。誰にも手出しはさせない。勿論、僕にもね」
「…………!」
王に制され、コーサは黙った。
「このコルネシアのために、頑張って戦ってくれたまえよ。なあ、歌姫殿」
コーサは王の意向を図りかねていた。
「大して期待はしていないがね。ふふっ」
「……ハッ。そりゃどーも」
奈都は踵を返して、部屋を出ようと扉に向かった。
「……ああ、そうだ」
その背中に、王が言葉を投げつけた。
「そういえば、彼処に押し込めたんだっけなあ。処分場から戻ってきた、不良品たちをさ」
「……!」
「一応治ったとはいえ、元は処分場送りにされたものたちだ。死に損ないを、普通の民と同じ暮らしをさせることはできないからねえ……」
王の声には、どこか嘲笑の響きが籠っている。
「彼処の暮らしはそりゃあ惨めなもんさ。生きて帰ってこないほうが幸せだってくらいにね」
「…………」
「ああ、それでお前が、連れていってやるのか?あいつらに相応しい死に場所にさ」
王は、反応を確かめるように、奈都の背中をじっと見た。
しかし、奈都は扉の前で軽やかに振り返ると、居抜くような目で王を見た。
「……結果は、すぐに出してやるさ」
だからそう、焦るなよ。
そう言って、片方の口角を上げ、嫌みに笑って見せた。
「ふう……頑張るねえ」
王は長い前髪をかきあげた。
「ま、時間稼ぎにはちょうどいいか。ねえ?コーサ」
「……は」
「もうすぐ聖女たちが目を覚ます。それまで、あの女が目眩ましになるだろうさ」
王は背もたれに深く凭れた。
ぎっと椅子が鳴る。
「遊撃隊、ね。文字どおりアリアムンドの駒たちと遊ばせておけばいい」
「…………」
「……もうじきだ……くくっ……ああ。楽しみだなあ」




