銀色
目が覚めると、見知らぬ森にいた。
『……!?君、ここで、何を…?』
そして、そこでハルは、イサに出会った。
しばらくの間、二人は共に暮らした。
イサはハルに、この世界について話した。
そして、自分が耳が聞こえない。基準を満たさない人間なのだと教えた。
『だから僕は、この世界には不要な人間なんだ』
彼は、そう言った。
「不要な、人間」
彼もまた、人とは違う、不良品。
わたしと、同じだ。
ハルはそう思った。
彼女は奈都と違って、イサの治療の手伝いはしなかった。
毎日。毎日。
ただ、椅子に座って、窓からの景色を眺めて過ごしていた。
ある日。イサが出掛けている間。
森に雨が降り出した。
音はさあっと森中に広がり、湿った匂いがあたりにたちこめた。
無数の木々を経て落ちていく雨粒。
その音のひとつひとつが、ハルを刺激した。
「なんだろう……見たことない、色…………」
ハルは、ふらふらと誘われるように、外へ出た。
雨。
音が反響する。
幾重にも幾重にも折り重なって、それはひとつの形を作る。
「きれい……」
ぐしゃぐしゃと、湿った土を踏む靴音さえも邪魔で、ハルは履いていた靴を脱ぎ捨てた。
裸足になって、ハルは夢中で森の中を走った。
そこで、あの場所に、行き着いてしまった。
「ーー………」
処理場のことについては、イサから話は聞いていた。
しかし、それでも。
この、あまりに惨い光景は、ハルの繊細な心に、耐え難い負荷を与えた。
「ーーっ、いやああぁーー………!」
ハルは、ガタガタと震え出した。
「ああああーーー!うああああーーー!!」
何度も、何度も叫ぶ。
目に焼き付いた残像を消そうと、何度も、喉が焼けるほど叫んだ。
あれは、不良品たちの、成れの果て。
そして、わたしの、結末なんだ。
絶望でいっぱいになる心。
その時、ふと、小さく声が聞こえた。
ー…………。
「……な、に……?」
「ぐる、ぐるるる……」
死体と、死体の間に。美しい銀色が見えた。
「!あれ、は……?」
銀色はもがいている。
穴から抜けようと、必死に体を捩らせ、暴れている。
「……、待って…!」
ハルは、駆け寄った。
さっきまで恐怖に震えていた手足を動かし、それの居るところまで、走った。
「!……犬…、じゃ、ない」
初めて見る、生き物だった。
犬の頭に、馬の体が付いているような。
何よりも。その体。
土と血と、腐肉にまみれて汚れていたが、所々に見える透き通るような銀色は、輝くような美しさを放っていた。
ハルは息をのみ、そして、思った。
この美しいものを、もっと見たい。
もっと近くで。その全てを見てみたい。
「…………」
行動は早かった。
ハルは積まれた死体の中から、それを引っ張り出した。
ほとんど無意識だった。
ただ、その獣を見たい。
その一心で、死体の山をかき分けた。
「があっ……ぐるるる……」
現れた獣は、一度黄褐色の血へどを吐き、それから、よろよろと立ち上がった。
子馬ほどの大きさのそれ。長い脚に、引き締まった体躯。その表面を、雨が伝う。
鋭い牙の除く口。そこからは絶えずは、は、と荒く呼気が漏れている。
息づく獣の迫力に、ハルは圧倒されそうになる。
「………あ。脚が……」
ハルが気付いた。
獣は、左後肢だけが地についていない。
関節の曲がりがおかしいように見える。怪我か、元からなのかはわからない。
けれどもきっと、これのせいでこの獣は、走れないのだ。
だからこんなところに、捨ておかれたのだ。
「………そっか。あなたも、不良品なのね」
ハルは獣にそっと手を伸ばした。
獣は一瞬、歯を剥いたが、しかし、すぐにやめた。
顔を近付け、ハルの手の匂いをくんくんと嗅いだ。そして、その手をべろりと舐めた。
「きゃっ!」
くすぐったさに、ハルが笑う。
心なしか、獣も少し、表情が和らいだように見えた。
「……行こ。体、拭かなきゃ」
降りしきる雨の中。
ハルはその獣を、小屋へと連れ帰った。




