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夏の面影

わたしは、夏に焦がれている。

夏は、世界を切り開く季節。

力強い熱。眩しい光。雲が、道を開ける。

圧倒される世界。全てが色濃く照らし出される。

夏はいつだって、世界の中心で、命の輝きに満ち満ちている。


わたしは、夏に焦がれている。


ずっと。ずっと……。




ずっと、自分が嫌いだった。

どうして人と同じことができないのか。

当たり前のことがこなせないのか。

世界にはわからないことが多すぎて、わたしはいつも、泣いていた。

みんな、そんなわたしを嘲り、笑った。

気味が悪いと、離れていった。


けれど、なっちゃんだけは、違った。


「行こう。ハル」

いつだって、なっちゃんはわたしの手を引いてくれた。

「ハルらしいな」

わたしを、認めてくれた。

「大丈夫。ハルは私が守ってやる。私は、ハルの矛で、盾なんだから」

わたしのために、戦ってくれた。


そんな強い妹を、わたしは眩しい思いで、見ていた。



ある日、知らない大人が来て、わたしを連れ出そうとした。

わたしは怖かった。だってわたしは弱いから。いつまでも、なっちゃんの陰でひっそりと暮らしていたかった。

でも。

「良かったじゃないか」

「なっちゃん…?」

「ハルの才能をわかってくれる人が、やっと現れたんだよ」

なっちゃんが、そう言ったから。

わたしはなすがまま、知らない世界に、飛び込んだ。




「あ!ハル!」

「久しぶり!ねえ、私たちのこと、覚えてるでしょ?」

「昔、よく遊んだよな」


ああ。

どうしてこの人たちは、わたしに笑いかけているんだろう。

わたしの名前を、呼んでいるんだろう。

頭に、ざーっとノイズが走る。

「前の曲聞いたよ!」

「すごく良かった!」

「なんだか、遠い人になっちゃったよね」

「昔から思ってたよ。すむ世界が違うなあって」

みんな、あんなにわたしのこと、嫌っていたはずなのに。

「また、仲良くしようよ」

「前みたいにさ」

何事もなかったみたいに、笑っている。

わたしはこの人たちが怖いのに、この人たちは、笑ってる。

わからない。

わからないから、すごく、怖い。




帰り道、ふと、思い出した。

子供の時に、奈都と話したことを。

「ねえ、なっちゃん…。わたし、何か変なのかな」

「変?」

「みんな、わたしの言うことをわかってくれない。おかしいって言うの」

そう。あの日は特に、空の匂いが灰色に変わっていて、心細くて仕方なかった。

「風が走る色も、雲が動く音も。どんどん変わっていくのが怖い。キンモクセイの花の匂いで、景色がセピアいろに変わって、不安で、泣きたくなるのを、みんなはどうしてやり過ごすの」

胸が潰されそうなほど、苦しいのに。

「誰も教えてくれない。変だ、頭がおかしいって、笑うだけ…」

「…ハル」

「やっぱり、わたし、どこかおかしいのかな。変なのかな」

おろおろと視線をさ迷わせるハルに、奈都は軽やかに笑って言った。

「そんなの、いちいち気にしなくていい」

「でも…」

「ったく。そいつら、明日私がしめといてやるからな!だから、心配すんな」

そういって、いつだって、奈都は軽く笑い飛ばして、

話はそこで終わってしまう。

今、あの時の続きを、ハルは聞きたいと思った。

だから、すがるような思いで、もう一度、奈都に同じ質問をした。

そして、返ってきた、答えは。

「…ああ。ハルは、普通じゃない。みんなとは、違うよ」

ハルは、目の前が真っ暗になるのを感じた。

「な、なっちゃん…?」

「私にはハルが見えているものも、言ってることも、わからない」

期待外れの、言葉。

「ハルだってわかってただろ?私とハルは、違うってこと」

いいや。奈都とは、奈都とだけは、わかりあえていると、思っていた。

「ただ、姉妹ってだけでさ。そうじゃなかったら、話すことも、ましてや同じ場所に立つことさえ、なかっただろうな」

奈都は、ハルにとって。

「…なっちゃんも、そう、思ってたの?」

奈都は。

この世界で。

「ああ。最初から、わかっていたことだよ。ハルは私やその他の人と、すむ世界が違うのさ」

たったひとつの、軸だったのに。

「……、そう………」

奈都までもが、自分を、拒絶した。

ハルは彼女の答えを、そう受け取った。


私は違う。おかしいんだ。

不良品。そんな言葉が浮かぶ。

だからみんなが当たり前にできることが、わたしには、できない。

「ハルは変わったんだよ」

違う。わたしは何も変わっていない。変わったのは、みんなのほう。

きっとわたしの知らないところで、世界が回ったんだ。

世界は変わり、軸は消えた。

わたしだけが、それに気づかない。

いつもそう。

弱くて、愚かなわたしは、この世界で、ひとりぼっち。


ここじゃ、ないのかな。

わたしの、居場所。



そして。

翌日、ハルはこの世界から姿を消した。


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