暗雲
「なんで……なんでハルが、こんなところに……?」
奈都は立ちすくんでいる。
「だってハルは、3年前に……」
3年前に、突然姿を消した、姉。
それが今、敵となって目の前に現れた。
「アリアが、なんて……そんな……」
奈都は、足元を見た。
兵士たちの残骸が、無秩序に転がっている。
原型も留めていない、人間、だったものたち。
「ハル……が……?」
あれを。
あの惨劇を。
「……ハルが……やったって……いうの、か…」
崖の上にいるハルは、人形のような目で地を見下ろしている。
冷たい。何の光もない、瞳。
『……!』
さっきからずっと、イサは彼女に向けて何か訴えかけている。
『……!』
けれど。
何も聞こえない。
何もわからない。
スレイプネルは嬉しそうに首を振っている。
一度も、こちらを振り返ることなく。
『ーー!』
二人とも。きっと、呼んでいるのだ。
ハルの名を、呼んでいる。
「……じゃ、なかった………」
奈都が、呟く。
「奈都さま…?」
「……私じゃ、なかった」
スレイプネルも、イサも。
欲しかったのは、私じゃない。
「私は…ハルの代わり、だったんだ……」
ぽつ、ぽつと、雨が降りだした。
まるで、奈都を嘲笑うかのように。雨は奈都の体を濡らしていく。
冷たい、冷たい雨だった。
「奈都、さま……」
コーサは、奈都を抱き抱えると、残った少数の兵たちに命じた。
「………撤退、だ」
「!」
「今すぐ、軍を退け。動けない者は、置いていく……!」
コーサは奈都を見た。
その虚ろな目は何も見てはいない。
歌姫の、戦意喪失。
奈都が最早戦える状態にないことは、明らかだった。
「……、くっ……!」
コーサは奈都を連れて、軍を撤退させた。
コルネシア軍は、アリアムンドに敗北したのだ。
敗北の知らせは、すぐにコルネシア中に広まった。
皆、奈都に希望を抱いていただけに、その落胆もひとしおであった。
国全体が、どんよりと暗い雲に覆われたようだった。
その心を映すように、冷たい雨は、降り続いた。
「ふうん……負けちゃったのか……」
コルネシアの王は、小指の爪を噛みながらつまらなそうに言った。
「やっぱり……あの歌姫じゃあ、無理があったかな」
「……いえ、彼女は……」
「……ふん…」
王は立ち上がると、膝まづく兵に近づき、その肩に手を置いた。
「!」
「もういいよ」
「……、は……」
「研究所から、知らせがあった。もうすぐ、完成しそうだとさ」
「!そ、それは……」
王はにた、と笑った。
「出来損ないの歌姫に、用はないさ」
王は兵の肩をぽんと叩いた。
「ご苦労だったね。コーサ」
「…………」




