じゃあね
旅は順調に進んでいった。
「イサ様!」
「どうかこちらへ!」
熱にやられたのか、兵が倒れた。
すぐにイサが呼ばれ、治療を施した。
「イサ様、ありがとうございました」
側の兵士が深々と頭を下げる。
最初、兵士たちの中には彼をどこか見下しているような者もいた。
イサのことを、耳も聞こえず、口も聞けない。非力な男だと侮った。
しかし、日ごとにイサの鮮やかな治療ぶりや、行き届いた気遣い。そして常より早く回復していく仲間を見て、兵士たちもそんな態度を改めた。
奈都はそれを、誇らしく思った。
途中、休憩をとるために、一晩夜営することにした。
夜遅く、奈都はユリスを繋いでいる小屋を訪ねた。
「よお。スレイプネル」
スレイプネルは、他のユリス達と並んで水を飲んでいた。
「体調、良さそうだな」
「ぐるる…」
側にあったブラシで体をすいてやる。スレイプネルは上機嫌に鳴いた。
「奈都さま?」
声に気付いたコーサが、奈都を見つけた。
「どうしました。ユリスたちに、何か……」
「ん。いや」
なんでもないよ、と奈都はブラシをもとあった場所に戻して言った。
「明日に備えて、早くお休みになったほうが」
「…ん」
「……怖い、ですか」
ぴく、と奈都が動きを止める。
「別に……戦はもう、何度も経験してる」
「そうでは、なくて」
コーサが首を振る。
「……イサ様に、見られることが」
「…………」
奈都の顔が、少しだけ強ばった。
「…奈都さま」
「いい」
奈都はじっと、自分の手首を見つめた。
イサの手当ての跡だと、コーサはすぐにわかった。
「…私が、居ます」
コーサが、その手をとった。
「……!コーサ」
「イサ様が居なくとも、私が……」
だから、と。その先を、コーサは言わなかった。
黙ったまま、見つめ合う、二人。
何か言わなくては、と奈都は乾いた口を開こうとした。
そこへ。
「!」
から、と小屋の戸が、開いた。
「イサ…」
『っ!』
イサは二人を見て、しまった、という顔をした。
『ご、ごめん。邪魔を、したかな』
イサがコーサをちら、と見ながら申し訳なさそうに言う。
奈都は慌ててコーサから離れた。
『あ、いや。全然。で、どうした?』
『……今のうちに、薬を渡して置こうかと思って』
『!薬、あ、ああ。そうだな…』
奈都はぎこちなく小瓶を受け取ると、懐にしまった。
『ありがと。イサ』
『……奈都、あの……』
イサが、何か言いかけた。
『ん?』
『……、いや。なんでも、ない』
が、諦めたように、ふっと息を吐いた。
『……僕はもう、行くよ』
じゃあね。
そう、言葉を残し。イサは小屋を、出ていった。
奈都はふと、イサの鞄を見た。
もうひとつ、大きめの薬瓶が見える。
中身は奈都のと同じ、青色だ。
予備だろうか、と奈都は思った。
「用意はできたか!」
スレイプネルに跨がり、奈都は叫んだ。
兵は雄叫びをあげて応える。
士気はこれ以上ないほど、高まっていた。
「奈都さま」
「コーサ!」
後ろにいるコーサが奈都の背中を支える。
「…頼むぞ」
「はい。守備はお任せください」
奈都は頷き、スレイプネルの首を軽く叩いた。
「お前もな」
スレイプネルが、ぐるる、と嘶く。
「……行くぞお前たち!アリアムンドに奪われた地を、取り戻すんだ!」




