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心の準備

「!奈都さま…」

コーサは驚いた。

早朝、スレイプネルの世話のためにユリス小屋を訪ねると、既に奈都が居たからだ。

「こんな早くに…どうしたのです?」

「…ん」

「まだ、夜明け前ですよ」

「ああ…。なんか、顔が見たくなってな」

スレイプネルを撫でながら、奈都が笑う。

どちらの顔を?とは、コーサには聞けなかった。

「…奈都さま。これからスレイプネルを走らせるのですが。よろしければ奈都さまも、ご一緒なさりますか?」

「!おお!もちろん!」




「最初に乗ったときに比べると、揺れが穏やかになったな」

スレイプネルの背で奈都が呟く。

「ええ。少しずつですが、スレイプネルの走りを調整しました」

手綱を引いて歩くコーサが答える。

「奈都さまに合わせた足運びに変えさせております」

「へえ。お前が調教したのか」

「お約束致しましたので」

「ふふ…。そうか」

奈都は、スレイプネルの歩調を少し早めた。

コーサが手綱を放す。

「行こうか!スレイプネル」

奈都が合図すると、スレイプネルは駆け出した。

ぐんぐんとスピードを増していく。

青い芝を、軽やかに走る。

時々、奈都を伺うようにスレイプネルは顔を向けた。奈都は首を叩いて、褒めてやる。

静かな空気の中、は、はと、スレイプネルの呼気だけが聞こえる。

「気持ちいい…」

スレイプネルと、自分が一体になったような、感覚。

奈都は思いきり息を吸った。

「スレイプネル」

「グルル…」

「…お前と…お前たちと、一緒なら。私はどこまででも、行けそうな気がするよ」

青白んでいた空に、光が射してきた。




次の戦の日取りが決定した。

今度の戦場は、少し遠い場所にあるという。

「これは…」

奈都は地図を見ながら、ため息をついた。

「……コーサ」

「ええ。これでは兵の体力が心配ですね」

道は岩場が続き、長く険しい。

数日かけて、向かうことになるだろう。

辛い道のりだ。その分、兵が怪我や、病気にかかる可能性は高くなる。

「その事なのですが。奈都さま」

「…あ?」

「王が、医師を同行させよ、と…」

「…医師だと?」

「はい…」

コーサが、躊躇いがちに口を開く。

「……王は、イサ様を、と……」

「!……、そうか」

来たか、と奈都は密かに舌打ちをした。

とうとう、王の命として彼の名が出てしまった。




奈都はイサの元へ向かい、事の次第を話した。

『…だから、次の戦はお前も私たちと共に、行けと…』

本心では、連れていきたくない。

しかし王の命令は、いくら歌姫の奈都といえど、無下に無視することはできなかった。

奈都は、イサの答えを待った。

『…じゃあ、薬を多めに作っておかなきゃね』

予想に反してイサは、あっさりと受諾した。

『傷の薬、消毒薬、鎮痛剤…念のため、解毒剤もいるかな』

『イサ…?』

『岩場には毒虫がいることが多いからね。また薬草をとってこなくちゃ』

それどころか。

あれと、これと…と薬品を指折り数えているイサの顔は、どことなく嬉しそうにさえ、見えた。

『…いい、のか…?』

『?何がだい?』

『だって…次に行くのは、本当の戦場だぞ。前みたいなのとは、違う…』

『…………』

『ただの偵察じゃなくて…今度のは、人と人が、殺し合うんだぞ』

『…わかっているよ』

『……、その中には、私も、その……』

『ちゃんと、わかってるよ。奈都』

イサは奈都の頭にぽんと手を置いた。

『君も戦うんだろう?』

『っ……』

『わかっているから。大丈夫』

イサはにこりと笑って見せた。

『君は、歌姫なんだもの』

『イサ…』

『何を見ても、僕は君を嫌いになったりしないよ』

そう言って、イサは奈都の髪を撫でた。

ほんの軽く。二、三度だけ。

『さて。そろそろ作業に戻るよ。急いで薬を作らなくちゃね』

『……うん』

『兵士の分と…町の人達の分も作っておかなきゃ。勿論、 君の薬もね』

イサは奈都から手を離すと、背中を向け、薬棚を調べ始めた。

奈都はそっと、自分の頭を触った。イサの体温が、少しだけ残っている気がした。

イサは片手にもった分厚い本を眺めながら、小さな紙に筆を走らせている。足りない薬草でも書き留めているのだろう。

奈都はしばらく、その後ろ姿を見ていた。

その時。

『……やっと………』

「?」

イサが、小さく呟いた。

『やっと、会えるんだ……』


その意味を、奈都は知る由もなかった。


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