代償
『お、おい!』
『…………』
『おい!イサって!』
半ば押し込まれるように家の中に連れ込まれる。奈都は混乱していた。
盗み見たイサの顔は、ひどく怒っているように見える。
「…………」
奈都は視線を落とした。
強く掴まれた手首が、赤くなっている。
腫れたりはしていない。けれど、焼けるように、じりじりと痛んだ。
『イサ』
『…………』
『……イサってば』
『…………』
返事も、ない。
イサは背中を向けて、薬草を選り分けている。
『イサ……』
遠い。
まるで彼との間に、壁があるみたいだ。
『……イサは』
『…………』
『イサは私を…嫌いに、なったのか…?』
イサの動きが、ぴたりと止まった。
『……私、な。謝りに来たんだ。縛り付けるような真似をして、悪かったと…』
『…………』
『もう、しないよ。ここに来るのも、嫌ならやめる。だから…』
『… 奈都?』
『……、嫌わないで……』
イサは、奈都を見た。
奈都は俯き、両手をぎっと握りしめていた。
『奈都…!』
イサは慌てて駆け寄ると、奈都の前に腰を落とし、その白くなった指先に手を重ねた。
『そうじゃない』
『…………』
『嫌いになったんじゃないよ。奈都』
イサが手を優しく包み込む。
『奈都。顔をあげて』
『…………』
『お願いだ。僕の、目を見て』
奈都は顔をあげ、イサを見た。
『……っ』
イサの顔は、思ったより近くにあった。
見つめるイサと、目が合う。
『奈都』
『………ぁ…』
『僕の顔、見えるかい?』
『……、イサ…?』
『答えて』
いつにないイサの厳しい口調に、奈都は戸惑った。
『……、見える……』
『…………』
『でも、少し、ぼやけてる、ような…』
『…っ!』
イサの顔が、強張った。
『イサ…?』
イサはさっと立ち上がると、再び、薬棚を漁り出した。
『お、おい。イサ…』
『…いつからだい?』
『え?』
『目が、おかしくなったのは』
『!…ここに帰ってくる、時から…』
『…………』
『戦が終わって、ほっとしてたら、急に…。帰ったら、イサに診てもらおうと思ってたんだ』
『……思ったより、早いな…』
イサが呟いた。
『?イサ。この目の、原因を知っているのか?』
『…………』
『なあ、イサ…』
『…君、さっきあの子に歌を聞かせたね?』
テーブルに薬瓶を並べながら、イサが尋ねた。
『!…あ、ああ。あの子、傷が痒いって言ってたから…』
『…………』
『ごめん。駄目だって言われていたのに…。でも、ひどい火傷で。薬が足りないって言うし、だから…』
『悪化しただろう?』
『!』
奈都はぎょっとした。
『…なんで、わかる』
『…………』
『イサ!』
『……その目はね』
イサは、重い口を開いた。
『代償、なんだよ』