火傷の痕
奈都は再び、イサの元へ向かった。
気まずさはある。しかし、きちんと話さなければならない。
己の過ちと、その理由。
そして、彼にも聞かねばならない。
なぜ、イサは自ら戦場に赴いたのだろうか。
聞いて、納得して。そして、奈都は彼を信じたかった。
奈都はすう、と一息吸うと、扉を開けた。鍵など最初からついていない。
「イサ!」
しかし、そこに彼の姿はなかった。
「…なんだ。出かけてるのかよ」
せっかく勇んで来たのに、などとぶつぶつ呟きながら外へ出ると、子供たちに見つかった。
「ねえさま!」
「わあ!ねえさまだ!」
奈都の周りに、きゃっきゃと騒いで子供たちが集まってくる。
「ねえさま!今日はどうしたの?」
「お医者のお兄さんに会いに来たんでしょ!」
「またお手伝い?」
奈都は苦笑し頷いた。
「ああ。でも居ないみたいだ」
「お兄さんはね、あっちの森へ出掛けたよ」
少年のひとりが、町のはずれを指差した。
「あ?森?」
「うん!おすくりの材料を採りに行ったんだと思う!」
「バカ。お、く、す、り、でしょ!」
自信たっぷりに言う少年を、隣の少女が肘で小突いた。
「あのね、ねえさま。お母さんが言ってたんだけど。お兄さんね、お薬が空っぽになっちゃったから、今日はお医者さんお休みするんだって」
「あー……」
「だからねえさま!今日はお手伝い、必要ないのよ」
「…ん。そうだな」
奈都は子供たちの頭を順番に撫でてやった。
きっと薬は、兵の治療に使いきってしまったのだろう。
彼のことだ。後先考えず、出来る限りの治療を施してやったんだろう。
「……、……」
「……?どうした」
そんなことを考えていると、少女のひとりがごそごそと、さっきからしきりに左腕を擦っているのが気になった。
「なんだ?腕、痒いのか?」
「うん…ちょっと…」
言い淀む少女。
「ちょっと見せろ」
奈都は少女の袖を捲りあげた。
そして、驚いた。
「!これは…」
少女の腕には、大きな火傷の痕があった。
「どうしたんだよ、これ…」
「…あ、あのね…。いつもは違うのよ。だけど、今日はお薬が無いから…。塗らないとね、痒いの…」
「…………」
恥ずかしそうに言う少女。
少女の火傷は、大人の手のひらくらいの大きさもある。ぐじゅぐじゅと、ひどく膿んでいる。
かきむしったせいだろう。所々、血が滲んでいた。
「ねえさま?」
「……そっか」
「…?」
「ちょっといいか?」
奈都は少女の手をとり、傷に手をかざした。
「っ!」
「大丈夫」
ピクリと震えた少女を安心させるように優しく言う。
「これ、治してやるよ」
「え?」
そして、奈都は歌い出した。
「ーーーー……」
少女の腕を、眩い光が覆う。
「…あっ……!」
しばらくすると、光は傷の中に染み込むようにゆっくりと消えていった。
歌が終わり、もう一度見ると、傷は綺麗な皮膚に生まれ変わっていた。
「……!!」
「どうだ?もう、痒くないか?」
少女は、呆然としながらこくりと頷いた。
不思議そうに、綺麗になった自分の腕を見回している。
「……ねえ、さま……」
「ん?」
「……これ、ねえさまが、したの?」
「ああ」
そうだよ、と奈都がにっこり笑って答えると、少女も安心したのか、ようやく笑いだした。
「すごい!私の火傷、治っちゃった!」
少女が跳び跳ねて叫んだ。
声につられて、子供たちが代わる代わる少女の腕を見に集まる。
「何!どうやったの!」
「ねえさま!さっきのは何!?」
「どうして光ったの?」
わいわいと騒ぎ出した。
興味津々。爛々と輝く子供たちの顔。
すると。
「!」
その輪郭が、ぼやけ始めた。
「!またか……!」
奈都はぐしぐしと目を擦った。
目が霞む。形を捉えられない。
「あれ…?」
なかなか、視力が戻らない。前より、酷くなっている気がした。
目を瞬かせていると、奈都を呼ぶ声が頭に響いた。
『イサ?』
奈都は声の主を探した。
数メートル先。ぼんやりとだが、人影が見えた。
『イサ!』
しかしイサは、その場に立ち止まって動かない。
ただ、じっとこちらを見ている。
『イサ。おい』
『…………』
『お前を探してたんだ。あの、さっきは…』
もう一度、目を擦る。
少しだけ、視界がはっきりとした。
『……!イサ?』
改めて見たイサは、真っ青な顔をしていた。
『…君…………』
『…えっ、ちょ、イサ……!』
イサは奈都の手を掴むと、半ば強引に引っ張って、家へと連れていった。