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秘密

人気のない場所まで来ると、奈都はへたりこんだ。

顔を伏せ、耳を塞ぐ。

けれどもイサの言葉が耳から離れない。


ー僕は、か弱い子供じゃないー


何度も何度も、繰り返し聞こえる声。

棘のように引っ掛かって、じくじくと痛む。

「……イサ」

あいつは、追いかけても来てくれないのか。

空を見上げ、呟く。

「…全部、見透かされていたのか……」

藪のほうで、物音がした。まさか、と奈都は振り向いた。

しかし。

「奈都さま!」

「!……コーサ……」

現れたのは、コーサだった。

「走り去るあなたを、見かけましたので」

イサでは、ない。

奈都は落胆した。そして少しでも期待した自分を、疎ましく思った。

「奈都さま。どうしたのです」

心配そうに見る、コーサの顔。そんな彼の全てが、今は虚構に見える。

「なんでもない」

奈都の突き放した態度に、コーサは違和感を覚えた。

「……なぜ、そんなに淋しい顔を、なさっているのです」

「さみ、しい…?」

「親とはぐれた、幼子のようなお顔を、なさっていますよ」

「………っ」

コーサの言葉が、堪えた。

くしゃ、と歪む顔を見られまいと急いで伏せたが、その顔をぐい、と持ち上げられてしまった。

「やめっ……」

「…イサ様の、ことですか」

「っ!」

奈都の目が丸く開かれる。

「…お前、は…………」

「奈都さまは、私が王に伝えたのだと、お思いなのですね」

「!……違う、のか…?」

コーサは少し悲しげな顔をして、首を振った。

「私では、ありません」

「っ!じゃあ、誰が…」

「…イサ様、ご本人です」

「……!」

奈都は、頭が真っ白になった。

「城の兵が言っておりました。突然王の元にイサ様が訪ねてこられ、自分を戦場に連れていって欲しいと、おっしゃったと…」

「!…じゃあ、イサは、私に嘘をついたと……?」

「…………」

コーサは、否定も肯定も、しなかった。しかし、彼の表情からして、それが嘘やごまかしなどではないということは、伝わった。

「そんな……コーサ…すまない…」

奈都は項垂れた。

「私は…お前を、疑った。お前を信じると言ったのに。それなのに、私……」

わなわなと震える奈都。

コーサはその隣に腰かけ、奈都の背中に手をおいた。

「…仕方ありません。奈都さまにとって、イサ様の存在がどれほど大きなものか。わかっている、つもりです」

「…………」

「そう簡単に、人と人とは、信頼は結べません。あなたは特に。警戒心の強いお方ですから。それもわかっているつもりです」

「コーサ……」

奈都の縮こまった背中を、コーサがゆっくりと撫でる。

「それでいいのです。そんな奈都さまだからこそ、私は付いていこうと思ったのですから」

「…………」

コーサが微笑む。背中の手は、暖かい。

その優しさに、つい、全てを委ねてしまいそうになる。

「……、なあ、コーサ」

「はい」

「…私には…さ。姉が、居たんだ」

「…………」

「ハル、っていうんだ」

奈都はゆっくりと、少しずつ。ハルのことを、話し始めた。




「…ハルはさ。特別だった」

「……特別?」

「才能があった。すごい才能だよ。みんな、ハルを変な子だって言ってたけど。私は、ずっと昔から、わかっていたんだ」

いつも、ハルの側にいたから。

大人たちが知るよりもずっと前に、奈都はハルの内に秘めたそれに、気が付いていた。

「ハルの才能が、世の中に出てから。みんな、ハルのことしか見なくなった。その時から、私はハルの妹でしか、なくなった」

誰も、自分を見てくれない。

自分が、一気に透明にされたような。そんな気がした。

「……私は、平凡だ。ハルみたいに、特別じゃない。そんなこと、小さな時からわかっていたさ。だからせめて、守ることで。ハルのために戦うことで、ハルにとって、いつまでも、私が特別であろうとしたんだ」

「奈都さま…」

「正義のなかにいれば、誰かが認めてくれると思っていた。私は…私だって、特別な何かになりたかった。だから私は、ハルに、いつまでもか弱くいて欲しかったんだ」

そして、それをイサにも繰り返した。

気付いていた。イサに、自分の歪んだ心を依存させていたことに。

だってそうでもしなければ、奈都は誰にも心を寄せられなかった。

それ以外に、心の拠り方を知らなかったのだ。

不器用で、愛に飢えた子供。

昔から、何も変わっていない。

奈都は自嘲した。

「誰かの盾になれば、矛になれば。きっと誰かが愛してくれる。そんな愚かな取引を、私はずっと、あいつに持ちかけていたんだろうな」

「…奈都さま……」

「そしてコーサ。……お前にもだ」

「…………」

コーサの顔が強ばる。

「私はお前にも、同じことをしている。お前を守ると。だから私を見てくれと。そうやって、お前を手に入れようとしているんだ。…ひどいよな」

ふっ、と鼻で笑う奈都に、コーサは。

「…嬉しいな」

と、小さく呟いた。

「…嬉しい?」

奈都は怪訝な顔をした。

「…なぜ?嬉しいと…」

「だって、やっとあなたが、私に心の内側を見せてくれたので」

「!」

奈都はどきりとした。

「いつもは強気な態度で隠していらっしゃる、それは」

「…………」

「イサ様にも、見せないお姿でしょう?」

「……、そんな、ことは……」

なんだか怖くなって、奈都は目を逸らそうとした。けれども、できない。

「…奈都さまは、いつもイサ様を見ていた。私は、お二人を見るたび…。奈都さまの口から、イサ様の名前が出るたびに。取り残されたような思いを、しておりました」

「…………」

「…けれど今。あなたは私に、弱さを。あなたの核心に、触れさせた」

コーサの瞳が、奈都を捉える。

「あの日。あなたは私を、信じると言ってくださった。どれほど私が嬉しく思ったか。わかりますか」

「…………」

「そこにどんな思惑があったにしても、私は構いませんよ。それが歪んだ欲求によるものでも。…イサ様の、代わりだとしても」

「コーサ…」

今の奈都の目には、コーサが。コーサだけが、はっきりと映し出されている。

「あなたが、ほんの少しでも、私を見てくれるなら。私はそれで、いいのです」

「…………」

穏やかで。けれど必死な、彼の表情に。

奈都は、堪らなくなった。

「!奈都さま…」

奈都は、コーサの胸に、顔を埋めた。

「ちょっと、貸せ」

「……はい。喜んで」

コーサは、奈都を抱き締めた。

「苦しくないですか?」

「……ん」

コーサの腕の中。

触れた場所から、コーサの温もりが伝わってくる。

「…お前、暖かいな」

「ありがとうございます」

ああ、情けない。

結局、彼の優しさにすがってしまった。

「…コーサ」

「なんでしょう」

「今日のこと…誰にも、言うなよな」

そんな自分の弱さが、恥ずかしい。

「全部ですか?」

「そう。絶対言うな。命令だぞ」

念を押す奈都に、コーサはふふ、と小さく笑った。

「はい。決して、言いません」

「…ん」

「私と奈都さまの、秘密でございます」

「……ふふ」

奈都は目を閉じた。

人の暖かさが、心地よい。


渇ききっていた心に、とくとくと何かが満たされていく。そんな気がした。

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