信頼
返り討ちにしたあの男は、本物の大将であると確認された。
敵はわざと目立つよう大将の影武者を立たせ、陣の内部に誘い込み、奈都を討ち取ろうとしたのだろう。
コーサのお陰で、それも失敗に終わらせることができたが。
「歌姫さま!歌姫さま!」
「コルネシア国の歌姫さま!ばんざーい!」
兵士たちの喝采はいつまでも続いた。
歌姫が自ら敵陣に飛び込み、勝利を導いた。
それは戦いに疲れた兵士たちの心に、いたく響いたのだろう。
彼らはまるで、熱にでも浮かされたように奈都に向け声をあげていた。
「我が国の歌姫さまは実に勇猛果敢でいらっしゃる!」
「ああ!美しい戦士さまだ!歌姫さまが居れば、アリアムンドなど何も怖くない!」
「……、うるっせえなあ…」
奈都がぼそりと呟いた。
「奈都さま。彼らはあなた様のお力と度量に、感激しているのですよ」
「っていってもよ…。さすがにこれは……」
わいわいと止まない賛辞の中、奈都は半ばうんざりしながら、コーサと共にコルネシアへ続く道を進んだ。
「…奈都さま」
「あ?」
「ありがとうございます」
コーサは、少し前を歩く奈都に頭を下げた。
「奈都さまに命を助けて頂いたおかげで、私も国に帰れます」
「!…いや。あれはお前が私を守ろうとしてできた傷じゃないか。礼を言うのは私の方だ」
奈都は気恥ずかしそうに、がしがしと頭をかいた。
「…あのさ、コーサ」
「はい?」
「私…、私な、怖かったんだ」
「?怖い…?」
「ん…。お前や、この世界のこと。私、何も信じちゃいなかった。だから何も期待せず、誰にも、頼るつもりもなかった。私にとって、この世界で頼れるものは、たったひとりだけだと…そう、思っていた」
コーサの脳裏にイサの顔がちらつく。
「だけど今日な。…少し、変わったよ」
「?」
「お前のことだ」
「!」
「…ありがとな」
「……、奈都、さま…」
コーサは驚き、奈都を見た。
奈都が、自分に対し、心を開こうとしている。
コーサはじっと、奈都の話に耳を傾けている。
「お前が今日、私にしてくれたことは、決して忘れない。お前は本当に、自分の命を棄ててまで、私を守ろうとしてくれた」
「…………」
「だから私は、お前を信じることにした」
「!」
「…命を賭けて、お前を守ると。今日、決めたよ」
そう告げる、奈都の背中に。
コーサは凛とした光を見た。
まだあどけなさの残る、この、少女は。
なんと強く、大きい…。
彼女はこの華奢な体で、たかが駒の一つに過ぎない自分の命を、背負おうとしている。
「…奈都さま」
「あ?」
コーサは奈都の細い肩に、後ろからそっと、腕を回した。
「!お、おい」
「私も、決めました」
抱き締める手に、力を込める。
「…私も、あなたをお守りしたい。コーサはこの命を賭けて、あなた様の盾になりとうございます」
「!」
「お許し、いただけますか…?」
コーサの言葉に、奈都は何も答えない。
しかし、ただ一度、こくり、と微かに頷いたのを、コーサは腕の中で確かめた。
「ありがとう、ございます…」
コーサにとっては、答えはそれだけで、充分だった。