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奈都は合間を縫っては、イサの住むスラム街へ足しげく通った。
イサはあの家で、貧しい彼らの治療を始めた。
城下町で見た人々とは違う。薄汚れて痩せ細った彼らの身体を、イサはそっと、まるで宝物のように、触れていた。
その指先に、奈都はいつも、手を止めて、見とれてしまう。
『奈都。そこの包帯を、とってくれないか』
『!あ、ああ。はいよ』
奈都は、言った通り訪ねる度イサの治療の手伝いをした。
勝手知ったる、というか。
森の小屋で身に付いた二人の阿吽の呼吸に、つい、奈都は嬉しくなる。
『なあ、イサ』
『ん?』
『これさ。ほら、この怪我とか。大分長くなりそうだし、なんなら私の歌で直しちまおうか?』
ふと、思っていたことを口にした。
イサの行動は尊重している。しかし、奈都が歌えば、あっという間に治療は終わる。
わざわざ薬を作って包帯を巻いて、など、手間も時間もかかることをしなくても済むのだ。
『駄目だよ!それは…!』
しかし、イサは強い口調で、それを拒んだ。
『!イサ?』
『君の、その力は………』
言いかけて、イサが口ごもる。
『なんだよ』
『…………』
『イサ、なあ…』
「ねえさま!ねえさまー!」
その時。
近所の子供たちが、奈都に駆け寄ってきた。
「ねえねえ!今日は私とままごとしてくれるんでしょう?」
「違うよ!僕とかけっこするんだい!」
「ねえさまは私と約束したのよ!あんたは後!」
奈都の周りをぐるぐると走り回りながら、子供たちが騒ぎ立てる。
「こら!お前たち!」
見兼ねた大人たちが、子供をきつく諌める。
「歌姫さまになんて口の聞き方を!」
「奈都さまとお呼びしなさい!」
しかし奈都は笑って、いいんだよ、と受け答える。
「なんて呼んでも構わないさ」
「しかし…!」
「いーからいーから」
奈都はケラケラ笑っている。
「あ、でも、口うるさいのが来たときだけは気を付けてくれよ。怒られるからさ」
「それは、私のことですか」
「!」
背後からの声に、奈都は飛び上がった。
「コ、コーサ…」
「おはようございます。奈都さま」
コーサを見た途端、みんな蜘蛛の子を散らすように慌てて奈都の前から姿を消した。
「ったく…。盗み聞きかよ」
「申し訳ありません。今、ちょうど来たものですから…」
それで、と、コーサはちら、とイサの方を見た。
「奈都さま。彼と、何をしていらっしゃるのですか?」
「ん?ああ、この町の人たちの治療を、な」
「治療…」
コーサは訝しげな顔を浮かべた。
「医療の知識があるのですか?」
「ああ。イサがな。ほとんど独学みたいだけど」
「…………」
「んで?お前は何しに来たんだ?」
コーサはパッとイサから目を離し、そして、奈都に向かいなおった。
「王が、奈都さまをお呼びです」
「王が…?」
「…私と共に、城へ、行きましょう」
城に着くと、ちょうど厩舎から出されたスレイプネルが、二人を出迎えた。
「久しぶりだな、スレイプネル!」
「ブルル…」
奈都を見つけたスレイプネルが、嬉しそうに嘶く。
「少し、大きくなったか?」
「ええ。体重も、他のユリスに比べてよく増えております」
コーサが説明する。
スレイプネルは、彼が世話をしているのだ。
「頑張って育てているんだな…。さすがに、お前になついたか」
「ええ。触れても、嫌な顔はされなくなりました」
コーサが苦笑する。
「しかし、奈都さまほどには…ほら、耳が半分、垂れているでしょう?これはユリスの情愛のしるしです」
「へえー」
「奈都さまに会えたのが、余程、嬉しいのでしょうね」
「ふふっ…。そうか。かわいいやつめ」
顎の下をわしわしと撫でてやると、スレイプネルは気持ち良さそうに、目を細めた。
「やあ。ようこそ。歌姫殿」
通された王の間で、王は奈都を出迎え、そして、宣言した。
「そろそろ…次の戦を始めるよ」
ピリ、と緊張が走る。
「アリアムンドの動きが鈍い、今が好機だ。一気に奴等を追い込もう」
「…………」
「奈都。君には、期待しているよ」
王の目は、ぎらぎらと燃えていた。
戦は、7日後。
明日にはここを発つと、コーサは言った。
奈都は、やはりイサには何も言わず、翌朝、再び戦場へと向かった。