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非常識で常識的な彼女  作者: R
非常識で常識的な彼女
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黒の『事情』の物語2

前回の続きです。主人公が「事情」を自覚する話。

ーー十年後(リン視点)


 私は鞄からお弁当を取り出すと、机の上で丁寧に広げた。うーん、今日も美味しそうですね♪

 お箸を持ち手を合わせ、まさに食べようとした、その時。


「りーんっ!」

「うわっ、とと」


 突然後ろから抱きつかれて、落としそうになったお箸を慌てて持ち直す。危なかった…! 私にとってお昼を食べられないのはもはや地獄だ。どうやって午後の授業に集中しろと。

 溜め息を吐いてお箸を置くと、首に回っている腕を突つく。


「…ハル?」

「えへへ、ビックリした? そんなに怒んないでよ♪」

「……はぁ」

「あ、溜め息ついた! そんなことしてると幸せ逃げちゃうぞ」

「だったら幸せを捕まえてきて。そして戻ってくんな」

「ヒドッ」


 何が酷いか。私のお昼を無くすとこだったくせに。死活問題なんだぞ。

 再び溜め息をついて未だ首に回っている腕を剥ぎ取る。そして後ろを振り返ると、よく見知った顔がニコニコと楽しげに立っていた。

 …確かに可愛いけど。美少女だけど。

 ちょっとムカついたので軽く頬を抓っておく。痛がってる顔も可愛いんだから、チクショウ!

 小さく唸っているとハルは鼻歌交じりに私の前の席に座った。その手には私と同じく手作り弁当。

 あれ? 珍しいな、ハルが弁当持ってくるなんて。いつもはメンドクサイとか言って買い弁なのに。というか初めて?

 不思議に思って眺めていると、視線に気付いたハルは何故か照れながら弁当の包みを解き始めた。


「どうしたの? ハルが持ち弁なんて」

「えへへ、ちょっとね」

「?」


 嬉しそうに包みを解いたハルに首を傾げつつ、開いた弁当の中身を見ると。

 う、うわぁ…! すんごい豪華。というか綺麗な料理。玉子焼きなんてピッカピカだよ。美味しそう!

 お婆ちゃんの作った弁当も勿論美味しいけど、見た目が少々……美味しいんだよ⁉︎

 あれー? でもこんなの作れるならいつも弁当でも良さそうなのに。ハルと知り合ってから弁当なんて見たことないし。

 うーん、と首を傾げて眺めていると、相変わらず嬉しそうなハルが種明かしをした。


「実はこのお弁当ね…」

「うん」

「……えー、と」

「うん?」

「えー……あー…その」

「……」

「あ、あのね?」

「早く言え」

「か、彼氏が作ってくれたの!」

「……へぇ」


 なんだ、そんなことかぁ。何を躊躇ってんのかと思ったら。そうかそうか、彼氏が作ってくれたのか。

 そう、彼氏が………


「彼氏⁉︎」


 い、今彼氏って言ったのかこの子⁉︎

 驚きで思わずお箸で持っていたものを弁当に落としてしまった。下に落とさなくて良かった。食べ物を粗末にしてはいけません。

 って、そうではなく!

 赤みが濃くなった顔を俯かせて、弁当の中身をお箸でつつき出すハルの姿は確かに可愛い。

 可愛い、のだが……


「誰だソイツは!」


 聞いてないぞ、彼氏が出来たなんて! というか、そんなの私が許しませんから!

 思考が父親? だからどうした!

 まだ見ぬ敵(ハルの彼氏)を思ってガルルと唸る私に対して、ハルは心底嬉しそうに報告する。


「えっとね。彼のご両親がレストラン経営してて、よくお手伝いで料理作ってるんだって」


 ーーそれからハルの惚気話の報告が長々と続いたので、簡単にまとめると。


・出会ったきっかけはハルの家族がそのレストランで食事したこと

・その時偶々給仕を担当していた彼と学校が同じことに気付き

・会話してみたら意気投合

・それからはスピードカップル成立


 というわけだそうな。それは判った。判ったけど……

 だからと言って納得するかどうかは話が別だ! お父さん、そんなの許しませんから!

 付き合うに至るまで、私に言わなかったのもムカつく。親友だろ、そんな大切なことは言ってくれよ!


「だって恥ずかしいもん! それに…ビックリさせたくて」

「うっ」


 ひ、卑怯だぞ。そんな可愛い顔で瞳をウルウルさせるとか。強気で怒れないじゃないか。

 ……はっ! まさか、確信犯⁉︎ 思わず疑っちゃうぞ。

 なんて私達がザ・青春な話で盛り上がり、それに周りにいたハル親衛隊(本人非公認)が反応して大騒ぎ。彼氏をこの場へ呼べ! とか抜け駆けだ! とか、廊下にまで聞こえる声で喚く男子が出るなどの被害が。

 如何にハルが美少女なのかお分かり頂けるだろう。性格の良さから女子に虐められることもなく、それどころか親衛隊の大半は女子で成り立っている。

 そんな彼女に彼氏が出来たらどうなるか……分かり切ったことだな!

 さて、その「彼」。どうしてくれようか♪



 昼休みの大騒ぎも予鈴のチャイムで一旦治まり、微妙にピリピリした空気の中で午後の授業も終了(空気の発生源は言うまでもない)。

 美術部に所属しているハルは部活に、私はそれが終わるまで図書室で課題を終わらせる。それが私とハルの日課だった。


「じゃあ、また後でね!」

「いってらっしゃい」


 図書室の前でハルと別れる。歩きながら振り返って、手を振るハルは本当に妖精。カメラが欲しい。あんな生き物を作るなんて、神様も偶には良い事をすると思う。

 手を振りかえしつつ、図書室のドアを開ける。中はいつも通り静まりかえって、各々自分の世界に入り込んでいる。

 あー、好きだなこの空気。静かだけど人の気配がある感じ。なんか落ち着く。

 その代わり、何か物を落とそうものなら一斉に無言の視線が突き刺さる。ましてや大声をあげようものならーーー


「キャーッ‼︎」


 そう、こんな悲鳴なんて………え、悲鳴?

 突然の悲鳴に驚いて本を落とす者、勢いよく立ち上がってイスを倒す者が続出する図書室。

 今の悲鳴…廊下から? しかも結構近かったような。

 そっとドアを薄く開いて廊下の様子を伺うと、何やら生徒が大慌てで正面玄関へと走っていく。その中には教師の姿もあった。あらら、生徒を押しのけてまで逃げる奴がいるとは。後でPTA会長の娘にでもチクってやろう。

 状況を確認しに来た先輩に留まっておくよう伝えて、私はさっさと廊下に出る。

 一人で逃げる? こんな楽しい状況で逃げるなんて、そんな勿体無いことはしません。

 それに通り過ぎた生徒が言ってたんだよねー。


「ねぇ、あの男。美術室に向かってない?」


 美術室にいるであろうハルを置いて逃げるなんてあり得ないから。

 しかも騒ぎの理由が不法侵入者の男。それが美術室に真っ直ぐ向かっている。

 狙いはハルなんじゃね? さすが我が親友。ついにはストーカーまで付きましたか。

 勿論、ハルに被害が及ぶ前に即排除。何処の馬の骨か分からん男にハルは触れさせん。

 あぁ、ハルの彼氏問題も片付いてないのに。その不審者には悪いけど、そのことについての八つ当たりもさせてもらおう。

 そんなことを考えていれば、美術室ーーーの窓の外。

 なんでドアからではなく窓かって? 校舎内を移動して不審者とかち合ったらヤバイじゃん! しかもまだ犯人の目的がハルか判らないし。そんな相手に暴力なんて、どっちが悪者か。

 窓を軽くノックすると、窓際に座っていた女子生徒が振り返って目を見開いた。まあ、驚くよね。いきなり外から人が来たら。

 ジェスチャーで窓を開けるよう頼むと、急いで開けてくれた。ありがとねー。

 よっ、と窓枠に手を置いてよじ登ると、それに気付いたハルが駆け寄って来た。


「凛? どうしたの、そんなとこから」


 あー、やっぱりまだ知らないみたいだね。美術室って奥の方にあるから騒ぎが届かなかったか。

 それに犯人が美術室に向かっていると判れば、わざわざ近付こうと思う人なんていないだろうし。

 私が知っている範囲で簡単に状況説明をすると、美術部の皆さんは一瞬固まって大慌てで帰り支度を始めた。

 ちょいちょい、そんなことしてる暇があるならさっさと逃げようよ。鞄なんて後で取りにくればいいんだし。

 チンタラしてたら、そろそろ不審者さんが到着ーーー


ガラッ


 しちゃったね、もう。

 ドアを開け放った男は焦点の定まらない血走った目をしていて、ブラリと垂らした手には小さな果物ナイフ。帽子を目深に被っているせいか、余計に薄気味悪く見える。

 突然の男の登場に部屋の中はしんと静まり、そして一気に大混乱になった。

 生徒が私の入ってきた窓や後ろのドアから脱出する一方、私は黙って男を観察した。

 うーん…。鍛えているようには見えないな。線が細いし、隙あり過ぎ。

 勝算を考えていると、クイッと袖を引かれた。横を見ると不安そうな顔をしたハルが、私ではなく男を見ていた。


「どうしたの。ハルも早くーー」

「…私、あの人知ってる」


 私の言葉を遮るようにして呟かれたハルの言葉に、ビックリして思わずハルと男を交互に見た。

 男も無表情にハルを見ていて、見ようによっては見つめ合っている様に見えなくもない。が、お互い無表情・ビビり気味じゃあね。間違っても誤解なんて起こらない雰囲気。

 男から目を離さずにハルに質問。


「知り合い?」

「知り合い……というか。先月くらいに隣に引っ越して来た人」

「話したりしたことは?」

「顔を合わせたら挨拶程度かな」

「よし、分かった」


 典型的な勘違い野郎のストーキングで決定。いくらハルが天使の微笑みで挨拶したからって勘違いしちゃいかん。ハルの笑顔は標準装備。


「ハル、後ろの窓から出られる?」


 小声でハルにだけ聞こえるように訊くと、小さく頷いた。

 よし、じゃあ姫には早々に逃走してもらいましょうか。姫を背後に庇いつつ戦う騎士っていうのもカッコイイとは思うけど、アレってもし敵が自分を避けて後ろに回られたら終わりなんじゃ。

 私達がジリジリと後退るのを、ストーカー男は何故かジッと見ているだけ。

 なんだろう。なんか様子が普通じゃない。いや、ストーキング自体普通じゃないけど、そういうのじゃなくて。

 虚ろな目に痩けた頬、血管の浮き出た腕。精神的にも身体的にもヤバそうな感じ。クスリでもやってるっぽいね。

 ハルが私の袖を引っ張って窓際に届いたことを知らせると、私達はパッと身を翻して外に飛び降りた。

 転けそうになったハルを抱え起こして、片手をとって正門に向けて駆け出す。なんでこの学校には裏門がないんだ! 美術室って正門から一番遠いんだぞ!

 小さい頃から剣道をやってる私はともかく、ハルは息を切らして必死に着いてくる。


「頑張れ、ハル。後もう少しだから!」

「ハァ…ハッ……う、うん……っ」


 振り返ってハルに声をかけると、苦しそうだけどしっかりと頷いた。

 ………ゲッ!


「ハ、ハル! もう少しスピード上げるよ⁉︎」

「…っ…えっ……⁉︎ む、無理、」

「後ろ! 追ってきてる!」


 ビクッとハルも振り返る先、あの男が意外にも速いスピードで追いかけてきていた。

 ナイフ片手に血走った目の奴が走って追ってくるとか恐怖! ホラーゲームでゾンビに追いかけられてる主人公はこんな気持ちなんだな。

 正門には先に脱出した生徒に教師、あと近所の野次馬が溜まっていた。私とハル、そして男が走ってくるのを見てまた悲鳴をあげながら散り散りに逃げて行く。

 おいおい、誰も警察呼んだりとかしてないのか⁉︎ これじゃ、いつ怪我人が出てもおかしくないよ。まぁでも、こんな田舎の警官なんて役に立つかな。

 ーー仕方ない、片付けてしまおう。


「ハル、正門へ真っ直ぐ走って」

「ハァ…っわ、分かった……ハッ」


 パッと手を離すと、ハルは私の言葉通り正門へ走っていく。それを立ち止まって見届けてから後ろを向く。

 振り返ると男も足を止めて私を見ていた。うわー、緊張する瞬間だね!

 もう時間は六時前くらいかな。空が夕陽で真っ赤に染まっている。それが男の持つナイフに反射して、少し眩しい。

 目を細めると、視界に映る男の表情が突然パッと明るくなった。な、なんだよ。


「ーー凛ちゃん?」


 ……へ? 今コイツ、私の名前を…

 驚きで固まっていると、目の前の男は心底嬉しそうにニコニコと話してくる。先程の無表情が嘘みたいだ。


「やっぱり! ずっと探していたのに見つからなくて、もう諦めてたんだよ」

「…誰? 私はアンタなんか知らない」

「知らなくても当然だよ。だって僕と君が出会ったのは、君がまだ五歳の時だからね♪」


 見つかって良かった、と笑う男を見ながら、私は五歳の時の出来事を思い出す。

 確か五歳といえば、私の両親が死んだ日。原因は、精神異常者による惨殺。目的は一人娘の誘拐。

 ーーそう、つまり私。


「私が見つからないから、代わりにハルを狙ってたの?」

「うん。でも、まさかこんな田舎で君を見つけるなんて! 嬉しいな」

「なんで、アンタがここに?」

「それは何故刑務所にいないのか、という意味? それなら簡単だよ。精神状態が普通じゃないってことで、刑が短くなったんだ。それにあの時は僕もまだ未成年だったし」

「それじゃ、今からでも遅くないね。さっさと刑務所に戻ってくれる?」


 笑顔でそう言い切ってやったのに、何故が男は更に嬉しそうか顔をする。

 え、まさか…。そういう趣味な人とかじゃないよね。それならそれで嫌なんだけど。

 でも男は私が想像とは違うところに喜んでいたらしい。


「うん、その笑顔! 小さい頃と変わってないね。あの時は迎えに行ったのに帰っちゃったから、改めて今日遊ぼうよ!」

「…馬鹿なの? 遊ぶってまさか、そのナイフで?」

「勿論♪ 僕ね、刃物で何かを切り刻むのが大好きなんだ」


 舌舐めずりをしてナイフを掲げる男の目には狂気が宿っている。それを見て感じるのは……微かな懐かしさ。確かに私は、あの目を知っている。

 ……マズイな。あっちはナイフ持ってるけどこっちは素手。幾ら相手が素人だとしても、油断したらやられるな。私が軽く身構えるのに対して、男はニコニコと笑うだけで構えようともしない。

 やる気あんのか、コイツ。素人のくせに無形の構えなんて無理だろうし、何より隙があり過ぎ。ワザとやってるようにも見えないし。

 …うん。危ない道はさっさと渡ってしまおう。野次馬もまた戻りつつあるし、飛び火でもしたら大変。

 そう考えて足に力を入れたところで、やっと男が口を開いた。


「君の両親は面白くなかったからなぁ。勿論、君は楽しませてくれるよね?」

「……何?」

「母親は一度。父親は最後まで足掻いてたけど、やっぱり簡単に動かなくなっちゃうし。これでも君の両親なんだから、少しは期待してたんだよ? なのに、あんな簡単に動かなくなっちゃうし」


 ナイフを指先で軽く摘みながらユラユラと揺らす男の口調は、手に入れた玩具があっさり壊れてしまった子供のようで。

 横暴だけど、そこに悪意はない。


 それに対して、嫌悪も困惑もない私はーーーこの男と「同類」なんだろうか。


 コイツの考え方は確かに常識的に考えれば間違ってると思うし、異常だとも思う。

 でもそれをおかしいとは思えない私も、異常だということで。そしてその事にも、何の反発も湧いてこない。

 私の中で、それを認めている部分がある。

 もしかしたら男も、直感的に私が「同類」だと分かったんだろうか。だから遊ぼうって。そして両親が死んだ。

 あぁ、だったら私は。この男を責めることは出来ない。原因が私で、私も同じなんだから。

 そんな私の心情なんて知らない男は、尚も嬉しそうに話す。


「でも、君は違うだろ?」

「そうだね。両親とは違うと思うよ」


 両親を殺した憎い相手ーーー普通なら。でも私は笑顔でコイツと会話出来てるーーー普通じゃないから。

 だって私も嬉しいと感じてる。私と同じ「同類」が見つかって。それに私自身が気付いたことも。

 昔から思ってた。怪我した友達の血を見てから、自らを傷つけてまでも血を見ようとしたり。やけに夕陽が好きだったり。赤に執着してた。

 小さい頃は何とも思わなかった。でも成長してからは、それが一般的に「異常」なんだって知ってからは表に出さないようにしてた。

 今、目の前にいるのは私と同じ壊れた人間。だったらーーー

 隠さなくても、いいよね?


「君! 危ないから離れて!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、数人の警官が警棒を構えてこちらの様子を伺っていた。ようやく来たのか。

 でも、今は邪魔しないで欲しいなぁ。せっかくこれまでに感じたことのない喜びに浸ってたのに。

 男もそう感じたのか、不愉快そうに正門を睨みつける。

 そんな男に私は嬉々として話しかける。


「ねぇ、アレなんかどうでもいいからさ。私と遊ぶんでしょ? 今なら遊んであげる」

「本当⁉︎ 嬉しいなぁ。この日をずっと夢見てたんだ♪」


 そして私達はお互いだけを視界に収めて。

 一瞬で間合いも詰めたのは、当然だけど私の方で。一気に男の腕を絡め取ってナイフを奪う。

 それからもう一度距離をとって。ナイフを男に向けて突き付ける。

 あっという間に不利な状況になったのにも関わらず、男の表情は歓喜に満ちていた。


「あぁ、やっぱり…君は特別だ。凛ちゃん、僕の大切な子」

「…さようなら、私の大切な人」


 そう。この世界に何人いるか分からない「同類」の。数少ない理解者である、大切な存在。

 制止する警官の声や野次馬の悲鳴がやけに遠く聞こえる中で、私はナイフは手元に引いて男の首筋を一直線に斬りつけた。

 あー、返り血がベッタリ制服にまで付いちゃった。お婆ちゃんになんて言おう。いや、バレる前に自分で洗ってしまおう。

 男は死を目前にしても笑顔のままで、ゆっくりと腕を私に伸ばすけど途中で力尽きて地面に落ちた。死顔まで笑顔とか…ある意味コイツの性格を最も表しているね。

 顔についた血を軽く腕で拭う。腕からも数滴、地面に滴った。

 あ、そうだ。ハルは大丈夫だったかな。ハルには悪いことしちゃったなぁ。私の身代わりみたいなもんだもん。

 えー、と。野次馬が溜まっている方へと目を向けると、その最前列に彼女の姿はあった。

 良かった、何ともなさそうだね。

 …さて、どうしよう。ハルは「普通」の人だもん。そんな人が私みたいな「異常者」に向ける感情なんて決まってるし。

 よし、簡単に謝ってさっさと身を隠そう。私のことを引き取ってくれたお爺ちゃんお婆ちゃんには悪いけど、殺人者の孫なんて居たらマズイよね。

 ハルの元に駆け寄ると、案の定、周りにいた野次馬(生徒・教師含む)は悲鳴をあげて離れた。うーん…分かってはいたけど、結構くるね。


「大丈夫? ごめんね、私のせいでーーー」


 そう謝りながら、ハルの頭を撫でようと手を伸ばすと。


「バカッ!」

「うわっ、ちょ…」


 突然ハルが体当たりする勢いで抱きついてきた。う、ちょっと息が詰まった。

 てか、うわ! ハルにまで返り血が!


「ハル、制服汚れるから…」

「バカバカ、バカーッ! 心配したじゃんかー! 怪我してない? どこも痛くない?」

「今まさにハルの腕が痛い」


 腕に力入れ過ぎだって、さすがにちょっと痛いぞ!

 予想外のハルの反応にちょっと戸惑いつつ冷静に突っ込むと、ハルは慌てて私を解放した。それでも手は私の身体をペタペタと触って怪我がないのかを確認している。

 思うんだけど……こうやって怪我を確認する人って、もし怪我があったとして思いっきり触っちゃってるよね。そっちの方が怪我人としては痛いだろう。

 大人しくハルの好きなようにさせていると、暫くして満足したのか手を離した。

 ハルは若干怯えた顔をしてはいるが、それでも私を見る瞳はいつも通りで。少し肩透かしを食らった感じがする。

 ジーッとハルの目を覗き込んでいると、可愛く首を傾げた。


「何?」

「うーん…いや。私が言うのもなんだけど……怖くないの?」

「怖いよ」

「そんなハッキリ言われるのも、ちょっと……」


 いや、素直なハルは大好きだけど。そこまで素直に率直に言わなくとも。

 微妙にダメージを負う私を他所に、ハルはあの男に一瞬だけ目を向けるてさっと戻した。

 あー、ハルには見せたくなかったな。トラウマになっちゃうだろうし。


「……怖かった。でもね」

「うん」

「凛が私のせいで死んじゃうんじゃないかって。そっちの方が、何倍も怖かった」

「っ! ……そっか」


 ……本当、ハルは私には勿体無いくらい良い子だよね。

 さっきの野次馬の中にはクラスメートの姿も何人もいたのに。結構仲のいい友達もいたんだけどなぁ。小声で「人殺し」って呟いたの聞こえちゃった。


 そんな大多数の中で、ハルだけは変わらずの態度をとってくれる。彼女は、それがどんなに嬉しいことか知っているのかな。

 本当の意味では理解していないだろうね。私のことを理解出来るのは「同類」だけだもの。


 私は自分より少しだけ低い所にあるハルの頭に手を乗せて微笑んだ。


「私、ハルのことが大好きだよ。だから、困ったことがあれば何でも言ってね?」

「? 勿論。私も凛のこと、だーいすきだよ」


 ちょっと照れ臭そうにしながらも私の目を見て話す親友を、大切にしたいと心の底から思う。

 それからは当然の如く警察に連行され。何故かそれに当然という顔のハルまで付いてきた。


「私が原因みたいなものだもん」


 ……うん、ごめんね。あの男は元々私に関係している奴だったんだよ。なんて今更言えない。彼女には曖昧に笑っておいた。

 それから警察の事情聴取はハルと一緒に受けて、どちらかと言うとハルの方が熱弁するという事態になったり。

 そのおかげか、まだ未成年だったせいか。私は退学処分になっただけだった。異例の処置だと、担当していた刑事さんも言っていた。どうやら学校側やハルの親が何か手を回したらしい。田舎だから出来る芸当だね。

 まあ、私としてはかなりの恩情だったんだけと、ハルとしてはそれでも不満なようで。


「凛が辞めるなら、私も辞める!」


 なんて言い出して、彼女の両親と共に必死に宥めた。おいおい、医者の娘が何言ってんの!

 お爺ちゃんとお婆ちゃんには何て言おう、と悩んでいたのだが。警察から事前に犯人が両親を殺した奴と同一人物だと知らされていたらしく、帰ってくるなり涙ながらにお礼を言われた。何か私が敵討ちを取ったみたいな話しになりつつあるな。

 問題は大学だったのだが、そこもハルの父親がいろいろ手を回してくれて、彼の恩師がいるという大学に受験させてくれることになった。

 受験資格だけを差し出す所にハルの父親の好意を感じるね。ハルは同じところを受験出来ると喜んでいたけど。主に私が勉強を教えてくれる、ということに対して。

 三年生になり受験シーズンも過ぎ、なんやかんやで合格発表の日。

 二人でハルの母親が運転する車で大学へ向かい、緊張しながら掲示板を睨む。

 そして結果は。


「やったー! 凛、あった! あったよ!」

「うん、私もあった!」


 お互い人目も憚らずハイタッチで喜んだ。腕上げる時に隣の人に肘打ちしてしまったけど、気にしない!

 帰り際。車に向かって移動している時、視線を感じて隣を見るとハルと目が合った。

 私が首を傾げると、ハルは満面の笑みで。


「これからも一緒だよ、凛」


 驚きで思わず立ち止まると、ハルは言ってから恥ずかしくなったのか顔を赤くして走って行ってしまった。

 その背を見ながら、彼女には言えないことを心の中で呟く。



 ねぇ、ハル?

 あの時、私を変わらず好きでいてくれた事。そして今でも変わらない態度で接してくれてる事。凄く嬉しいんだよ。

 でもね。そんな貴方だからこそ、言えないことがある。もし知ったら、本当に嫌われちゃうかもしれない。

 ハルが私の家に来ても、一度も私の部屋には入れなかったよね? 幾らハルが頼んでも。

 いつも「部屋汚れてるから」って言ってたけど、本当は違う。

 見られたくないっていうのは確か。でも理由が全然違う。

 ーーー私の部屋ね、真っ赤なんだよ。置いてある物、全部。そんな部屋に、大好きな親友を通せるわけない。

 昔から赤色が好き。理由なんて分からない。



 まるで呪いのように、頭から赤色が離れない。

主人公が敵を葬ることに躊躇いを感じない理由の一つ。それは素直過ぎな親友のため。

ちなみに彼氏さんも同じ大学です。主人公は敵対心MAXで反対してましたがw

主人公にとっては大好きな親友の彼氏は敵も同然。

次回は『知識は武器』

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