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非常識で常識的な彼女  作者: R
騎士団編
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44/69

カレン・サマンシャル

また……おそくなった……

 祝・騎士団長に勝利! 晴れて私がバナンスでトップに君臨!

 ……しゃったよ、どうする。いや、どうしようもないんだけど。

 指導者の立場っていうのも微妙なラインだったのに、実際に勝ってしまうとは。正式な試合じゃないから騎士としての経歴は無傷だけど、剣士としては黒星一つ。

 負けることは許されないけど、勝つのはヤバイ。主にアル様の反応が。

 ま、まぁ今後、団長を鍛えまくってしまえば問題ないよね! 目指せ、私超え。


「俺も鍛え方が足らないな」

「貴方が足りないというより、あの方が足り過ぎなんですよ」

「あー、それは言える。団長、気にすんな」


 おい、先に私に負けたガントさんにサハラさん。なんだ、その慰め方。団長もそこで頷くんじゃない。


「リン」

「うん、ケインも始めちゃって」

「分かった」


 隣に立つケインの声に仰ぎ見ながら頷くと、彼も頷き返して私達から少し離れた所に移動した。

 私と戦った人はケインへ流れる仕組みです。休む暇はないから頑張れ。

 そんな風に三人に伝えてみると、引き攣った顔でケインを眺めていた。それをケインが首を傾げて待っている。

 後退るサハラさんの襟を掴んで捕獲、ガントさんは背中を押して、団長は殺気を向けてサッサと行かせた。

 そんでもって、残りのメンバーに笑みを浮かべて振り返る。おい、怯えるんじゃない。


「それじゃ、次の人!」

「……お、俺は後でいいぞ」

「俺も!」

「おい、ズルいぞ! 最後は俺!」

「…今日は調子が悪いので、後日とかは…」

「うっさい、早く一列に並んで待機!」

「はいっ!」


 小学校の先生にでもなった気分だよ。ちょっとウルサイとか思ってた我が元担任よ、すまん。貴方は偉大だった。

 一列に並んだ彼らを改めてみると、先頭はリウェン。やっぱりというか……。

 腰が引けてるメンバーの中、リウェンは瞳を輝かせながら私を見つめていた。


「嬉しそうだねぇ」

「それはもう! リンと手合わせ出来るなんて、光栄です!」

「…そっかー」


 君はまた私より上の立場だということを忘れているようだねー。本当に貴族出身なんだろうか。末っ子とか?

 まぁ、騎士になってる時点で長男ではないだろうけど。騎士の家系じゃないと厳しい。

 本人が喜んでるから良いとはいえ……貴族の啀み合いのネタにならなきゃいいけど。

 まぁ、もともとリウェンに強く出れないんだけどね! ハルにさえ本気で怒ったことなんかないよ!

 嬉々として剣を構える彼に苦笑しつつ、私も軽く剣を振る。


「さぁ、どこからでも」

「それでは、お願いします!」




 結局、騎士団メンバーが総潰れするまで模擬戦は続いた。

 おーい、まだ日は高いぞー? 暗くなるまでまだ時間はあるんだし、私としては無駄にしたくないんだけど。

 しかし、また地面に倒れ込んでいる彼らに対し大変言い難い。私だって人の子。哀れみや同情の念はあるのだよ。

 ただ分かってるうえで無視するだけで。飴と鞭は使い様、って誰かが言ってた。

 ケインもまだまだ力が余ってたようで、「軽く歩いてくる」と言い残し森の中へ。

 私も行きたかったけど、騎士団を残して行くには余りに可哀想だった。

 なので、今は木に寄りかからせたリウェンの隣に座っていたり。さすがに汚れちゃうので、リウェンだけはシッカリ保護しました。

 団長との試合の後だからか、他のメンバーも本気で挑んできた。確かに良い機会だから、と開き直った結果らしい。

 なのでリウェンの服には微かに切れ目があり、頬にも擦り傷がある。


「ごめんね、リウェン。外しきれなかった」

「気にしないで。今はリンが、私達の上官なんですから。それに貴女からの期待には応えたいじゃないですか」

「リウェンー!」

「わっ」


 思わずギューッとリウェンに抱き付いた。なんて可愛い考えなんだ。

 顔を赤くしてオロオロしてるのも可愛らしくて変わらずギューッとしていると、ベリッと引き剥がされた。振り仰いで見ると笑顔の怖いガントさんが。


「リン様? リウェンが困ってますから、程々に」

「えー? そうなの、リウェン」

「えっ⁉︎ いえ、そんなことは…」

「ほら、問題ないってガントさん」

「リウェン、正直に言ってしまっていいんですよ。リン様もまた抱き着かない」

「やー」


 リウェンの首にしがみ付く私と困り果てて固まったリウェン、そして私を引っ張るガントさん。

 うん、団長以下団員が生暖かい視線を向けてくる。リウェンには同情も混じっているようだけど。

 まぁ、そろそろ本当にリウェンが可哀想だし、離れますか。

 パッとリウェンから腕を外し、ガントさんに引っ張られるまま身体を離した。


「心配しなくても、リウェンを奪ったりしませんよ」

「一体リン様は私をなんだと?」

「ん? 弟想いのブラコン」

「ブラコン? なんです、それ」

「異様に兄弟愛の強い人のことです」

「……別に私とリウェンは血が繋がってるわけではありませんが」

「私にとって血の繋がりなんて、重要度では底辺ですよ」


 肩を竦めながら口にすると、何やら難しい顔になったガントさん。リウェンには聞こえなかったのか不思議そうな表情でガントさんを見ている。

 だって血が繋がっていたって、ケインの叔父のように迫害する奴だっている。自分の子供を殺す親だっているし、その逆も然り。

 家族なんて結局「血の繋がった赤の他人」。自分で選んだ訳でもない相手を、どうして大切に想えるのか。

 私にはそれが謎。祖父母は好きだったけど、それは「家族だから」と言うより「彼らだから」と言う意味合いが大きい。


「……とにかく、リウェンをあまり困らせないように」

「はーい」


 簡単に飲み込める話ではないと判断したのか、表情を変えて言うガントさんにヒラヒラ手を振りつつ立ち上がる。

 そろそろケインも帰ってくるかな。気配は森の中をこっちに向かって移動してる。あと30秒ほどで着くと予想。


「はい、ちゅうもーく」


 いつものように手を打って注意を引く。地面に座り込んだり倒れ込んだりしたダラシない態勢だけだ、まぁ許そう。


「もう皆に体力が残ってないようなんで、今日はこれで終わりにします。明日も今の武器で練習するから、持って来るように」


 そこまで言い切ってから、私はケインから預かっている彼の剣を真上に放った。

 もちろん、ただ投げ捨てたわけじゃないよ。

 宙に舞った剣が天辺に来た時、その剣を掴み取る手があった。


 ーーー空から。


 いやー、何故か樹の上を枝伝いに戻って来たケイン君。そして当然のように数十メートルはありそうな樹の上から飛び降りて来た。

 その途中にあたる場所に私が剣を放ったわけです。

 軽々と私の隣に着地したケインはよろけることもなく立ち上がった。凄い脚力とバランス力だね、相変わらず。

 剣を無意識に目で追っていた騎士団はポカンとした表情でケインを見つめている。それをケインは不思議そうに見つめ返した。


「どうかしたのか」

「さあ? それよりもケイン、早く帰ろー」

「? 分かった」


 きっと説明しても「それがどうした」と言いそうなので省きます。面倒だから、とかではないぞ決して!


**********


 呆然としたままの騎士団を急かして王都内に戻り、騎士団とカレンさんは城へ、私とケインはアリン邸へと帰宅。


「あ、おかえりー♪」


 ………したはずなんだ。

 目の前には、何故か赤毛の少女がソファに座りブンブン手を振っている。その横のソファにはご主人が。

 一旦、開けたドアを閉めたよ。


「……ねぇ、ケイン」

「なんだ」

「私、疲れてるのかな。居ないはずの人が見えた気がしたんだ」

「そうだな。居たな」

「………やっぱり居たの?」

「気配があるから幻覚ではないぞ」


 気配有る無しの判断なんだね。

 確かにカレンさんは私達が城まで送り届けたはずなんだよ。彼女に与えられている部屋まで送って、今のように手を振りながらドアの向こうに消えたのまで見た。

 ……部屋に隠し通路でもあったのだろうか。コッソリ部屋を抜け出して馬を走らせれば、徒歩の私達より早く到着するけど。

 閉めたドアをジーッと眺めていると、部屋の中のご主人の気配が動きドアを開けた。

 今にも溜め息をつきそうな顔で、私達に入れと視線で促してくる。


「ご主人、私は部屋に…」

「彼女は君らに用があるんだ。早く入れ」

「え、私達に?」


 何か伝え忘れたことでもあったのかな。さっき思い出してくれてれば手間も省けただろうに。

 ご主人が開けてくれているドアから中を覗くと、やはりいる幻覚ではないカレンさん。

 顔を合わせた途端ドアを閉めた私を怒るわけでもなく、ただ不思議そうな表情をしている。そうか、私のは奇行か何かかと思われたか。

 愛想笑いを返して中に入る。それにケインも続いてご主人はドアを閉めた。

 もとの場所に座ったご主人に、私達はカレンさんの対面の二人掛けソファに着席。


「お疲れ様なところゴメンねー?」

「いえ、それは大丈夫なんですが……用があるなら、城で別れた時に言って下されば良かったのに」


 カレンさんにとっては二度手間では、と案じると笑顔で首を左右に振った。


「ううん! ちょっと大っぴらには言いづらい事だったから」

「? はあ…」


 大っぴらには言いづらい事ねぇ。正直、私には有り過ぎてどれか分からないよ。

 隣をチラ見すると微かに首を傾げた。ケインにも覚えがないらしい。まぁ、ケインのは体質だから見抜かれづらいとは思うけど。

 カレンさんに向き直り話の続きを促すと、彼女はニコッと笑い。


「二人のね、『事情』についてなんだー」


 思わずサッと腰を上げた。ケインも同じように立ち上がっている。

 ご主人を窺うと、彼もまた目を見開きカレンさんを凝視している。ということはご主人は教えてない。アル様が教えた、というのも無いだろう。それならご主人に一言あるはず。

 爆弾発言かました本人はキョトンとした顔で私達を交互に見た。


「どうかしたの?」

「………誰に聞きました?」

「ん? 聞いてないよー。ただ『そうかな?』って思って」

「その根拠は……」

「前にも会ったことあるんだー。二人みたいな雰囲気の人達と」


 スッと目を細めたカレンさん。その表情は今までの幼さは感じられない、アル様に「天才」と言わせた人物のものだ。


「一見まともそうなのに、よーく観察してみると実は真逆。欠陥を抱えてて、でもそれと共存出来てて。非常識と常識の間に生きてるせいで、ひどく壊れやすい心を欠陥が支えてる。

 誰よりも真っ直ぐで純粋で、それでいて歪んでる人達を沢山見てきた。

 私には、君達から彼らと同じものが見えるよ」


 二人を視界に入れて語っていたカレンさんは、立ち上がるとケインの前に立った。背の高いケインと小さいカレンさんじゃ、かなりの身長差があるから首が辛そうだ。


「ケイン君から感じ取れるのは………『孤独』と『寂しさ』かな。凄く優しい性格なのに、ただ『事情』のせいで遠巻きにされてる。人と関わらずに生きてきた分、感情表現は苦手みたいだね。でも、それ以上に相手の感情には敏感。特に自分と同じ『孤独』や『寂しさ』には」

「……」

「あ、だけど今は違うみたいだねー。今の君の周りには人がいーっぱい。大切だと感じたのなら、その気持ちを忘れずに。ね?」

「……そう、だな」


 ニコニコと笑顔で紡がれる彼女の言葉に、ケインは少し呆然とした表情で、それでもしっかりと頷き返した。

 ケインの腕をポンポンと叩いたカレンさんは、次に私へと視線を移した。

 私よりも頭一つ分は小柄な彼女の金色の瞳に覗き込まれ、スッと目を細められると猫のような印象を受ける。自由気ままで、なのにこちらの考えを読まれているような。



 ……あぁ、困った。カレンさんの髪もあって、赤がチラつく。



「凛ちゃんは……そうだな。『喪失』と『執着』、かな。大切な何かを失った穴を、他の何かで埋めようとしてる。失ったものが大きかったせいで、失うことに凄く臆病。だから大切なものを守ろうと、奪わせないようにと執着してる」

「…まぁ、当たってますね」

「ふふ、ありがとー。でもね、凛ちゃん。強すぎる執着は、時として喪失に繋がるから気を付けてね?」

「そうですね。気を付けます」


 まぁ、ウザがられても離れませんけど。

 軽く流す私に困った笑みを浮かべたカレンさんは、小さく首を傾げてご主人を振り返った。


「フェリスは知ってたんだよね?」

「あぁ。彼女の出自についても本人から聞いている」

「そっかー。なら、凛ちゃんが『ここ』の人じゃないことも?」

「………あぁ」


 カレンさんの言葉に片方だけの瞳を見開いたご主人は、一瞬だけ私を見てから頷いた。

 ご主人には言ってなかったからなぁ、彼女が私を本名で呼んだこと。私が忘れてたというのもあるんだけど。

 良い機会だし、訊いてみるかな。


「カレンさんは、私以外の異世界人に会ったことがあるんですか?」

「やっぱり……。ううん、会ったことはないよー? でも存在は知ってるし、凛ちゃんからは皆とは違うものが見えるから」

「じゃあ、なんで私の本名を?」

「うーん。なんでって訊かれると困っちゃうんだよなー。見えたから、としか…」


 眉を下げて本当に困ってるらしいカレンさんは、誤魔化そうとしているわけじゃなさそう。

 彼女の言う「見える」というのがどういう事なのか分からないから、何ともなぁ。

 同類でもないし、これもアル様の「天才」と呼んでいる部分なんだろうけど、仕組みは謎だ。カレンさん自身も、よく分かってないみたいだし。本人が分からないことが私に分かるわけないもんな……。

 消化不良で難しい顔をして考え込んでいると、カレンさんも頑張って言葉にしようとしてくれた。


「子供の頃からね、アタシには相手の本質が見えるんだ。その人がどんな感情で形作られて、だけらこそ送ってきたであろう過去を予想する。

 あ、見えるって言っても何か形としてだったり、文字として見えたりしてるわけじゃないんだ。相手を見ると頭にこう、パッと思いつくものがあって、だから見えるって表現してるんだけど……。

 大丈夫? 伝わってる?」


 自分でも何を言ってるのか分からなくなったきたのか、忙しなく表情を変えながら話してくれた。

 まぁ、何となくは理解した。多分、第六感的なものなんだろうね。この世界に第六感なんてあるのか分かんないが。

 正直、私も『事情持ち』について完全に分かってるわけじゃない。分かってるのは私のこと、そしてケインのように体質タイプもいること。

 そして、出逢ったらお互いを『事情持ち』として認識出来ること。

 だからカレンさんについては違うと言い切れる。でも逆に『事情持ち』だったら、なんとなくでもカレンさんの力が分かったかも。

『事情持ち』になっても良い事なんてないし、オススメはしないけどね。

 オロオロとしているカレンさんの頭を撫でて落ち着かせ、座るよう促した。


「大体、分かりました。思いつくってことは、私の国の言葉を書けるとかではないんですよね?」

「うん。あ、でも読めはするよ!」

「え、本当ですか⁉︎」


 それって凄いのでは。というか、カレンさん相手に暗号文は役に立たないと。

 ご主人を見ると、真面目な顔で頷いた。


「カレンは武器商人としても一流だが、暗号文の解読で右に出る者はいないな」

「…ワァオ」


 そっちを職業にした方が儲かるのでは?

 疑問が顔に出ていたのか、ご主人が溜め息をつきつつ教えてくれた。


「普通ならな。だが、カレンの能力は特殊過ぎる。野心家の貴族や族にでもバレたら利用されるのが目に見えている」

「あー……ナルホド」


 そりゃヤバイな。一歩間違えば飼い殺されると。しかもカレンさん自身は武闘派ではないらしいし。

 改めて目の前の女性を眺める。背はせめて中学生くらい。女性というより少女と言った方がいいほど幼い顔つき。あの巨体な荷物を背負えるとは思えない細い手足。

 うん、無理。力はありそうだけど、それだけじゃ勝てないからね。勝てるのは精々ケンカまで。

 今も私の視線の意味が分からないのか、不思議そうな顔で首を傾げている。とてもじゃないけど年上とは思えないな。



 カレンさんの用事は本当に私達への話だけだったようで、ご主人からの夕食の誘いを断り笑顔で城へと帰って行った。

 送るって言ったら何故かご主人に止められた。やっぱり城の秘密通路でも通って来たのだろうか…。

 夕食も終わり各自の部屋へと下がった夜。ご主人が私の部屋を訪ねて来た。


「どうしたんです?」

「……」


 ドアを開けた私の問いに無言のご主人。何かを言おうとして躊躇っている気配だ。

 廊下でもなんだし、と横に移動して道を開けると一瞬の間をおいて中へと入る。

 一応テーブル一式があるので、そこに二人で向かい合うように座る。お茶でも用意した方がいいんだろうか?

 中々喋らないご主人にやっぱりお茶を、と声をかけようとしたところでご主人が口を開いた。


「カレンが、言っていたことだが」

「? はい」

「大切なものの喪失……とは、君の両親のことだろう。君は前に、私に『事情』について教えてくれたな。その時は確か、五歳の頃の記憶だから覚えていないと言っていた。だが、今現在まで君の思考に影響を及ぼすほどの事を、本当に覚えていないのか?」


 ジッと目を逸らすことなく語られた言葉に、思わずパチクリと瞬いた。それほどに予想外の話だった。

 そんな前の話をちゃんと覚えていたことも、カレンさんの言葉からこんな気遣いをしてくれたことも。

 私の反応が真面目に話を聞いていないと感じたのか、ご主人が睨むように眉を寄せた。


「…私は真剣に…」

「分かってます、別に面白がってるとかじゃないですって! ただ、そんな話を覚えていてくれたのが驚きで」

「忘れるわけないだろう。君の大事な話だぞ」

「……フェリックスさんの、そういうところが好きです」

「なっ…………リン」

「真面目に言ってるんですよ? ご主人の優しいところが好きなのは本当です。

 そうですね……覚えていないのは嘘じゃありません。強いて言えば、頭に残ってるものはあることにはあるんですが」

「そうなのか?」

「記憶とかではないですよ。ただーーー赤が」

「赤?」


 怪訝そうなご主人の声が若干、遠くに聞こえる。

 あぁ、まただ。思考に赤が滲み出して、鈍くなる。部屋にある赤色だけが、強調されて見える。

 赤が足りない。ご主人に言って、赤を増やしてもらわないと。このテーブル一式も、壁や床も、部屋全部を。

 五歳の頃の記憶なんてない。両親のことだって、祖父母から教えられたことしか分からない。

 残されたのは、強烈な赤への感情。どんな感情なのかは知らない、ただ赤に強く魅かれる。

 赤と一括りにしても、赤ならなんでもいいわけじゃない。カレンさんの髪のような燃える炎のような赤じゃなくて。


 ーーーそう、皮膚の下を流れる血のような。濃くて深い赤。



「おいっ!」

「へ?」


 いきなり響いた大きな声に、反射で変な声を上げてしまった。

 音源であるご主人を驚いて見ると、何故か視線が合った途端にホッとしたように肩から力を抜いた。

 なに、どうしたんですか。ビックリするじゃないですか!


「突然黙り込んでボーッとするかと思えば、ブツブツと何かを呟いて。どうしたんだ」

「それはこっちのセリフ……というか、私そんなことしてたんですか?」


 おおっと。無意識のうちに奇行をしていた模様。いかんいかん。

 まだ頭に赤が引っかかる。これ以上はお互いのためにならないかな。よし、ご主人には悪いが今日は寝よう。まだ続きがあるなら明日でお願いします。

 そう率直にご主人に伝えると、彼も私が疲れていると受け取ったのか簡単に頷いてくれた。

 廊下までご主人を見送り、そのままベッドに倒れ込む。アリン邸に滞在中の楽しみの一つですよ。

 横になると少しずつ睡魔が襲ってきた。寝てしまえば明日には赤も消えてるだろう。そしたらご主人に改めて説明しよう。

 そう頭に刻んで、眠りについた。



カレンのはあくまでも能力の一つ。

次回は『突然の依頼』

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