地獄の特訓開始
特訓、開始!
やぁ、みんな! こーんにーちはー! 今日も元気いっぱいなリンちゃんでーす!
晴れ渡る青空、爽やかな風、美味しい空気。うん、絶好のピクニック日和だね♪
そして、加えて目の前に広がる風景。
立ち並ぶ木々、青々と茂る草、森独特の神秘的な雰囲気。うん、絶好の特訓場所だね♪
え、最初とイメージがかけ離れた? 気の所為だよ、だって私は移動したわけじゃない。初めからここに立ってるし。
それに今は仕事中だからね。遊んでる暇はないよ。私にも、もちろん彼らにも。
「はーい、頑張って! あと二周だから!」
「…っ、こ、殺す気、なのかっ」
「そんな事ないない。ほら、ケインだって余裕で走ってるじゃない」
「あい、つと…っ、一緒にす、んな!」
「私だってやってる特訓だから、死なない死なない」
文句言わんで走る! と笑顔で言い切る私に、サハラは通り過ぎざまに睨んでいった。はっはっ、疲労困憊な目で睨まれてもねぇ?
他のメンバーも似たり寄ったりな状態で走り去る中で、まだ余裕がありそうなのは団長とガントさんくらい。
どうせなので私も先頭を走る二人の横に並んで走る。私自身もまだまだ特訓しなきゃいけない身ですから。
因みにケインは一人でサッサと進んで、遠くに背中が見える距離。さすが森の住人。
「お疲れ様です、二人とも。余裕ですね」
「……これが、余裕に見えると?」
「いやぁ、他の皆に比べたら余裕でしょう」
「まぁ、これでも一応鍛えてますし」
苦しそうだが話しかけてもきちんと答えられるとは、なかなかやるな騎士団幹部。
それに比べて……と呆れ気味に後ろを振り返る。先程より先頭との差が開いているような?
あーあ、折角の美形が。そんな苦しいですってのを顔に出さないの。汗流す美形も需要はあるけどさ。
まったく、仕方ないなぁ。
「ほら、早く走らないと日が暮れるよ! この後にも予定はあるんだから!」
「こ、この後、とかっ、無理だろっ」
「え、なーに聞こえなーい」
「……お、まえはっ、悪魔か!」
「あぁ! もう一周追加してほしいんだね! まだまだ元気だなぁ」
「誰が言ったぁ!」
ほらほら、元気じゃないか。でも本当に追加しちゃうぞ、急がないと。嫌なら走れ。
元気に応援する私を元気に睨みつけてくる騎士団メンバーさん。その調子だ、頑張れ頑張れ。
さて。もうお分かりだろうが、念の為に只今の状況をお伝えしよう。
私達は現在、王都を取り囲む森の中にいる。理由は当然、アル様からの依頼を受け、早速彼らに八つ当た……ではなく、特訓をつけているのだ。
訓練場で実戦してみせたから、てっきり実戦の中で覚えるのかと思っていたであろう騎士団メンバー諸君。
だがしかし! 君達にはもっと大事なところから鍛え直させて頂こうか!
ということで、アル様からの許可をもらって王都を取り囲む森へ移動。不思議そうにする彼らに私は真面目な顔で。
「確かに私は言葉で教えるのは苦手だけど、それはあくまで戦闘の技術。それ以外は教えられるの」
「それ以外?」
「うん。まぁ、つまりは基礎体力作りなんだけど」
「基礎体力……? それなら十分にあると思うが」
「騎士としては、ね。でもアル様が望んでいるのは、どうやらその先らしいんだよ。なんせ、私とケインにお願いしてきたくらいだし」
そういうことだろう。私が騎士団メンバーに勝ったのはアル様も知っているし、ケインは私と鍛錬してるってのを聞いたんだろうか。
その上で私達にお願いしてきた。つまり今の騎士団では不満…とまではいかなくても、今以上を望んでいるのだと考えている。
アル様自身から特に何かを言われたわけじゃないから、多分だけどね。
それでも私よりアル様を知っている騎士団メンバーも思い当たる節があるらしく、難しい表情で頷いている。
……なーんて、真面目に言っていますが。本音を言えば騎士団を弄って気晴らししたいんです。彼らに言ったことは嘘じゃないけど……建前と本音は使い分けが大事。
だって騎士団メンバーは貴族。こんな機会がなきゃ弄れない! そして私は今、猛烈に八つ当たりがしたい!
八つ当たりが結果的に騎士団の能力向上に繋がるんだから、大丈夫だよね♪
「それで、何からするんだ?」
基礎体力作り、と聞いて若干残念そうな顔をしている人達もいるが、それでも興味津津に尋ねてくる。
異界人の私が教える=異世界の知識だと思ってらっしゃるのかね。間違ってはないが。
だが何度も言うが、これは八つ当たりです。普通の、なわけないよね?
大丈夫! 私が昔からやってる事だから! ある程度慣れればどうってことないさ!
期待に目か輝かせている彼らに、ニヤリと笑って一言。
「それじゃあ、まずはこの森の中を十周してもらおうかな」
「……は?」
「ルートはケインが走った道を走ればいいよ。ケイン、頼める?」
「分かった」
「いつもの感じでいいからね。よし、頑張れ諸君!」
その言葉を合図に駆け出すケイン。呆気にとられながらもルールを思い出した騎士団メンバーは、慌ててケインを追いかけて走り出した。
さーて。ケインがいるから迷子にはならんだろうし、気配探知でこの辺に危険動物はいない事が分かった。
いいよね、走り込みって! 持久力はもちろん、脚力、肺活量、その他諸々もアップできる。
そして何より、青春っぽい! 青春時代なんて過ぎちゃってる騎士団ですが、異世界風の青春を今から謳歌してもらおう。
案外、騎士団の特別顧問も楽しいかもしれない。
そんな感じで始まった野球部風、走り込み。どこが野球部風かと言うと、大勢で一気に走ってるとこかな。
…ごめん、私も野球部じゃないからイマイチ分んないけど。何となくなイメージだよ。深く気にしちゃいかん。
アデュー、と爽やかさをイメージした笑顔で手を振って、私はケインを追ってスピードアップ。
彼らにもこのくらいのペースで走ってもらいたいけど、まだ無理か。
後ろから騎士団の恨み言が聞こえたけどスルー。苦しいなら黙って走ればいいのに、おバカさんだな。
ほぼ全力ダッシュで森を駆け抜け、前を行くケインを追い掛ける。背後から迫る気配が私だと気付いたのか、チラリとだけ振り返った彼は少しだけペースを落としてくれた。
真横につくと、やっぱり息一つ乱れてなかった。私と違って始めから騎士団と共に走っていたのに、一定の速度で走り続けている。
さっすがー! 森に住んでいただけあって、そこら中に張り巡らされている木の根も、整備されていないデコボコな道(とも呼べないね)も慣れたもんです。
並んだ私をもう一度チラリと確認したケインは、視線で後ろの騎士団を指した。
「大丈夫なのか、アレで」
「まぁ、まだ初日だからね。これから慣らしていくよ」
「通常の業務に支障が出るんじゃないか?」
「何かあったら、その時は私とケインで対処すればいい。アル様にもそれで許可もらってるし」
正直に言うと……今の騎士団の戦力なら、私とケインの二人分くらいなんだよね。そうだな。団長プラス副団長=私、団員=ケインって感じ。
これは私の傲りとかではなく、ちゃんとご主人やアル様と話した答えだ。
だから二人に頼みたい、とアル様は言った。国内トップを集めた騎士団が、一般人に負けるようではシャレにならないもんね。
「二人が騎士団に入ってくれればいいんだけどね」とか言ってたけど、ご主人が思っきし睨みつけてたから流された。またアル様のオチャメな冗談だと思いたい。
確かに私達が騎士団に入れば問題はない。が、入るのに問題がある。
そもそも私達は騎士じゃないし、民間人。そんな奴らを入団させたら最後、これからの入団制度も改善しなくちゃならない。
それに私達が強いだけでも意味がない。いい機会なんだから、騎士団の底上げをした方が今後のためにも良いだろう。
私達ーーーいや、私がいつまでもここに居るとは限らないのだから。
「そんじゃ、この後の特訓についてケインにも教えとくね」
「いつもやってる事と一緒なんだろう?」
「うん、基本はね。でも騎士団は個人じゃなく集団だからさ、そっち方面もどうにかしなくちゃ」
「リンは集団戦闘は苦手なんじゃ…」
「まぁ、得意か不得意かならね。出来ないわけじゃないから」
そう、教えようと思えば教えられる。ただ専門分野じゃないから、あまり教えたくないだけ。だって間違ったものは教えられないじゃん?
もしかしたら騎士団の方が得意かもしれないけど、さっき団長が連携もこっちが上って言ってたし。彼が言うからにはそうなんだろう。
ケインも個人専門だけど相手に合わせて動けるから大丈夫。正直、ケインとなら打ち合わせ無しでも共闘できる。
戦闘のセンスでいうなら私よりケインが上だな。それでも私が勝てるのは、やっぱり「事情持ち」だから。
私のは戦闘向きだからねぇ。躊躇しないってのは案外、戦いの場では重要。
そう伝えると納得顔で頷くケイン。剣を持つ者として、思い当たる節があるんだろうな。
……ところで。
「ねぇ、ケイン」
「? なんだ」
「アレってさ……騎士団メンバーだよね?」
「そうだな」
軽々と走り残り一周となった所で、騎士団の最後尾が前方に見えた。
あっれー? ルート的には結構な距離があるし、普通なら後ろに追いつくなんてないはずなんだけど?
ケインもちょっと呆れ気味な表情で彼らの後ろ姿を見ている。
仕方ない、ここは手伝ってやろうじゃないか!
「ほーらそこぉ! 何をモタモタしてるの!」
「ゲッ……も、もう追いついて…っ」
「てか、お前、らっ……速過ぎ、なん、だよ!」
「ツベコベ言ってないで速く走る! 私達の方が速いんだから、あと一周あるってことだよ?」
「あ、ありえねぇ…!」
「はーい、頑張って! 私も付き合ってあげるから! ケイン、ゴールで立っといて」
「了解した」
そんなわけで私は騎士団最後尾に付き添ってダッシュ。ケインにはゴール係を頼んで、着いた人から休まるよう指示。
もちろん、最後尾が私に急かされペースアップさせられたのは言うまでも無いよね。
ささ、次に移りましょうか。
**********
その時の騎士団(レイモンド視点)
前々から思ってはいた。
だが相手は自分より年下、しかも女だ。ズバリと言うには躊躇するには十分な要素。
しかし、しかしだ。今回ばかりは言わせてもらおう。
「お前……本当に人間か?」
「え、何ですか団長。唐突に」
私のどこが人間じゃないんですか、と頬を膨らませるリン。
まぁ、確かに外見は人間だ。しかもかなり愛らしく、美人だとも思う。ちゃんとした正装をすれば貴族の令嬢で通るだろう。
だから問題は見た目じゃない、中身だ。
頭の中は、まぁ……置いといて。身体能力はまず令嬢とは言えまい。男の、しかも騎士にさえ勝てる令嬢がいてたまるか。
森の中を駆け回るまでは分かる。体力作りだと本人も言っていたし、俺らも走り込みはやる。
平坦な道とは違って、森という整備されていない不安定な場所で走ることでバランス能力を鍛える意味もあるのだろう。
その後の訓練場に戻ってからの柔軟や素振りも理解出来る。
それを何百回とやるのが問題なんだ。
これを毎日こなしているリンとケインを、人間かどうか疑っても仕方ないだろ。
そこらの騎士や兵士よりもキツイ鍛錬をしているはずの俺らでさえ、明日ちゃんと動けるか怪しい。
現に新人のリウェンに始まり、騎士団の何名かは既にダウンしてしまっている。
俺も少しツラくなってきているというのに、同じ内容の特訓を一緒にやっているリンとケインには全くと言っていいほど疲れが見えない。
ケインはまだ男だから良いとして、女であるリンにまで負けているのかと思うと今更ではあるが少々情けない。
「団長、深く考えても仕方ないですよ。あの二人は別の人種だと思えばいいんです」
「ちょ、ガントさん。それはいくら何でも酷くない⁉︎」
「そうですか? これは失礼」
「……全然失礼だと思ってない。何その眩しい笑顔」
ガントの慰めなのかイマイチ分からない言葉にリンが反応しているが、ガントに遊ばれて終わった。
ある意味、騎士団(アルは含まず)でリンに勝てるのはガントだけだろう。主に口先で。
そしてガントに勝てるのも、リンだけだろう。
あまり知られていないが、俺はガントに剣で勝ったことはない。逆に負けたこともない。
団長・副団長の関係上、表向きは俺が上になっているだけだ。
だからガントがリンに負けたと聞いた時は衝撃だった。
笑って、それでも少し悔しそうに報告してきたガント。何か言ってやるべきだったんだろうが、その時は絶句して何も返せなかった。
アルの言っていたことは正しい。剣を持つ者として、自分をより高めたいと思う。たとえそれが、越えるべき相手に教えを請うことになろうと。
越えたいと思うし、越えなければならないと思う。
騎士団『死神』の名は伊達じゃない。主の命があれば、誰であろうとその命を狩れるようでなくては。
限りなく低いが、リンやケインが敵に回る可能性だってあるのだ。
多分、リンもそれを理解しているからこそアルの願いを聞き入れたのだと思っている。頭では理解していなくとも、本能的には察しているはず。
あの娘はそういう奴だ。この短い時間でも十分に分かる。
「おーい、団長ー?」
「…っ、なんだ」
「いや、なんだじゃないですよ。突然ボーッとしちゃって。気分でも悪くなっちゃいました?」
「なんでもない、大丈夫だ」
「そうですか…? 体調が悪い時はちゃんと言って下さいね。団長が倒れても私の力じゃ運べませんよ」
「お前なら出来そうだがな」
「…それって、どういう意味ですかね?」
殺気を秘めた笑みを浮かべるリンに苦笑いを返し、グシャグシャと乱暴に頭を撫でた。
むくれて髪を直す姿は普通の娘にしか見えない。それにホッとしてしまうのは、やはり俺もコイツを「別の人種」だとでも思っているのだろうか。
確かにリンは異界人だ。それだけで「別種」だと考える奴らも確かにいる。
少なくとも、意識してはいないと言い切れる。だが無意識レベルでは……分からない。
だから。それも含めて彼女に宣誓しよう。
お前のその強さが、畏怖される原因の一つであるのなら。
俺が越えてやろう。
そして僅かにでもお前から、心の負担が消えればいい。
今はまだ声に出しては言えないが、いつか面と向かって言おう。
この俺が唯一、心に留めた娘に。
ただ普通の、当たり前の幸せを祈る。
リンやケインが出来る=死なないの公式に、反論者が続出。
大丈夫、マルク達もやったよ。
レイモンドは無意識にリンの「事情」を引きずってる模様。
次回は『敵か味方か』




