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非常識で常識的な彼女  作者: R
騎士団編
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37/69

王子のお願い

遅刻遅刻ー!

 とある国のとあるお城にて。


「キャーッ!」


 一つの悲鳴が木霊した。声からして女性。

 どこから響いてきたのか分からなかった者なら、城内にいる貴族の令嬢あたりだと思うだろう。

 しかしその声は、何故か女性の入ることのない男性用の騎士寮から発生していた。

 発生源が分かってしまった哀れな者達は、後々に語り継ぐこととなるだろう。

『騎士寮には、女の霊が住んでいる』と…!


 ………まぁ、おふざけはここまで。

 居ませんよ、そんなの。この世界に霊という存在が居るかどうかも分んないし。居たとしても私、霊感ゼロだし。

 何よりその悲鳴の犯人。


「ちょ、離れて下さいなアル様!」


 ーーー私ですから。

 はい。ここはバナンス国の城内、しかもアル様の総指揮長としての執務室ですよ。

 アッシュ達と(泣く泣く)別れて、寄り道もせず真っ直ぐに(嫌々ながら)お城に向かいましたとも。

 正面から入ったことがないし、正式な招待ではないので正門から入るわけにもいかず。いつも通りに裏口から入って騎士寮へ直行。

 あの会議室に入ると壁に寄り掛かるリウェンがいた。扉から出て来た私を見るとパッと嬉しそうに表情を輝かせた。

 あー、癒される。さっきのがさっきのだし。目の毒とまではいかないけど、うん。

 やっぱり女装するなら美少年だよね!


「どうかした?」

「ううん、何でもないよー。私待ちだった?」

「王子に頼まれてね。それに……」

「うん?」

「……私も、その、会いたかったから…」


 ………。

 ……………。

 誰か! 誰か、カメラを持ってないか!

 何この可愛い生き物は。照れて赤くなりながら頬を掻くなんて、美のつく少年少女しか許されていない秘技じゃないの。

 そして凄く似合う。天使です、天使。異世界版ハルは健在だな!

 よし、リウェンを襲ってしまう前に早く行こうか。


「あ、そうだね。それじゃ、行こうか。王子達は執務室だよ」

「ご主人達も?」

「うん。あぁ、でも…」

「ん?」

「ケイン様は中庭に行かれたよ。『俺は結果が知れればいい』って仰ってた」


 …なん、だと?

 歩き出そうと踏み出した状態で突然固まった私に、リウェンは不思議そうな顔。

 ケインよ。その去り際のセリフは大変カッコイイですよ、うん。

 しかし、しかしだよ⁉︎ あのケインが、よりによって城内で一人?

 もちろん、迷子とか彼自身が問題を起こす心配をしているわけじゃない。ケインはそんなことするような奴じゃないって分かってるとも。

 じゃあ、私が何を心配しているか。


 問題其の一、ケインの外見。この辺では珍しい色黒な肌に緑の瞳という神秘的な容姿なうえ、顔の造形は一級品。背は高いし、鍛えてるから体格もいい。当然、女が寄ってくる。

 問題其の二、ケインの声量。最近はマシになってきたとはいえ、未だに彼の声量は極小。普通はかなり近くに行かないと聞こえない。問題其の一に合わせて凄く危険。

 問題其の三、ケインの性格。これが一番重要。ケインは基本、天然さんなのだ。しかも貴族社会では常識の、遠回しの会話など出来るはずもない。女性が勘違いして好意を示してくるなら良い。だがもし、相手を怒らせようものなら……。

 私とケインは王子や公爵と懇意だろうと、一般人なのだ。その場で不敬だと罰せられても文句は言えない。


 これが心配せずにいられますか? いられるわけねーよ!

 引きつった笑みを浮かべながらリウェンを見上げる。


「ねぇ……ケイン、今一人?」

「? いや、確か騎士の一人がついて行ったはずだよ。それがどうかした?」

「そう…一人じゃないならいいんだ」


 よぉし、災厄の事態は回避出来た。誰か知らんが、ちゃんと見張っててくれよ。

 ホッと息を抜くと更に不思議そうな顔になったリウェン。気にするな、忘れろ。

 ポンポンと肩を叩いて先に進むよう示すと、リウェンは自分の仕事を思い出したように慌てて歩き出した。

 その背中を見ながら城内の何処かにいるらしいケインの気配を探す。中庭に行ったということは、恐らく自然に触れに行ったんだと思う。

 もともと森の中で暮らしていたケインは、ロウルさんの所で居候を始めてからも度々森へ行っているらしい。

 その中に狩りも含まれているだろうけど、大体は何も持たずにフラッと出掛けて暫くすると帰って来ている。

 せめて帯剣してはどうだと言ったロウルさんに、ケインは必要ないと答えたそうだ。

 それで心配したロウルさんが私の所へ相談しに来て、私がコッソリ後を付けて行った結果、彼は木や草といった自然に触れ気持ちを安らげていることが分かった。

 直接ケインに訊いた訳じゃないけど、木の枝の上で眠っていた時の気配は凄く柔らかかった。

 だから今回もそうだとは思うけど、ここは城内なので控えて欲しかったよ。

 内心苦笑しつつ探っていると、ここから少し離れた場所でケインの気配を感じた。その近くに騎士らしき人の気配も一つ。

 二人の他に周囲に人の気配がしないことを確認してから、探知を止めた。

 あっちは大丈夫そうだから、そろそろ私の問題に戻りますか。

 ……ご主人、出来ればお説教は短くお願いします。


**********


アルブレヒトの執務室にて


「本当に変わらないね、リン。相変わらず可愛らしくて嬉しいよ」

「分かりましたから離れてアル様!」


 そして冒頭へと戻る。

 リウェンに案内されたアル様の執務室に通された途端、俊敏に駆け寄って来たアル様によって抱きつかれました。

 本当に入ってすぐだったからご主人の顔色を伺うことも出来ず、かと言って王子を無理やり引っぺがすのも怖いしで冷や汗かきまくり。

 団長、いるのは分かってますよ! 早くコレ(アル様)剥がして!

 一向に自ら離れようとはしないアル様に、団長へテレパシーで救援を求めるとベリッと剥がされた。剥がしたのは当然、団長。

 おぉ、テレパシーが通じたのかい?


「いい加減その辺にしとけ。リンが窒息死するぞ」


 …なんだ。バタバタしてたのが苦しそうに見えただけか。いや、実際ちょっと苦しかったんだけどさ。

 猫のように団長に襟首を捕まえられたアル様は、何やら不満げに振り返って友人を睨んだ。


「レイ、羨ましいからって僕の邪魔しないでよ。せっかく癒されてたのに」

「……さっさと椅子に戻れ」

「へぇ…羨ましいってのは否定しないんだ?」

「っ……うるさいぞ」


 ニヤニヤ笑うアル様を最後は面倒そうに引きずって椅子に戻した団長。襟首を掴んだままだったから「グエッ」ってアル様が苦しそうにしてたけどスルーします。

 ……ふむ。そうか、羨ましかったのか。


「団長、団長」

「? なんだ」

「ほら、カモン!」

「は⁉︎」


 笑顔で両腕を広げてみせると目を見開いて固まってしまった。私はそれに首を傾げる。

 なんだよ、羨ましかったんでしょ? 遠慮すんな、ほら来い!

 フリーズした団長を辛抱強く待ってみると、何故か視線が泳ぎ出した。微妙に迷っている模様。

 ええい、私から行っちゃえ!


「ていっ」

「っ!」


 真っ正面から抱き着くと一瞬だけビクッと肩を震わした団長は、それでも私を引き剥がそうとはしなかった。

 団長ってモテるだろうし、こういうの慣れてると思ってたんだけど……実はシャイボーイなのか?

 騎士らしく逞しい身体に抱き着きながらそんなことを思っていると、再び固まっていた団長がノロノロと腕を上げて軽く私を抱き返した。

 暫くしてから離れた団長は、何故か複雑そうな顔をしていた。あれー? 羨ましかったんだよね?

 むー、彼の考えていることは難しくて分からん。所詮、頭の出来が違うからね! ポジティブに自虐してみたよ。

 団長を見上げて首を傾げていると、チョンチョンと肩を突つかれた。

 振り向くと顔を微かに赤くしたリウェンが、照れた時の癖なのか頬を掻きながら私を見下ろしていた。

 なんだい天然産シャイボーイ君!


「リン……その…私もいいかな」

「? あー、なるほど。うん、どうぞどうぞ」


 そんな可愛くお願いされて断るはずがなかろう!

 満面の笑みで頷いた私に嬉しそうに微笑んだリウェンは、団長とは違いなんの躊躇いもなく抱き寄せてきた。うん、こういう方面はリウェンのが上だね。

 私からも軽くギューっと抱き着くと、リウェンはクスリと笑って身体を離した。


「王子のお気持ち、少し分かります」

「アル様の気持ち?」

「うん。抱き締めるのに調度良い大きさだよね」

「へぇ、良く分かってるじゃないか。レイも見習いなよ」

「アル様は団長に何を求めてるんですか……って失敬な! 私はこれでも背は高い方なんですよ!」

「そう?」


 どうせ私は純日本人ですよ! 平均身長の低い国の人間ですから、外人スタイルのこの世界の女性に比べたら小さいですよ!

 純粋に疑問に思って首を傾げながら私を見下ろすリウェンの頬を抓って、プイと横を向いた。

 残念ながらアル様には出来ん。こ、怖いとかじゃないぞ、身分の問題だぞ!

 頬を抑えるリウェンとクスクス笑うアル様から顔を背けると、ソファに座るご主人とその側に立っていたガントさんの姿が。

 ……あ、あの。ご主人……?

 あれほど騒いでいたのだ。いつもならご主人から真っ先に注意が飛んできそうなものなのに、今まで無言だったことに早く気付くべきだった。

 まるで何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲んでいらっしゃるご主人。そう、「何事もなかったかのように」こちらを無視。

 怒るでもなく呆れるでもなく、無視。この恐怖が分かるだろうか。


「…あのぉ、ご主人?」

「……」

「ご主人、ご主人ー? 聞こえてますでしょう?」

「……」

「ご主人ー! フェリックスさーん!」

「……」

「………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい切腹でもなんでもしますから許して下さいお願いします」


 最後には土下座。私この世界に来てから何回土下座したかな…。相手は常に同じ人。

 ご主人の座るソファの横に正座して頭を床に付ける勢いで謝罪するも、それさえも無視。無言でカップを戻す音だけが聞こえた。

 チラッと顔を上げると微かにもこちらを見る様子もなく、アル様の机辺りを見てらっしゃる。

 一緒に土下座した経験のある団長は当時を思い出して遠い目になり、初見のアル様は物珍しそうに見守っている。出来れば見てないで助けて下さいな。

 ジーッとガン見するも気にすることなく長い脚を組み替えてソファの背にもたれている。気配すらこちらを向かない。

 これぞ無視! というくらいに見事な無視ですよ。アル様、笑わないで下さい。私にとってはかなりの重大事件ですからね⁉︎

 え、そんなに怒らせた? ケインと初めて会った時より、一人で狼を相手した時より悪いことしたのか私?

 確かに用事を言わず別行動したり、部屋に入ってから真っ先にしたのはアル様達との戯れだよ。

 それにしたって無視はないでしょう! 怒られる覚悟はしてたけど、無視される覚悟はしてなかったよ!

 ……あー、もう。なんか泣けてきた。


「……うぅ」

「え、ちょっとリン? 君、泣いてるのかい?」

「も、アル様は黙ってて下さいよぉ…」


 唐突に泣き出した私にご主人を含めその他の方々までギョッとした顔になった。

 だって仕方ないじゃないか。ご主人だよ? この世界に来てから一番お世話になっている人に嫌われたら終わりじゃないの。今の私の世界は、ご主人を中心として形成されているのに。


 無視というのは、つまり存在の否認でもある。


 守ると決めた相手に、同じ程度の感情を求めているわけじゃない。嫌われてたっていい。

 でも存在を認められないなんて、私の在り方を否定されているようなもの。そんなの、あんまりだ。

 無意識に溢れてくる涙を荒く拭っていると、アワアワしているリウェンが頭を撫でてくれた。大丈夫かと尋ねてくる声に、無言で頷いておく。もはや君が大丈夫か。

 すると、ソファの方から聞こえてきた大きな溜め息。次いでスッと立ち上がる気配。

 思わず俯いたまま固まっていると、目の前にご主人の脚だけが見えた。片脚を引いてしゃがみ込んだご主人は、今までリウェンが撫でてくれていた私の頭に手を置いた。


「……泣くことはないだろう」

「うぅ……だ、だって…」

「ん?」

「わ、私……こっちでは、フェリックスさんが家族みたいなもので……大切にしたい人の一人で…」

「あぁ」

「別に、嫌われるのはいいんです。人間なんだから、好き嫌いがあるのは普通のことですし。でも……私の在り方を否定されるのは、キツイです」

「……おい、何故そうなる。私がいつ、君の在り方を否定した」

「………無視するってことは、相手の存在を認めないってことですもん」

「!」


 小さく零れた私の言葉に、頭に乗せられたご主人の手が微かに揺れた。

 自分の考え方が偏ってるのは分かる。だからご主人も狙ってやったわけじゃないってのも理解してる。

 それでも……悲しいものは悲しい。そう感じるのは、普通のことだよね?

 私とご主人が黙ってしまったせいで、静まり返る執務室。アル様や団長達も、どうするべきか悩んでるんだろう。

 あー、いかん。これ以上は駄目だ。


「…すみません。もう大丈夫です!」


 ガバッと起き上がり、満面の笑みを浮かべる。ご主人の手を振り払う形になっちゃったけど、こればかりは仕方ない。

 無理してるのが丸分かりな表情に、それでも何も言えない様子のご主人に「えへへ」と笑って誤魔化した。

 私自身、これ以上聞かれても困る。本能みたいなものだから説明が難しい。

 パッと立ち上がり、ご主人も腕を引っ張って立たせる。


「ごめんなさい。私のことで時間取っちゃいました」

「……いや、これはーーー」

「そんなことより! アル様が私達を呼び出したわけ、教えてくれるんですよね?」


 まだ何か言いたげなご主人の言葉を遮って、振り向いてアル様を見る。そして視線で話を変えてくれるよう頼んだ。

 頼むぜアル様、今は空気読める子になって!

 ジーッとアル様に念じると、彼も同じくらい私を見つめて。


「…そうだね。そろそろ、そっちの話をしようか」


 ニッコリ笑って頷いてくれた。恩に着ますよ、アル様!

 そんなアル様をご主人が軽く睨んでいたけど、私自身も話すつもりがないので諦めてくれた。

 うんうん、そのまま忘れちゃって下さい。ご主人が私をどう思っていようと、私がご主人を守ると誓ったことがブレなければ問題なしですから。

 ソファに座り直したご主人の横、ではなく今日はドア側の一人掛けソファに座った。

 それを複雑そうに皆が見てきたけど気付いてないフリをした。私のことはもういいんで、早く話し始めましょうよー。

 アル様に再びテレパシーを送ってみると、何故か呆れた顔で苦笑された。そして他の人達にバレないよう、小さく口パクで「馬鹿だよね」と言った。

 イマイチ意味は分からんが、馬鹿にされたのは分かるよ! 今の流れで馬鹿って何で⁉︎

 しかし協力をお願いしている立場なので言い返せず。おかしい、私がアル様のお願いを受けに来たはずなのに。

 アル様が席についたので団長達も大人しく前回と同じ位置に。リウェンはお仕事の途中なので退室。去り際に心配そうな顔をしてたので、安心させようと笑顔で手を振った。

 そしてリウェンが部屋から出ると、パンッと手を打ち鳴らしたアル様。


「よし、それじゃあ要件を言おうか。今回、君達を呼んだのは、あるお願いを聞いてほしかったんだ」

「……それは手紙にも書かれていた。一体、今度は何をさせるつもりなんだ?」


 空気を変えようとしてくれているアル様に、これ以上は話を引っ張っても仕方ないと思ったのかご主人も続いた。

 まぁ、そっちも気になりはするんだろうけどね。ご主人は個別でアル様になんか言われたっぽいし。というか今回は個別で何かしら言われてんだよね、皆。

 全員が自分を見ていることを確認したアル様は、あの悪戯っ子の笑みを浮かべた。

 ……うわぁ。大丈夫かな、私達。


「うん、実はーーー」


 お願いを聞いた私達が、絶句したのは言うまでもない。





「リンとケインに、騎士団の特訓を頼みたいんだ」

アルのお願いが、普通なわけないよね。

次回は『騎士団VS一般人(?)』

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