王子がお呼び
今回から騎士団編だよ!
王都からご主人達と無事帰還した私。
発った日のように朝早くに村へ入り、日が昇ってからは何気ない顔をしてバイトへ出勤。
その際、偶然遭遇したマルクが目を見開いて手にしていた薪らしき枝を落とした。
あーあ、結構な量があったぞ。拾うの時間かかりそうだな。
なんて思いながら枝を拾ってあげていると、何故かマルクが動かない。
不思議に思ってしゃがんだ状態のまま彼を見上げると、未だにポカンとした表情をしていた。
「おーい、マルクー?」
「…っ、お前、いつ⁉︎」
「んー? 今朝だよ、ただいまー」
「あぁ、おかえり………じゃねーよ!」
なんだ朝っぱらからテンション高いな。ノリツッコミが出来るなんて、マルクもお笑いの腕が上がったね。
何か言いたそうに口をパクパクさせるマルクに集めた枝を押し付ける。もう落とすんじゃないぞ。
慌てて受け取ったマルクは、一度深く深呼吸してから私を見下ろした。
「随分と時間がかかったな。何かあったのか?」
「あー、まぁね。正直いろいろあり過ぎて、何から説明すればいいのやら……あ、でも王都で友達が出来たよ」
これは当然、『スベイン』の皆のことです。友達であり仲間ですよん。
笑顔で報告すると呆れた顔をされた。失礼な、馬鹿にすんなよ!
「…楽しんできたみたいだな」
「うん、楽しかった!」
「……ま、元気そうで何よりだ。ーーーおかえり、リン」
「ただいま、マルク」
枝を片手で抱え直して私の頭を撫でるマルクに微笑んで返す。それまで少し険しい表情だったマルクも頬を緩ませた。
まぁ、マルクとの再会はこんな感じでして。
お互い離れていた間の報告をしあった結果、狼の残党がまだ残っていたことが判明。
マルクや村の男達が応戦してくれて、特に大きな怪我をした人はいなかったらしい。襲われた人もいない。
全部片付けたとは思ってなかったけど、まさかこんなに早く戻ってくるなんて……やっぱりケインの体質が影響してるのかな。
アイツらのリーダー格は私が殺ったし、統率とれずに散り散りになるだろうと油断してた。大変申し訳ない。
しゅん、となる私にマルクは苦笑して首を横に振った。
「別に、お前のせいじゃないだろ」
「……そうかもだけど…」
「かも、じゃねーよ。てか、お前が前に一人でやったことを、俺らは大勢で相手したんだぜ? 余裕余裕」
現に怪我人もいないからな、と笑うマルクは本心からそう言ってくれてるんだろう。
他の人には謝りに行くのは何か違うと思って、村ですれ違った時とかにそれとなく尋ねてみた。その応えは全員「気にするな」だった。
皆がそう言ってくれてるのに私だけが引きずるのも馬鹿な話だとご主人からの説得(説教?)をされ、渋々頷いておいた。
だけどすぐに、そんなことで悩んでる暇もなくなった。
それは王都から帰還して一ヶ月経った頃。
いつも通り、バイトを終えてからマルク達の鍛錬をつけていた。珍しくケイン付き。
闘技場(笑)の真ん中に私とケインが立ち、実践しながら戦闘における注意点を解説してみた。
マルクやラック達は柵の外から横一列に並んで見学です。
お互いに剣を抜いて向かい合っている私とケインは、騎士団とは違い特に構えから入ることもない。
あくまで自然体で、それでいて隙を作らず。それが私達のスタイル。
正直、騎士団やロウルさん達のような始めから型が決まっている戦い方は良くない。しかも経験値が高い人ほど、かえって私達のようなスタイルの側からすればやりやすい。
理由は簡単。型や動作の流れが身体に染み込んでいるから。
多くの経験を積んで、頭より先に身体が反応するようになった頃ーーーその時が最も、大きな隙が出来ると私は思ってる。
確かに戦闘において反射能力はかなり重要。でも反射として行う動作は、日頃から繰り返している動作を無意識レベルでやっているに過ぎない。
だからもし、親しい間柄の人間が敵になった場合。こちら側の動きを読まれる可能性が高い。
それに決まった型を繰り返すだけじゃ、いずれ敵にパターンを知られてしまう危険性もある。
私はマルク達に、型を教えるつもりはない。そのことはケインにも伝えてある。だから構えはなし。
本当は初心者なら基礎として型を教えてもいいんだけど……お恥ずかしながら、私もケインも型なんてしっかりとは分んないんだよね。
知ってはいるけど実践したことはないし、下手に教えるよりも教えない方がいい。
「…というわけで。マルク達にはちょっと難しいだろうけど、私とケインの戦闘を見て、そこから学び取ってほしい」
「……マジで?」
「マジです。戦いで大切なのは、自分と敵の立ち位置、地理的状況、そして敵の動きをしっかり認識して頭で動くこと。それを理解した上で、見てほしい」
「………分かった」
微妙な顔をするマルクに対してラック達は揃ってポカーンとした表情。少年にはまだ理解出来ない話ですよね。
大丈夫! 私も大して期待してない! 一年や二年でどうにかなる事でもないし、長い目で見守りますよ。
まぁ…残念ながらマルクに関してはそんなこと言ってられない。彼には出来るだけ早急に上達してもらわねば。目安としては、例の狼くらいは三匹同時に相手できるレベルかな。
本人にはプレッシャーをかけないよう言わないけど、マルクは自分から前に進もうとするから。
真剣な表情になったマルクに内心微笑んで、ケインに目配せする。
頷いたケインが剣を握り直すのを確認してーーー遠慮なしに懐へ飛び込んだ。狙いは喉。
それをケインは危なげなく剣で払って、その勢いのまま回って上から攻撃、とみせて本命は下からの裏拳。
仰け反った私の目の前を彼の手が高速で通り抜け、上からの剣撃を受け止める。
少しだけ右脚を引き腰を下げ、ケインの身体が微かに前に傾いたところへ引いた右脚で回し蹴り。ケインは瞬時に身体を起こして、そのまま後方へ飛び退いた。
ここまでの流れで、約五秒。
「…分かった?」
「分かるわけねーだろ‼︎」
笑顔で振り向くと速攻でツッコミが。
えー、これでも技とか少なめにしてみたのに。ケインだって相当抑えて攻撃してたよ?
ケインも今の何がいけなかったのかと首を傾げてるじゃないか、これが普通じゃないの?
「うーん……どうしよ。もっとゆっくり動くとか?」
「……これ以上か? 実戦を想定するなら、違和感があると思うが…」
「だよねぇ。そんな時間かけてたら殺られちゃうよ」
「いやいや、そんなスピードで戦うとかねーよ! お前らくらいだろ、このスピードで戦い続けるの!」
マルクからの必死な抗議にも首を傾げてる私とケインがおかしいのだろうか。いや、そんなはずはない。だって騎士団にもサハラさんとかいるもん。
大丈夫、私にケイン、そして騎士団メンバーが出来るってことは人間の出来る範囲ってことだから! 不可能じゃないから!
大切なのはやる気だよ、マルク。ラック達も、いつまでも阿呆な顔をするんじゃない。せめて口を閉じろ。
うーん。私とケインじゃ『普通』が何なのか正確には分んないし。かと言って、ご主人は忙しいし、ロウルさんも仕事中だし。
こんな時に騎士団メンバーの誰かがいれば楽なのかもなぁ……
「なら、お手伝いしましょうか? リン様」
「あ、うん。お願いしようかな………って、はいっ⁉︎」
「ふふ。相変わらず心の声がダダ漏れですね、リン様?」
かな〜り聞き覚えのある声に思わず頷きかけて慌てて振り向くと、そこにはあの眩しい笑顔の副団長様、もといガントさんが。
うわぉ、ガントさんも相変わらず輝いてますね、いろいろ!
ーーーではなく。
「何故にガントさんが…」
「あぁ、そうでした。遊びに来たわけではないですよ? リン様に会いたかった気持ちは本当ですが、今回は仕事でして」
「そうですか」
「おや….リン様は会いたくなかったですか?」
「イエイエ、ソンナマサカ」
私も会いたかったですよ、はい。しかもジャストタイミングで。狙ってたんですか。その悲しげは表情は狙ってますね。
ラック達がいつまでも驚いてると思ったら、ガントさんにだったか。いつも見てるはずなのに変だなぁとは思ったけど。
愛想笑いで視線を逸らしているとガントさんの笑顔に凄みが加わったので渋々戻す。
…ん? なんか……
「輝きが足りない」
「……はい?」
「あ、すみません。今日はガントさん一人なんですか?」
「そうですよ。さすがに団長が直々となると、そんな簡単には動けませんから。あの人も意外と忙しいですし」
意外って……いや、王子よりは忙しいだろうとは思うよ、多分。だってアル様だし。仕事全部、団長に押し付けてそう。
あの剥がれやすい猫を被って、せっせと働いている姿が目に浮かぶ。
「それで、ガントさんのお仕事とは?」
「私ですか? 私はですね…」
ゴソゴソと上着の内ポケットを探っていたガントさんは、あぁこれです、と何かを取り出した。
すっと差し出された物は、一ヶ月ほど前にご主人の書斎で見たあの白い封筒。赤い王家の家紋付き。
………ふむ。嫌な予感。
受け取りたくないなぁ、とガントさんに視線で訴えるも、返ってくるのは凄みのある笑顔だけ。
というか、凄んでるってことは私が受け取りたくない理由が分かってるんですね? その上で受け取らなくてはいけない内容なんですね?
……更に嫌な予感がするよ。
しかし後ろにいるマルク達の気配が落ち着かなげなくなってきたので諦めよう。
心の中でガントさんにいつか悪戯することを決意しつつ、差し出された封筒を手に取って開いてみる。
「私宛なんですよね?」
「それはそうです」
「これは?」
「えぇ。この後アリン公爵へ渡しに行きます」
あれ? じゃあ、なんで私の方から先に持って来たんだよ。身分的にもご主人に渡してからの方がいいんじゃ?
貴族社会で生きているガントさんは、そこらへんの話は私よりも身を持って知ってるはず。それでも私から先ってことは……アル様命令か。
どうしてアル様が絡むと嫌な方向に思考が向くんだろうね。だが当たってるから改善されない。
溜め息をつきつつ腰に隠し持ってるナイフを取り出して封を開ける。
中から出て来たのは手紙一枚。アル様って貴族に有りがちな、長ったらしい挨拶とかが全くないんだよな。それは身内だからだと思いたい。誰に対してもだったらヤバイ。
要らぬ心配だとは思うけど、アル様だからなぁ……団長も微妙そうな顔してたっけ。
まぁ、アル様の心配はまた今度するとして。今はこの手紙だよね。一体なんの用なのやら。
『やぁ、リン。元気にしていたかい? 僕の方は多忙ではあるけど、健康状態でいうなら良好だよ。
それでね、僕って本当に忙しいんだ。信じられないとか思うかもしれないけど、これでも第一王子だから。処理しなくちゃいけない案件が沢山あるんだよね。
そこでリン、君にちょっと頼みたいことがあるんだ。大丈夫、前回よりは簡単な仕事だからさ。「民間人だから」っていうのも気にしなくていいよ。僕が許可する。
詳しいことは今はまだ言えないんだけど、またケインと一緒に引き受けてくれないかな? もちろん、報酬もあるよ。僕が叶えられる範囲なら、好きな物を言うといい。
そしてもう一つ、これはお願いなんだけど。もし引き受けてくれるなら、フェリスの説得も頼みたいんだけど、いいかな? 君からのお願いだったら渋っているフリをしながら、内心では鼻の下伸ばして喜ぶはずだよ。
それじゃあ、よろしく。また王都でね』
………うん、元気そうで何よりですアル様。ちょっとくらい風邪でも引いた方がいいかもね。
そんでガントさんが先に私へ持って来た理由も分かったよ。また面倒なことを……ご主人が私に頼まれたくらいで喜ぶとかないよ。面倒そうにするか不機嫌になるかのどっちかだよ、きっと。
ケインのこともしれっと巻き込んでるし、本当に忙しいのかなアル様。また例の悪戯とかじゃないですよね?
思わず訝しげにガントさんを見ると、さっと目を逸らした。でも困った笑みを浮かべてるから、ガントさんも被害者なのだと思い直した。
そうだよ、怒るべきはアル様だもん。ひいてはアル様を止められなかった団長です。アル様のストッパーなんでしょ。
一応ケインにも手紙を渡すと、ジッと黙読した彼は暫くして「リンのしたいように」と言って返してきた。お前も相変わらずだな、ケインよ。
しかし、どうしたもんかね。詳しいことは書かれてないけど、前回よりは簡単らしい。
「ガントさんは、何のことか分かります?」
「えぇ。ですが口止めされてますので」
さすがアル様、抜け目がないね。ガントさんも主に忠実ですね、あんな主でも。いや、悪い人じゃないんだよ。
いつもならご主人に指示を仰ぐんだけど……さすがに今回のはね。私の決断によってご主人に対する態度も変えねばならん。
うーん…別に報酬はどうでもいいんだよなぁ。必要最低限な物はご主人に頼めばいいし、それ以外はロウルさんのとこでバイトしたお金で自分で買うし。
「ケインは、何か欲しい物とかあるの?」
「……特に必要としていない」
だよねぇ。もともと自給自足なうえ、ケインはもっと過酷な生活してたんだし。まず贅沢というものが分かってない可能性あり。
前回、王都にあるご主人のご実家を訪ねた際、廊下に並んでいた絵画をジッと見つめていたので絵が好きなのかと訊くと、返ってきた答えは。
「…これは、フェリックスか家族が描いた物か何かか?」
「え? いやいや、さすがにそれはないよ。私もよく知らないけど、有名な画家が描いた物でしょ。絶対高いよね、一枚でいくらするんだろう」
「…? 絵に値段が付くのか?」
「そりゃ、有名な人が描いたら付くでしょ」
「その有名な画家という者は、どう有名なんだ?」
「……絵が上手い?」
「絵が上手ければ値段が付くのか? というより何故、絵に値段を付ける」
「……なんでだろうね」
「そして赤の他人が描いた絵を飾るというのはどうなのだろうか。リンの言う通りなら一枚でもかなりの額なのだろう? いくら絵を気に入ったといっても、ここまで買う意味は? 見てみれば、似たようなデザインの物もあるようだ。もっと他にも金の使い道はあるだろうに、どうして絵にーーー」
といった感じに、日頃は無口なケインが凄い饒舌に絵画を飾る意味を尋ねてきたよ。
きっと高価な物を飾ることが一つの貴族としてのステータスになることもイマイチ理解してないんじゃないかな。
いやぁ…あまりにケインの疑問が深過ぎて、ケインと別れた後にご主人に聞きに行っちゃったよ。案の定、難しい顔で黙り込んじゃったけど。
貴族社会で育ったご主人として普通なことだけど、庶民からすれば金の無駄使いもいいとこだからね。貴族には貴族の言い分があるんだろうけど、私はそんな人達へ言ってやりたい。「いっぺん、自給自足してみろ」と。
ご主人は公爵様だけどこんな辺境の村で暮らしてるし、きっと森に置き去りにされても自力で帰ってくる人だよ。
だからこそ、ケインの疑問も分かるが貴族としての価値観もあるから黙り込んじゃったんだよね。
まぁ、それはともかく。
私もケインも報酬には全く興味が無い。これはあくまでアル様からの「お願い」だから拒否権もある。
しかし。ここでお断りした場合、今後アル様からの悪戯か嫌がらせを覚悟しなくてはいけない。第一王子だし、忙しいって言ってるんだから大丈夫、というのはアル様には通じん。
きっと仕事の合間を縫って、どうにかして何か仕掛けてくる。確信持って言える。アル様はそういう人だということを、あの期間で十分察した。
拒否権があるのは建前だけで、実のところはない。しかも分かる人にしか分からない精神的攻撃。
……本当はあんまり、ここを離れたくないんだけどなぁ。でもアル様の悪戯も怖い。
はぁ、とここ最近で一番大きな溜め息をついて、手紙を折り畳んでポケットにしまう。
「………お引き受けします」
「はい、お願い致します。そして、ご愁傷様です」
「どうせガントさんも巻き込まれるから、大丈夫だよ」
「……その方面は、団長が引き受けてくれますから」
おい、笑顔で上司を売るんじゃない。それにガントさんが巻き込まれるのは目に見えてるから。本人も理解してるからこそ、少し諦めた目をしてたぞ。
ケインにも視線で問うと、特に不満はない様子。軽く頷いただけだった。
そんじゃ、まぁ。まずは最初の頼み事をやりに行きますか……気が重いぜ。
また忘れてるよ、アイツのこと。
さて、フェリックスの説得は上手くいくのかどうか。
次回は『副団長の独り言』




