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非常識で常識的な彼女  作者: R
王都編
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32/69

黒の帰還

お久し振りの更新ですよ。

 深夜過ぎまで続いた宴会は、朝日が昇る前に参加者が酔い潰れたことによってお開きとなった。

 そして朝日が差し込んできた頃。お茶を飲んで酔えない私は、その後片付けをソッと始めていた。『スベイン』の女性メンバーも、昨日は一緒に参加していたため使いものにならない状態。

 因みにお酒に強いはずのケインも、その女性達の相手をしたせいで潰されています。

 酔ったケインは更に無口になることが知れたので、今回は見逃してやろう。その代わりなのか、アイコンタクトで意思疎通を図ろうとして女性達に誤解させていたことも黙っといてやるよ。

 広間に雑魚寝で転がっている人達を跨ぎながら空瓶や食器を集めて回る。残らず平らげているのが唯一の救いだね。

 いつも何かしらの騒ぎ声がしている基地内は、今は寝静まっている。広間は男達のイビキでうるさいが。

 片手に皿を積み上げまくって、逆の手には瓶を持てるだけ持って厨房に向かった。


「はい、これ追加ね」

「おいおい、まだあるのか?」


 呆れた顔で振り返ったのはアッシュ。彼も酒は呑まない主義らしく、酔い潰れなかったため片付けを手伝ってもらっている。

 食器を洗う担当のアッシュは、いつも前に垂らすように結んでいる髪も今は邪魔にならないよう後ろで束ねている。

 正直、こっちの方がカッコイイと思うんだよね。チャラさが消えて。

 洗い場に立つ彼の横に持って来た皿を置く。その量を見て溜め息を吐くアッシュは、奥の方に声をかけた。


「おーい、洗いもん追加ー。どっちでもいいから、一人手伝ってくんね?」

「あー、じゃあ俺が行く」

「悪い、任せた」


 厨房から扉で続いている小部屋から聞こえてきたのはハーマンとサウロの声。そしてサウロの方が扉をくぐって来た。

 洗い物の山を見てアッシュと同じく大きな溜め息。長袖のシャツを捲ってから皿を一枚抜き取った。

 アッシュに対してサウロはこげ茶色の髪を短く刈り上げ、いかにも好青年といった雰囲気の人だ。何というか、野球少年的な。

 奥で空瓶を整理していたハーマンは鈍い金髪を短く切って、服の上からでもガッチリした体格なのが分かる。

 というわけで、私は『スベイン』初期メンバーと一緒に片付けをしているのですよ。

 呑まないアッシュはともかく、ハーマンとサウロは後がこうなることを予め想定して控えめに呑んでいたらしい。

 私一人じゃ時間がかかっただろうし、有難いことです。

 せっかくだから昨夜サーシャから聞けなかった部分を訊きつつ片付けていた。


「じゃあ、五人は幼馴染みってこと?」

「正確に言えば、ラウは後から連むようになったんだがな。まぁ『スベイン』を創った最初の面子ではある」


 しゃがみ込んで空瓶を箱に詰めつつハーマンから話を聞いてみた。ラウっていうのが、あの副官さんの名前らしい。

 サーシャとハーマン、サウロ、アッシュの四人は家が近所だったことから仲良くなり、何をするにも共に行動していた。因みに全員同い年で、それも仲良くなった理由の一つ。


「『スベイン』を始めるまでは、皆は何をしてたの?」

「…五年ほど前になるが、騎士をしていた」

「へぇ、騎士かぁ………って、騎士ぃ⁉︎」

「うわっ!」


 驚いて大声を上げた直後にアッシュの悲鳴と何かの割れる音。

 首を竦めて小部屋から顔を出すと、床に散らばった皿らしき破片を二人が片付けていた。


「突然叫ぶなよ、ビックリしたじゃねーか」

「ははは、ごめん…。だって昔、皆が騎士だったって聞いたから…」

「なんだ、そこまで驚くことか?」


 私もハーマンと破片集めに加わりつつ言い訳を口にすると、心外だと言わんばかりにサウロが顔を顰めた。

 いやいや、お兄さん。普通は驚くわ、悪の組織の人が昔は騎士様なんて。

 しかもバナンス国の騎士志望者はかなりの人数がいると、ご主人から聞いた。その狭き門に四人共合格していたこと自体、凄いことなんだけど。

 ラウとは騎士時代に同じ部隊となったことで知り合ったそうで。その頃から彼はサーシャが任されていた部隊の副官だったらしい。

 可哀想に……その時から既に彼の未来は決定していたんだね。副官さんはどこに行っても副官さんか。

 その副官さんは現在、サーシャの部屋で資料の整理中です。本当、お疲れ様です。

 そしてサーシャは昔からリーダー格なんだね。まぁ誰かの下で指示されるサーシャなんて想像出来ないけど。


「じゃあ、なんで騎士辞めちゃったの? そう簡単になれるものじゃないのに」


 私の当然とも言える疑問に、三人は顔を見合わせ揃って苦い顔になった。

 うーん? 騎士やってて嫌な事でもあったのかな。確かに忙しい仕事ではあるだろうけど…。

 私の知っている騎士といえば騎士団の人達だが、彼らは生き生きと働いているように思える。でもそれはアル様が率いているからなんだろうか。

 三人の感情に思い当たる節がないので首を傾げてみると、溜め息を吐いたアッシュが床に胡座をかいて座った。

 話が長くなるという意味だと理解したので私も両足を抱えて座る。服が汚れる、なんて気にする奴はここにはいない。


「確かに…騎士になるために、俺らは俺らなりに努力したよ。だから頭領ーーーサーシャは部隊長にまで登り詰めることが出来たし、俺らもアイツの下で剣を振るうことが出来た。

 でもな……そこまでなんだよ。部隊長っつっても階級は底辺。どうしても上の上からの命令も受けなきゃいけねー。それ自体は仕方ないことだと思う」

「……うん。それで?」

「サーシャが部隊長になって、一年くらい経った時か。王都から少し離れた場所にある村が賊に襲われたんだ。そこに俺らの部隊が派遣されたんだが…何故かすぐに撤退を命じられた。賊の捕縛も村の修復も終わっていないのに。

 納得出来なかったサーシャが、上司に掛け合ってみたけど『黙って従え』の一点張り。それでも食い下がったら……なんて言ったと思う? 『賊の正体は貴族の元私兵で、騒ぎを大きくするのは好ましくない』だと」


 吐き捨てるように話すアッシュの表情は、当時を思い出しているからかいつもの胡散臭い笑顔じゃない、嫌悪感丸出しのもの。他二人も似た表情を浮かべている。

 なるほど……良くも悪くも上下社会か。しかも貴族の保身に上司の欲も絡んで、更にムカつく状態だね。

 やっぱり騎士団は特別っぽいね。なんせ、最高責任者が第一王子だし。


「騎士団に入れてれば、そんなこともなかったのにね」


 無意識のうちにボソッと呟いた言葉は、どうやら三人にも届いていたようで。きょとんとした顔の彼らに訳を話した。


「昨日会ったでしょ? 彼らの上司は王子だから、貴族の保身なんて許さないし、変な出世欲もない。まぁ、『あの』アル様の下で働くだけでも大変そうだけど、少なくとも、自分の信念を曲げられることはないよ」


 本当に伸び伸びと仕事してるからねぇ。たまに「子供かよ」とか思う時もあるけど、それは自分のやりたい事が出来る場所にいるからだろうし。

 アル様が騎士団を創ったのは約二年前。サーシャ達が騎士を辞めたのはそれよりも三年は前。

 タイミングが悪いというか……いや、良かったのか?

 心の中の疑問に心の中で首を傾げていると、「そういえば…」とハーマンが呟いた。


「いつ帰ってくるんだ、サーシャは」

「あぁ……多分、そろそろ帰ってくると思うんだけど………あ、ほら」


 門の方からサーシャともう一人、何故か団長の気配がする。二人だけ? 騎士団メンバーは置いてきたのかな?

 ほら、とは言ったものの三人は探知出来てないのか不思議そうな顔をした。あー、ケインで忘れてたけど、普通は分からないのか。

 説明するのも面倒なのでアッシュ達について来るよう言い、詳しいことは話さずに厨房を後にした。その後ろに三人が続く。

 気配からして……今は玄関先くらいかな。建物内は狭いし、外で話したいよね。寝てる皆を起こしても悪いし。

 足音を立てずに出来る限りの早歩きで玄関まで急ぎ、その勢いで扉を開く。

 扉を開いた先には、片手を伸ばした状態で固まっているサーシャと、やはり団長がいた。


「おかえりー」

「……おう。よく分かったな」

「ここはお前の家か」


 感心したように言うサーシャと、鋭いツッコミを入れてくる団長。うん、団長とは漫才が出来そうだよ。

 私に向けられていたサーシャの視線が後ろに移ると、感心から嬉しげな苦笑へと切り替わった。


「なんだ、お前らもか」

「他の奴らはまだ寝てるぜ」

「遅かったな」

「飯は食ってきたのか?」


 口々に声を掛ける彼らは、今までとは違い親しい間柄らしい声音と口調だった。ハーマンに至ってはお母さんか。

 これまでは他のメンバーの手前上下関係を前面に出して接していたけど、もうその必要もないだろうし。

 副官さんも呼んでくれば良かったか、とサーシャ達を眺めていると視界に居心地悪そうな団長が入った。

 仲間外れでアウェイな状態ですか? 私はそれを数回やられたんですよ、ちょっと思い知ってこい!

 という気持ちの下、暫く私も『スベイン』メンバーを微笑ましく見ておいた。私はこっち側とも関わってるからね。

 団長からの視線をヒシヒシと感じるが、無視。私は今、感動シーンを観ているのだよ。邪魔するでない!

 最終的にサーシャ達が落ち着いて、アウェイな団長に気付くまで放置しておいた。


 玄関先で立ち話するのもアレなので、私とケインに割り振られていた部屋に移動することに。

 移動中、団長は物珍しそうに辺りを見渡していた。あまりにもキョロキョロするものだから、アッシュが前を向いたまま苦笑。

 因みに歩いている順番はサーシャを先頭として、ハーマンとサウロ、アッシュと私、そして団長。地味に嫌がらせは続いているよ。


「昨日はスゲー威圧感あったのに、今は全くだな」

「あの人、仕事とプライベートを完全に分ける派だから。猫被った時が一番面白いよ」

「へぇ……どんな感じなんだ?」

「女の子が夢見る騎士様そのもの。剥がれやすいのが弱点だけどね」

「…それって立場的にマズイんじゃね?」

「だから弱点なんだよ」


 後ろをついて来る団長を横目で振り返りつつ、アッシュが興味深げな目で観察しているのを、苦笑して見守る。

 私としては団長の猫被りに違和感を覚えたけどね。まぁ私が危険人物として認識されてたからだろうけど。

 だって想像してみ? 女性なら誰もが振り返るようなあの美形さんが、騎士様らしい笑みを浮かべている……ように見せかけて、実は目が笑っていない姿を。

 違和感どころか恐怖映像だよ。

 違和感はそれだけじゃなかったけど、一番はやっぱりそれだね。


「着いたぞ」


 サーシャの声に意識を今に戻すと、私&ケインの部屋に到着していた。周囲に私達以外の気配はなし。

 ゾロゾロと部屋に入って最後に団長がドアを閉めると、床に腰を下ろした。団長も躊躇なく座ったことにサウロが意外そうな顔をしていたが、本人は特に気にした様子はなかった。

 何となくサーシャの隣に座った私の反対側に団長が来たので、私はサーシャと団長に挟まれる形に。

 うわぁ、そこらの女性達から羨ましがられる状況だよ。同時にあの恐怖の視線が突き刺さるわけですが。

 ま、今はそんなの気にする必要もないので寛ぎますけど。一週間ちょっとしか使っていないけど、すっかり馴染んだこの部屋。

 そういやケイン大丈夫かなぁ、と抱えた両足に顎を乗せる。対面に座っていたアッシュが真似しようとして断念したのは、脚が長いことを自慢したいのかな……?

 黒い笑みを浮かべる私にサッとアッシュが目を逸らしたのを見ていたハーマンが小さく咳払いをしたところで、ようやくサーシャが口を開いた。


「そこの団長さんに着いていって、まぁ総指揮長の王子と話して来た。結構長い話になっちまったから、簡単にまとめると………『スベイン』は、第一王子アルブレヒト・バナンスの下で活動することになった」

「……つまり、無くなりはしないってことなんだな?」

「そういうことだ……ある意味、俺らにとっちゃ一番良い結果になったわけだが」


 サウロが半信半疑といった様子で問うと、サーシャはニヤリと笑いながら団長をチラ見した。

 アル様……手駒(暇潰し要員)を増やしましたね? まさか、初めからそのつもりだったってことはないだろうけど。

 なんせ、そんなことしたらご主人が黙ってないもん。無言のプレッシャーが怖いよ。

『スベイン』の本当の目的は、腐った貴族を法の下で葬ること。ただ、そのための手段が襲撃なのが問題。

 それなら彼らの行動を正当なものにしてあげればいい。

 なんとなくアル様ならそうするだろうな、と予想していた私はそれ程驚くこともなかった。

 が、アル様のことを知らないアッシュ達からすれば衝撃の「罰」だったようだ。

 いつもの笑みを浮かべるサーシャと苦い顔の団長の間を行き来していたアッシュの視線が、何故か私で止まる。


「……なんかの罠?」

「いや、アル様もそこまでアレな人じゃないよ。私としては祝福すると同時に、同情するけどね」

「…?」


 きっと騎士団よろしく『スベイン』もアル様に振り回される、というか遊ばれるんだろう。ご愁傷様です。

 生温かい目で手を合わせる私に三人は更に怪訝そうな顔となった。他二人はアル様を知っているため苦笑い。


「まぁ、良かったじゃん。どんな形だろうと、『スベイン』自体は残るんだし」

「…まだちょっと信じきれてねーんだけど、信じていいんだよな? これで嘘とかだったら、俺泣いちゃうぜ?」

「泣くな、鬱陶しい。本当だから喜べ」


 大の大人が、しかも男が泣くんじゃない。

 段々と相手にするのが面倒になり、私も適当な返事しになったけど。逆にそんな態度で確信出来たらしい。

 アッシュは俯いて大きく息を吐き、サウロは安堵の色を瞳に滲ませ、ハーマンは嬉しそうに小さく笑った。

『スベイン』の中で最も行く末を心配していたのは彼らだ。だからこそ、こうして仲間の帰りを今か今かと待っていた。

 あ、副官さん忘れてた。


「ちょっと副官さん呼んできまーす」

「おう、悪りぃな」


 立ち上がって声を掛けると、苦笑して部下を見ていたサーシャがこちらを向いた。

 何やら言いたげな団長の視線を華麗に無視した私は、そのままサーシャの部屋へと駆けた。


**********


 あの後。

 二日酔い状態の皆が起きてから、サーシャがアッシュ達に伝えたことと同じ話をすると。

 さっきまで吐き気や頭痛を堪えて顔を顰めていたはずの彼らは諸手を挙げて喜び、その勢いで宴会第二弾へ。

 私達も引き摺り込まれそうになったのを頭領が止めてくれたおかげで、公務中の団長が酔っ払う危険は無くなった。

 再び大騒ぎし始めた彼らに気付かれないよう、そっと抜け出してきたのでお見送りは初期メンバーのみ。今は一旦、任務完了の報告のために城へ向かっていた。

 酔い潰れても二日酔いには至らなかったケインは普通に私の隣を歩いている。それを団長が感心した顔で眺めていた。


「俺なら翌日、起きて来られないぞ」

「そうか…?」


 どうやらケインにとって、そこまでの量ではなかった模様。うん、ケインの限界ってどこなんだろ。

 そんな他愛ない会話を軽くしながら、まだ朝早い時間帯のため人通りのない道を進む。

 そういえば…『スベイン』を取り込むことに対して、ご主人は何も言わなかったのかな。

 身分としてはアル様の方が高いから最終的な決定権は彼にあるけど、ご主人の意見を無視するような人じゃない。

 ということはご主人からOKが出たということで。ちょっと意外。

 本人に言ったらきっと渋面になるんだろうことが想像出来て、思わず笑ってしまった。左右に立つ二人が怪訝そうな顔をするが気にしない。

 てか、高身長な二人が私を挟んで歩くんじゃない! 私の背の低さが際立つじゃないか!

 突然笑い出したと思ったら今度はムッした表情で早歩きを始めた私を、男二人が理解不能といった感じで困惑顔でテクテク歩き。

 辿り着いた城の裏口から入城。王都初日に見た兵士さんだったので小さく手を振ると、あちらも覚えていたのか笑顔で振り返してくれた。

 相変わらず薄暗い通路を進み、偶然先頭になっていた私がドアを開けるとーーー


「おかえりっ」

「ひゃあ!」


 開けた途端にアル様が抱きついて来た。それもかなりの勢いで。

 しかしそこは王子でも男性なわけで。倒れ掛かった私を「おっ、と」と軽々と持ち上げて、一緒に倒れ込むのを防いだ。

 アル様がいることは気配で分かってたけど、まさかこんな奇襲を受けるとは。

 抱え上げた私を下ろしはしたが離す気はゼロなアル様は、正面から抱きつき直した。


「あー、なんか落ち着くー」

「人間の性質ですね」

「あはは、夢がないなぁ」

「私に何を求めてるんですかね」


 彼の胸に顔を押さえつけられているせいでくぐもった声になったけど、ちゃんと聞こえたらしい。

 でも、そろそろ苦しいから離して下さい。夢が無くてもいいんです、どうせ私は夢見る少女じゃないです。

 某歌手が脳内で歌いだしたのを全力で阻止しつつ、現実では全力でアル様を引き剥がす。

 団長にも協力を要請してなんとか引っぺがすと、アル様の後ろには渋い顔のご主人。

 あれれ、この短い間に何かしましたか⁉︎ 今は戦闘中じゃないから、返り血なんてつけてないっすよ⁉︎

 視線を合わせづらくなって泳がせ始めると、前に立つアル様を避けて歩み寄ってきた。

 目の前に立たれても往生際悪く逸らしてみるが、ジーッと上から注がれる圧力に敵うわけもなく。

 仕方なくソロソロと顔を上げると。

 怒りよりも、安堵の色が濃い薄紫の瞳が見えた。


「…ただいま、です」

「……あぁ。ご苦労だったな」


 そう言って、珍しく柔らかい笑みを浮かべた。

 本当にレアもんな表情に、思わずご主人の顔をガン見。うわぁ、写真に収めたい! だがこの世界にはない!

 私としてはもう少し見ていたかったのだが、大人しくなったと思っていたアル様が割り込んできた。


「はーい、そこの二人。周りに人がいること忘れてないかい? そういう空気は胸焼けの元だよー」

「…お前は、静かにしていることが出来ないのか?」

「僕が喋らないと誰も喋らないじゃないか」

「……」


 確かに、と思った時点で負けですな。ご主人も団長も、無口な方だし。それ以外は立場的に軽々しく口を出せないし。

 不満げに黙り込んだご主人に苦笑を浮かべ、私は改めてアル様に向き直った。


「リン・カグラザカ及びケイン両名、任務完了しました」

「ご苦労様」


 意識して硬くした口調に対してアル様は面白そうに笑いながら頷いた。

 なんだよー、せっかくカッコ良く決めてみたのにー。似合わないのは分かってるけども。

 ムッとした表情になった私の頭を軽く撫でながら、アル様は今まで静かに団長の横に立っていたケインにも声を掛ける。


「ケインも、ご苦労だったね」

「問題ない」


 小さく頷いたケインにも笑いかけ、何故かアル様は彼に手招きする。

 ……なんか、嫌な予感が。

 ご主人も同じように思ったのか、訝しげに幼馴染を見ている。

 そんな中、アル様は相変わらず楽しげな笑みを浮かべて言った。


「ほら、ケインもおいで? いい子は褒めてあげないと」

「アル、貴様の頭は更に緩んだようだな」


 ご主人によって、大の男が大の男に頭を撫でられるという何とも気まずい光景は回避された。

 部屋には私達の他にガントさんとロウルさんの姿もあった。何やら二人は小声で楽しげに談笑している。いつの間に仲良くなったんだろ。

 不思議に思って眺めていると、視線に気付いたガントさんが例のキラキラ笑顔を向け、ロウルさんは軽く片手を上げた。

 二人の並んだ姿を見て、コッソリ頭に浮かんだ言葉は口にはすまい。いや、ガントさん相手じゃ思い浮かべるだけでもアウトだ。奴は読心術が使えるんだ、きっと。

 愛想笑いで目を逸らした私を、今度は二人が不思議そうに(ガントさんには悟られている気がしてならん)しているがスルーさせて頂くぜ。

 アル様とご主人のじゃれあいも終わったようなので、ご主人の方に話し掛ける。


「ご主人、今日は他にまだ用事が?」


 私の問いに一瞬考える素振りを見せ、すぐに首を横に振った。


「…いや、私が出来る事はもうないだろう」

「そうだね。後は僕の仕事だから、心配いらないよ。三人は良くやってくれた、今日はゆっくり休んで」

「ありがとうございます」


 優しい笑みのアル様に頭を下げ、私達は騎士団の方々に見送られてアリン家へと帰宅した。

 以前のように馬に乗るのではなく貴族らしい馬車に揺られながらの道中、ご主人に気になっていたことを尋ねてみた。


「ご主人、一つ訊いてもいいですか?」

「なんだ」

「私達、いつ帰れます?」


 それはもちろん、今向かっているアリン公爵家本邸のことではなく。

 それをちゃんと理解してくれたご主人は、微かに眉間にシワを寄せた。


「……気に入らないか、王都は」

「いえ、そうではなく」

「ならば、アルが鬱陶しいと?」

「…それは、まぁ……でも、それでもなくて。ただーーーあっちで待ってくれてる人達が、いますからね」


 マルクやアロード父、ラック達子供組や村の人達。私達を待ってくれているであろう人達は沢山いる。

 マルクには必ず帰るって約束したし。私の帰る場所は、やっぱりあの村だと思うしね。

 そう正直に伝えると、ジッと私の目を覗き込んできたご主人。大丈夫、アル様や団長以下騎士団が嫌いになったとかじゃないですって。

『スベイン』のことだって結果楽しめたし、仲間も増えて嬉しいくらいですよ。

 ご主人が何をそんなに気に掛けているのかは知りませんが、別に嘘なんかついてないです。

 暫くの見つめ合い(探り合い?)の後、ご主人は普段の無表情に戻り頷いた。


「さすがに今日明日に帰るのは無理だろう。私もあちらでの仕事もある、早めに帰るとしよう」

「え、いいんですか?」

「君が言い出したことだろうが。何を今更」


 あまりにご主人があっさりとした返答をするものだから、逆にこっちが驚いてしまった。それに対してご主人は呆れ顔。

 だって、こうも簡単に承諾されるとは思ってなかったんですもん。こっちにはご主人の実家もあるし、ご両親やアル様達だっている。

 口では「面倒だ」「鬱陶しい」と言っているご主人も、本心では皆のことを大切に思ってるはず。なんせ、すごーく優しい人だからね。

 今度は私がジッと見つめてみるも、いつも通りの無表情が返ってくるのみ。

 うん。私にご主人の本心を探るなんて高難度な技、出来るわけなかったぜ。

 それなら彼の言葉を信じるしかないね。まぁ全面的に信じてるんだけど、フェリックスさんのことは。

 私達のやりとりをケインとロウルさんは特に気にした様子もなく聞き流してるようだったけど。

 何気なくご主人の隣に座るロウルさんを見たら、何故か彼もこちらを見てニヤリと笑った。良かったな、と言いたいようです。

 私の隣に座っているケインはというと、何時ぞやのようにお互いの間に挟んだ手を軽く握ってきたので、二人ともしっかり聞いてたらしい。

 皆、帰りたい場所は同じなんだなーと穏やかな気持ちになりながら。

 ケイン…ご主人にはバレてるから、今度は説明よろしく。


 屋敷へ久し振りに帰ると、先に戻っていたアリンご夫妻から熱烈な出迎えを受けた。

 特にマチルダお母様は興奮のし過ぎか、ちょっと涙目だったよ。落ち着いて落ち着いて。


「もー、寂しかったのよ? フェリックスは何も教えてくれないし」

「教えられるはずないでしょう、騎士団の仕事内容は機密情報ですよ」

「堅いな息子よ! そこは家族として少しは融通してほしいぞ!」

「父上は黙って下さい」


 ご主人のお父様への態度は素晴らしく冷たいね。騒がしいの嫌いですもんね。というか、その原因ってお父様なのでは…。

 ようやくお母様が解放してくれたところで、私達は食堂へ。

「お腹空いたでしょう?」と可憐な笑みを浮かべたお母様が、事前に屋敷の料理長へ頼んでくれていた。

 あぁ、お母様が倍増しで女神様に見える…! この美貌で近衛騎士なんて、なんというギャップ萌え。

 食べ盛りな私とケインは遠慮なく平らげさせてもらった。ガッついたせいで少しマナー違反したかもしれないが、ご夫妻もご主人も何も言わなかったからいいよね。

 遅めの朝食なのか早めの昼食なのか分からない食事を終えた後は、久し振りのレベッカ手作りのクッキーが振る舞われた。


「ほんと、レベッカのお菓子が一番美味しいよねぇ」

「ふふ、ありがとう。リンだってこれくらいなら作れるわよ、きっと」

「うん、地味に心抉るフォローありがと」

「どういたしまして」


 悪戯な笑みで言うレベッカも、ちゃんとアリン家の人だよねー。内面が黒いぞ。

 レベッカの笑顔に苦笑で返していると(口の中には当然クッキー)、カップを戻したご主人がご両親に話し掛けた。


「…明後日、村へ戻る」

「えぇ! 来たばっかりじゃない、もう少しゆっくりしなさいな」

「私もあちらで、仕事がありますので」

「そんなこと言って、俺達にリンを盗られないか心配してるんじゃないのか?」

「まぁ、そうなの? それなら仕方ないわね」

「………ハァ」


 あ、説明が面倒になって溜め息ついてらっしゃる。ご主人ー、そこは訂正しないとー。お母様が突き進んで行っちゃうからー。

 また瞳を少女のように輝かせたお母様が私と息子様を交互に見る。

 ……ふむ。これは私が訂正しなくてはならないのか? いや、お母様だって本気で信じてらっしゃるわけじゃないよね…?

 ………ないよね?

 ご主人が訂正しなかったおかげか、ご夫妻は凄く残念そうにしながらも「いつでも遊びに来てね」と言ってくれた。

 その日の午後は各々部屋でまったり過ごし、翌日も明日の支度をしつつゆっくりして。

 なんやかんやで出発の日。


「本当に、いつでも来てくれていいからね」

「はい。ありがとうございます、お父様。お母様もお世話になりました」

「次に来る時は、本当の娘になって帰って来てもいいのよ?」

「……アハハ」


 もう笑うしかないぜ。やっぱり訂正するべきだったか……

 引きつった笑みを浮かべる私の両手を握り締め、それはもう嬉しそうに仰るお母様。まぁ、いっか。

 行きは騎士団と一緒だったレベッカも、帰りは一緒なので今回は五人旅です。レベッカがいるなら、野営でもご飯の心配はないね!

 そういえば私の我儘で唐突に帰ることになっちゃったけど、レベッカはいいのかな? お友達とかいるだろうに。

 そう思って尋ねてみると、なんともアッサリとした口調で。


「私、王都の空気って合わないのよ」


 と言っていた。レベッカも公爵令嬢のはずなんだけどなぁ。まさかこの国の貴族が皆、アリン家みたいな感じじゃないよね?

 因みにアル様や騎士団には内緒。特にアル様に報告しようものなら、全力で妨害されそうだし。ご主人も同じ考えなのか怒られなかった。

 次に会えるのはいつか、というより会えるのかさえ分からない。だって相手は第一王子とその直属の配下である騎士団。

 でも、なんとなーく。すぐに会うことになる予感がヒシヒシとするんだよねー。しかも嫌な方向に。

 …今度会う時は、事件なしで会いたい。切実に。無理な気がするけど。

 ご夫妻と久し振りに見た赤毛の少年がお見送りしてくれる中、私は再びご主人の馬の後ろに。

 レベッカは………乗れるんだって。くそぅ、私も乗れるようになってやる!

 ご主人の背中にしがみつきながら決意していると、何故か涙目になっている美女が小さく手を振る。


「みんな、元気でね」

「息子よ、こちらのことは任せなさい」

「……頼みます」


 慈しみの溢れる表情と声音のご両親に、珍しく柔らかい雰囲気のご主人の言葉を最後として四頭の馬が歩み出す。

 私はご主人の腰に片腕を回しながら、振り返りもう片方の腕を大きく振った。


「また来ますからー!」


 ちょっとお行儀悪いけど、今は許しておくれ。

 突然大声を上げた私に驚いたように目を見開いていたご夫妻は、満面の笑みで手を振り返してくれた。

 街中は走れないのでゆっくりと歩かせ、あの無駄に時間の掛かる検問も割と短くすみ門を潜る。

 滞在期間は短かったけど、かなり忙しくて濃ゆい時間だった。


「行くぞ」

「はーい」


 ご主人の声に緩めていた腕を強める。私がしっかりと掴まったのを確認してから、ご主人は馬を走らせた。それに他三人も続く。


 さて、帰ろう。私の帰りたい、帰らなくちゃいけない場所へ。

これにて王都編、終わり!

次回は『次期リーダーとして』

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