お留守番の方々は
遅れてしまったのに短めです。
すみません。次頑張りますからっ。
騎士寮の一室(ガント視点)
騎士寮内の一室である総指揮長の執務室。日頃ならあまり訪れることのないこの部屋に、私はここ最近、ほぼ毎日通っている。
もちろん私自身が何かしたわけでも、ましてや騎士団がミスをしたわけでもない。
現在この執務室には主人であるアルブレヒト王子の他に、団長と私、そして上司二人の幼馴染というアリン公爵。
左眼は古傷のせいで見えないらしい。詳しくは知らないが、彼の傷の原因は王子にも責任の一端があると王子自身が以前仰っていた。
私にそれ以上知る権利はないし、何より左程興味がない。リン様に聞かれたら怒られそうだが。
そして今日この顔ぶれが集まっているのは、そのリン様についてなんですよね。
『報告書 リン・カグラザカ
説明された通り門番をしていた男に話し掛けたところ、武器を取り上げただけで侵入出来ました。
普通身体検査くらいやるものじゃないのかな? 見える武器にしか注意しないとは、雑魚ですね(笑)
侵入後、あっさりと頭領と対面出来ました。サーシャという男で、左頬に古い切り傷があって黒に近い灰色の瞳でした。なんか気の強い女が好きだそうですよ?
サーシャと対面した時に「この駄犬め♪」と言ったら手下Aが簡単に挑発に乗ってくれました。それでその手下Aと模擬戦まで持ち込めました……のですが。
ソイツ、全く基礎のなってないヒヨコちゃんでして。ソイツが私に妥当とかサーシャがぬかしやがったので、死なない程度に、手加減して、蹴り飛ばしてやりましたよ。
ちゃんと手加減しましたからね? 帰った時に怒らないで下さいよ、団長。
蹴り飛ばした後、少しヤバイかなぁとか思ったんですけど、無事サーシャに認められて八幹っていう幹部に滑り込めました。あ、ケインも一緒です。
そういえば、サーシャが私の髪に口付けていたんですけど、何か意味があるんですか?』
『報告書2 ケイン
潜入から二日目。八幹というものにリンがつき、俺はその副官のような位置にいる。
男しかいないのかと思ったが、家事全般は女達がやっているらしい。中にはメンバー内に夫がいる者もいる。
八幹及びその副官は実戦で指揮をとる以外に特に仕事はなかったので屋内を探してみたが、別段目立った物はなし。
やけに女達に話し掛けられるんだが、これは探りを入れられているのか?』
『報告書3 ケイン
特筆すべきことはなし』
『報告書3 リン・カグラザカ
なんか書くの速いな、と思ってたら案の定一言しか書いてなかったので、私からも報告しておきますね。
説明すると長くなるんですが、なんやかんやで例の手下Aと仲良くなりまして。
ヴォントっていう名前なんですけど、実はまだ入って間もなかったそうで。サーシャの妥当も「新人同士」という意味だったようです。
それで戦い方を教えてほしいと頼まれたんで少しだけ教えてみたんです。そしたら結構素質があって、強くなった自分に嬉しそうでした。褒めたら伸びる子です。なんかマルクみたいですよ、ご主人。
練習中ヴォントにそれとなく探りを入れてみたんですが、書類とかはサーシャと彼の副官が全て管理しているそうです。
明日はサーシャの方に探りを入れてみようと思います』
リン様方が『スベイン』に潜入してから今日で四日目。一日一枚報告書を書いて送ってもらっているのですが……。
確かに「報告書ってどう書くの?」と訊かれた際に「貴女の書き易いように」と答えました。
ですがこれは報告書ではなく日記なのでは? 伝えなくてはならない事はしっかり書かれていますが、伝えなくても良い事も多々ありますよ。
それにケイン様も三日目の報告書が一言とは……。面倒になったのか本当に書く事が思いつかなかったのか……。
私にまで回ってきた報告書に目を通し終え、楽しげな王子に手渡す。
「やっぱり面白い子だよね」
「アレに緊張感というものは無いのか」
心底楽しげな主に対してアリン公爵は随分と不機嫌なご様子。
まぁ…お気持ち、分からなくはないのです。程度差はあれど、ここに集っている者は皆、お二人のことを心配していましたから。
なのに、この日記(報告書)からは不安げな様子が全く感じられない。それどころかアッサリと自らの居場所まで作っているようですし。
団長も王子の手に渡った報告書を呆れ顔で眺めている。
「何と言うか……実にリンらしいな」
その言葉に同意するかのように続いたアリン公爵の長い溜め息。そして何故か疲れたご様子で私に視線を止めた。
「何やら嬉しそうだな、副団長殿」
「ガントとお呼び下さい、公爵。ーーーそれほど顔に出ていましたか?」
「表情だけじゃなく空気にまで出てるぞ、ガント」
振り向くことなく団長にも指摘され、思わず苦笑する。無意識の内に感情が表に出過ぎていたようですね。
騎士として感情を殺すことは当たり前。数年もすれば大概の者は自然と殺せるようになる。
どうもリン様と出会ってからの私は、感情のリミッターが外れがちですね。今更彼女を相手に猫を被っても仕方ないですが。
王子からも視線で促され、私は肩を竦めた。
「そうですね。確かに嬉しく思っております」
「それはまた、どうして?」
私の答えなどお見通しであろうに、王子は他二名に聞かせようと更に先を促す。
以前リン様に腹黒いと言われたのですが、私としては王子の方が性格があまり宜しくないと思うのです。決して言えませんが。
まぁお二人も聞く態勢なのは気配で分かっていますけど。
あくまで王子からの質問なので、体ごと向き直る。そして自分でも珍しいと思える自然な笑みを浮かべた。
「期待通りのお方でしたから、リン様は。心配していないと言えば嘘になりまが」
リン様と直接話したことなど両手の指ほどしかありません。ですが彼女に関しては、それだけで十分です。
明るく前向きで人懐こく笑顔の愛らしい女性。しかしそれと同時に、現実的で冷酷はところがあり命を奪うことを躊躇うことはない。力を誇示することはないが隠すこともしない。
その二面性の違いは、向ける相手が味方か敵か。
彼女を理解するのに最も適当なのは、一度共に戦ってみる事でしょうね。
個人的な意見としては、戦っている時のリン様が一番魅力的だと思いますし。あれほど戦いの場が似合う女性は貴重ですよ。
敵に回ることだけは避けたいですが。
団長達も一度は彼女の戦いを見たことがある。王子は声をあげて笑い、団長は苦笑し、公爵は諦めたように溜め息を吐いた。
納得して頂けて良かったです。ですが私が心配していたのは、生命的な意味ではないのですよ。
ここにいる四人ともリン様には好意を抱いているのは確実。意味はそれぞれでしょうが。
そしてその決定打となったのは、彼女の戦闘を見たことがあるから。
確か報告書に『スベイン』リーダーに、髪に口付けられたと書いてありましたね。その行為に意味はあるのか、と。
えぇ、ありますとも。この国で「髪への口付け」が指すのは『私のもの』、つまり所有物ということです。
……そのサーシャという男、周囲への牽制か何かのつもりなのでしょうか?
本人への断わりもなくそのような真似をするとは、躾のなっていない犬ですね。
頭の中で『スベイン』を確実に潰す計画をコッソリ立てていると、何やら不穏な気配を感じて王子を振り向いた。
すると団長と公爵の話を聞いているのかと思われた王子の視線は、例の報告書へ固定されていた。
遠目に盗み見ると、私が思い返していた一日目の報告書だった。
特に目立った情報はなかったはず。私が考えつく中で、それほど気に留めるようなことはただ一つ。
私がジッと王子を窺っていると、それに気付いた王子が顔を上げた。そして、リン様に「腹黒い」と称された私の笑みと同類のものを浮かべる。
「何様のつもりなんだろうね?」
「躾のなっていない発情期の犬ほど、鬱陶しいものはありません」
名指しする必要もなく、私と王子が思い浮かべている人物はきっと同じでしょうね。
唐突に主語の抜け落ちた会話を始めた私達に、団長・公爵は訝しげに顔を見合わせた。貴方方は特に気にならなかったのですか。
溜め息を吐く王子のようにあからさまに呆れた気持ちを出すわけにもいかず、いつも通りの笑みを浮かべておいた。
団長が王子へ意味を尋ねようと口を開くと、それを王子本人が片手を上げて止めた。
それは王子が真剣な話をする際の癖のようなものだと団長も知っているため、渋々とではあるも開きかけた口を閉じた。
いつもは悪戯したりふざけたりばかりしている我らが主は、それでもやはり王家の血を引く者。
不真面目なような行動をとっていても、その頭の中では国のことしか考えていない。
どうすれば自国が有利となり、また利益となるか。王家に生まれたからには、他の貴族とは比べものにならないほど幼少期より教え込まれている。
まぁ、そうでなければ我ら「死神」がアルブレヒト王子に仕えることはありません。
もし王子が見かけ通りの方ならば……こうして私が、ここにいることもなかったでしょうね。無能者に仕えるほど私はお人好しではありませんから。
相変わらず表面上は楽しげな笑みを浮かべられてはいるものの、その蒼い瞳には思慮深い光が宿っている。
「よし、じゃあそろそろ真面目な話をしようか」
「…そうだな。時間は有限だ」
一瞬「お前が言うな」という顔をしながらも、余計な事だと判断したのか別の事を口にする公爵。さすが、王子をよく分かってらっしゃる。
ここで話を掘り返すようなことを言おうものなら、本当に王子は最後までふざけた会話しかしない。
本当に……真面目なのか不真面目なのか、分からない方です。
内心で苦笑しつつ私も姿勢を正し、仕事モードに切り替えた。
全員の空気が変わったのを確認した王子は、一つ頷いて話し始めた。
「皆も分かってると思うけど、今回の『スベイン』への潜入はただ奴らを潰すのが目的じゃない。これはリン、そしてケインの二人に対する試験だ」
その言葉に私達は視線だけで頷く。公爵は不服そうですが。
王子の言う通り、この案件はただの殲滅戦ではない。勝手ながら、リン様とケイン様を試させて頂いている。
前回に引き続いての試験内容は『バナンスへの忠誠』。
アルブレヒト王子に対する忠誠は、前回の試験でしっかりと証明されました。しかし、それだけでは足りません。
王子にのみ忠誠心を持っていても「王子が関わっていないことは知らない」では困るのです。
なので利用することにしたのが、今回の『スベイン』。
彼らの行動は「国への反逆」とも解釈出来る。そんな組織に潜入し、取り込まれることなく任務を遂行することが出来るかどうか。
無事に果たせば仲間として認められ、もし『スベイン』に加担しようものなら……即座に斬り捨てるのみ。
まぁここにいる者の中に、彼女達が裏切る可能性を考えている者などいませんがね?
これは周囲ーーー彼女達と直接会ったことのない者達へ認めさせるためのもの。
ケイン様は森の集落出なので身元がはっきりしない。リン様に至っては異界人、この世界の住人ですらない。
そんなお二方を周囲に認めさせるためには、実践が一番だと王子は判断された。もちろん騎士団の総意でもあるし、公爵も納得されている。
不服そうな表情なのは、ご自分が保護している者達が試されているからでしょう。公爵は随分とリン様を気に入っておられるようですし。
異議や質問がないことを確認してから、王子は話を続けた。
「もちろん『スベイン』が我が国にとって害であることに変わりはないから潰すーーーと言いたいところなんだけど」
「? 何か問題があるのか?」
潰すのが当然だと思っている公爵から疑問の声が上がった。普通はそう思いますよね。
公爵からの視線を受けた王子は団長に目配せをすると、彼に説明役を任せた。事前に段取りしてあったので焦ったりすることはない。
頷いて引き受けたものの、団長は大きな溜め息を吐いた。その表情からは若干、困惑げな色が浮かんでいる。
「それがな……奴らが襲撃している貴族達に問題がある」
「……? どういうことだ」
「実はな。その襲撃されている貴族達は、前々から俺らが目を付けていたところなんだ」
団長の言葉に眉間にシワを寄せる公爵。『俺ら』と言った団長に違和感を持ったようですね。
「『俺ら』……つまり、騎士団としてということか?」
「あぁ」
問いに頷いた団長。そこで私は用意しておいた資料を公爵の元へ歩み寄り手渡し、話を引き継いだ。
「まず最初の被害者であるハーネスト家は、他国に武器を密輸しているという疑惑が上がっていました。その次のサラレイ家はハーネスト家に協力して、他国に足場を築いていたようです」
サラレイ家は伯爵。交渉するには十分な身分ではあります。ハーネスト家はサラレイ家と契約を交わした家に武器を流していたようですし。
その他の被害者も同様、何かしらの疑惑をかけられていた家。偶然……と言うには、少々首を捻る。
もし偶然ではなかったとして、その目的とはなんなのか。
「リン達には襲撃に関する書類を探してもらっているけど……僕としては、襲撃の標的としている貴族達の共通点となる証拠がないかと思ってる」
私の説明に付け加えた王子に、公爵は考え込むように目を閉じた。
アリン公爵は未来の宰相第一候補と言われてはいるものの、ここ数年は王都を離れ辺境の地で暮らしていた。最近の貴族達の動向を把握していなくとも仕方がないでしょう。
私達でさえ怪しいと感じ始めたのは数ヶ月前。そして『スベイン』が派手に動き始めたのは約一ヶ月前。
リン様が倒した例の山賊、実は『スベイン』に属している者達だったのです。私達もそれを知ったのは、王都へ帰ってきてからですが。
今のところ、奴らが何を考えて襲撃しているのかは分かっていません。
リン様とケイン様が書類でも何でもいいですから、何か見つけてくれたらいいのですが。
暫くしてから目を開けた公爵は、静かに王子に視線を向けた。
「まだ、確かな証拠はないんだな?」
「うん。騎士団としては、必ず何かあるとは思ってるけどね」
「だからこそ…私達を呼んだ、か」
「そういうこと。リンやケインは勿論のこと、君にも期待してるからね、フェリス?」
僕らなんかより格段に頭良いんだから、と笑う主に何やら疲れた顔の公爵。大変ですね、王子の幼馴染というのも。
もう一人の幼馴染である団長も可哀想なものを見る目で公爵を見ている。しかしそれも。
「何を他人事のような顔をしているのかな? 当然レイも忙しくなるからね?」
という王子の言葉により青ざめることとなった。そして公爵と顔を見合わせ、深い溜め息を吐いた。
ご愁傷様です。さて、騎士団も忙しくなりそうですね。
団長が忙しい=騎士団が忙しいということ。ガントはちゃんと理解していたよ。
次回は『宝探し』




