信長飛翔伝その1
西暦1580年 天正8年
安土城の天守閣にある信長の居室。
人払いをして信長が独り、天空から安土の町を俯瞰している。安土城は小高い丘の上に築いた巨大な城だ。
その天守閣からの眺めは爽快感がある。
信長は、この場所が気に入っていた。
手に持っているのは何故か鉄扇である。
普段の信長は、ほとんど感情を動かさない。
激しく癇癪持ちの側面を見せてはいるが、そんな時でも冷静さの上に感情的な面を自身で演出している。
そういった事を理解しているのは、猿面の部下、羽柴秀吉だけであった。
その信長が、感情的な部分を少しだけ見せていた。
『こんな事に時を使っている場合ではないのだ……』
彼は、片手で鉄扇を開こうとしている。重そうな音が響いていた、少しだけ鉄扇が開く。それが、信長の限界だった。
それ以上に感情が乱れることはない。
「右府様……」
遠慮がちな声が部屋の外から聞こえた。
信長は天正5年11月、正親町帝より右大臣に任じられていた。
信長自身は家来たちが自分を何と呼ぼうと構わないが、やはり尊称としての呼び名は必要であろう。
以来彼の家来たち、織田軍団の武将は自分達の主君を『右府様』と呼んでいた。
「入れ!」
板戸が開き、猿面の武将が無言で入ってくる。羽柴秀吉であった。
家臣団の中で最も信長の事を理解している秀吉ではあったが、彼とて信長の全部を理解できている訳ではない。
信長を理解することは、近世から近代に向かう時代そのものを理解することに等しいのだ。
それだけに、自分の主君は畏怖の対象でもあった。
「猿か! 、申せ」
「義昭様、筆にて候……」
「おのれ、お歯黒くずれめ、どこじゃ」
「備後の鞆にて……よろしいか」
信長は、長々と話を聞くことが出来ない性格だった。
もちろん、格式ばった席や儀式に対してはそれなりの対応は出来るのであるが、彼の性格には合っていなかった。
勘の悪い家臣、たとえば柴田勝家などには仕方がないので、じっくり話を聞き、噛んで含めるように細かい指示を与えるしかない。
が、秀吉との会話ではいつもこの調子であった。
しかし、これではまるで暗号の会話である。
信長に推戴されて、室町幕府の第15代将軍職についた足利義昭であったが、時節を読む能力にはまったく欠けていた。
将軍家の権威を己の実力と過信してしまった。
しかしそれは、信長にとっては御輿の題目に過ぎなかったのだ。
そういった配慮が義昭にはまったく欠けていた。あくまでも信長を自分の家臣として扱おうとする。
信長には、様々なものを与えようとした。
義昭に与えることが出来るものは、地位と名誉に限られていたが……
副将軍の地位や朝廷を動かして関白の位までも与えようとした。
しかし、信長は乗って来なかった。興味を示さないのである。
日の本の誰もがなりたがるものに信長は餌としては喰い付かなかった。
信長としては、義昭に与えられずとも、そのようなものはいつでも手に入るのである。
必要な時に手に入れればそれで良い。そのくらいのものだと考えている。
信長としては古い権威に寄りかかるつもりは微塵もなかった。
むしろそれらを壊して、新しい秩序を打ち立てたいのだ。
このようにして権威のみを頼りとする足利義昭と対立関係になっていた。
義昭にとって目の上のたんこぶである、信長の力を削ぐため幾度となく有力大名に御内書を下し信長を除こうとした。
形の上では、戦国大名たちは足利将軍の家来たちだった。有力大名はその権威を利用して都に登ろうとする。
度重なる信長包囲網の原因には、いつも義昭の御内書の存在がある。
義昭の武器は御内書をしたためる筆であったのだ。
この度の第3次信長包囲網も信長は実力で打破した。
信長は優れた戦略家であり、四方から迫る敵方のすべてに対して対処できた。
どこにどの様な備えをするべきかを的確に見抜いていたのだ。
このような優れた戦略眼は信長独自ののものだった。
全体を見回す力。権威に縛られない考え方。そのようなものが信長には備わっていた。
信長包囲網を敷かれることによって良いことも少しはあった。敵と味方が明確に識別出来たことだ。
これにより信長は適材適所をはかることができる。
しかし、彼はほとほと嫌気がさしていた。古い権威にすがろうとする彼らに対しての憐れみさえある。
もっと大きな視点でものを考えることができぬものか。
それが、冒頭の信長の苛立ちの原因だったのだ。
『こんなことをしているときでは無いのだ……」
ともあれ、100年以上戦い続けている戦国の世も彼により治まりつつあった。
彼の『天下布武』による日の本の国の統一は目前だったのだ。
秀吉の言う『筆にて候』とは、この度の動乱の原因は足利義昭の御内書による謀略であることを報告したのである。
信長により京都を追放された義昭は、堺、紀州と流れ歩き今は、初代足利将軍である尊氏ゆかりの備後の鞆の浦に居を構えていた。
ここから各地の有力大名へ信長打倒の檄を飛ばしていたのである。
それを、探り当てた秀吉は安土城の信長に指示を仰ぐために尋ねてきている。
それが、『よろしいか』という言葉であった。
つまり、鞆の浦の義昭を攻め滅ぼしてよいかという問いである。
天正5年(1577年)以降、秀吉は織田軍団の中国攻めの先鋒として毛利と対峙してきた。
毛利は強敵である。信長ほどではないにしろ吉川元春や小早川隆景などの優れた軍略家がおり、織田軍団に劣らず人材が豊富であった。
また、来島氏、村上氏などの毛利水軍の実力も侮れず淡路島より西側の瀬戸内海の制海権を握られている。
中国攻めの大将としての秀吉にとっても、鞆の浦の義昭は邪魔な存在であったのだ。
「よい、たわいなし」
秀吉は、かろうじて顔には出さずにいたが内心は驚いていた。当然この機会に邪魔な存在である義昭を除くものと考えていたのである。
一方信長は、義昭を攻め滅ぼすことにより起こると思われる旧勢力の一斉蜂起の対処にめんどうさを感じていた。
たとえ義昭の筆の力があろうとも各個の敵を個別撃破した方が良いと考えたのである。
「御意……」
頭の回転の速い、秀吉は信長の内心を読んですぐに理解した。
「猿、茶の湯をつかわす。長定、支度をいたせ」
板戸の外で待機していた小姓が1人が立ち上がり茶室に向かっていった。
彼は、森欄丸。その忠勤ぶりに感心した信長は自らの一字を与えて『長定』とした。
茶室は、すっかり準備が整っている。
秀吉は客の席に座り、主を静かに待っていた。
茶の湯は、信長が諸大名に盛んに浸透させていたものである。
当時茶の湯の道を行うには信長の認可が必要であった。
また、恩賞として有名な茶器などを与えている。
当時の茶室は、たった2畳。主と客の2名しか入れない。
茶室に入るための入り口は非常に狭く腰を屈めてしか入れない。
つまり、究極の密室なのである。密談するのにこれほど適した場所はない。
信長はなんと地球儀を持って茶室に入ってきた。
そして主の席に座るとすぐに、茶の代わりに地球儀を秀吉に差し出した。
「右府様、これは……」
先程とは打って変わって静かな雰囲気が信長を包んでいる。
「バテレンの坊主が献上してきたものよ……」
当時は既にマゼランの部下達による世界一周航海がなされていた。
したがって地球が球体という事が確定していた。
信長は地球儀を一目見て『理にかなっている』と理解したという。
「我が天下はこのような形をしておる。そして日の本の国はここじゃ」
信長は鉄扇で東アジアのさらに東にある日本らしきものを指す。アジアの地図はまだ不正確で日本は一つの島として表現されていた。
「某 には及びもつかぬ天下……」
「腹立たしいのはこれよ」
再び信長の鉄扇は地球儀の上から下へ貫く2本の線を指す。
「南蛮の王どもが、自らの領地を勝手に決めおったわ」
2本の線とは1494年のトルデシリャス条約と1529年のサラゴサ条約によりスペインとポルトガルとの間で勝手に決めた地球上における領土争奪の優先権を定めた線である。
サラゴサ条約による分割線はちょうど日本の上を通っていた。
「南蛮の者どもは、我が日の本の国を狙っておる。唐天竺も切り取り次第と考えおるらしい。きゃつらの国はここよ……」
鉄扇が、日本と反対側の場所を示す。
イベリア半島にスペインとポルトガルがあった。
「何ゆえ、バテレン坊主どもが万里の波濤を越えてまでやって来ると思う。奴らは南蛮の物見よ」
「……」
信長の鉄扇が激しく一閃した。地球儀が割れて壊れる。
さすがにこのあたりになると、秀吉には主君の心が計れなかった。
それも当然であったろう。
信長の不幸はここにあった。
このようなものの見方、このような危惧を抱いているのは日の本の国では、信長ただ1人であったからである。
「右府様はいつの頃よりそのようなことを……」
「そちと出会った頃かのう。那古野の城から1人で馬の遠出に出かけて雨に打たれて休んでおった。
すぐ間近に雷が落ちてこの世とは違う場所に飛ばされたのじゃ」
「御意」
秀吉は破壊された地球儀を片付けている。
信長はこの家来が自分の話を注意深く聞いていることを確認して話の先を続けた。
「そこは、とても寒い所でな。民は皆、獣の皮で作ったものを着込んでおった。そして貧弱な石の鏃のついた槍で大きな獣を追って狩りをしていたのじゃ。
そこにおると、何故か心が浮ついた……どこか遠くへ行かなければならないという気持ちが沸々と湧き上がってくる。
何故かその気持ちを忘れてはならぬと感じた。
気が付くと半死半生の身で那古野の城門に辿り着いておった……」
「面妖なことに……」
「南蛮のものどもは、日の本を領土とせんとしておる。阻止せねばならぬ。そして我が天下は、日の本のみにあらず……」
信長の話は、熱を帯びている。秀吉も次第にそれに惹かれて行った。
「御意!」
鉄砲の轟音が響く。
安土城内に設えられた、射的場である。
信長の腕前は抜群であった。約50m先の西洋甲冑を正確に射抜く。
信長の腕も良いのであるが使用している鉄砲も造りが良い。
1543年に種子島に伝来したといわれる火縄銃は日本の戦国大名達に瞬く間に普及し、戦場における必需品となった。
しかし最初に入ってきた鉄砲は、威力が貧弱であり点火してから発射までに時間がかかるというしろものだった。
ちょっと距離があると和式の鎧兜さえ貫通させる事も難しかった。
これを、改善し発達させていったのは信長だった。
彼は、鉄砲の新しい可能性を見出し、弾道の安定と威力のある銃身を作るため、良質の板金を作らせ、近江国国友村の鉄砲鍛冶衆に命じて切磋琢磨させたのである。
国友衆はこれによく応え、強い銃身を作るため巻張という技法を生み出した。
彼らの努力により、伝来した島の名前を取って種子島と呼ばれるようになった鉄砲は射程距離100mほどにもなっていた。
当時、鉄砲の本家ヨーロッパでは射程距離30mがやっとのありさまだった。
また、全ヨーロッパにある鉄砲の総数よりも日本一国で製作された種子島の方が圧倒的に多かった。
日本は、当時世界最大の銃保有国となっていたのである。
信長は、火力の信奉者である。
戦国最強の騎馬軍団を持つ武田勝頼に対して臨んだ長篠の合戦においては3000丁の鉄砲で武田騎馬軍団を粉砕した。
種子島は1発撃つごとに、先端より次弾をつめ直さねばならない。
その作業のため1発撃つと次の発射まで約30秒の時間がかかってしまう。
その間に騎馬の突撃により鉄砲隊は無力化されてしまうと考えられていた。
そこで、信長は騎馬の突撃から鉄砲隊を護るための馬防柵を用意して、騎馬の突撃を防いだ。
そして、鉄砲隊を3列に分けて1列目が発射するとすぐに2列目が狙いを定め、最初の列はその間に弾込めを行ない、時間差攻撃する事によって休む間もなく鉄砲を放ちつづけるという画期的な鉄砲3段撃ちの戦法を編み出した。
武田騎馬軍団は鉄砲の集中運用により壊滅した。
これは、世界史上初めての銃撃戦でもあった。
「国友、命じていたものは出来たか」
「右府様、こちらで御座います」
国友の棟梁は、新しい種子島の試作品を差し出す。
それは、4つの銃身が回転軸にのり火縄式の点火装置がひとつにまとめているしろものである。
「右府様、それは?」
横に控えていた秀吉はこの新しい種子島に興味を持った。
「国友に、1人で何度も放てる種子島を考えさせたのだ」
「何度も放てる種子島と?」
だが、信長は首を捻っている。
「どう使うのだ」
「1発を放ったのちこの握りを廻すと、次の銃身がちょうどカラクリの位置に来るようになっておりまする」
カラクリとは点火装置のことである。信長は、試作品を受け取ると狙いを定めた。轟音が響く。
握りを廻して火縄を廻し再び引きがねを引く。再び轟音。
的の西洋甲冑には新しく2つの孔が開いていた。
この種子島は4連発銃であるが、信長は2発撃って止めた。
「右府様?」
「国友……この様にしか考えられなかったか」
「駄目でござりまするか」
「無骨である。立って撃つには重い」
「……申し訳ござりませぬ」
「いや、使えぬこともない。
座らせて撃たせるようにするのだ。回転軸の下に軸足を2つ付けよ。その上でさらに銃身の数を増やすのだ。
地べたに据え置くのであれば少々重くとも構わぬ。
それが数あれば鉄砲隊は無敵となろう」
国友と秀吉は、目を大きく剥いている。なんという発想の転換であろう。欠点を見抜きすぐにそれを克服する。
そういうことにかけては信長は天才であった。
「だがのう国友……」
「はっ」
「弾のみを回転するように考えられぬのか。さすれば銃身は1つですみ軽くも出来る」
「弾のみを回転させると……?」
国友の棟梁は、信長の言うことが理解出来なかった。それは無理もない面もある。
弾は本当に鉛の玉なのである。現在の銃の弾頭にあたる。
それを火薬と共に銃身の先より詰めて、火縄を廻すことにより点火し引きがねを引くことにより発射するのである。
したがって連発で撃てるように改良しろと命ぜられたとき、銃身側を複数化することでその目的を果たそうとしたのだ。
「弾を改良すればよかろう。長定、紙と硯をもて」
小姓はすぐに、紙と硯を持って現れた。既に筆には墨が付いている。長定の気配りである。
まず、紙に丸が書かれる。「これが、鉛玉じゃ」その下に円筒が描かれる。
「ここに、火薬を詰めるのじゃ、弾をこの様に一体としておけば手間も省ける。その上でカラクリ側から弾を入れるようにすれば良い」
これは、元込め銃の発想である。狙いをつける側から弾をを詰める銃。種子島は銃身の先から弾を入れる先込め銃であった。
この時代、元込め銃の発想はどの国にもなかった。元込め銃にするためには弾頭と火薬の一体化をしなければならない。
つまり弾丸が必要である。そうでなければ引き金に近いほうから弾が入れられないのである。
国友の棟梁は、はたっと手を打った。
「右府様、気付きませんでした。確かにこうすれば軽くも出来まするし、早く放てるように細工することも出来まする」
秀吉の方は更に自分の主君に畏怖を感じていた。『このお館様には逆らえない……』
心の底からそう思っていた。
「次じゃ」
「はっ、こちらでございまする」
次に国友の棟梁が差し出したのは、銃身の短い種子島、短筒である。
受け取った信長は、片手で狙いを定める。
「右府様、これは右府様の腕を持ってして当たらぬと存じます、まそっと前へ……」
「で、あるか」
信長は的の甲冑に近づいた。随分近づいたところで見当を付けて止まり、狙って引鉄をを引く。
轟音が響きまた新しい孔が1つ開いた。
「うむっ、これはこれでよかろう。だがのう国友」
「そこで、これで御座います」
国友が開帳したのは、今でいうガンベルトである。2つのものと4つのものがある。
「そうか、なるほどのう。国友、よう考えた。褒美を取らすぞ。これからも励め」
「はっ、ありがたきしあわせ」
「右府様、これはどういう仕儀?」
秀吉が不思議な顔でいた。
「騎馬隊が馬を操りながら、放てる種子島を造れと国友に命じた」
「2つを馬主自身である騎馬侍が巻きまする。
さらに4つを馬の背から振り分けてに設え(しつらえ)まする。
さすれば6発続けざまにとはいきませぬが、鍛錬次第で素早く放つことが出来まする」
国友は秀吉に答えている。
「なるほどのう」
信長は、短筒を国友の棟梁に返す。
「猿! 国友」
「はっ」
2人が同時に答える。
「明日、岐阜に向かう。そちらも同道いたせ」
「しかしながら右府様。猿めはなるべく早ように播磨に帰りとうござりまするが」
「4~5日遅れても、どうということは無かろう」
「はぁ、お供させていただきまする」
何故この時期に、岐阜なのだ。東方面は徳川との同盟により安らかに治まっている。
もちろんそのさらに先、関東、東北方面はまだ手中に収めてはいないが帰順を求めてくる大名も少なからずいた。
小田原の北条氏を打倒すれば、その動きは加速されるだろう。
しかし、秀吉は考えるのを止めた。御館様は、無駄なことを一切行わない。
何かがあるのだ。考えも及ばないことが岐阜にある……
翌日は、よく晴れた日であった。旅に出るにはよい日和である。
信長は、母衣衆20名と鉄砲足軽隊50名、槍足軽50名を用意していた。
「長定、バテレン坊主どもは?」
「いつも通り、セミナリオ(教会学校)に篭っておりまする」
「右府様、少なし」
秀吉は護衛の数があまりに少ないと感じていた。
「構わぬ、出立じゃ」
確かに安土から岐阜までの間には敵地はない。
わが庭を往くようなものである。
もしどこかの敵の暗殺団が右府様を亡きものにしようとしたとしても、大勢は送り込めないであろう。
さらに50名の鉄砲隊は強力な護衛であった。
岐阜までは、2日もあれば到着する。
右府様のことだ、何か考えがあるに違いない。秀吉は、考えるのを止めた。
小さな軍団はゆっくり動き始める。足軽隊が徒歩なので、その歩みに合わせなければならない。
国友の棟梁も馬に乗っていた。信長は彼の馬に寄せる。
「そちも、馬に乗れるのか?」
「乗れる様に鍛錬いたしました。国友村と言ってもなかなか広うございます。馬で無ければ隅々まで廻れませぬ故。
それに、国友から安土までも結構な道のりなのでございます」
「で、あるか……国友、すまぬな」
秀吉は驚いた。信長は本気でこの職人を慈しんでいる。
何とのう人としての幅が広がっているような気がする。
もっとも利用できるものはすべて利用するのは、信長の能力でもあったのだが。
琵琶湖は、後方に去りすぐに見えなくなった。今日の本陣は関が原辺りか。
秀吉は、気になることがあった。昨日の茶室の密談で、右府様は地球儀を見せてわが天下と言った。
日ノ本の国にはもう興味がない様である。
確かにこの国は右府様により治まりそうな気配ではある。しかし、それは右府様あってのものでもある。
跡継ぎと考えているらしい信忠様では、いささか心もとない。
強力な織田軍団も瓦解してしまう危険性がある。右府様あっての織田軍団なのである。
その日は昼の弁当も使わず急ぎ、予想通り関が原で幕を張った。
足軽どもの息もあがっている。
ここまでくれば岐阜までは、指呼の間である。
しかし右府内様は何故そのように急がれるのか。秀吉が挨拶に向かうと、信長は既に寝所に入っていた。
翌朝、まだ陽が上らぬうちに秀吉は小姓に起こされた。
篝火が焚かれ、煌々(こうこう)とあたりを照らしている。
信長は、すっかり旅仕度を整え既に乗馬していた。
「右府様、これは」
「今より、志摩へ向かう。続いて参れ」
信長は、馬の腹を蹴り駆け出した。母衣衆が続く。慌てて秀吉も馬を用意した。
足軽隊の侍大将は手持ち無沙汰な様子だった。
「おぬし達は、参らぬのか?」
「我らはこのまま、岐阜へ向かえとの仰せ」
「なるほど。委細承知」
秀吉は馬に跨り、駆け出す。
なるほど岐阜へ向かうは偽り、本当の目的は志摩であったか。
母衣衆20名だけで大丈夫か。
志摩に向かうには伊勢路を通らねばならぬが、ここは右府様の次男、織田信雄様が押さえている。
一向宗徒どもの動きも気になるところだが、本願寺と和睦したことによりそれもいらぬ心配やも知れぬ。
ここも織田家の庭なのである。
しかし……志摩に何があるのだ。
志摩は九鬼水軍の根拠地であり海賊大名と呼ばれる九鬼嘉隆が領有している。
右府様は、九鬼嘉隆に会いに往かれるらしい。
秀吉は、考えるのを止めた、志摩に行ってみればわかる事である。
陽が昇ると、周囲が明るくなる。後ろよりよたよたと1騎が駆けて来る。
しばらく待っていると、国友の棟梁であった。
「棟梁、大事無いか」
「早駆けの鍛錬はしておりませぬ。侍ではございませぬ故。
羽柴様、先をお急ぎ下され、某はちと遅れて参りまする。志摩でございまするな」
「そうじゃ、そちは、ゆるりと参れ。右府様も許されよう」
国友の棟梁と別れると、秀吉は先を急いだ。
右府様の一行にはなかなか追いつかない。
1騎駆けは久しぶりであったが、昼前には、馬がへばって来た。
まずいと思った矢先に関所らしきものが見えた。
右府様の領内では関所はすべて廃されたはず。どういうわけか。
たどり着くと、伊勢国の奉行以下の武士団が頭を垂れて待っていた。
「羽柴様、御苦労に存ずる。馬を換えて下され」
「これは有難し。恐れ入る」
右府様は、ここまで手配りしておった。たぶん夜中に母衣衆を走らせて伊勢の奉行に換え馬を用意させたのだ。
何事も抜かりない。
「右府様は?」
「半刻も御座らぬ。追いつけるはずでござる」
秀吉は再び、1騎駆けに戻った。馬を換えたおかげで軽快に進む。
昼過ぎにやっと、追いついた。
伊勢の騎馬武士団が護衛に加わっている。昼餉をしていたようだった。
「猿、遅いぞ。国友はいかがいたした」
「遅れて、参上するとのことでござる」
「ぜひもなし。出立じゃ」
結局、秀吉は馬を降りることも出来ず、昼餉に加わることもかなわなかった。
小姓が握り飯を差し出す。それを、喰いながら自らの君主に馬頭を並べる。
信長は、早駆けを緩めなかった。
「猿、うまいか」
「美味しゅうござる」
早駆けしながら喰らうので味などわからない。
「そうか、そうであろうの」
信長は、破顔一笑。右府様の笑い顔は久方ぶりのような、前に見たのはいつであったか。
秀吉は、志摩に何があるのかを聞いてみたくなった。
だが答えは決まっている。行けばわかると。
信長一行は伊勢路を駆けに駆け、わずか2日で志摩にたどり着いた。
岬を廻って巨大な帆船が姿を現した。南蛮船である。
しかも、舷側に20門ほどの大砲が並べられている。その大砲が突然火を噴く。
陸上の小山を狙っているらしい。
秀吉は仰天した。この巨大な南蛮船は何だ。
大砲は次から次に撃ち出される。山の形が変わるほどの砲撃である。
山に生えている木々が折れて滑り落ちてくる。
凄まじい破壊力だった。
「右府様~」
どこからか、声がする。
「嘉隆じゃ」信長が呟く。
驚いたことに、南蛮船の舳先に九鬼嘉隆が立って大きく手を振っていた。
小船が岸に漕ぎ寄せて来る。
「大船に移るぞ。猿は海は大事無いか。猿と海は似合わんのう」
今日の右府様は、すこぶる機嫌が良い。
「だ、大事無し」
小船に乗り間近まで漕ぎ寄せて南蛮船を見上げと、まず白い帆が張られた高いマストが5本見える。
本当に高い、天空まで届きそうである。
その一の帆には織田軍団の旗印である「織田木瓜」が、二の帆には九鬼氏の軍旗である「七曜」が大きく描かれていた。
3の帆には見慣れぬ緑と赤の旗印があった。
舷側から縄梯子が2本ゆっくり降りてくる。これを登れということらしい。
長定が先に立って登り、主君に手を差し出す。それを受けて信長も登り始めた。
舷側までも相当高い。秀吉も覚悟を決めて登り始める。
「右府様、大事なきや」
海焼けで真っ黒な顔の九鬼嘉隆が顔を覗かせる。
「大事無い」
信長はゆっくり登っていく。
秀吉は元来、身が軽い。海の上ということを差し引いても軽快に梯子を登る。
「さすがに、猿じゃのう」
と信長が感心していた。
舷側まで登り詰めると、嘉隆が手を差し延べてくれた。それに掴まり一気に乗船する。
「嘉隆殿、久方ぶりじゃ。つつがなきや」
「ほんに、羽柴様。久方ぶりにござる」
信長も、登ってきた。嘉隆以下九鬼衆は、片膝を付いて主君を出迎える。
「嘉隆、見事な南蛮船じゃ」
「はっ、まことにありがたきお言葉」
「砲は何門じゃ」
「片側に20門づつ、合計40門にございます」
「砲撃を続けよ」
信長と秀吉は、砲甲板に降りた。
砲兵が忙しく動き始めた。砲は前装式青銅砲、カルバリン砲と呼ばれるものである。
信長は興味深くその様子を眺めている。
砲口から袋にいれた火薬を詰め、鍋敷のようなものを入れて砲弾を入れる。
その上に更にまた鍋敷のようなものを入れて、長い棒で奥まで差し込む。
その間砲手は点火口を親指で塞いでいる。
砲を水平近くに降ろすと点火口に錐を差込み火薬の袋に穴を開け、発火薬を火縄に火をつける。
これで準備が整う。
それを確認した砲術長の侍大将が掛け声をかける。
「放て!」
20門のカルバリン砲が一斉に発射される。
狙っている岬の小山は更に、形が変わっていった。
信長は、鉄扇を取り出して自分の額に当てていた。
少し顔をしかめている。気に入らないらしい。
砲兵の向こう側に、南蛮人が片膝を付いて控えていた。
秀吉が廻りを見廻すと至る所にぽつりぽつりと南蛮人の姿が見える。
彼らは何もする気がないらしい。動き回る九鬼衆をただ見つめているだけである。
「右府様、沖へ出まするぞ」
「うむ」
信長と秀吉は、高甲板に戻った。
九鬼衆の水夫どもは、マストに登り、帆やそれに付属する横帆を操り始めた。
船は岸近くを離れ、沖合いへ向かっていく。
この大船をよく訓練された九鬼衆のみで自在に動かしていた。
南蛮人どもは、ただ見ているだけである。
九鬼衆が操るこの南蛮大船は『ガレオン船』と呼ばれる外洋帆走船である。
全長約55メートル、排水量は120トン。
5本マストで外洋を軽快に走ることができる本格的なものだった。
どの方向から風が吹いても5本のマストに張られた縦横の帆により前進させることができた。
極端に言えば逆風でも前に進めることが出来る。
「右府様、これはすさまじき船じゃ。この船が5艘もあれば、毛利の水軍なぞ一蹴」
「5艘か」
沖合いから4艘の同じ様な南蛮船が近づいてくる。
「右府様、これは?」
信長はニヤリと笑い、答えない。
先程の南蛮人とその部下とみえる者どもが、片膝をついて控えている。
「名は何と申した」
「『ふぇるでぃなんど・ふぇれいら』と申しまする」
「で、あるか。御苦労じゃ」
「はっ、ありがたき事」
先程の4艘のガレオン船は、この船を先頭に一列縦隊に並んでいる。
「右府様」
九鬼嘉隆が指示を待っていた。
信長は鉄扇を取り出し真上に掲げる。ゆっくり左に鉄扇を振る。
「取り舵」
嘉隆が操舵手に命じる。船は左方向に曲がって行く。後続する船隊も同様の動きで続いてくる。
見事な艦隊行動である。
船脚が弱まってきた。船鍛錬は終わりか。
秀吉はそう思って信長を見た。彼はニヤリと笑い鉄扇を船尾へ向ける。
それに従って後ろを振り返ると……更に多くのガレオン船が縦隊を組み、この船団と艫を並べようとしている。
数を数えると、こちらも5隻であった。合計10隻のガレオン船が見事な2列縦隊をつくる。
『右府様のなされることよ』秀吉は、もう驚かぬことにした。
港に戻ると、砂浜に簡単な軍議所が設えてあった。
信長は床几に腰を下ろす。
秀吉と九鬼嘉隆もそれに続いた。『ふぇるでぃなんど・ふぇれいら』という南蛮人も呼ばれているらしい。
空いている床几に腰を下ろしている。
秀吉はふと疑問に思った。右府様の話では南蛮人は敵ではなかったのか。さすれば、この南蛮人どもは右府様に降った者ども?
「嘉隆」
信長は、ゆっくりと話し始める。一頃見られた怒気を含んだような物言いはすっかり影を潜めている。
「はっ」
「よくここまで鍛錬いたした。見事である。恩賞をとらす。どこが良い」
「はっ、ありがたき幸せ。しかし要り申さぬ。領地なぞ手間がかかるばかりで面倒のもとにござる。九鬼は元々海賊であります故」
「欲が無いことよのぅ」
「それより、右府様のなされようをお聞かせ下さりませ。これだけのものを某に用意させるのはどこぞを切り取ろうとされること」
秀吉もそれが聞きたい。
ガレオン船一隻の破壊力もさることながら、それが10艘もある。その戦力は大変なものだ。
右府様はそれをどこへ向けようとされるのか。
信長は鉄扇を額に当てる。そして視線を南蛮人に向けた。
「まず、澳門じゃ」
澳門? どこだ。島津か長宗我部のどこか? 秀吉は無難な場所を考えている。
「澳門……でござるか?」
信長は地図を長定に用意させた。机に拡げられた地図は見慣れぬものだった。
九州らしき島はあるがそれ以外は見た事もない。
「猿、見たことはあるまい」
「はっ、面目なく……」
「ぜひもなし、これは南方の地図じゃ」
「南方?」
「羽柴殿、これは日の本の南を表しておりますのじゃ」
「日の本の南方でござるか、すると嘉隆殿は行かれたことがござるのか?」
「いや、某も往った事はござらぬが……そこの『ふぇるでぃなんど』に教わったのだ」
またこいつか。これは是が非でもこの『ふぇるでぃなんど・ふぇれいら』の正体を教えてもらわねばならぬ。
「羽柴殿、澳門はここじゃ」
九鬼嘉隆が澳門の位置を指で示す。
「澳門はそこにおる『ふぇるでぃなんど』の郷、生まれたところじゃ」
信長が教える。
「なんと、この南蛮人の」
「南蛮の事も複雑怪奇でのう」
「御意」
「『ふぇるでぃなんど』はポルトガル人じゃ。
南蛮人にはスペイン人とポルトガル人がおったのじゃが、このたびポルトガルの王が亡くなった。
そのため、スペインの王がポルトガルの王を兼ねることになったのじゃが『ふぇるでぃなんど』はそれが気に入らないらしい」
「マニラよりスペイン人の奉行がやって来て、我等より税を取り立てまする。我等はスペイン人の家来ではない」
この年1580年にポルトガル王家であったアヴィシュ=ベージャ家が断絶した。
そこで親戚であったスペイン王フェリペ2世がポルトガルの王を兼任することになりスペイン=ポルトガルの同君連合という形になった。
遠いイベリア半島の話であるが、ポルトガルが主に東半球に持っていた海外領土もこのときスペインの配下ということになってしまった。
これをよしとしないこのフェルディナド・フェレイラのような植民地生まれのポルトガル人も大勢いたのである。
「猿」
「はっ」
「南蛮人、明国人、朝鮮人、琉球人と様々な国と民がおるが」
「御意」
「中で、一番強い兵はどこの国じゃと思う?」
「某は、日の本の国以外は分かり申さぬ」
「そうであろうが……一番強い兵は我が日の本の国の兵じゃ。
わが国は100年以上も戦い続けておる。
各大名は領地を増やさんと画策する。そしていくさを有利に導くため自分の国を豊かにしようとする。
いくさのやり方も様々に工夫する。
我が日の本の兵は戦上手である」
「御意」
「その兵どもが海を押し渡ってスペイン人どもの領地へ攻め込んだらどうなると思う」
「それは鎧袖一触。南蛮人どもを蹴散らしましょう」
「そうであろう。まず澳門のスペイン人どもを攻めてきゃつらを追い出す」
「なるほど」
九鬼嘉隆が手を打つ。
「その為のガレオン船でござるか」
「そうじゃが、それだけではない。澳門は『ふぇるでぃなんど』に返す」
「返す! せっかく切り取ったところを返すのでござるか」
「それが『ふぇるでぃなんど』たちとの約定じゃ。信義は守らねばならぬ。またそうしなければポルトガル人たちの協力は得られぬ。
『ふぇるでぃなんど』たちの協力がなければガレオン船は出来なかったであろう」
「それは、その通りでござる。なるほど『ふぇるでぃなんど』殿とそういった約定がござったか」
「我等が本当に目指すはここじゃ」
信長は、鉄扇でマニラを指す。
「呂宋……でござるか」
「そうじゃ、スペイン人どもが我が日の本を切り取ろうと兵を集め始めておる。まだ小さいものじゃが芽が小さいうちに摘んでおくのが利口じゃ」
「スペイン人はマニラに『いんとらむろす』(イントラムロス)という要塞を築いて備えておりまする」
フェルディナド・フェレイラが口を開く。
「その数は、8000から10000と考えられまする」
「なるほど、それは油断ならぬ勢。鉄砲の数は?」
「2000から3000と考えられまする」
「それは、あまり心配いらぬ」
と信長。
「と申しますると?」
「きゃつ等の種子島は取るに足らぬ。日の本の種子島には到底及ばぬ。
それよりも怖いのは大砲じゃ。10貫砲は油断ならぬ」
「10貫砲……」
「そうじゃ、鉄砲だけではかなわぬ。手立てが必要じゃ」
そこへやっと国友の棟梁がやって来た。
「右府様、遅れまして申し訳ござりませぬ」
棟梁は疲れきった顔をしている。彼なりに目一杯急いで来たらしい。
「国友、良いところへ来た。嘉隆、例のものを」
「はっ」
九鬼嘉隆は立ち上がり、部下に段取りを伝えているらしい。
やがて、九鬼衆が緑色の巨大な砲筒を運んできた。どさっと置く。重量がある。
「右府様、これは?」
「『国崩し』じゃ。大友の入道が誼み(よしみ)を通ずる引き当てに寄越したわ」
「これが、『国崩し』でござるか」
『国崩し』は豊後の大名、大友宗麟がポルトガル人より送られたという西洋式大砲、フランキ砲である。
宗麟は、臼杵城に押し寄せた島津の軍勢をこの『国崩し』で撃退したという。
国友の棟梁は職業的興味でフランキ砲を観察している。
「国友、どうじゃ」
「右府様、これはどこから弾を入れるのでございますか?」
「これ、無礼じゃ」
「よい、国友にはこれを見せるために呼んだのじゃ」
「御意」
フェルディナド・フェレイラが立ち上がりフランキ砲の後方の取っ手を持ち上げた。
「この小さい管に火薬と砲弾を詰めまする」
国友の棟梁は近くに寄り小さい管に見入る。
フランキ砲は青銅で鋳造されたカートリッジ型の後装式砲である。
母管と(薬きょう)の子管の2重構造になっている。
子管に弾と火薬を詰め、母管に連結させて激発し、弾を発射する。
「そうすると、この子管がたくさんあれば次々に入れ替えて素早く放てるのでございまするな」
鉄砲の元込め銃と同じ発想であった。
フランキ砲は中世のヨーロッパで発明されたものであるが、元込め式と速射性に優れている点で先進的であった。
「そうでござるが……撃てば撃つほど、母管と子管がずれていきまする。ずれた状態で撃つと砲が壊れまする」
フェルディナンドが答える。
「なるほど……青銅だとそうなりまするな」
このフランキ砲の弱点はそこにあった。
青銅であるため鋳造が簡単ではある。しかしそれゆえに強度が弱いのである。
何発も撃つと砲身が破裂する。
「そこでじゃ、国友」
「はい」
「巻張の要領で鉄を使えぬかのう」
「鉄でございまするな」
「そうじゃ、それにもう一つある」
「なんでござりましょうか?」
「弾が当たった時、焙烙するように出来ぬか」
「焙烙弾でござりまするな」
信長は火力増強を考えている。
フランキ砲を発達させて青銅製ではなく鋼鉄製に、また砲弾に燃焼弾を使う。
こうすることで日本では弱い大砲を改善しようとしていた。
先程の演習でガレオン船に積載されているカルバリン砲が気に入らないのである。
次弾発射までの時間がかかりすぎるし、威力も無い。
なるほど右府様が国友の棟梁をわざわざ同行させたのはこういうわけだったのだ。
「右府様、これを国友村まで持ち帰ってもよろしゅうござりまするか?」
「否、ここで何とかせよ」
「九鬼様には失礼でございますが、ここでは良い鉄が出来ませぬ。それに国友村では右府様より大筒を造るように既に申し付かっておりまする。それに紛れさせればよろしいかと思われまする」
信長は鉄扇を額に当てて少し考えた。
「うむ、致し方ない。しかしバテレン坊主どもにはくれぐれも悟られぬよう気をつけるのじゃ」
「はい、国友村ではバテレンかぶれは居り申しませぬ」
「わかった、長定!」
「はっ」
「国友に母衣衆を付けよ。大事があってはならぬ」
「しかし、右府様は?」
「わしは大事無い。伊勢の侍どもがおる。それに猿もおるしのう」
「承知仕りました」
「右府様」
九鬼嘉隆である。
「澳門や呂宋を切り取るのはいつのことで御座りましょうや?」
「1年じゃ、嘉隆、後1年待てるか」
「1年で御座るな。承知つかまつった。腕が鳴ることよ」
「それまで鍛錬を怠るなよ」
「もちろんでござる。それまでにガレオン船を自在に操れるようにしておきまする」
「『ふぇるでぃなんど』それで良いか」
「1年でござりますな。承知申し上げました」
少し侍言葉がおかしいがこのポルトガル人も納得したようだ。
「右府様」
今度は秀吉である。
「なんじゃ」
「その折にはこの猿めも」
「猿も行くと申すか」
「行きとうござります」
「まるで御伽草子じゃのう」
皆、破顔した。
「さすると某はきじということになりまするな」
と九鬼嘉隆。
幕内はけたたましい笑い声に包まれた。
こうして、信長の壮大な雄飛への第一歩が記されたのである。
西暦1581年 天正9年
秀吉は、相変わらず毛利と対峙していた。
毛利の動きは鈍い。織田軍と対峙したままほとんど動きがない。
時折、政治僧の安国寺恵瓊を寄越すくらいだった。
この間に秀吉は、淡路島を平定した。それにより、播磨灘の制海権を握った。
また山陰因幡の吉川経家の守る鳥取城を兵糧攻めにして陥落させたりした。
毛利は秀吉の計略により少しずつ切り取られていく。
秀吉は決して焦らなかった。無理攻めは破綻の元になる。
今は、帰順してきた宇喜多直家の兵を中心に毛利と戦っている。戦いは膠着状態に陥っていた。
秀吉に心の余裕が出来ていた。
そんな時、信長より戦略物資が届いた。
あの時、安土城で見た多銃身の連発銃である。軸足が付いて銃身も4つから6つに増えている。
「殿、これはどう使うので」
軍師の黒田官兵衛孝高(くろだ かんべえ まさたか)が不思議そうに銃身を触っている。
「それはじゃな」
秀吉は、得意げに説明を始めた。
「なるほど、独りで何発も放てる種子島でござるか」
官兵衛はしきりに感心している。
これを初めて見たのはもう1年も前のことだ。
右府様は如何しておられよう。
1年経ったら、澳門や呂宋を切り取りに往くと申された。
右府様はどうされるのか?
確かめに行きたかった。そう考えると、いてもたってもいられない。
秀吉の母衣衆が告に来た。
「上様、右府様よりの使番にございます」
「使番! おう、すぐに通せ」
黄色の指物を付けた使番が片膝立ちで控えている。
「口上を申せ」
「右府様の口上を申し上げまする」
「うむ」
「猿、何人出せる?」
「何?」
「猿、何人出せる?」
「それだけにございます」
「……」
右府様は使い番にまで暗号を託されるか。ふっと頬が緩んだ。
「わかった。休むが良い」
来た。考えてみれば、待ちに待った吉報だった。
毛利との戦は大事な戦じゃ。
様々な計略、謀略を使こうて少しずつ、毛利の力を削いでいく。
いかにも秀吉らしい戦い方であった。
しかし、血が鳴き肉踊るようないくさが欲しい。そんな戦がしてみたい。
不思議じゃ、右府様はこの猿を野生に還らせる。
使番が姿を消すと、黒田官兵衛に話しかけた。
「官兵衛、精鋭の兵を引き抜きたい。何人くらい出せる?」
「殿、冗談ではないですぞ。毛利の包囲から一兵たりとも抜くわけには参りませぬぞ」
「だから、その方に相談しておるのじゃ」
「殿、何を考えておられるのじゃ」
黒田官兵衛は秀吉の顔を覗き込んでいる。官兵衛にこうされると弱い。話さねばならぬか。
「天下を取りに往くのよ」
「天下じゃと」
官兵衛には、話しておくしかないか。こいつがいなければ、今の自分はなかったのだからな。
仕方がない。1年前の出来事を語って聞かせる。
「なんと……南蛮を切り取りに行くと申されるか!」
「そうじゃ、その為の兵がいるのじゃ」
「なんとも雄大な話、にわかには信じられぬ。じゃが……」
「じゃが?」
「あの右府様が言われるのじゃ。根拠はあろう。のう殿?」
「なんじゃ」
「わしも往くぞ」
「官兵衛、おぬし……」
黒田官兵衛は、本願寺攻めの折に敵方に寝返った主筋の荒木村重の翻意を促すため単身で村重の本城である有岡城を訪れた。
その時に村重より幽閉の憂き目に会い、信長の有岡城総攻撃まで1年以上牢に繋がれた。
救出されたのだが、長い牢内の生活に足腰が立たぬようになってしまっていた。
もうだいぶ癒えたのであるが、それでも少し不自由さがある。
「身体は大丈夫なのか?」
官兵衛は、秀吉の問を無視した。
「どの位の兵を作れば良いのか」
官兵衛は山陰側の兵や対峙している兵力から、魔法のように、足軽4000名を抽出した。
秀吉は、先に安土に向かう。
引きぬいた4000の兵力は腹心の蜂須賀小六と黒田官兵衛に任せ、志摩に向かわせた。
信長は、安土城の天守閣にいた。
「右府様」
「猿か。入れ」
秀吉が中に入ると、信長は地図を畳に置き睨みこんでいた。
「猿、何人じゃ」
「4000を志摩に送りましてござります」
さすがにこの辺りは、信長と秀吉の会話だった。
「誰を付けた」
「孝高と正勝に候」
孝高は黒田孝高であり官兵衛の諱つまり本名である。
同じく正勝は、秀吉の那古野時代からの腹心である蜂須賀小六である。
「4000か、そんなに要らぬぞ。毛利は大事無いか」
秀吉は、畳の上に拡げられた地図に見入った。
日の本の国の勢力図である。織田軍団の武将達が各地に転戦している。
柴田勝家は能登を制覇していた。
滝川一益は関東で覇を唱えている。
嫡男、織田信忠は清洲城にあった。
「右府様、武田の所領がございませぬが」
「勝頼は、もうよい」
武田信玄亡き後、信玄の遺言により武田の跡目を継いだ武田勝頼であったが、残念ながら信玄のようないくさ上手ではなかった。
長篠の合戦の時有能な家臣を多く失い、また勝頼の采配に愛想を尽かした家臣の裏切りなどにあい、喘いでいた。
確かに武田はもう駄目だろう。時間の問題なのだ。
織田軍団の軍勢が武田の所領の四方から迫りつつある。
この地図のように切り取られる運命にある。
右府様も計略がうまい。
同盟軍の徳川もそうだが、小田原の北条を、どうやったか巧みに取り入れている。
「猿は因幡を切り取ったのじゃな」
「はっ」
「毛利はどうじゃ」
「なかなか、しぶとく」
「そうであろうの、惟任光秀を遣わそうと思うが」
「明智光秀殿でござるな。助かり申す。光秀殿は戦上手」
「きんかん頭は、名の通り頭が固い」
と破顔一笑。右府様はよく笑うようになった。前には笑い顔なぞ見ることはなかった。
「4月じゃ」
「4月と?」
「4ヶ月で澳門と呂宋を切り取る。その位しか時が割けぬ。そのうちの半分は、退屈な船上暮らしになろう。
その心積りでいよ」
秀吉は、船に乗っての戦いは未体験だった。それでも、その戦いの中に身を投じたい気持ちの方が強い。
「御意」
信長は、地図をたたむ。
「それでは、志摩へ参ろうか」
「はっは~」
何故か、秀吉は嬉しくてたまらなかった。
志摩へ向かう道は、いくさ仕度ではなく、狩り装束を着け、鷹狩りに扮装した。
従う家臣も最小限にする。先と同じ様にバテレン坊主どもに気を使っているのである。
「右府様、こうまでバテレンどもに気を使わねばなりませぬか」
「きゃつらの国のひとつを切り取りにいくのじゃ。知れれば大事になろう」
「それは……その通りでござるが、こうまでやる必要がございますか。きゃつらを所払いすれば済むことではござりませぬか」
「いや、きゃつらは我らが思った以上にこの国に浸透しておる。油断は出来ぬ存在じゃ」
確かにその通りなのだ。
キリシタンは、確実にこの国で信徒を増やしつつある。
民、百姓だけでなく大名たちの中にも、キリシタンかぶれが増えつつあった。
よい例が九州の雄、大友宗麟である。彼は国ごと天主に寄進しようとまでしたのである。
キリシタンは、危険な存在だった。
特に西日本の大名たちに多い。このままでは、本願寺の二の舞を踏みそうである。
信長としても、宗教勢力との争いは懲り懲りなのだ。
馬を並べて進めながら、信長は問う。
「のう、猿」
「はっ」
「わしにはわからんのだが……
何故、神などという正体もわからぬものにうつつを抜かすのじゃ。
何故、もっと懸命に生きようとせぬ。
何故、死んだ後に来る浄土とやらに行きたがるのじゃ。
生きている間に精一杯自分のやりたいことをやるのが、人というものではないのか。
この前、フロイスに『神をみたことがあるか』と尋ねたが、
きゃつは、神は人から見ることは出来ぬと答えおった。
わしは、目に見えぬものを信じることは出来ぬ。
目に見えぬもののために、死ぬことも出来ぬ。
猿はどうじゃ?」
珍しく、信長は不安げな顔を作っていた。
猿面の秀吉は困惑顔。しかし、右府様の新しい面を見たような気がする。
「そう申されましても、某には……」
信長もニマッと笑った。
「そうか……そうよのう」
馬の腹を蹴って、先に行ってしまった。
前と同じ道順で志摩に辿り着いた。
伊勢と志摩の国境は、市が立っていた。
一見何事もないように見える。
しかし、秀吉には感じていた。さり気なさの中に紛れて、そこここに光る監視の目が多い。
「右府様」
「うむ、大事を取るに越したことはないからのう。
南蛮船は、志摩の最も奥に隠しておる。船でしか行けぬ」
「しかし、右府様」
「何じゃ」
「兵はどの船に載せまするのじゃ。南蛮船はいくさ船。兵は多くは載せられぬと存じますが」
「大事ない。そこは考えておる」
そうじゃ。右府様のことじゃ。手立てを考えているに決まっている。
今回は上に右府様がいるのだ。自分は戦うだけで良い。
秀吉は、久方ぶりの開放感を味わっている自分を感じている。
右府様。味方にした時、これほど信頼出来る大将はいない。
九鬼の本拠、波切城は海の眼前にあった。
その波切城は海賊大名、九鬼 嘉隆の面目躍如である。いかにも海賊たちの砦といった風情があった。
その、波切城を見上げる砂浜に、この前と同じく簡単な軍議所が設えてあった。
信長は、大仰なものを嫌う。実利を上げるためには形式など、どうでも良いのだ。
だから、軍議の場として波切城は使わなかった。
信長と、秀吉の2人は軍議所に入る。
中には床几がたくさん並べられてあり、関係する様々な男たちがいた。
「一益殿!」
秀吉は、思わず声を掛けてしまった。
関東にいるはずの滝川 一益が控えていたのだ。
「どういうことじゃ。上野の備えは大丈夫でござるか」
滝川 一益は織田軍団の関東の押さえとして上野の厩橋城にいるはずである。
それが、今、志摩の自分の目の前にいた。
「これは、羽柴殿、久方ぶりでござる。つつがなきや」
「久方ぶりにござるが……」
「上野は、心配いらぬよ。右府様の采配で北条をなだめておる故」
そうだ。そうだった。どうやったか右府様は小田原の北条氏をたくみに取り込んでいる。
今、北条氏は甲斐の武田領の切り取りに夢中になっているのである。
その分だけ、他の関東地方への北条氏の圧力が減っていた。
厩橋城の滝川一益も余裕ができたのであろう。
「猿。早く控えよ。軍議を始められぬわ!」
信長の怒号が飛ぶ。
「ははっ、申し訳ござりませぬ」
秀吉は、黒田官兵衛と蜂須賀小六を見つけてその横の床几に急いで座った。
軍議所は雑多な人間たちが集まっていた。
まず、九鬼 嘉隆とその郎党たち。人数としては一番多い。
例の『ふぇるでぃなんど・ふぇれいら』というポルトガル人とその仲間たち。
綺羅びやかな細身の西洋剣が目立つ。右府様の前では、剣を降ろさぬか。
失礼であろうが。
秀吉は思ったが、右府様自体が気にされていない様子なので口には出さなかった。
秀吉と黒田官兵衛。それに蜂須賀小六。
滝川一益とその配下の者。
ここまではいくさ人であった。
しかし、信長の本営はいくさ人だけではなかった。
後方を担当する者たちも混じっている。
鉄砲鍛冶の棟梁、国友作兵衛とその弟子たち。
堺の商人、納屋宗久に紅屋宗陽とその番頭とおぼしき者たち。
自治国家でもある堺は完全に信長の配下に入り、かつ栄えていた。
それは、商業を発展させるという信長の思惑とも一致していたのである。
信長は戦略物資の取り扱いを堺の商人たちに任せていた。
納屋宗久の隣には、歳の頃は15~16の見目麗しき紅顔の美少年が座っていた。
信長がふと、その少年に目を止める。
「宗久。その童は?」
納屋 宗久はかしこまり、少年を紹介する。
「助佐と申しまする。まだ年若なれど、呂宋に渡り彼の地の事情に詳しい故、同参させましてござります」
信長は鉄扇を取り出した。
「助佐と申すか」
「はっ」
少年は、かしこまったまま答える。
「その歳で、呂宋に渡ったのか。心強いのう」
信長は、この少年に興味を持ったようである。
彼は、後に呂宋助左衛門と呼ばれる南蛮貿易の豪商となる。
このように、信長の本営は侍だけではない。
彼は、兵站を重要視する。戦うことだけがいくさでは無いのだ。
戦う場所まで、どうやって軍団を維持するかをいつも考えている。
常備兵の考え方を取り入れたのも信長であった。
当時の足軽は、農民を徴収して編成したものである。戦争は、農閑期の暇な時に行なっていたのだ。
したがって農繁期には本業の田の手入れをしなければならない。
戦争が出来るのは、秋の取り入れが終わってから春の田植えまでの間だけしかない。
それが当時の常識だった。
これを信長は、給料を支払うことで兵隊として常備することにしたのである。
季節を問わず、兵隊として動かすことが出来る軍隊を作り上げた。
それは、商業が十分に発達しているということが条件であった。
給料として銭を貰っても、それを使って生活物資を購入できなければ生活できない。
そのためには、商業と流通が十分に発展していなければ成り立たないのである。
少なくとも、信長の領内では共通の銭が運用されていた。
今回は、遠く南海の果てまで遠征することになる。
それに伴う、武器の維持。糧道の確保などが問題になってくる。
むしろ、地味ではあるがこちらの方が戦いの本道であったろう。
兵たちは何も考えず、ただ戦うだけで良い。それで手柄を立て褒美を貰えば良いだけである。
しかし、兵站を担う者たちもまた、戦いなのである。
相手が信長であるだけに手を抜くことが許されなかった。
「4月じゃ。
4ヶ月で澳門と呂宋を切り取る。その位しか時が割けぬ。
日の本の天下布武も万全では無いのでな。長く留守をいたすと足元をすくわれるわ。
その心積りでいよ」
控える者を前にして、信長はいきなり口を開く。
先般、安土で言ったことと同じ言葉だった。
「 嘉隆、南蛮船の鍛錬はどうじゃ?」
「はっ、万全を期しておりまする」
「『ふぇれいら』どうじゃ?」
「九鬼殿のセール(水夫)は、ポルトガル人より上手く船を操りまする」
「そうか。でかしたの、嘉隆」
「ははっ、有難き幸せ」
「まあ、褒美はいくさの後じゃがの」
と破顔した。
「国友。鉄砲は?」
「はっ。新しき種子島は50尺届くまでに改良致しました。それを1000丁用意してございます。
短筒を500。6連発に致しました連発の種子島は200丁にございます」
「うむ。今回は馬が使えぬ。短筒はいらぬ。
紅屋。弾はどうじゃ?」
「火薬を200斤、煙硝を同じく200斤用意してございますれば」
「うむ、それだけあればよかろう。
国友、大砲は?」
「右府様に仰せつかりました仏狼機(フランキ砲)を20門用意してございますれば」
「20か。ちと少ないのう」
「申し訳もござりません。造りがちと複雑だった故、数を揃えられませぬ」
「まあ、国友ばかりを責めるわけにはいかぬ。小田原攻めの大砲も、国友に頼んだしのう」
小田原攻め? 右府様は今回味方に付けた北条氏を次は攻めるおつもりなのか。
まったく、このお館さまは……
「焙烙弾は、作れたのか?」
「はっ、出来ましてござりまする」
「後で見せて貰おう」
「はっ」
「足軽は、猿の連れてきた4000か」
「はっ」
「今どうしておる」
「はっ、目立たぬように分散して志摩の警備につかせておりまする」
秀吉に代わり、黒田官兵衛が答える。
「であるか……4000とはいえ一カ所にすえおけばいかにも目立つからのう」
「御意」
「嘉隆からは、いくらか出せるのか?」
「1000名ほどの足軽を廻して6連発の種子島を鍛錬させてござりまする」
「うむ、かこ(水夫)を廻してはならぬぞ。船が動かせなくなる」
「はっ、承知」
「一益」
「はっ」
「どのくらい連れてきた?」
「子飼いの乱波を100ほど」
「うむ、乱波は数ではないからのう。ましてや今回は言葉も通じぬ地。何か策はあるのか?」
なるほど、今回の一益殿の役目は敵地撹乱か。
秀吉は、今回の滝川一益の登場にやっと納得した。
滝川一益は、武将であると同時に乱波の棟梁でもあった。
乱波とは、今でいう忍者である。敵情視察や敵地撹乱を行うのが主な仕事だった。
それらは、信長にとっては貴重な情報であった。戦争は情報戦でもある。
領国に塩が不足しているとか、今年は米が不作だったとかいう一般的な話も相手に取ってみれば貴重な情報なのである。
他の戦国大名が軽視している情報戦を信長は重視していた。
滝川一益は、これらの情報戦を制することにより織田家の中で出世してきたのである。
「策はことさらございませぬ。潜入して暴れるのみ」
「うむ、今回は致し方なかろう。
さて……
兵を運ぶ船じゃが。
『ふぇれいら』どうじゃ?」
「手に入れましてござりまする」
「手に入ったのか? そうか、手に入ったか! 志摩まで運んで来れたのか?」
「はい」
何故か、信長は嬉しそうだ。『ふぇれいら』が手に入れたものは大変なものらしい。
「それも、後で見せてもらおう。さてそれでは、仕度は出来たようじゃな。
まず澳門を攻めることにいたそう。
『ふぇれいら』、ここから澳門までどれくらいじゃ?」
「ガレオン船で10日でございまするが、今回はガレオン船以外の船もありまする故……
15日と存じます」
「うむ、15日。どこにも寄らずに行けるか?」
「はい。大丈夫でございまする」
信長は少し考える。
「どこかで兵を休ませたいが……」
フェレイラも考える。
「フォルモサ(台湾)という大きな島がございますが……」
「何かあるのか?」
「スペイン人がいるやもしれません。それに、気性の荒い原住民がおりまする」
「無用な争いが起こるかもしれぬと申すのじゃな」
「はい。琉球ではいかがでしょう?」
「琉球は拙かろう。あ奴らは海の民。
これだけの兵力が動けば、目立とう。海の民は情報を売って食べておる。
我らの動きは筒抜けになろう。
航海中も、琉球の民には逢いたくないのう」
琉球の民は海洋民族の末裔たちだった。貿易により暮らしを成り立たせている。
彼らは、情報に敏感だった。またそうでなければ自分たちの興亡に関わるからである。
信長のこれだけの軍団が動けば目立つ。それを情報の漏洩は最小限に抑えたい。
「フォルモサの北に誰も住んでおらぬ島がござりまする。
そこならば……」
「うむ、ならばそこにいたそう」
足軽兵を休ませる場所をそこまで気にするのかと、秀吉は気軽に考えているが、海の戦いにおいては実は重要なことだった。
兵たちは、長い航海の間中、船に閉じ込められることになる。
その無聊は大変なストレスになるのである。
それを何とかしなければ、反乱が起こったり不測の事態が起こる場合もあった。
「宗久!」
「はっ」
「水と兵糧は十分か?」
「はい。米、味噌、塩を十分用意いたしました。また今回は、海を渡ることを考えて、蜜柑を十分蓄えておりまするが……」
蜜柑とは考えたものだ。船での航海においては壊血病の心配が絶えずつきまとう。
これは、長期のビタミンCの欠乏によって起こるのだがそのことが知れるのはずっと後年になってからであった。
しかし、当時の船乗りたちもこのことは経験的に知っており、新鮮な野菜や果物を船の上で採るように心がけていた。
「いかがした?」
「これだけ量がありますると、運ぶ船がござりませぬ」
「大丈夫でござりまする。船はありまする」
フェルディナド・フェレイラが答える。
「確かに、船はある。とびきりのな。
宗久、心配いたすな。そこは大丈夫じゃ。
よかろう。
おのおの出帆の用意をいたせ。4日で準備を整えるのじゃ。
猿の連れてきた兵は、目立たぬように少しずつ港に集めよ。
少しづつ船に運ぶのじゃ」
信長の大号令が下った。
いよいよ南蛮を切り取りに行く。
秀吉も、若き日の血潮が甦ってくるようだった。
ガレオン船の甲板に仏狼機(フランキ砲)が設えられている。
これより、信長による検分が行われるのだ。
緑っぽい青銅の色から、黒光りする鉄の色に変わっている。砲身はいくらか長くなったようだ。
その砲身を白木の足場のようなものが支えている。
信長は、それに興味を持ったようである。
「国友、これは何じゃ」
「弾が落ちる場所を調整するものにござります。高くすれば、弾は遠くに飛びまする。
逆に低くすれば近くに当たりまする」
今でいう射程距離の調整装置である。
「そこの取手で調整いたしまする」
「なるほどのう。よし、撃ってみせよ」
「はっ」
今度は、九鬼衆の砲手が作業を始める。十分修練を積んだ動きだ。
「あの島の小屋を狙いまする」
島には射的用の小屋が用意されていた。
「うむ」
轟音とともに仏狼機砲が発砲された。距離は約2000m。
惜しい。小屋の後方10mくらいのところに着弾した。そこから勢い良く炎が吹き出る。
「ちょい下」
侍大将が、射程装置の取手を調整する。その間に別の者が素早く子管を入れ替えた。
「放て!」
再び轟音。今度は見事に小屋の上に着弾した。
小屋が、勢い良く燃え上がる。
さらに子管を入れ替える。
「放て!」
侍大将が号令をかけた。
また、小屋の近くに着弾し延焼範囲を広げる。
これも、正しい措置だ。小屋の破壊だけに限るなら2発目の直撃で十分だったろう。
しかし、いくさにおいては敵の抵抗力を削ぐことを念頭に置かなければならない。
3発目を撃つことにより被害範囲を拡大する。
それが、正しい攻撃だ。
始めたからには、徹底して撃滅する。
焙烙弾は、今でいう焼夷弾に近い。着弾後その周りに可燃性の油が飛び散り炎を出して業火に包むのである。
焙烙玉とは、もともと毛利水軍に属する村上水軍、乃美水軍(浦水軍)、児玉水軍などの瀬戸内海水軍が得意とした戦法であった。
料理器具である焙烙に火薬を入れ、導火線に火を点けて敵方に投げ込む手榴弾のような兵器である。
これにより、第一次木津川口の合戦では信長方の九鬼水軍が手ひどく敗れた。
そこで、信長は九鬼 嘉隆に命じて燃えない船、すなわち鉄甲船を作らせたのである。
この鉄甲船の投入により第二次木津川口の合戦では、九鬼水軍が勝利し糧道を断って、本願寺を陥落させた。
本来、大砲は鉄の玉を遠くへ飛ばし、対象物を壊すことを目的とした兵器であった。
その玉を焙烙弾とすることは大変な研究と研磨が必要であった。
国友作兵衛は、それを一年でやってのけた。これは、非常に画期的なことだった。
武器を発達させる。
それはこの100年間を戦い続けてきた日本の戦国時代の方向性であったのかもしれない。
「見事だ。国友。ようやった。褒めて遣わすぞ」
信長は、国友の努力を正しく評価していた。
これからは、このような者を増やさねばならぬ。
侍馬鹿だけでは戦いは成り立たないのだ。
「はい。有難き幸せにござりまする」
信長は、仏狼機砲が20門ではいかにも少ないと思っていた。
しかし、この威力と速射性を考えると十分である。
ガレオン船1隻に対して2門の仏狼機砲を搭載することが出来る。
国友作兵衛の隣に、筋骨たくましい若者が控えていた。
「右府様、この者は其の甥子で藤兵衛と申しまする」
「棟梁の甥子とな」
「此度の仕儀ではいろいろと至らぬところが出てまいりましょう。
しかし、この老いぼれではそれに追いつきませぬ。
それ故、この甥子を右府様に同参させまする。
其の技を叩きこんでおります。またこのように身体だけは丈夫に出来ておりまする」
「命の保証は出来ぬぞ」
「もとより承知の上」
「で……あるか。国友藤兵衛と申すか。頼もしいの」
「はっ、有難き幸せ」
「右府様、今ひとつ、見ていただき物がございまする」
今度は、九鬼嘉隆であった。
「もう一つとな」
「今度は、あの岩を狙いまする」
九鬼 嘉隆は、波間に揺れる岩を示す。
動かぬ岩であるが、頑丈だ。焙烙弾のように燃やすことも出来ないだろう。どうするつもりだ。
ガレオン船は、随分と岩に近づき面舵を切って岩と並行位置を取る。
「放て!」
と砲甲板の侍大将が号令するのが聞こえる。
舷側の20門のカルバリン砲が火を吹いた。
目標の岩の先端部分が吹き飛んだ。次々に命中する。
海に落ちるものもあるが、命中率は結構高い。
岩が崩れ落ちていく。弾を再装填してまた発砲する。
岩は崩れ去り、波に洗われるだけとなった。
「これは……」
一年前にカルバリン砲の威力は見た。威力不足と考えたから仏狼機砲を用意させたのである。
しかし、今見ると、1年前とは格段に威力が違う。
どうしたことだ……
そうか、弾だ。弾が違うのだ。
「爆裂弾か?」
「そうにございまする」
国友藤兵衛が、その弾を信長に差し出した。中の構造がわかるようになっている。
「このように、鉄の塊を散りばめてござりまする。弾が落ちた時にこれが四方八方へ飛び散るように工夫いたしました」
そうか、爆裂弾か。
飛び散った鉄が、のめり込み岩がもろくなったのだ。そこに次々と着弾し岩を破壊したのだ。
これで、カルバリン砲の威力不足を補強できる。
射程距離は短いが数があるので、10隻のガレオン船を集中させると大きな戦力になる。
「嘉隆、国友、でかしたぞ」
「ははっ」
島影からもう一つ島が現れたような印象があった。
巨大な船だ。
巨大な……ジャンク船だった。船の種類と問われれば、ジャンク船というしかない。
しかし、巨大だ。
常軌を逸している。
長さ44丈(約137m)、幅18丈(約56m)。現代の船舶と比較しても巨大だった。
9つの巨大な帆柱を持っている。
「右府様、これは?」
秀吉は、思わず大声になった。あんぐりと口が開く。
右府様のなされることはことごとく度肝を抜く。
しかし、連発の種子島や仏狼機砲、はたまたガレオン船など一応は想像可能なものだった。
だが、これは、秀吉の頭からは埒外のことだ。
こんな、島ほどもある大船など考えられぬ。
第六天魔王の秘術でも用いねば存在できぬ!
わがお館さま、やはり第六天魔王か?
そう言えば、右府様にはそのような噂がある。
自分は知らぬまに魔王の配下となってしまっていたのだ。
大船はやっと全体を現した。だが……
「!」
さらに同じような大船が2隻、後に続く。
秀吉は、気が遠くなった。有り得ない。こんなことは有り得ない。
「猿。この大船はどうなっておったと思う?」
秀吉は、口がきけなかった。
「捨ててあったのよ」
「捨ててあっただと…… そんな事は信じられぬ!」
秀吉はまともに考える事が出来ない状態になっていた。
完全に右府様に対する礼を逸している。
「これは、宝船という明国の船よ」
「宝船?」
「そうじゃ。明国の福建というところの沖合の島にたくさん捨てられておったのじゃ。
それをフェレイラめらが拾ってきたのよ」
秀吉は、まだ現実感が戻って来なかった。
だが、現実に秀吉の目の前にそれは存在していた。
認めざるを得ない。
こんなものが、この世に存在することを……
島のように巨大な船。何のための船だ?
いずれのせよ、こんなものを捨てる馬鹿はいない。
捨ててあっただと。こんな島のように巨大な船を捨てる者がいるものか。
「こんな大船が捨てられていたのでございますか?」
秀吉も少しづつ自分を取り戻していく。
「では、これは唐船でござるか」
「そうじゃ、もとを正せば明の水軍のものよ」
小早船が漕ぎ寄ってくる。
「大船に移ろうぞ」
小早で大船に近づくと、現実味がますます増した。
乗船すると、海風が心地良い。
秀吉はやっと覚醒する。これは、現実だ。第六天魔王の秘術などではない。
この大船に乗り込むことが出来る。
先程の信長に対する礼を逸した態度を思い出して赤面した。
信長は、それをどう思っているだろう。それが気がかりだったが、当の信長は素知らぬ顔だった。
「して、なにゆえ明国はこのような大船を捨て置いたのでござりましょうや?」
「彼の国は外からの門を完全に閉ざしてしまったのじゃ。だから、外洋航海出来る船はいらぬということらしい」
モンゴル民族の支配する元朝から変わった明朝は、純粋なる漢民族が立国した。
異民族支配に懲りた明は周りの異民族を畏怖させ、漢民族の優越を高めるための政策を盛んに行なった。
第3代皇帝である永楽帝自ら積極的な外征を行い領土を拡大した。
漢民族の支配地域を拡げようと対外進出を中心にした政策を実施していったのだ。
その一環として、宦官の鄭和を提督として、大規模な船団を南海の国々に派遣し朝貢を促した。
『明史』によれば、鄭和の船は、長さ44丈(約137m)、幅18丈(約56m)という巨艦であり、船団は62隻、総乗組員は2万7800名。
その最初の航海は、1405年7月11日。
蘇州から出発した船団はチャンパ→スマトラ→パレンバン→マラッカ→セイロンという航路をたどり、
1407年初めにカリカットへと到達した。
その後1433年まで、合計7回の南海遠征に出かけている。
5回目の航海では、アフリカ東岸のケニヤのマリンディにまで到達したという。
ヴァスコ・ダ・ガマの喜望峰廻りアフリカ航路発見よりもずっと早い。
信長の当時より150年ほど前の事だった。
その後、明国は海禁主義を取り、海外との貿易を閉じてしまったのである。
原因は様々とある。
『倭寇』と呼ばれる海賊集団が、明の沿岸をさんざんに荒らし回った為と言われる。
『倭寇』は当初は北部九州の水軍を中心とした日本人の海賊集団であったが、徐々に朝鮮人や中国人を中心とする集団に変化し、後期倭寇は完全に明国人の海賊集団となっていた。
王直という頭目を中心として南京を包囲するなどさんざんに暴れまわった。
『倭寇』の活躍はそれだけで興味深いが、この物語から離れてしまうのでまた別の機会に譲ろう。
それだけでこの大国が国を閉ざしてしまうわけもないが、ともかくいろいろな要因で明国は海から入ってくるものや人の流入を拒否してしまったのである。
そして要らなくなった大船は、福建の沖合の島に打ち捨てられたのだった。
その内の3隻を、フェルディナンド・フェレイラらのポルトガル人たちが引き上げてここまで運んできた。
乗船してみると、船は3層に分かれていた。一番上の層には土が盛ってある。
ここで野菜を作ることが出来るようになっている。長期間の航海による壊血病を防ぐためであった。
よく考えられた仕組みだ。
「しかし、このような技を持っておるのにみすみす捨てるとは?」
「わしにもわからぬわ。大きな国の祭り事は難しいということであろうな」
確かに、利用できるものは何でも利用しようとする信長にしてみれば、理解できないことであったろう。
「150年前の船じゃが、今でも十分使えるであろう」
「これなら、十分でござる」
「3隻あれば、足軽は2000ほど乗せられる」
「足軽を2000も乗せることが出来るのでございますか?」
「そうじゃ、まったく巨大な船じゃ」
「それを、うち捨てるとは……」
「残りは安宅舟に乗せるしか無いのう……」
フェレイラらポルトガル人が近寄ってくる。
「『ふぇれいら』、ご苦労だった」
「はっ」
「だが……」
信長は鉄扇を額に当ててフェレイラに問うた。
「この大船はお主らだけで動かせるのか?」
「いえ、それは出来ませぬ。帆の動かし方がまったく違いまする」
「すると……」
ばらばらという感じで信長の周りに人が湧きでた。
秀吉が、刀を引き抜こうとする。それを信長が鉄扇で制した。
皆、片膝をついて忠誠を表している。
「何者じゃ?」
「福建の海賊たちにござります。
大船は、この者たちの手で動かしておりまする」
信長は、手のひらを鉄扇で軽く叩いた。
一人の壮士が進み出る。
「王朗と申しまする。お見知りおきをお願い申し上げまする」
「なるほどのう。そういうことであったか。励めよ」
「ははっー」
200名ほどの福建人がこの船を動かしていた。
彼らは確かに海賊であったが、南海の事情に精通している者たちでもある。
彼らはもともとは明国で貿易に従事していた者たちの子孫だった。
しかし明国の海禁政策により職を失い、海賊や密輸業者にならざるを得なかったのである。
その者たちが今、信長の味方になった。
4日目の昼には、すべての準備が整った。
信長は、ガレオン船の舳先に立ち鉄扇を前に倒した。
「出立じゃ!」
銅鑼の音が響き渡り、出航の合図を伝える。
最初にフェレイラらが乗るポルトガル船が出航していった。
その後を3隻の鄭和の大船と大型の安宅舟を中に置いて、周りを10隻のガレオン船が取り囲んだ輪形陣を取って船団が志摩を離れていく。
壮大な信長の艦隊である。
日本においては初めての艦隊行動の出来る海軍の誕生でもあった。
そして、その行く先は澳門だった……
出航して3日目の夜。
土佐沖で暴風雨に会った。激しい風雨に船団はさらされた。
すべての船は帆を降ろし、必死で嵐をやり過ごそうとしていた。
鄭和の大船の明国人たちは銅鑼を打ち鳴らして、自分の位置を知らせた。
味方同士がぶつからないためである。しかし、帆が出せないため自由が効かない。
だが、鄭和の大船ほどの巨船となると、嵐であってもあまり揺るぎがない。
さすがは、鄭和の巨船だった。
対して和船である安宅船は、この嵐に耐えられなかった。
一艘は近くの岩礁に難破してしまった。
一夜明けて、波が静まると、船団の状態を確認した。
難破した安宅船から、足軽を助けだす。
残りの2隻の安宅船も大なり小なり、被害を受けている。
驚いたことに、ガレオン船と鄭和の大船はまったくの無傷だった。
被害の状況を聞いた信長は即座に決断した。
2隻の安宅船は志摩に返すことにする。
上陸部隊としての足軽兵が半減してしまうが、足手まといとなる方が影響が大きいと判断した。
帆の数が少ない安宅船のために全体の船足も遅くなっていた。
信長は、いくさは迅速にをモットーにしている。兵の衆寡では無いのだ。
兵を早く動かし集中させることこそが勝利に結びつく。
信長はそれを身をもって実践していた。
2隻の安宅船に名残を残して先へ進んでいく。
琉球に近づくと、信長の艦隊は慎重に行動した。
2隻のガレオン船を先に出して偵察を行う。
ガレオン船自体は、スペイン人、ポルトガル人の船として琉球でも認知されているが、問題は鄭和の大船である。
いかにも目立つ。大きすぎるのである。
ここでも福建の海賊たちが活躍した。
王朗たちは、琉球人たちが知らない航路を知っていた。志摩へ運ぶときもその航路を使ったという。
ここは彼らに任せよう。信長といえども海の上では素人同然だったのである。
秀吉は、ガレオン船の甲板をうろうろと歩きまわっていた。
することが無い。まったく手持ち無沙汰な状態だった。
黒田官兵衛と蜂須賀小六はそれぞれ鄭和の大船にいて自分たちの足軽兵の世話を焼いていた。
彼らにはやることがあった。
新式の種子島を足軽どもに徹底して習熟させなければならないのである。
射程が伸びた鉄砲は、今までと同じ感覚で撃つと当たらない。それを修正しなければならなかった。
時折、大船から一斉射撃の音が聞こえたりする。
ここは、官兵衛に任せておけば大事はない。
問題は自分である。岸を離れて7日と経っていなかったが、土を踏む感覚が懐かしい。
「羽柴殿、少しは落ち着いたらどうじゃ。そのようにうろうろされてはこちらも落ち着かぬぞ」
滝川一益である。
帆の影でのんびりと昼寝を洒落こんでいた。
「これでも喰ろうたらどうじゃ」
何かを投げて寄越した。
秀吉が受け取ると、蜜柑だった。イライラするのは壊血病の症状なのか?
滝川一益は、出航してからこのかた武将としての威厳をまるで感じさせなかった。
刀もどこかへ置いてきている。
「一益殿か。すまぬ。じゃが落ち着かぬのじゃ」
秀吉は蜜柑を剥いて食べている。少し落ち着きを取り戻していた。
「ほんに、羽柴殿と海は似合わぬのう」
この司令船では秀吉と一益だけが暇な人間だった。
九鬼嘉隆が時折顔を見せるが、忙しいらしくすぐに姿を消す。
とはいえ狭い船内である。嘉隆はすぐに見つかるが、忙しく立ち働く嘉隆を見ると声をかけられなかった。
「一益殿は、落ち着かれて良いのう」
「休める時に休んでおくものよ。今回は大将では無い故、気楽に構えておるのよ」
確かにと秀吉は思った。
今回の戦いは上に右府様がおらっしゃる。
何も考えず、ただ戦えば良い。その気楽さは確かにある。
滝川一益も、武将を捨て本来の乱波の棟梁に徹する気でいるらしい。
それにしても退屈な船の上である。
右府様は4ヶ月で澳門と呂宋を切り取ると言ったが、そのうちの半分は、退屈な船上暮らしになろう。
その心積りでいよと言った。
確かにそうだった。このようなことになる実感が湧いてなかったのである。
右府様が、兵を休ませる場所に心を砕いていたことも今は納得できる。
土が踏みたいのである。
「そうよ。羽柴殿とも打ち合わせておかねばならぬのう」
思い出したように、一益は半身を起こして地図を取り出した。
「それは?」
「『ふぇれいら』殿から聴き取り、手前が描き起こしたものにござる」
「いつの間に……」
そのようなことをされていたのか……と聞くのはやめた。
乱波の棟梁として当然の仕事なのだ。
「澳門には砦が2ヶ所あるようじゃ。
『もんて』の砦と『ぎあ』の砦でござる。どちらも小高い丘の上にあって大砲が備えられておるようじゃ」
「なるほど。して大砲の数は?」
秀吉は、武将の顔に戻る。このあたりはさすがに織田軍団で鍛えられている習性である。
「『もんて』の砦に20~30門。『ぎあ』の砦はどちらかと言えば宗門所(教会)に近いようでござるな。
こちらの方は大砲も大したことはない。
いずれも規模としては日の本の出城程度のもの。
スペイン人どもは、この2つの砦に集中しておる」
「うむ。その数は?」
「200~300。多くても500じゃろう。
右府様はまず、ガレオン船から仏狼機砲でこの2つの砦に火を放つ」
「しかし、船の上からでは砦の場所がわからぬであろうが」
「そこで、我が配下の乱波が先に上陸して位置を知らせるのよ」
「乱波が?」
いつの間にか、真後ろにその乱波が控えていた。
「光悦と申すわしの配下じゃ」
いつの間に……しかしまあ、乱波だ。気付かせぬように近づくのが仕事なのだ。
「合図にはこれを使う」
光悦という乱波は、懐より煙玉を取り出した。
「上げてみせよ」
「はっ」
光悦は煙玉を割る。するとオレンジ色の太い煙が立ち昇る。狼煙だ。
工夫したのか、この海風の中でもなかなか煙が消えなかった。
「なるほど。これなら立派な目印になろう。乱波どもは先に上陸するのか?」
「小早にて、50ほどを先行上陸させ申す」
「そののちの段取りは?」
「岸に近づき、ガレオン船を横一列にして、カルバリン砲で一斉射撃をいたす」
「うむ、あれは強烈だからのう」
「これで、砦の壁は破壊されるはずじゃ。その間に羽柴殿の足軽隊が上陸する」
「うむ。ガレオン船が砲撃しているうちに、我らが上陸するのじゃな」
「羽柴殿の仕事は、スペイン人たちが混乱している間に砦に突入してこれを落とすことじゃ」
「承知。いや待てよ……」
「いかがした。羽柴殿?」
「一益殿。我らにはスペイン人とポルトガル人の識別がつかぬ。どちらも同じ南蛮人ように見えてしまう。
敵か味方かがわからぬではないか」
「そうよ、そのことを話すのを忘れておった。
『ふぇれいら』殿は先行して澳門に入るそうだ。
そして我らの攻撃が始まったら緑色の布を目立つところに付けるように彼の地のポルトガル人に徹底させるそうな」
「このようなものにござります」
光悦は緑色の布を秀吉に示した。
秀吉はそれを受け取る。
「さすると、このようなものをつけているものは味方のポルトガル人。
着けてない者は敵であるスペイン人と考えてよろしいのでござるな」
「その通りでござる」
「なるほど。これならわかり易い。委細承知でござる。
しかしなんでまた、緑なのでござろうのう?」
「緑色は、彼の地のポルトガル人にとっては格別な色のようでござるぞ。仔細は知らぬが……」
信長はガレオン船の舳先に立ち、海を見据えていた。
これから先はこの海が信長の天下布武の相手となろう。
日の本の国は100年間戦い続け、自分という存在を送り出してきた。
天下布武は自分の天命である。その自負がある。どこの国と戦っても負けぬ自信があった。
実際、世界を見渡してみても総合力において日本にかなう国はなかった。
民心も優れている。識字率は高い。日本では農民の子供でも字が読める者がいる。
イエズス会の宣教師オルガンチーノがローマの上司に宛てた『日本報告』の中に次のものがある。
『願わくば、彼らを野蛮人とみなしたもう事なかれ。
信仰のことはともかくとして、我々の方がは顕著に彼らより劣っているのである。
私は国語を解し始めてより、かくも世界的に聡明で明敏な人々はいないと考えるにいたった。
この国民は野蛮でないことはご記憶ください。
なぜなら、信仰のことは別として、私たちは自身を賢明に思っているが彼らと比べるとはなはだ野蛮であることを自覚しなければならない。
私は毎日、日本人から教えられていることを白状しなければならない。
私には、全世界で、これほど天賦の才能を持つ国民はないと思われる。
都はヨーロッパのローマにあたり、科学、見識、文明はさらに高尚である』
宣教師であるオルガンチーノは、宗教的な情熱で日本に渡ってきた。
この時代のイエズス会、フランシスコ会の宣教師たちの布教的情熱には狂信めいたものがあった。
しかし、そんな彼も日本に渡ってきて彼の地の住人が自分たちより高尚な人間であると自覚し告白していたのである。
彼の目から見て日本の住人たちは賢い人々だった。
日本の兵隊は強く、戦では創意工夫して武具を発達させる。
物資は市場に溢れ(あふれ)誰でも参加できる。
ヨーロッパの閉鎖性に比べるとなんと開放的なことか。
これらは、信長が創意工夫して施政して来たことだ。他の戦国大名もそれに追随する。
そうしないと戦国の世を生き残れないからだ。
早晩日本は信長により布武がなされよう。そうすると国力はますます増していく。
そうなった時、本当の意味で天下布武に乗り出すことが出来る。
しかも、それは目前まで届いている。
当時の世界情勢を考えた時、それは決して夢では無かった。
日本のすぐ隣には、明帝国。中東からヨーロッパにかけてオスマン=トルコ帝国。
これらは典型的な東洋専制主義国家だったが、斜陽だ。異民族に怯え、引っ込み思案になりつつあった。
モンゴル人の支配から脱したロシア帝国は拡大主義によるシベリア進出を始めたばかりである。
インドではムガル帝国が勃興しつつあったがまだ力不足だった。インド大陸の制覇には程遠い。
中央アジアではチムール朝の後には、有力な勢力が現れていない。
ヨーロッパでは、全体として宗教問題を中心に国が乱れて相争っていた。
後の時代に列強となるイギリスやオランダ、フランスなどもまだまだ弱小国だった。
ドイツに至っては、国土が四分五裂の有様で連合して神聖ローマ帝国をかたっていたが名ばかりだった。
それぞれの国は、それぞれの敵を抱えていた。
そんな中で、スペインとポルトガルが興隆を誇っていた。
レコンキスタ(領土回復運動)の情熱でもってイスラムの呪縛から自分たちの土地であるイベリア半島を解き離した彼らはスペイン王国とポルトガル王国を成立させた。
国を作ったものの、地中海はイタリアの諸都市とオスマン=トルコに押さえられている。
地中海が使えないとなると、それ以外の方法を考えなければならない。
スペインは、その時たまたま見つけた彼らが新大陸と呼ぶアメリカ大陸に活路を見出した。
ポルトガルは、アフリカを南へ南へと向かい喜望峰廻でインド航路を発見した。
彼らは鄭和の巨船に較べればほんの小舟といえるような船を使い、ほとんど何の準備もせずに大海原へ出かけていった。その情熱は認めねばならないだろう。
しかし彼らは身の程を知らずに海外に進出したのだ。各地に作った植民地ではただ奪うだけだった。
特に新大陸では酷いことが行われた。文化の破壊、いや文明の破壊が行われたのである。
植民地の広さは支配地としての領土を拡げたが、それがイコール国力の充実を意味してはいない。
スペインは背伸びをしているのである。
日本が信長の元に海外に進出すれば、対抗する一大勢力となることは確実だった。
このまま、ヨーロッパ主導の歴史にはならないはずである。
傍らに森長定を控えさせて、信長は海の彼方に想いを馳せていた。
その長定が、そっと立ち上がる。
国友の棟梁の甥子である藤兵衛がやって来た。その手には長めの種子島が握られている。
長定は、その鉄砲に反応したのである。
「右府様」
「国友の……藤兵衛であったかの」
「はっ」
「いかがした?」
「叔父御より、これを預かっておりました」
国友藤兵衛は、その種子島を長定に渡す。長定はそれを両手に持ち直して信長に捧げた。
信長は藤兵衛が差し出した鉄砲を改めた。
「これは!」
先込め用の火縄が付いていなかった。これは火縄銃ではない!
カラクリの位置には大きめの細長い穴が穿ってある。
元込銃だ。国友の棟梁は元込銃の開発に成功したのか?
「藤兵衛。弾も預かっておるであろう?」
「ここにござりまする」
国友藤兵衛は、懐より巾着袋を取り出して中に入っている弾丸を取り出す。信長の手の中にある新式銃の細長い穴に合いそうな大きさだった。
「身共が撃ちまする。新しき鉄砲はまだ試作。火薬の量が安定いたしませぬ。
もしや、右府様を傷つけるやも知れませぬ」
「で、あるか……」
信長はしばらく考える。撃ってみたい。自分が考案した鉄砲の具合を自分で確かめてみたかった。
国友の棟梁ならば信頼出来る。仏狼機砲といい、焙烙弾といい爆裂弾といい、自分の望む以上の仕様をすべて満足してくれた。
この元込銃もきっと期待に答えてくれるであろう。
しかし、ここは藤兵衛の言葉に従おうか。何でも自分でやってしまっては従うものが萎縮するやも知れぬ。
以前の信長なら、絶対にこの様には考えなかった。生来の短気から藤兵衛の忠告など蹴飛ばしてしまっていたろう。
秀吉ではないが、なんとなく人間として丸くなっているような気がする。
信長は、新式の鉄砲を国友藤兵衛に返した。
藤兵衛は、受け取ると手に持っていた弾丸を細長い穴より差し込んだ。
「どう動かすのじゃ」
「弾を入れたあと、この撃鉄を引きまする」
藤兵衛は大きめの撃鉄を引き絞った。カチッと音がする。
「あとは、狙いを定めて引鉄を引くだけにございまする」
「撃ってみせよ」
「はっ」
藤兵衛は、海を狙って引鉄を引く。轟音がするはずだったが前の種子島のようには大きな音では無かった。
「音は小さいのう」
「火薬はこの中だけで破裂いたしまするので、音が小さいのでございまする」
「弾がどこに行ったのかわからぬ。長定。そちの扇を貸せ」
信長は長定から扇を受け取ると舳先に結わえ付けようとした。
「右府様、それはわたくしが」
長定が作業を代わった。さすがにこのあたりは慣れぬ仕事だ。
「頼む」
と言いおいて藤兵衛と高甲板まで下がった。舳先まで10尺(33m)はあろうか?
「あれを射てみよ」
扇を的にして新式銃の命中精度を確かめたかったのである。海を的にしたのではそれがわからない。
藤兵衛は、引鉄の横にある細い棒を手前に引いた。銃身の後ろから空の薬莢が飛び出して来て甲板に転がる。
信長がそれを拾い上げた。
「これは?」
「空の弾にございまする。弾丸が飛び出したあとには火薬が入っていた円筒が残ってしまいまする。
それをこの細い棒で掻きだすのでございます。
その後に、新しい弾丸を入れまする」
藤兵衛は、再び弾丸を入れて撃鉄を引き絞った。
「長定、そこから離れよ」
扇を結わえ終わった森長定は的から急いで離れる。
長定は信長の身辺警護がいなくなってしまったことに気がついた。
しかし、それは憂いだった。信長と国友藤兵衛の後ろには長定以外の5人の母衣衆が控えていたのである。
藤兵衛は扇に狙いを定めて引鉄を引いた。
火薬の匂いが鼻をつくが、扇は見事に破壊されていた。
これは使える。信長は直感した。
我慢たまらず、藤兵衛から新式銃を奪い取る。
「右府様!」
「弾を2つじゃ」
藤兵衛は渡すかどうかを迷った。しかし渡すしか無いことを悟る。逆らうすべが無いのだ。
ここに長定がいるとなんとか止めたであろうが、間というのは恐ろしい。
藤兵衛から弾丸を受け取るとレバーを引いて空薬莢を掻きだす。
そして新しい弾丸を入れた。さっき見た通りである。
撃鉄を引き絞り、海の彼方を狙う。
引鉄を引くと勢い良く弾が飛び出した。
もう一度レバーを引く。弾を込める。撃鉄を引き絞り狙いを定めて引鉄を引く。
手早い作業で2発連続発射した。
「確かに早く撃てる。しかしまだまだ改良しなければならぬのう」
藤兵衛に鉄砲を返しながら、信長が感想を述べた。
「火薬の量が解りませぬ。弾によっては勢いが強いものと弱いものがございまする」
「うむ。そのようじゃ。下手をすると銃身が壊れる」
「その通りにございまする。だから叔父御は右府様には撃たせぬなと」
答えながら、藤兵衛はこの自分の主の観察眼の鋭さに舌を巻いていた。
「それにじゃ」
「はい」
「せっかくここまでにしたのじゃ。弾丸をまとめられぬか」
「と、申しますると?」
「弾丸をまとめて設える(しつらえる)のじゃ。さするとその細い棒は要らぬであろう」
藤兵衛は目を剥いて口をあんぐりと開けた。
発想の転換だった。そのように考えたことは無かった。
「まあ、それも弾丸の火薬の量を安定させることが先ではあるがのう」
それにしても信長が発想したのは今で言うリボルバーの発想だった。回転式弾倉の銃である。
これは、操作の習熟度合いに寄らない。誰でも自動連発発射が出来る銃である。
ヨーロッパに於いて元込めの銃の発想そのものが、この時代より100年も先のことである。
連発銃に至ってはさらに100年先19世紀のアメリカの産業工業化まで待たなければならない。
戦争の主要武器である銃器は、信長によって少なくとも100年先を行っていたのである。
先行させていたガレオン船の1艘だけが戻ってきた。
フェルディナンド・フェレイラらの3隻のポルトガル船も一緒だった。
ポルトガル船は信長たちの司令船に右舷に際まで近づき、『イスパニア』『イスパニア』と叫び後ろを指さしていた。
左舷に近づいた九鬼衆の乗るガレオン船より伝令の大声が響く。
「スペイン船にござ~る。2隻。大砲は1隻につき片側8門。我らの1隻が撃ち合いつつこちらへおびき寄せてございます」
よく通る声だ。それに必要な情報はすべて伝言されている。随分鍛えられている。
九鬼嘉隆が信長に走り寄る。
「いかが致しましょうや」
「2隻か。沈めよ。呂宋に知らせられては事が大きくなる。澳門を取るまでは知られてはならぬ」
「はっ。承知いたしました」
「ただし……」
「はっ?」
「こちらは1隻も失ってはならぬぞ。戦力は保たねばならぬ。出来るか?」
「ご期待に沿いましょう」
九鬼嘉隆は部下に指示を出し始める。
9隻のガレオン船は、九鬼嘉隆の指示を仰ぐため洋上の一カ所に集まってきていた。
「よ~し。鶴翼の陣じゃ。
この船を中心に左に4隻右に4隻。
スペイン船が1里(約4km)に近づいたら左右4隻が前方に蓋をして取り囲む。
一気に近づき半里(約2km)の距離で仏狼機(フランキ砲)を一斉に放つ。
多聞丸、天楼丸、毘沙門の3隻は5町(約500m)で面舵を切って、横っ腹からカルバリン砲を撃ちまくれ。
その他の船は船足を急がせて、スペイン船に切り込むのじゃ。
また、1発でも敵の砲弾を受けたら引くのじゃ。
初めての海戦ではやる気持ちはわかるが、船は温存せねばならぬ。
わかったか!」
「おう!」
という掛け声がどこそこで聞こえた。
伝令が大音声で九鬼嘉隆の指示を伝える。伝えられた船は次の船へ伝える。
通信のシステムも確立していた。
日本の海賊戦法は小舟であったが基本的に集団戦法である。
それは、快速で大型のガレオン船となっても変わりは無い。
時代が少し下るが、スペインの無敵艦隊をイギリスが迎え討ったアマルダの海戦において、
スペイン艦隊はその数に頼るのみで作戦も情報伝達も行われなかった。
その船の性能に頼るばかりだったのだ。
イギリス艦隊の必死の迎撃により、スペイン艦隊は大被害を出して、逃げ帰ったのである。
秀吉や滝川一益も信長の許へ参じた。
といっても、ここでは出る幕がない。
九鬼嘉隆の指揮ぶりを見るのみであった。
鶴翼の陣を敷いた信長の艦隊は、海原を進んでいく。
大砲の撃ち合う音が聞こえてきた。
先行の九鬼衆のガレオン船の1隻が追いかけてくるスペインのガレオン船と撃ち合いながら、こちらへ逃げてくる。
2隻のスペイン船は、信長艦隊が敷いた鶴翼の陣の真ん中に誘い込まれていく。
鶴の翼が大きく揺らいでくる。左右の2隻がスペイン船の後方へ廻り込んでいった。
2隻スペイン船が、信長艦隊に包囲された形になる。
スペイン船は、突然現れたこの艦隊に驚いたようだ。それぞれ面舵と取舵を取り船の腹を見せた。
砲は舷側にある。伝令のいうように片側8門のようである。
撃ち始めた。しかし狙いが定まっていないのか、統制がとれていないのか九鬼衆のガレオン船のはるか手前に着弾している。
虚しい水柱を上げるのみだった。
基本的にスペイン船の発砲は、距離が遠いのだ。
「距離半里、狙え」
仏狼機砲担当の侍大将の声が聞こえた。
砲兵は照準の白木を取手で操作する。
「狙いはよし」
「放て!」
仏狼機砲から焙烙弾が発射された。
子管を入れ替えて、最初の着弾を待つ。
最初の弾は、狙ったスペイン船の100mほど手前で水柱を上げた。
「1町近し、中くらい上に修正」
照準の取手が回され、狙いを修正する。
「狙いはよし」
「放て!」
再び発砲される。その間に他の艦からも仏狼機砲から撃ち放たれていた。
何発かの命中弾が出て、スペイン船のマストに火の手が上がっている。
信長の艦隊は合計20門の仏狼機砲を持っている。国友作兵衛の尽力により強化され速射性が高い。
弾は燃やすための焼夷弾だ。それが2隻のスペイン船に集中する。
単位時間あたりの有効着弾数は相当なものになる。
この船から放たれた焙烙弾も命中したようである。
船足が早くなった。スペイン船に切り込む。
「うぉ~」と九鬼衆が鬨の声を上げる。船上の誰もが奮い立っている。
囲い込んだスペイン船を絞り上げるように輪形陣が狭まっていった。
5町の距離まで近づくと3隻が横腹を見せた。
作戦通り20門のカルバリン砲が火を噴く。今度は爆裂弾だ。
1隻あたり20門だ。合計60門。
焙烙弾でスペイン船の船上は燃え盛っていた。そこに激しく爆裂弾が突き刺さる。
爆裂弾はスペイン船の船上構造物を跡形もなく吹き飛ばした。
さらにスペイン船に近づく。もう指呼の間である。スペイン人の乗組員たちの顔が見えた。
九鬼衆の銃手は6連発の種子島を撃ち始めた。スペイン人たちを射殺していく。
手の空いている九鬼衆は50尺(約150m)届くという新式種子島を撃ち始める。
九鬼嘉隆もそれに加わっていた。
信長も新式種子島を手に取った。
「右府様、危のうございます。お下がりくだされ」
「うるさい。そちも撃つのじゃ」
信長は構わず撃ち始める。
秀吉も、一益もそれに倣った。仕方なく長定と母衣衆も種子島を手に取る。
国友の藤兵衛も、納屋の助左も種子島を撃っている。
いつの間に近づいたか、鄭和の大船からも黒田官兵衛配下の鉄砲足軽が種子島で射かけている。
誰もが戦場の興奮に踊っていた。
はしごが掛けられた。九鬼衆の切り込み隊が抜刀して準備している。
スペイン人たちは手を挙げて姿を見せて来た。何のつもりか白い旗を持っている。
「やめい!撃ち方やめい」
九鬼嘉隆の大音声が聞こえた。
それで、戦場の興奮が嘘のように覚めていく。
「右府様、スペイン人は降服しましてございます。お味方大勝利!」
信長も興奮から冷めた。
「鬨の声をあげよ!」
「お味方大勝利! エイエイオー!」
嘉隆の大音声で鬨の声が上がる。
誰もがそれに続き、種子島を持った右手を高く突き上げる。
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
鄭和の大船からも鬨の声が上がっていた。
そしてそれは、長く続いた。
信長艦隊の記念すべき初勝利だった。
特筆すべきは、信長の艦隊は圧倒的な火力だけでスペイン船を葬り去った。
また、遭遇戦ではなく作戦行動で確実にスペイン船を追い込んだ。
これは、海戦の様相を変えるかも知れなかった。
こちらの損害は1隻もない。それどころか怪我人も一人もいなかった。
完全なる勝利である。
「右府様、降ったスペイン人はいかが致しましょうや」
「鄭和の大船に乗せよ。あれならば余裕があろう。後は官兵衛がなんとかいたす」
「はっ。そのように」
九鬼嘉隆は意気揚々と下がっていった。
信長にとってみても久しぶりの臨戦だった。
戦いの興奮が甦っていた。桶狭間を思い出す。
島影が見えてきた。
待望の島だ。兵を休めることが出来る島である。
ここは、今で言う尖閣列島の一つであろう。
琉球からも、福建からも距離が遠い。
先島諸島には自給自足の漁民しか住んでいない。
フォルモサ(台湾)に近いが、そもそも人がいない。
隠れて停泊するにはもってこいである。
島には遠浅の浜がある。喫水の低い鄭和の巨船は、ぎりぎりまで近づけて錨を下ろした。
福建人の海賊どもの技量は大したものである。
ここまで来れば、泳いででも上陸できる。
足軽兵どもは次々に海に飛び込んでいった。武具は小早で運んでいく。
ガレオン船の砲兵隊や銃兵も上陸していく。
乗組員は、錨と帆を下ろして船の整備を始めた。
何も指示を出さなくとも皆がやるべきことを理解している。
集中力が切れていない。良い傾向だ。
黒田官兵衛は砂浜近くの南方独特のビロウの木陰に寝転がっていた。
「官兵衛、兵を鍛錬しなくとも良いのか?」
秀吉だった。
「鍛錬は休みじゃ。海の上が長かったからのう。
今から鍛錬するぞと言うだけで足軽どもに殺されるわ」
と、官兵衛が笑う。
上司に対する礼など今は微塵もない。それでも秀吉は気にしなかった。
自分もそんな気持ちだったからである。
こいつの笑い顔など久しく見なかったのう。
右府様もこいつも、この戦は漢を楽しませるのか。
かくいう自分もその類いであるのだが、まったく右府様からは嬉しいものを賜わるわ。
スペイン船との海戦の興奮がまだ残っている。
ここにいる誰もがそうなのであろう。それを冷まさねばならぬ。
誰もが自分たちの力を知った。それは個々人の力ではない。この軍団の力なのである。
「殿、水が飲みたいのう」
「それが主に言う物言いか」
「飲みたいものは致し方ない。殿は喉が渇かぬか?」
上から、竹水筒が2つ落ちてきた。
秀吉は、刀を引きぬく。
軽やかな動作でビロウの枝から人が降りてきた。
滝川一益だ。
官兵衛は慌てて起き上がった。
「飲まれよ」
「一益殿。いつの間に」
「わしも、土を踏みたかったのよ」
一益は、竹水筒を拾って2人に手渡す。
「黒田殿は、段取りを聞かれたかの」
「御意、委細承知」
滝川一益と黒田官兵衛を較べると、織田軍団の中では開きがあった。
切り取った国の数など主に勲功に関する開きなのだが、家老に等しい一益は軍師である官兵衛には望むべくもない存在だった。
「黒田殿、わしは今は侍ではござらん」
「はっ」
「ただの乱波の棟梁よ。黒田殿の使われる播磨の竊盗衆と変わらぬ」
竹筒の水を飲んだ秀吉は首をかしげる。
「うまいぞ、官兵衛。飲んでみよ」
官兵衛も竹筒の水を飲んでみた。
「これは?」
「その実の中身よ」
一益はビロウの実を指さす。
「わしにもそれを寄越せや」
信長が母衣衆を従えてやって来るところであった。
だが、その顔はうつけ時代の悪童の顔に戻っている。
「右府様!」
秀吉と一益、官兵衛は片膝をついて迎える。
「甘い匂いがするのう」
「ただいま、取って参りまする」
秀吉は持ち前の身軽さで急いでビロウに登った。
「さすがに猿じゃのう」
と言う信長の顔に微笑が浮かんでいた。
秀吉が小刀で実を切り離すと、ドサッと地面に落ちる。
一益がそれを拾い、信長に捧げた。
「どのようにして飲むのじゃ」
一益はも小刀を抜いて両端を切り取った。そして器用に一方に穴を開ける。
「ここから飲むのでござる」
信長はビロウの実を受け取ると口を付けた。
「うまいのう。これは美味じゃ。長定も飲んでみよ」
「はっ、頂戴いたします」
「しかし、暑いのう。ここは日の本とは違うようじゃ」
小姓どもは、大うちわで信長や参謀たちに盛んに風を送る。
「明日には出立いたすぞ」
ということは、明日までここで休めるということだ。
皆それぞれに安堵する。
蜂須賀正勝が大きなヤシガニを両手に抱えてくる。
「右府様、喰らおうぞ」
「お主は相変わらずだのう。どこに居っても勝手に動き回りおる」
「それが、正勝の良いところぞ」
信長に褒められて、蜂須賀正勝は頭を掻いた。
焚き火が起こされ、ヤシガニが放り込まれる。
その匂いに誘われたか、九鬼嘉隆が顔を出した。
「嘉隆殿は忙しい限りじゃ」
秀吉は慰労の言葉を投げるが、
「羽柴殿、言うてくださるな。其は楽しくて仕方がござらぬ。
いつか、この様な大海原を船で駆け巡り、暴れたかったのじゃ。
右府様に従ごうてほんに良かった。積年の願いが叶うたのじゃから。
なんせ九鬼は海賊でござるのでのう」
本当に九鬼嘉隆は楽しくて仕方がないようだった。
それにしても、九鬼嘉隆の指揮ぶりは大したものだった。
彼がいなければスペイン船を仕留めたような艦隊行動は出来なかったであろう。
九鬼衆は鍛錬に鍛錬を重ねている。それを取りまとめる九鬼嘉隆の実力もさるものだった。
「カニは右府様より先に九鬼様のものじゃな」
蜂須賀正勝が叫んだ。
それに皆は爆笑した。
鍛錬は、夕刻からに致そう。黒田官兵衛は心のなかでつぶやいた。
磯を漁ると、魚が簡単に手で掬えた。
カニや魚などを火で炙って喰らったあと、それぞれ浜に寝転がっていた。
南海の風が心地良い。眠気に誘われて夢心地であった。
信長もうつけに戻り大あくびを催していた。
「嘉隆」
「はっ」
九鬼嘉隆は、半身を起こした。
「九鬼衆は、船に名前をつけておるのか?」
「はっ、付けておりまする。そうでなければ自分の乗る船もわかりませぬので」
「そうだのう。わしもうっかりしておったわ。その船の名を教えよ」
「はっ。申し上げまする」
10隻のガレオン船は、島の沖合にそれぞれ停泊していた。
「右府様と其が乗っていた船は、我軍の司令船でございます。
1の船、『大九鬼』と名付けましてございまする」
「大九鬼とな。頼もしいのう」
「2の船、『多聞丸』。
3の船、『天楼丸』。
4の船、『毘沙門』。
5の船、『吉祥丸』。
6の船、『帝釈丸』。
7の船、『不動丸』。
8の船、『金剛丸』。
9の船、『梵天丸』。
10の船、『大黒丸』。
とそれぞれ名付けておりまする」
「おおっ。それぞれ頼もしい名でござるの」
秀吉は、九鬼衆を労う。
「ありがとうござる。
唐の大船にも名前をつけてござりまする。
黒田殿の乗る船を『弥勒』。
蜂須賀殿の乗る船は『普賢』。
もう一隻を『文殊』
と名前を振りましてございます」
「なるほどのう。いずれにせよ名前が必要じゃからの。
ところで、唐の大船を九鬼衆は動かせるのか?」
「いえ、あの船は和船とも南蛮船とも帆の動かし方が違いまする故、動かせませぬ」
「で、あるか……」
鄭和の巨船は、ここに至っては大きな戦力であることが信長にはわかっってきた。
いくさ船ではないが、補給や運搬に関しては抜群の威力を発揮する。
また、船足や耐久性も和船とは比べ物にならない。
150年前とはいえ、明国の技術の高さには驚くべきものがある。
早く技術を吸収して日本でも作れるようにしたい。
船いくさは、軍船だけでは無いことに気付いたのだ。
しかし、今のところこの大船を動かせるのは王朗配下の福建の海賊どもしかいなかった。
「嘉隆。王朗どもはどうじゃ?」
九鬼嘉隆は信長の聞きたいことがすぐわかった。
「今のところは、素直に従ごうておるようにござりまする。しかし、彼らには彼らの世界があるようにござりまする」
「なるほどのう。彼奴ら(きゃつら)の望みは何と考える?」
「福建を切り取ることかと……」
「福建を? 明国からか?」
「明の役人からでございます。あやつらはあくまでも明国人」
「うむ、いずれ叶えてやらねばならぬのう」
「右府様」
紅顔の美少年が寄ってくる。スペイン人捕虜を縛り上げた縄尻を持ったフェレイラが一緒だった。
「納屋の助佐だったのう……」
信長は寝ぼけ眼で答える。
「わしにあの船を1隻貸してくだされ」
いきなり助佐が地べたに座り込み低頭する。
「何じゃと?」
「ガレオン船を1隻わしの自由にさせて欲しいのです」
秀吉が半身を起こした。
「冗談ではないぞ。童の玩具では無いのだ」
「わかっておりまする」
助佐は怒ったように秀吉の顔を睨みつける。
「まあ待て。助佐とやら。ガレオン船をどうするのじゃ」
「このスペイン人を尋問いたしまするところ、呂宋のスペイン人たちの根拠はマニラというところでございまする」
「マニラとな。そちは行ったことがあるのか」
「はい、一度だけ行きましてございます。
「スペイン人はマニラに『いんとらむろす』(イントラムロス)という要塞を築いて備えておりまする」
「それは、そこの『ふぇれいら』に一度聞いたがの」
助佐は若年ながら物怖じしなかった。いや、若年だからこそなのかもしれない。
「その要塞はパシッグ川という大きな川の河口にございまして……」
助佐は、砂にマニラの地図を描き始めた。変形の5角形である。
「このような形をしておりまする」
「うむ。して?」
「『いんとらむろす』の中には8000から10000のスペインの兵隊がおりまする。
それは、この捕虜に確かめましてございまする」
「そちは、スペインの言葉が喋れるのか?」
「少しですが話せまする。
8000から10000の軍勢ならば、右府様の軍といえども脅威となりまする」
「そうじゃな。それでいかがいたすのじゃ?」
「ルソンの地でも、スペイン人たちの支配に反対している人間たちがおりまする」
「その地に前から住んでおる者どもじゃな」
「はい。それらの者どもを取りまとめ、扇動して『いんとらむろす』を攻撃いたしまする。
右府様たちは、それに呼応して、海側から攻めこんでいただければよろしいかと」
「そちは、彼の地の言葉も話せるのか?」
「話せまする」
信長は鉄扇を額に当てる。
「助佐」
「はい」
「見ると聞くとは大違いじゃぞ」
「わかっておりまするが……」
「自信はあるのか?」
「もちろんでございます」
「ガレオン船は何故必要なのじゃ?」
「彼の地の者どもの度肝を抜く必要がございますので」
信長は、再び額に鉄扇を当てる。
「『ふぇれいら』、澳門からマニラまで何日じゃ?」
「はっ。3日ほどかと」
「3日とな……して、ここよりマニラまではガレオン船でどのくらいじゃ?」
「そちらは、4日ほどかと」
「うむ……」
信長は再び考えこむ。
右府様は助佐の言葉を真剣に検討している。子供の浅知恵やも知れぬというのに。
しかし、確かにまともな正面攻撃のみでは陥ちぬやも知れぬな。
後方撹乱が必要か。
だが、まだ澳門も陥しておらぬ。澳門攻略が上手くいかねば、絵に描いた餅になってしまおう。
右府様はいかが考えようか……
秀吉は、信長の顔を見つめていた。
やがて、信長は額に当てていた鉄扇を掌でポンっと叩いた。
「助佐。そちに与える玩具は高いのう」
右府様は、助佐のこの話に乗るつもりか。
「嘉隆。ガレオン船を2隻出してやれ。水夫と砲も一緒じゃ」
「に、2隻でござるか? 童のいう事にござるぞ」
「童は関係なかろう。言うことは至極もっとも」
「澳門攻略は支障がございませぬか?」
「それも考えたが、必要以上に力をかけることもなかろう」
今度は、九鬼嘉隆が考えこむ。
「わかり申した。
『不動丸』と『金剛丸』を出しまする」
「うむ。長定」
「はっ」
「うぬは、わしの目付けじゃ。助佐と同行し助けてやれ」
「この童とにございますか?」
「そうじゃ。しかも重要な役目じゃ」
「しかし……」
「しかと申し付けたぞ」
「ははっ」
森長定は承知せざるを得なかった。
「一益」
「はっ」
「誰か出せるか?」
「阿知!」
ビロウの枝より人が降りて来て、信長の前に片膝をつく。
「阿知と申します。身共の腹心にて乱波を10ほど束ねまする」
「よし、頼むぞ」
「ははっ」
「正勝!」
「はっ」
「足軽をガレオン船に、積めるだけ積み込めば120は乗ろう。それを仕切るのじゃ」
「ははっ」
「助佐よ」
「はい」
「本当は、唐の大船ごと足軽を付けてやりたいのじゃが、あの大船はいかにも目立つ。
正勝の仕切る120の足軽でなんとかいたすのじゃ。
新式の種子島はすべて付けてやる」
「はい。もったいなきことにございまする」
信長は、真剣に皆を睨め回す。
「皆の者。
今より助佐は、童にあらず。
マニラ攻略の大将は、この助左じゃ。
夢々、侮ることはこの信長が許さぬ。
しかと肝に命じよ」
「ははっ!」
そこにいる者どもは、その場に平伏した。
確かに納屋の助佐はまだ少年で年若い。
それが、マニラ攻略の案を出してきて成功させる根拠を示してきている。
また、自らそれを実行しようと言うのだ。
信長はそれを認めた。
ならば、それが成功するように動かなければならない。
攻撃隊の大将が、歳若いという理由で侮りを受けるとすれば最初にそれを取り除いておいてやる必要があった。
そのために、任務が失敗に帰するかもしれないからだ。
その心配を取り除くため、信長自身の言葉によって徹底させたのである。
織田軍団の武将たちはそのことを心得ていた。
織田軍団の内部では、そのような柔軟性があったのである。
ポルトガル人のフェルディナンド・フェレイラは、すっかり驚いていた。
100年間戦っているという日本の侍たちが、まだ子供ともいえる助佐に平伏している。
この国の漢たちは、戦争に勝つためには何でもするのだ。
それが、この国の不文律なのか。
それとも、この『信長』という日本の王になろうとする男が凄いのか。
フェレイラは、この2年間信長と接している。
確かに、この王の聡明さは認めざるを得ないと思っていた。
しかし、今はそれを越えた叡智を感じている。
信長はフェレイラが知る他の王のように単に領土を増やしてそこに胡座をかく事を目的としていない。
信長には、もっと大きな目的があるのだ。
フェレイラは信長に感情移入していく自分を感じていた。
翌日。
信長の軍団はすっかり鋭気を取り戻した。
足軽どもの鉄砲鍛錬と槍働き(やりばたらき)の鍛錬もたっぷりと行なった。
何より、土を踏めたことが大きい。
人間は、陸上を歩く動物だ。そのことを皆が自覚していた。
澳門を目指し、出帆して行く。
マニラ攻略の不動丸と金剛丸は、別行動を取ろうとしていた。
2隻は、普段は乗せぬ足軽を詰め込んでいるので甲板に人が溢れている。
2つの船団は別れを惜しみ、互いに手を振り合っていた。
マニラを後方から撹乱するための2隻だった。
指揮するは、まだ年若き納屋の助佐。
それを補佐する、森長定。助佐はまだ少年だが、長定もまだ元服を終えたばかりの若き武将だった。
実戦は初めてに近い。
それに対して、信長は蜂須賀小六を付けた。この老練な武将は美濃・尾張を根城とする山賊あがりだった。
飄々として、時に頼りなく映るが本来は清濁併せ呑む老練な武将であった。
また、信長に終生の忠誠を誓っている。
鈴なりの足軽どもを乗せても、ガレオン船の船足は鈍らなかった。
快速で呂宋を目指していった。
一方、信長艦隊の本隊は、台湾島の西側を沿岸航行で澳門を目指して進んでいく。
こちらには、鄭和の大船である『弥勒』『普賢』『文殊』を伴っている。
長さ44丈(約137m)という巨船であるが、9つの巨大な帆柱を持っているためか快速のガレオン船にもよく付いてきていた。これは、王朗達、福建の海賊の技量もある。
台湾島は、実は名前がない。ポルトガル人はここを『麗しい(島)』フォルモサと呼ぶ。
緑の深い島影だ。そもそも人が住んでいない。
明国は、この島を領土と考えていないようだ。出先機関も役人も置いていなかった。
高砂族という原住民がいるのみだった。
澳門までの水先案内としてフェルディナンド・フェレイラが司令船『大九鬼』に移ってきていた。
澳門までは、鄭和の大船の船足を考慮してもあと4日ほど。
今の士気を十分保つことができるだろう。
今の信長艦隊は引き締められた強い一体感のようなものがあった。
これを維持することが出来れば、どんな戦いにも勝てる。
秀吉以下、織田軍団の武将の誰もがそう感じていた。
突然、『大九鬼』の右前方に水柱が上がった。
続いて、第2、第3と水柱が上がる。
「面舵!」
九鬼嘉隆が、右転回を命じる。陸地から離れようとしていた。
他の船も、『大九鬼』に続く。
陸地から砲撃されている。今のところ被害は無いが……
と思った矢先に、『文殊』に着弾した。
鄭和の大船とはいえ、舵の効きが遅い。
「『ふぇれいら』!、敵は何者じゃ」
九鬼嘉隆は、遠眼鏡で陸地を観察していた。
「右府様、敵が見えまする」
信長は、九鬼嘉隆から遠眼鏡を受け取り陸地を見た。
砦のようなものが見える。大砲はフランキ砲のようだ。
20門ほどが確認出来た。
港に船もいる。ガレオン船のようだ。
敵は南蛮人。
「嘉隆、反撃じゃ。あやつらを蹴散らせ!」
「御意」
九鬼嘉隆は高甲板に登り、大音声で指示を出し始める。
「仏狼機砲を準備。目標は陸地の砦。
『毘沙門』と『梵天丸』、『大黒丸』の3隻は突撃。5町でカルバリン砲じゃ」
信長艦隊は、水柱の届かぬ沖合まで出ていた。
敵のフランキ砲の射程外らしい。
対して、こちらの仏狼機砲は射程内である。
アウトレンジから砲撃できる。非常に有利な状況だった。
『大九鬼』の仏狼機砲が真っ先に撃ち始めた。
敵の砦の廻りに火の手が上がる。
それを確認して、『毘沙門』と『梵天丸』、『大黒丸』の3隻が突っ込んでいく。
「敵は、スペイン人のようにございます」
フェルディナンド・フェレイラがやっと答えた。
答えが遅れたのは、フェレイラが考えたからだった。
フォルモサの島は、まだどの勢力も進出していないはずだった。
少し時代が下ると、オランダ人の東インド会社がこの島に進出して、ゼーランディア城という砦を築き、台湾を制覇しようとする。
しかし、それはまだ先の話だった。
まだ、この島にはスペイン人もポルトガル人も明国も、またオランダ人も進出していないはずだった。
しかし、ここにスペイン人がいたのである。
「ノブナガ様、マニラからやって来たスペインの兵です。放っておくとまずい」
やはりそうか。
スペイン人たちは、ここまで勢力を進出させているのだ。
放っておくと大事になる。
「猿!」
「はっ」
「官兵衛に命じて、兵を上陸させるのじゃ。砦を占領せよ」
「御意!」
と言ったものの、黒田官兵衛の乗る鄭和の巨船、『弥勒』に連絡する方法がない。
ここは、九鬼嘉隆に頼るしかなかった。
「羽柴殿、書をしたためよ。弓で送り申す」
なるほど、その手があるか。
九鬼嘉隆は、秀吉に命令書を作らせて弓矢でそれを送るという。
秀吉は、手早く黒田官兵衛への上陸命令書を書いて九鬼衆に渡した。
艦隊は、沖合で『大九鬼』を中心に再び輪形陣を敷いている。
『大九鬼』は『弥勒』に近づき、九鬼衆の剛の者が大弓を引いた。
命令書が弓矢とともに『弥勒』に届く。的が大きいだけに弓矢では外さない。
原始的な方法だが、有効だった。
『弥勒』では、黒田官兵衛が弓に付いた秀吉の命令書を開いている。
読み終わると、『大九鬼』に向かって手を挙げているのが小さく見えた。
福建の海賊どもに指示を与えている。
やがて、『弥勒』と『普賢』が艦隊の輪形陣を離れ、陸地に向かって行く。
『毘沙門』と『梵天丸』、『大黒丸』の3隻のガレオン船は、陸地に近づくと舷側を見せた。
カルバリン砲の爆裂弾を使おうというのだ。
ここで、『大黒丸』の船首にスペインの砦のフランキ砲から放たれた砲弾が着弾した。
『大黒丸』が大きく揺らぐ。
「援護射撃!」
九鬼嘉隆の大音声が聞こえた。
5隻のガレオン船に搭載されている2門づつの仏狼機砲が火を噴く。
着弾した焼夷弾は、辺りを延焼させ炎に変えていった。
敵のフランキ砲も例外では無い。大砲も燃えていく。
陸地に近づいた3隻のガレオン船から、カルバリン砲の集中砲火が始まった。
片側20門、合計60門の爆裂弾の集中砲火だ。『大黒丸』も砲撃に関しては支障がないようだ。
地上の構造物はひとたまりもなく破壊された。
敵のフランキ砲もすべて破壊される。こうなるとスペイン人たちの反撃方法は火縄銃しかなくなる。
スペイン人たちは物陰に隠れて、小銃を撃ち始める。
しかし、散発的ではあるがカルバリン砲の爆裂弾や、仏狼機砲の焙烙弾が降り注ぎ、スペイン人たちの銃撃もままならなかった。
もともと、スペイン人たちが持つ火縄銃は日本の種子島に比べて威力がない。
殺傷力が貧弱なのである。
『弥勒』と『普賢』から、足軽が上陸を始める。
黒田官兵衛は、最初に鉄砲足軽を上陸させて橋頭堡を築くつもりだった。
しかし、敵の銃撃は散発的で威力不足だった。竹束で十分防げる。
竹束は、竹を束ねて縄で縛ったもので種子島(火縄銃)の弾を通さない防具だった。鉄砲が戦場で普及し始めてその防御法も発達した。
竹束は簡単ではあるが、鉄砲には非常に有効な盾になったのである。
面倒と見た黒田官兵衛は、槍足軽を突撃させた。
槍足軽は8尺に届こうかという長槍で集団突撃を敢行する。集団でなければ威力も半減してしまう。
織田軍団の槍足軽は、そのあたりを訓練で叩きこまれていた。
槍足軽は鬨の声を上げて、スペイン人たちを刺し殺していく。
「右府様、スペイン人が逃げまする」
九鬼嘉隆が港を指差した。
港では、2隻のガレオン船が出港準備に掛かっている。
かなわぬと見て逃げ出すようだ。
「逃がしてはならぬ。押さえるのじゃ」
「御意」
九鬼嘉隆は、『帝釈丸』と『吉祥丸』を差し向けた。
2隻は、途中で『毘沙門』と『梵天丸』と合同して、出港しようとしているスペインのガレオン船の頭を押さえる。
スペイン船から白旗が上がった。
「終わったようじゃ。我らも上陸しよう」
上陸すると、自らの破壊力に驚いた。
砦に付随する建物はすべて破壊されていた。火の手があちこちに燻っている。
黒田官兵衛が、後ろ手に縛ったスペイン人を引き据えてきた。
「こやつが、敵の頭目のようでござる」
信長がスペイン人を見据える。
「名は何と申す?」
「お前たちは何者だ。どこへ行くつもりだ」
信長の問を無視してスペイン人が叫び立てる。
「話が出来ぬな。『ふぇれいら』、彼奴らの言葉が話せるか」
「はい。私の国の言葉でも通ずるかと存じまする」
「名前とここにいた目的を答えさせよ」
「はい」
ラテン系のロマンス語に属するスペイン語とポルトガル語は、非常に似通った言語である。
単語や文法もほぼ同一で、同じイベリア半島に発生した2つの国で話される言語だった。
それでも、東京弁と関西弁くらいの違いはある。
「お前はポルトガル人か。そうか、マカオのポルトガル人だな。
ポルトガルは我がスペインの家来のはずだ」
それを聞くと、フェレイラは西洋剣を引き抜き、切っ先をスペイン人の首筋に当てた。
「我らは、スペイン人の家来ではない!」
フェレイラの剣幕に驚いたスペイン人は震え始めた。やっと自分の置かれた立場に気付いたようだ。
「わ、わかった……」
「名前は何という?」
「あ、アントニオ・ソテロだ。お前たちは何者だ」
「日本の侍だ」
「日本の侍だと。日本の侍が海を越えてどこへ行くつもりだ」
「質問しているのはこっちだ。何のためにここにいたのだ?」
「マニラ総督ペニャロサ様の命令で、ここに中継基地を作る予定だった」
「中継基地? どことどこの間で?」
「こ、答えられぬ」
フェレイラは切っ先に力を込めた。首筋にうっすらと血が滲む。
「わ、わかった……日本とジャカルタだ」
「ジャカルタとな。『ふぇれいら』、ジャカルタとはどこにある?」
信長が尋問に割り込んでくる。
「澳門のさらに南でござりまする。ポルトガル人やインド人、アラビア人などが出張ってきておるところ。
いわば、我らの本家に当たりまする」
「女だ!」
付近を探索していた足軽どもが騒ぎ始めている。
秀吉は、騒ぎの元になっている足軽どもを目指して駆け寄っていった。
40人ほどの薄手の着物を纏った女たちを連れて現れる。
「右府様、おなごにございます」
女たちは信長の前に平伏する。
「そちたちは何者じゃ。おなごが何故ここにおる」
信長が問いかける。
「我らは、島原から無理やり拐かされたものにございます」
おんなの一人が答える。
「拐かしとな」
「はい」
「猿!」
「はっ」
「島原は誰の領地ぞ」
「有馬晴信のものと心得ます」
「有馬晴信……キリシタン大名か?」
「はい」
「お刀をお貸し下さりませ」
「そちは?」
「百武兼定がむすめ、紗世と申します。この者に辱めを受けましてございます」
「百武といえば……」
秀吉が、九州の戦乱状態を頭の中で整理していた。
「有馬晴信に滅ぼされた龍造寺配下の筑前の豪族」
「切り取り勝手は戦国のならい。それについてはいたし方ございません。
しかし、この者のやったことは許しがたきこと。
我らを南蛮に売り渡しました」
「お前たちは、人の売り買いまでいたすのか」
信長は、アントニオ・ソテロを憐れみの目で見ていた。
「ま、待て。俺は捕虜だ。捕虜は殺してはならんはずだ」
「さあてのう。日本の侍はそのようなことは知らぬのう。
特に、人の売り買いをする者に対してはのう」
信長は太刀持ちが持っている大刀を引きぬいた。
それを、紗世というおんなに渡す。
「いかがいたす?」
「首を撥ねとうございます」
「うむ」
信長が目配せすると、官兵衛とフェレイラが後ろ手のままソテロを跪かせた。
首を前に差し出す。
「存分にいたせ」
アントニオ・ソテロの身体が震えだした。
「よせ。止めろ……」
紗世は、叫んでいるソテロの首をめがけて躊躇なく大刀を振り下ろす。
「ギャーっ」
女の細腕か、刀が半分しか切り落とせなかった。ソテロが苦しみ悶える。
見かねた秀吉は腰の刀を引きぬいた。
ゆっくり近づき、しっかり足を作って一気に振り下ろす。
ソテロの首が転がっていった。
紗世は刀を逆手に持って腰の後ろに引き、再び跪いた。
「見事じゃ」
「ありがとうございまする。あなた様は?」
「織田右大臣信長じゃ」
百武紗世は、畏まる。
「信長様にございますか……あの『天下布武』を唱えられている」
「いかにも」
百武紗世は驚いた。織田信長といえば、当代随一の織田軍団の総帥である。
今はまだ、日の本の国すべてではないが、もうすぐ天下を統一するだろうと言われている。
九州の戦国大名にとっては最も警戒しなければならない存在だった。
今は、毛利と対峙しているが九州に侵攻するのも時間の問題だろう。
九州の戦国大名たちは皆そのように考えていた。
その信長が、強力な南蛮船の軍団を率いてこの南の地にいる。
どういう事なのだろう。
ともかく、自分らはこの信長のおかげで助かったのだ。
信長がいなければ、南の果てに売られてどうなっていたやもしれぬ。
「危なきところをお助けいただき、お礼申し上げまする」
紗世は、大刀を太刀持ちに返した。
「キリシタンめ、人の売り買いまでやるとはのう。やはり彼奴ら(きゃつら)のたくらみは粉砕せねばならぬ。
有馬も大友も踊らされおって……」
信長は、砂浜に床几を出して座っていた。
参謀たちが周りに集まっている。
「嘉隆、『大黒丸』はどうじゃ」
「船首に砲弾を受けましてございます。航行に支障はございませんが船足は遅うなりまする」
「修理出来るか?」
「3~4日掛かりましょう」
「うむ。王朗」
「はい」
「『文殊』はどうじゃ?」
「大きな船にて、何ともござりません」
「何っ! 大砲の砲弾を受けて何ともないと申すか」
「はい。見た目よりも丈夫に出来てございます」
恐るべき船だ。150年も前に作られたとはいえ、スペイン人のフランキ砲を受けて何ともないとは。
「ノブナガの殿。お願いがございます」
王朗があらたまり、片膝を付いている。
「願いとな」
「この地を我らにお与え下さりませ」
「ここをか?」
「はい」
「いかがいたすのじゃ」
「我ら、福建の海賊の拠点と致しまする」
「うむ」
信長は鉄扇を額に当てて考えていた。
「王朗。お主らの勢力はいかほどじゃ」
今度は、王朗の返事が遅れる。
しばらく考えた後、
「掻き集めて、1万2千ほど。しかしまとまってはおりません」
「何が望みじゃ」
「福建、寧波を明の役人から取り戻したいと考えております」
「自由に物のやり取りがしたいのじゃな」
「はい。我らは海の民にございます故」
明国は、海禁政策により国を閉ざしてしまった。そのため王朗のように海外貿易で生計を立てていた者たちは職を失ってしまった。
しかたなく海賊とならざるを得なかったのである。
『倭寇』と中国側から言われる海賊の被害は、実は王朗のような明国内の不満分子によるものなのであった。
彼は、福建、寧波の港を占領して自由貿易港としたいのである。
明国から切り離して、自由都市として自治したいと考えている。
しかしそのための軍勢が、1万2000とはいかにも少ない。しかもまとまって無いという。
彼らの技量は侮りがたいものがある。
ぜひとも、味方に付けておきたい連中だ。
「相わかった。この地はうぬらに渡そう。自由に使うが良い」
「ありがとう存じまする」
「ただし……
我らが必要な時には、使わせてくれ」
「もちろんでございまする。好きなだけお使い下さりませ」
「うむ。いずれうぬらに力を貸すことになろう。
それまでに1万2000をまとめておくのじゃ。また、もっと人を集めよ。
勢が少ないと話にならぬぞ」
「はい、早速、福建より人を呼びまする。ここから福建までは近うございます。
海峡を隔てて、直ぐにございますれば……
ここを、頭彬鎮と名づけまする。我ら福建の海賊の最大の根拠にいたします。
もう一つお願いがございます。
スペイン人の乗っていたガレオン船2隻を賜りとう存じます」
「なかなか欲深いのう。
そちたちは南蛮船にも乗れるのか?」
「乗れる者も少しおりますが、数が少のうございます。
ここで鍛錬したいと考えておりまする」
「なるほどのう。相わかった。ガレオン船2隻持って行くが良い」
「しかし、右府様。これでは福建の海賊どものために戦ったようなもの」
秀吉は、文句を付ける。
「猿はこの地が欲しいのか?」
秀吉は考える。この地を貰っても自分は何の利もない。
この地を活用することが出来ないからだ。その点、王朗ならばこの地を有効に活用できる。
また、そのことによって王朗と福建の海賊どもとさらなる強い味方としての絆を作ることになる。
右府様得意の適材適所なのだ。
右府様の読みは相変わらず深い。
一方こちらは別働隊。
納屋の助佐率いる、呂宋襲撃隊である。
戦力は、九鬼衆操るガレオン船、不動丸金剛丸の2隻。
水夫と仏狼機砲2門、カルバリン砲40門の砲手がそれぞれの船に付いている。
また、九鬼衆と蜂須賀小六率いる120名の鉄砲足軽が、50尺(約150m)届くという新式種子島と一緒に乗船している。
阿知率いる乱波も10名乗っていた。
戦力としては、相当なものである。
それを率いている納屋の助佐はまだ、弱冠16歳であった。
正直に言うと、助佐は恐ろしい。
大変な任務を、自分から請け負ってしまった。はっきりいってしまえば少年の夢追いである。
その自覚が助佐にもあった。
しかし、そんな自分の夢追いを右府様は実現可能なものとして考えてくれたのだ。
そして言い出した自分を大将として過分な装備とともにマニラに向かい送り出してくれたのだ。
是が非でもこの任務は成功させなければならぬ。
不動丸の舳先に立ちながら、助佐は心に誓っていた。
「助佐殿、何を考えておられる」
森蘭丸長定が、声を掛けてくる。
長定は、信長よりこの助左の目付けを命ぜられた。
命ぜられた以上、この助左を助けて呂宋攻略を成功させなければならない。
律儀な長定は、そのように考えていた。
「これは、長定様」
「いやいや、助佐殿。此度の呂宋攻略の大将は助佐殿。
呼び捨てにしていただかなければ、威厳が下がりますぞ」
「そうは参りません。身共は、商人の出にございますれば、侍の方々を呼び捨てになど出来かねまする」
「……」
長定は、どうしようか考えた。
右府様よりは、助佐を夢々侮る無かれと言われている。
長定もそれに従うつもりだ。
しかし、確かに大人に混じって、それを指揮しなければならない助佐にとってはものの言い方ひとつも重荷になるやもしれぬ。
ここは、助佐殿のやりやすい方法を取らせるのも自分の役割であろう。
「わかり申した。何事も助佐殿のやりやすきように」
「ありがとう存じまする。長定様」
「礼には及ばぬ」
「ガレオン船を発見!」
マストの籠の入っている、九鬼衆の物見が叫ぶ。
「何処の船でございまするか?」
助佐が叫び返す。
「スペイン船のようにござ~る。旗がこの前と一緒にござ~る」
物見は前の海戦でスペイン船が掲げていたスペインの国旗を憶えていた。
「長定様、不味う(まずう)ござります。我らは隠密に呂宋に着かなければなりませぬ。
今、スペイン船に見つかるは目的を果たせませぬ」
「あいわかった。
スペイン船より離れよ。見つかってはならぬ。金剛丸にも伝えるのじゃ!」
長定は、助佐の意図を察した。
年若の助佐が命令を出すより、信長の近習である自分が命令を出したほうが九鬼衆も違和感がないだろうという判断だ。
不動丸の航行を預かる伝舟丸という水夫の長に長定が命令を与える。
「あいわかり候。
取舵一杯、スペイン船より離れよ。金剛丸にも伝えるのじゃ」
物見より大音声が響いた。
2隻のガレオン船は、スペイン船より見えないように離れていった。
ここは、台湾の南方海上である。
スペイン船は、西に向かっている。スペイン人たちは活発な海上活動を行なっているようだ。
これから先も、スペイン船とまみえる機会が増えるであろう。
気を付けねばならない。
助佐は自分の荷物の中から、大きな旗を取り出した。
スペインの国旗である。いつの間にか自分の荷物の中に紛れ込ませていたのである。
それを、不動丸の水夫長、伝舟丸に渡す。
「これから先もスペイン船に出会うことがありましょう。
これを掲げておれば、スペイン人たちは自分たちの味方の船だと感違いすると思いまする。船首に掲げて下さりませ」
伝舟丸はこの年若の助佐に感心していた。若いのになかなかの策士だった。
それに、九鬼は海賊なのでもともとあまり身分の差は考えない傾向があった。要するに敵か味方かの区分があるだけなのだ。
海の上ではそれで十分であり、またそれがすべてでもある。
「承知」と短く言うと、助佐からスペイン国旗を受け取り部下に船首に掲げるように命じる。
「助佐殿」
蜂須賀正勝が、助佐を探してやって来た。
「何でござりましょう」
「鉄砲足軽たちに種子島の鍛錬をさせとうござるが、よろしいか?」
「もちろんでございます。鉄砲は我々にとって貴重な戦力。
力が衰えては、なりませぬ。お願い申し上げまする。
ただし、他の船が見えたらお控えくださりませ」
「畏まって、候」
蜂須賀小六正勝は、笑顔を見せながら去っていった。
助佐は、織田軍団の統制の強さに驚いていた。
確かに右府様は、自分のことを呂宋攻略の総大将と認めてはくれていた。
しかし、実戦部隊の長からは侮りを受けるかもしれないと覚悟はしていたのである。
だが、織田軍団の統制力の強さは助佐の想像を超えていた。
自分はまだ、16歳という年若なのである。彼らから見ると息子か孫にあたる歳なのだ。それでも、自分を立てて動いてくれている。
その感動は大きかった。是が非でもこの任務を成功させなければならぬ。
その思いが強い。
呂宋まで約1日半。
信長本隊は、占領したスペイン人の砦。
今は福建人の根拠地にしようとしている頭彬鎮を出発しようとしていた。
「嘉隆!」
「はっ」
「『大黒丸』はここで修理させよ」
「ここでで、ございまするか。さすると、澳門のいくさには間に合いませぬが?」
「構わぬ、修理後はそのままここを警備させるじゃ。
王朗たち福建人が砦を築くのを守ってやらねばならぬ。そのための防衛じゃ」
「しかし、澳門と呂宋を攻めるのに力不足となりませぬか」
「それも、考えるのじゃが……
スペイン人がここを取り返しに来るやもしれぬ。
足軽も300ほど残そうと思っておる」
「そうでございますな。わかり申した」
「澳門をとったら、『ふぇれいら』たちポルトガル船をここに寄越そう。『大黒丸』と交代するのじゃ。『大黒丸』はそれから、呂宋に向かわせれば良かろう」
「承知」
九鬼嘉隆は、仔細を伝えるため『大黒丸』へ向かう。
「猿!」
「はっ、ここに」
「聞いたであろう。足軽を300ここに残す。
官兵衛に選抜させよ。侍大将も優秀なものを残すのじゃ」
「はっ、承知」
信長は、官兵衛に直接命令を下さなかった。
官兵衛の上には秀吉がいる。その上下関係の統制を守ることも大切だからである。
内部から瓦解しては困る。秀吉はこの上司に学ぶべきことがたくさんあった。
「紗世」
「はい」
「済まぬが、おなごはいくさに連れていくわけにもいかぬ。
かと言って、直ぐには島原にも送ってやれぬ。
しばらくここに留まってくれぬか?
いくさが終われば、直ぐに迎えに来る。
2月掛からぬと思うが……」
「はい。もちろんでございまする。
男子の邪魔をいたすつもりは毛頭ございませぬ。
存分なご武運をお祈り申しあげまする」
紗世は、さすがに戦国の女だった。自分の役割をきちんと理解していた。
ましては自分は売られていく身を信長に助けられた存在である。
何も文句を言えるわけがない。
「うむ、済まぬのう」
百武 紗世は感動していた。
福建人の砦造りのためとはいえ、足軽を残すのも、ガレオン船を1隻残すのも、ここに残していくおなごを守る意味もあったのだ。
右府様はそこまで考えてくれていたのだ。
織田軍団が強い意味がわかった。
織田軍団は、この右府様に率いられているから強いのだ。その統制力があるからまとまって動けるのだ。そしてそれは、人間を動かす右府様の確かな洞察力にある。
「さて、出立いたそうか」
信長艦隊は、頭彬鎮を出航した。
「右府様……」
「なんじゃ」
「手勢が減ったように思いまするが……」
確かに、ガレオン船の内、『不動丸』と『金剛丸』は呂宋攻略部隊の助佐に付けてやった。
『大黒丸』は、頭彬鎮に残した。
信長艦隊に残ったのは、『大九鬼』以下7隻である。
また、兵士である足軽は最初の安宅船の難破により半減して2000名となった。
そのうち、120名は助佐に付け蜂須賀小六に託した。
また、300名を頭彬鎮に残した。
残りは、1600名足らず。
大船の『弥勒』『普賢』『文殊』に分散して乗せてある。
火力としては、仏狼機砲がガレオン船に各2門、合計14門。
カルバリン砲は各船に40門であるが片側しか使えぬので140門が使用可能だった。
まだまだ、砲弾や種子島の鉛玉は十分にあった。
これは、鄭和の巨船に十分積載することが出来たからである。補給の心配は無い。
澳門のスペイン兵は『ふぇれいら』によれば多くても500名だと云う。
「澳門は大事なかろう。
問題はやはり呂宋じゃ。
足軽の数が足りぬ。
助佐がうまくやれば良いのじゃが……」
「御意」
マニラのスペイン人要塞都市『イントラムロス』は8000から10000の兵隊がいると云う。
いくさは兵の衆寡では無いというが、多数に押し切られてしまっては元も子もない。
まともにやりあえば、その危険性が高い。
後方撹乱が是非とも必要だ。
だが、まずは澳門だ。
ここを陥さなければ、話にならない。
信長の南蛮布武の第一歩なのだ。
信長艦隊は、風を切って澳門に向かっていく。
助佐の艦隊は船長室で作戦会議を開いていた。
ガレオン船は狭いが、幹部の部屋がそれぞれにあった。居住性はある。
納屋の助佐は机の上に呂宋の地図を開いている。
その周りには、マニラ先遣部隊の幹部が揃っていた。
森蘭丸長定。蜂須賀小六正勝。不動丸の航行を預かる伝舟丸。それに滝川一益配下の乱波である阿知。
「助佐殿、この地図はいかがなされたのじゃ」
森長定が尋ねる。
「身共が憶え起こして作ったものにござりまする」
「助佐殿がにござるか?」
「拙きもので恥ずかしゅうございますが、主なものは載せてございまする」
「なんの。立派なものにござる。
して、その仕儀はいかがいたすのでござるか」
織田軍団の武将は、信長の影響により敵方情報の重要性について大なり小なり心得ていた。敵方情報がなければ最適な攻撃場所も確定できないのである。
もっとも、長定の兄である森長可のような猪武者も、織田軍団の中にはいるのだが。
信長の近習として学んできた長定は、情報の重要性を深く理解していた。
それ故、納屋の助佐が自分で起こしたというマニラ近辺の地図に深く感銘していた。
その助左が少し考えた後、地図の一点を示す。
「マニラの北西に『トンド』(東都)というところがございまする。ここは、スペイン人たちの信ずるキリシタンではなくイスラムという明国でいうところの回教を信ずる者たちがおりまする。
この者どもは、マニラのスペイン人たちをよく思っておりませぬ」
「その者たちを味方に付けるのじゃな」
「はい。そのように考えておりまする」
「スペイン人たちの要塞のすぐ北側にあるようだが」
「はい。ですので、スペイン人に見つからぬようにパシッグ川の河口から北へ遠く離れた海岸に上陸いたしまする」
「そこには、スペイン人たちは居らぬのか?」
蜂須賀正勝が尋ねる。彼の心配は主にその隠密性だった。
自分たちの戦力は、足軽120人が主力だ。イントラムロスには8000~10000のスペイン兵がいると聞く。
数の差では比較にならぬ。いきなり会戦したのでは鎧袖一触蹴散らされてしまうだろう。
それは、是非とも避けなければならない。せっかく右府様より与えられた貴重な戦力なのだから。
「スペイン人は居りませぬ。南蛮人は呂宋のすべてを押さえているわけではございませぬ。
マニラにイントラムロスという要塞を築き、その周辺を押さえているに過ぎませぬ。
もっとも、これから先はどうなるかわかりませぬが……
まだ今は、そのような状態にございます」
「なるほど、相わかった。安心いたした」
蜂須賀正勝は胸を撫で下ろす。
「我らの目的は、いきなりイントラムロスを攻めることではございません。
マニラ周辺の南蛮人以外の者どもをスペイン人の支配に反対させ蜂起させることにございまする。
トンドは、イスラムで云うところのスルタンという王が治めております。この王を翻意させることが出来れば、スペイン人の駆逐も可能かと存じまする」
ここで少しフィリピンの当時の状況を語っておかなければならないだろう。
フィリピンは、ルソン島・ミンダナオ島などを中心に、大小合わせて7000の島々からなる群島である。
住民はタガログ族を中心としたマレー系が多い。遠い昔にマレー半島から海伝いに移住してきたのであろう。
しかし、15世紀にいたるまでこれらの住民による統一的国家はつくられなかった。
14世紀後半にイスラム教が入ってきた。これにより、イスラムのスルタンと称する王が統治する国が各地に出来た。
これは、スマトラやジャワ、ブルネイなどの国々がイスラム教国化したことが大きい。
それに伴い、フィリピン諸島内にもスールー王国や、トンド王国などのイスラム教国が成立した。
これらの国は、基本的には中国大陸や、東南アジアの国々と貿易することで成り立っていた。
トンド王国は、崖山の戦い(がいざんのたたかい)に敗れた南宋の人々がこの町をつくり東都と名付けたという伝承もあった。
古くから、中国大陸とも関わりは深かったのである。
スペイン人たちは、1521年にセブ島にやって来た。マゼランの艦隊である。
マゼラン自身はポルトガル人だが、率いて来た艦隊はスペイン船だった。
マゼランはセブをキリスト教化しようとして失敗しこの地で戦死した。
残った、部下たちが航海を続け西回りで世界を就航するという快挙を成し遂げる。
ところで、セブ島はメキシコ副王領の一部となっている。つまり、スペインが直接統治するのではなく、中央アメリカのスペインの植民地であるメキシコの総督がこの地を統治することになった。
そこで、、メキシコ市の市長であった、ミゲル・ロペス・デ・レガスピが遠征隊を率いてメキシコからセブ島に到着し占領、植民基地を作った。
これが、初代のフィリピン総督レガスピである。
その後、スペイン人は植民地を拡げていきマニラに城壁都市イントラムロスの建設をしていた。現在のマニラ総督は4代目のゴンサロ・ロンキリョ・デ・ペニャロサである。
まだまだ、スペイン人の勢力はルソン島全域には及んでいなかった。
「助佐殿、そのトンドのスルタンとやらを翻意させる方法は、いかがいたすのじゃ」
長定には、想像のつかぬ世界になりつつある。しかし、自分が想像出来ぬからといって任務を放棄するわけにはいかなかった。
「トンドのスルタンの住む城が、海沿いにございます。ここの沖合で『不動丸』と『金剛丸』をしばらく遊弋させまする。ガレオン船は、スペイン船として見飽きておりましょう。それゆえ舳先には、日の本の旗を掲げて下さりませ。
トンドの城下には日本人も数多く住んでございます。彼らがその内騒ぎ始めまする。
阿知様は、先に上陸されて、この日本人たちを煽動して下さりませ。
知った者もござりますれば、納屋の名前を出していただければ容易きことかと存じまする」
「承知」
乱波の阿知は、感情を見せずに云う。
「頃合いを見て、海岸の砂浜に大砲を放ちましょう。彼の地の人々の度肝を抜くのです。
なるべく大きな音が出るのがよろしいのですが。
このとき気をつけなければならないのですが、1人も怪我人を出しては行けませぬ。
怪我人を出すと、彼らが混乱し我らが攻めてきたと取られまする」
「うむ、つとに気をつけさせよう」
と、伝舟丸。
「次に、蜂須賀様の兵隊を上陸させ海岸に橋頭堡を築いて下さい。120ほどの小勢ですので問題無きかと思われますが、もしかしたらトンドの兵隊に囲まれるやもしれませぬ。その時でもなるべくトンド兵を傷つけぬようにお願い申します」
「難しいのう。まあ、やってみよう」
「阿知殿は、この隙に、マニラからスペイン兵がやって来ないかを見はってくだされ。
たぶん、イントラムロスから斥候兵がやって参りまする。
理想的には、この時に蜂須賀様の兵が完膚なきまでにこのスペイン兵を駆逐することです。
トンドの民はスペイン人の火縄銃を恐れておりまする。
我らの種子島は、その上をゆくもの。その認識を植え付けさせねばなりませぬ」
「なるほどのう。若い身でそこまで考えておったか。末恐ろしい童じゃのう」
蜂須賀正勝はそう言って笑った。それを機に笑いの輪が広がっていく。
トンドの宮殿は白い色で統一されている。
背景の南海の青い色と対照的だった。
トンド王国の「スルタン・クダラット」は、宮殿のバルコニーより、沖合を遊弋する2隻のガレオン船を見ている。
スペイン人どもがまた、力を誇示しに来たかと思っていた。
今のところイントロムロスのスペイン人たちとは和平を保っていた。
奴らの鉄砲には敵わない。
それに、最近はメキシコから兵を運んできて数を増やしている。
このままでは、このトンド王国もスペイン人たちに飲み込まれてしまうかもしれない。
なんとか、せねばならない。
もともと「スルタン・クダラット」は、マレー半島南端のジョホールのイスラム教徒だった。
アラーの神の情熱をここ南海の地でも実現しようと呂宋の地に渡ってきたのである。
そして、中華系のトンドの姫と結婚しトンド王国をイスラム化した。
その後に、スペイン人たちが入ってきたのである。
スペイン人たちの軍事力には、到底対抗できなかった。味方を求めようにも南海の果てであるため相手がいない。
言われるまま、マニラの一部を明け渡し奴らが要塞都市を作るのを指を加えて眺めておく他は無かった。
城下が騒がしくなっている。
ここには、現地人の他に中華系や和人(日本人)も多く住んでいる。
中継貿易が主な産業だからである。
「いかがいたしたのじゃ」
スルタン・クダラットは家来に尋ねた。
「クダラット様、あの船はスペイン船ではない様子でございます。
日ノ本の旗を着けていると日本人どもが申しておるようでございます」
「なんじゃと!」
遠眼鏡で、船の旗を確認する。
確かに、スペインの旗ではない。かといって日本の船でもあるまい。
日本にガレオン船を作るだけの技術はなかろう。
大砲を射掛けてみるか?
城下の騒ぎは、益々大きくなっていくようだ。
「日本人たちに静かにせねば牢に入れると申せ。騒ぎを鎮めるのじゃ」
家来は、スルタン・クダラットの命令を伝えるため、バルコニーから降りていった。
その時、2隻のガレオン船が横を向いて大砲を撃ち始めた。
合計40門のカルヴァリン砲が一斉に火を噴く。
だが、今回は爆裂弾ではない。通常弾だった。
砲撃は、慎重を期した。トンドの住人に怪我人が出てはならない。
友好的関係を築かなければならないのである。
しかし、2隻合計40門の砲弾である。海岸に着弾するとはいえ、凄まじい威力だ。
椰子の木などが薙ぎ倒されていく。
スルタン・クダラットは仰天した。
攻撃してくるとは思わなかったのである。
「クダラット様、いかがいたしましょう」
「大砲を射掛けよ。船を沈めるのじゃ」
「はい」
無駄だろうな。クダラットは思った。前にもスペイン船に対して発砲したことがある。
その時は、何倍にも報復を受けた。今回もそうなるだろう。
しかし、何故攻撃してくるのだ。スペイン人とはうまくいっているはずではないか……
トンド側から、青銅砲が撃たれ始める。しかし、まったく射程が足りなかった。