ある召喚勇者の場合
警告
この作品には〔残念描写〕が含まれています。
苦手な方はこれを機に克服してください。
平凡な高校生、長瀬優は割と不幸な人間だった。
コンビニで肉まんを買おうとするといつも準備中だったり、
から揚げやグリルチキンといった所謂『揚げ物』系を買おうと列に並んでいると、直前のお客にラストワンをお買い上げされてしまったり、
コピー機を利用しようとする用紙切れだったり、
さらにめげずに店員に給紙して貰って、使おうとすると今度はトナー切れだったり、
トイレに行くと……もうコレは言わなくてもいいよネ。
「な、何だこれェーっ!?」
今回はそれに輪をかけて不幸だった。
視界が白い光に塗りつぶされ、思考が追いつく暇も与えてもらえず、問答無用で事態が急変する。
眩い光の中、長瀬は浮遊感にも似た不思議な感覚を感じ、一瞬よろめいた。
徐々に光が収まると、青色に発光している魔法陣の上に自分が立っていることに気付いた。
だが、問題はそこじゃない。
今、自分が居るのは怪しげな魔法陣が描かれている石造り(と長瀬は思った)の小部屋らしい。
突如変化してしまった環境に困惑している長瀬に問題の言葉が刺さった。
「おぉ、勇者様!」
「成功です、勇者が……勇者様が……ッ!」
「はいーっ!?」
正確には今春から高校生になる長瀬優は順調に不幸だった。
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スレヴァミリア王国。
豊かな自然と豊富な水源に恵まれ、高い魔法文明とともに繁栄した王国だった。
だが、数年前に突如復活した魔王に侵略され、最初の内は抵抗していたものの、徐々に追い詰められていた。
困り果てた王は、大聖堂に伝わる古文書を調べさせ、過去に王国の危機を救った手段探らせ、それが『召喚の儀』を用いて異世界より『勇者』を招き入れて魔王を打ち倒したという記録を見つけたのだった。
つまり長瀬優は勇者としてこの世界に召喚されてしまったのだった。
「はぁ……大体の事情はわかったんですケド、何でなんですか?」
「と、申されますと……?」
目の前の神官っぽい男に苦情を訴えるがイマイチ話が噛み合わない予感がした、
長瀬は語るのも億劫といった感じで自らを指差す、
「見ての通り、まだまだ未成年の学生なんですケド、どうしろと?」
「いえ、我が国……スレヴァミリア王国は危機が起こる度に、この召喚魔法陣で『勇者』を召喚するのが習わしなのです」
「いや、それはもう聞きました、それよりも――」
「そうそう、申し遅れました――こちら今回の召喚の儀を執り行った巫女で……」
「セ、セシルフィアと申しますっ!よろしくお願いします、勇者様ッ!」
目の前では緊張でガチガチになったのが見てとれる少女が深々とお辞儀をしていた。
長瀬はその少女の姿に一瞬目を奪われた。
透き通るような銀色に光り輝く綺麗な髪――シルバーブロンドというモノなのだろうか?
そして深く重みのある宝石ような赤い瞳――碧眼通り越して色素の無い赤色、もう血色そのものじゃないか?と思えるほどだった。
割とゲーム好きな高校生、長瀬優はファンタジーでそこそこありがちな(と思う)この組み合わせにしばし目を奪われていた。
やっぱり現実に目の前にするとイロイロ思うところがあるものなのだ。
そんな長瀬の視線を『別のモノ』と勘違いした少女は頬を染めながら、
「あ、あの……なんでしょうか?」
「ち、違う!ごめんごめんッ!」
慌てて否定をするが、それは安化粧というモノだろう。
だから長瀬は自分の訴えが有耶無耶にされてしまっていることを失念してしまっていた。
「ささ、我が王がお待ちしております、ご一緒に参りましょう」
「え、あの?」
普通こういう場合は先に自己紹介させないのか?と長瀬は先を急ぎすぎる神官にツッコミたくなったが、場の勢いで流されてしまう程度に、やはり長瀬は現代日本人だった。
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どうしてこうなった?
半ば連行される形でスレヴァミリアの王都を歩く長瀬は考えた。
自分の境遇を考えた。
今は春休みだった、無事に……とは言いがたい波乱万丈の受験戦争を潜りぬけ、
ようやく春休み初日の今日から「遊び倒すぞぉーっ!」意気込んだ瞬間にこの惨状である。
やっぱり不幸だった。
受験中も大概不幸だな、とは思っていた。
担任の教師が入試の願書を間違って他校へ送りつけたのも不幸だった。
入試当日に市バスが雪で立ち往生したのはお約束通りに不幸だった。
そもそも、やや時期遅れな雪自体が不幸だった。
さらにバスから降りて徒歩でたどり着いた駅では春闘ストの所為でピタリと電車が止まっていたのも不幸だった。
涙を拭いながら滑り込んだ受験会場で試験官に間違った教室に案内されたのも不幸だった。
試験開始ギリギリに席に着いたら、他の人の荷物から落ちたのであろう雪水で椅子が濡れていたのも不幸だった。
配られた試験用紙が自分の分だけ印刷不良だったのも不幸だった。
数え上げればキリがなさ過ぎるくらい不幸だった。
(やっと抜け出せたと思ったんだケドなぁ……)
環境が変われば運勢も変わってくる、なんていつかの朝テレビの占い番組でやってた気がする。
しかし残念なことに、長瀬の不幸はその程度で揺るぐことはなかったらしい。
新しい生活に夢と期待を膨らませていた一五歳の希望はゴッソリと刈り取られたのだ。
(こんな勇者なんて……『リアルRPGごっこ』なんてやってられないッ!)
きっと入学式では……
桜の花が咲き乱れ、
大き目の制服を着て、
花びらの舞う校庭を背景にして記念写真撮ったね、
とセピア色の思い出が出来るはずだったのに、と長瀬は頭を抱えて悶えた。
グルグルと長瀬の頭の中で妄想がのたうち回る。
(こんなワケもわからない世界で勇者なんてやってたら入学式に間に合わない!)
そもそも勇者ってなんだヨ?と、ごく当然な疑問が沸きあがるが、それらを前を歩く神官の男と巫女の少女にぶつけることは出来なかった。
やはり長瀬は奥ゆかしい現代日本人だった。
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促されるまま連れられた城の内部は、あたかも神殿のようだった。
長く続き横にも広い回廊には等間隔で円筒状の柱が立ち並び、
その柱を注視すれば刻み込まれた模様や上下端のディティール等からただ成らぬ威厳を感じられる。
このまま突き進めば黄金聖闘士に行く手を阻まれるのではないかと錯覚を覚えるほどだ。
長瀬はそんな馬鹿げた妄想を抱いた自分にため息を漏らし回廊を突き進んだ。
「ここを抜ければ謁見の間ですので、もう暫くご辛抱下さい」
――果たしてそこに待ち受けていたのは、
腕を組んでふんぞり返ったかませの牛男でもなければ、
やたらと思わせぶりな登場をするマンモス残念な蟹男でもなく、
豪勢な服装の中年の男だった。
一目見てそれが『王様』とわかるほどのテンプレ具合だった。
玉座に深く腰掛け、貫禄と威厳を備えたその姿は間違いなく『王様』だろう。
そしてその玉座の背後には何故か大きな滝が流れている、本当に城と言うより神殿というイメージが強い。
この場所は謁見の間ということなのだろうか、周囲には大勢の兵士や神官といった風貌の人間が大勢いた。
召喚された勇者を一目見ようと集まって居るのかもしれない。
魔王の侵略に脅かされてる割りには兵士がサボってて良いモノか、と長瀬は呆れてしまった。
長瀬がそんな景観に気をとられていると、目の前の王は十分な間をとって言葉に重み持たせた上で口を開いた。
「おぉ…勇者よ!」
開口一番、結局それかい!と長瀬は思わずツッコミそうになった。
どうもこの世界の住人は揃いも揃って思考が短絡すぎるように思えた。
そんな連中相手でも一応は敬語を忘れないのは長瀬がそれなりの躾を受けて育った恩恵だろうか。
「あ、あのですね?非常に申し訳ないのですが――」
「見てくれ、この惨状を……魔王がもたらした『害』を!」
またも言葉を遮られた!?と長瀬は思ったが、
それを咄嗟に指摘できない程度に、長瀬はやはり現代日本人だった。
そんな長瀬の心中など知る由もない王はまるでオペラ俳優のように両手を広げ、視線で背後の滝を見るように長瀬を促す。
釣られて長瀬は滝に目をやった。
「――あ」
先程まで滝だと思っていたモノが液晶スクリーンのように映像を浮かび上がらせた。
その映像の中で魔王の侵略によって荒らされる街や、配下の魔族に連れ去られる女子供の姿があった。
周囲から「クソ!」「魔王め!」という苦渋に満ちた声が漏れる。
「我が国は日増しに勢力が強くなる魔王の軍勢になす術もなく蹂躙されておる……口惜しいが手も足も出んのだ」
そんな映像残す余裕はあったんだネ、とツッコミを心の中に留める長瀬。
苦渋に満ちた顔を伏せる王に側近が駆けつけようとするが、それを制し王はさらに続ける、
「連れ去られた者たちの中には……余の娘……サクリハイス姫まで囚われておるのだ!」
「――えっ!?」
一方的に話を押し付けられながらも、基本的にお人好しな高校生、長瀬優は思わず同情してしまった。
これもやはり悲しいか長瀬は日本人だった。
「どうか魔王を倒し、囚われた者たちを……我が娘を助けてやってくれぬか!?」
「無事に救ってくれた暁には、如何なる褒美をも惜しみはせん……望むとあらば姫をそなたにやっても良い」
周囲からざわめきの音量が上げる、
「王、それは!」
「いや、勇者様ならば」
「だからといって!」
「国としても栄誉なことだ」
次々と異口異音のざわめきが周囲を包み込む。
(娘の人生勝手に決めちゃったらダメジャン……)
現代日本の倫理観に囚われている高校生、長瀬優にはそういうモノに抵抗があった。
実際問題、最終的に親が子を自由に出来るのは名前くらいだったりするのだ。
それよりもさらに大きな問題が長瀬にはあった――
「勇者様、頼むよ!ウチの息子をどうかっ!」
「勇者様、我が部隊の隊長の仇を……っ!」
もうそこからは『勇者様・どうか!』コールの嵐だった。
正直言って、率直にお断りを申し上げて帰りたい!
だが、それを一ミリたりとも発言させない空気があった。
長瀬はじりじりと外堀から埋められていく感覚を肌で感じ取っていた。
(なんでファンタジー世界の連中はこうも他力本願で人の話を聞かないんだ!?)
そもそも長瀬は自分の名前すら名乗っていない。
ほっておくと『勇者様』が公式な名前になるんじゃないか、という恐れすらある。
かといってヘタに発言しようとすると、
「あの、チョッといいで――」
「勇者様、遥か北にあるという賢者の祠に歴代の勇者が使ったという剣が――」
といった具合に華麗に迎撃されてしまう。
TASさんに岩男アクションさせたような処理速度だった。
長瀬は唖然としながらも周囲の言葉に耳を傾けていた。
「――なぁ、なんだかそんなに強そうに見えないんだが」
「いえ、隊長、見かけだけでは判断しかねるかと――」
(そんなに不満ならアンタらが勇者をやれ……)
やはり面と向かって文句の言えない長瀬はせめて心中だけでも苦情を述べる。
ちなみに平凡な高校生、長瀬優はコレといったスポーツしているわけでも無いので身体能力は至って歳相応だ。
「しかし変わった装いをされているようですな、あんな軽装で大丈夫なのであろうか?」
「いやいや、あれは恐らく勇者様の世界に措ける聖鎧霊装か何かではないでしょうか?あの神々しさはきっと――」
(ただの私服だっての、どこに神々しさがあるんだか……)
と思うだけでツッコミを入れられない平凡高校生。
そんな長瀬が着ているのは簡素な長袖シャツと黒系の細いスラックス、どっちかというと動きやすさ重視のラフな格好だ。
「――なぁ、いくらなんでも若すぎないか?」
「いや、若い方のほうが若く新しい発想で物事を解決してくださるかも――」
(それは絶対に無い……)
実家の躾が意外と厳しい高校生、長瀬優は携帯すら買って貰えず、たまに友人に渡されても操作がわからずあたふたする、今時の若者には珍しい絶滅危惧種だった。
ついでに言うと持ってる資格が『珠算二級』とこれまた絶滅危惧種だったりする。
そんな長瀬の心中などお構い無しに場の空気は盛り上がっていく、
この世界の住人にとっては『勇者様のお披露目』という一大イベントなのであるから、それは仕方のないことかもしれない。
だが、巻き込まれる側は堪ったモノではない、長瀬はゲンナリとしながら見世物パンダの如く品定めされるのだった。
いい加減疲労もピークに差し迫っていた、
長瀬優は必死の想いで心中を吐露しようとした。
「あの、あのですね!?ほん――っとに申し訳ないんですケド!」
「ふむ?どうされた」
そこに中年太りのいかにも『大臣さん』という感じの男が割り込んでくる、
「王、一方的にお願いするのは失礼かと存じ上げます」
でも、割とまともなコトを言った。
「ふむ……ならば宝物庫より王家に伝わる武具を持ってこさせよう」
「お、おおおお、アレを勇者様にですか!?」
でも、やっぱり思考が短絡というか、自分勝手な解釈全開だった。
そして、次々と運び込まれる王家に伝わるとかどうとかいう立派武具たち。
それを肴にさらに場の空気は盛り上がった。
「おぉ、その竜王の鎧ならば」
「いやいや、その隣の聖騎士の剣ならばッ!」
盛り上がるのは勝手だが、受け取るのも身に付けるのも長瀬である。
こんなゴツイ装備を押し付けられても正直困る、
ごく一般的な日本人の体格の長瀬には、どうみても西洋人サイズの鎧が合うわけも無く、そもそも引き受けるとは一言も言ってない。
――なのだが、ご都合主義の王とその他の皆さんは、これで義理を果たしたのだから引き受けるに間違いなしと勝手に思っているようだった。
「勇者様、どうか世界を!」
「勇者様、どうか囚われた姫を!」
と、再び『勇者様・どうか!』コールが湧き上がる。
長瀬は心底ウンザリしていた。
そして王自らさらなる『押し』をつけるべく代表で勇者長瀬に懇願する。
「勇者よ、どうか頼むっ!
一方的な頼みなのもわかっている、無理を承知でどうか頼む!
何卒、この我々……いやこの世界を救ってくれぬか!?
貴殿を誠の勇者と見込んで頼む、真の男と見込んで頼――」
「あのっ!私……女なんですケドぉ!?」
先程のまでの盛り上がりと喧騒が嘘だったかのように辺りはシン静まり返る。
シンと静まり返った空間で、ちょっぴりボーイッシュな女子高生、長瀬優は呟いた、
肩を小刻みに震わせながら涙交じりの鼻声で呟いた、
呪うように呟いた――!
「もう……帰ってもいいですかッ!?」
――世界滅亡まであと23日、
急げ長瀬、戦え長瀬ッ!速攻でクリアすれば間に合うかも!?
すみません、ノリと勢いだけで書きました。
今では後悔も反省もしているあせこさんです、こんにちは。
短編や三人称視点などの練習も兼ねて書いて見ましたが……仕事中に思い浮かんだネタなので、出来はイマイチだと思います。
こんな作品ですが、ご意見・アドバイス頂けたら幸いです。