あ
首都の一部、政府によって立ち入り禁止区域にされている廃屋群に、百人は超える人影が並んでいた。
大きな空間には、昼前になって曇りだした空の下、いつしかの「高層ビル」の果てた姿が、寂しくそびえている。
「……お前ら、しっかり話を聞け!」
男の声が、周囲に響いた。
そこは、崩れたコンクリートが作り上げる、大きな要塞のような吹きさらしの空間だった。
広がる灰色の汚れた硬い地面に姿勢を正して並ぶのは、多種多様な容姿の学生たちである。
有名私立中学から、不良の巣窟と名が知れた下流高校、そこらの小学生、と年齢も社会的所属もバラバラに入り混じっているのだが
、。彼らは皆、そろって同じ一方を見つめていた。
「要塞」の最も奥、深く、高く。
その手前の、かろうじてまだ光を浴びる場所に、数人の男女がいた。
「……」
「……」
「……」
足を組み、頬杖をついて黒い扇子で自らを仰ぐ、黒いドレスの女、寝っ転がってゲーム機をいじっている眼鏡の黒髪小学生、傾いた柱にもたれている、白い髪にロングコートの男、有名私立の制服を着た、外人が混ざっているらしい金髪の双子女子中学生2人、等。
そして大衆より高い位置で過ごす彼らもまた、ある一点を目に捉えていた。
「……俺たちの、この組織の、長とは一体誰だ!?」
彼らの背後に立ち、大衆の前で言葉を発するのは、金に紫のメッシュを入れたウルフカットの男子高校生らしき男だった。
「俺たちの組織は、首都において第二位につく、学生裏組織を代表する大集団だ……」
「……」
「だが、王『DRAGON』が姿を消してはや一年以上、消息が絶えてから半年を超える!」
男の言葉に、大衆の隅の方が少しばかりざわついた。
一方、直ぐそばの数人はそろって男から目をそらした。それからというもの、無言で俯いたままである。
男は一瞬反応を確かめるように小さく間をとると、再び大きな声で言葉を放った。
「おかげで、俺たちの力は以前にも増して衰退した! 最近は、虫けらだったクズどもが集まり、組織転覆を企てたり、領地を荒らしたりするのが頻繁に起こっている。王座に王の居ない組織は、なめられ、つぶされるか、それとも自ずと崩れていく道を辿る!」
「……」
「俺はもう、DRAGONの帰りを待つことはできない!」
「……!?」
「お前ら、よく聞くんだ! この組織の王は誰だ!?」
男の大声が、空に響く。
「もう、DRAGONの時代は終わった……王は、王は……」
そういうと男は、その場で静かに目を閉じた。
そして、息を腹一杯に大きく吸い込み、叫んだ。
「今この時から王は、……俺だ! ……、……っつ!?」
――だが。
黒い影が、その場で目に留まらない速さで動いた。
「……うあアあああッっっっ……!?」
思い打撃音がした瞬間、男の体は、勢いよく宙へと弾け飛んだ。
男のシルバーの眼鏡が、ガチャリと音を立て、その場に落ちた。
「……!?」
男の手前で話をなんとなく聞き流していた数人は、一瞬の空気の変化に瞠目し、目の前の宙に舞ったその姿に目を凝らした。
「……!!」
ドサッという鈍い音と小さなうめき声を共に、金髪の男は、1、2mは下の大勢の並ぶグラウンドに、横たわっていた。
「……だ、誰だ……? 誰が、俺を、蹴った……?」
男は自らの身に起こった一瞬の出来事を「蹴られた」としか理解できないまま、体中の痛みに目に涙を浮かべ、かすれた声でうなった。
「凄い、蹴り……? 一発で、あんなに飛ぶなんて……?」
「一体、誰が……?」
金髪の少女二人は、その姿をコンクリートの淵に身を乗り出して見下ろす。
そして、ゆっくりと背後を振り返った。
――雲の隙間からの光が、空間の奥の暗い闇に、一人の影を浮かび上がらせた。
冷たいゆっくりした足音が、コツコツ、と妙に辺りに響いた。
現れた男の姿に、そこにいた恐らく全員の目が、最大限に見開かれる。
「揺るぐことなき王は、俺だ……」
男の静かな声は、冷たく強く厳しい響きを含み、不思議と空間全体に響き渡った。
「DRAGON……」
黒扇子の女が呟いた。
「フッ……久々だ。暫く手を加えなかった間に、多少乱れが現れてきたようだ……」
「みだ、れ……」
いつの間にか起きあがりあぐらをかいていた黒髪の小学生が、言葉を繰り返した。
「……あぁ。『乱れ』。この中に、俺が力を失って消えたと思っていた奴は何人いたのだろうか……? ……だが、今堕ちたそれがいいところだ。今居ない者も、直に知るだろう。俺は……、……粛清を、開始する」
黒い服の『王』は、大衆の前で、冷たい声でそう言い放った。
こうして、dragon――真の名を五柳 静夜は、数か月ぶりに裏の表に姿を甦らせた。
そして静夜や大衆を一瞥し、言葉を発した。
「それともう一つ……、各種グループリーダーはじめ、管理者たちに告ぐ!」
「……??」
疑問を顔に浮かべる配下たちに、静夜は珍しくニヤッと、笑いかけた。
「組織外の反抗勢力を、弾圧しておけ。……帝王が、その椅子に座りやすいように……」
静夜はそれだけ言い残すと踵を返して再び闇へと姿を消した。




