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白いシャツに黒ズボンをはいた青年が、今日もいつもと変わらない早朝に、学校に登校した。
「ああ、五柳君、今日も早いね」
「い、いえ……、先生も、あ、おはようございます」
「ああ、おはよう。……今日も生徒会、頑張りたまえ」
白く大きな校舎を見上げる門の前には、登校時ばったり出くわした青年と一人の男以外に、人気はなかった。
どこか近くの道でたびたび車の走行音が通り過ぎる中、男と青年は軽い挨拶をかわした。
「は、はい。もちろんです。鎮野先生……」
黒いスーツを着た男―――鎮野に、青年は頭を掻きながら慌てて返答した。
黒い短髪をワックスできっちり整え、黒い背広をしっかり着込んだ教師、鎮野は、傍から見るとどこかのIT企業社長や政治家といった業種の人間に見える、存在感と威厳を放っていた。
一方、その生徒である青年は、背が高いのにまさしくガリガリでありしかも色白、何度も「大丈夫か?」と確認したくなるほどのひ弱なオーラを放っていた。
今こうして二人の並んでいるところを見ると、どうも「主人と下僕」のような主従関係に見えてきてしまう。
「……、ああ、頑張ってくれ……それにしてもお前は、相変わらず……」
その「主人」の方は、どうやら無意識にそれを感じていたらしい。目の前の桜里高校生徒会長の姿をつま先から髪先まで眺めながら、気まずそうに眼を細めた。
もう慣れたとはいえ、やっぱりヒヨヒヨの生徒会長の姿は、いつみても本当にらしくないと思う。
「え? ……あ、じ、じゃあ僕は、そろそろ……。任されてしまった仕事があるので。では、失礼します」
だが、こんな門前の中途半端なところで、長いこと立ち話をする訳にもいかなかった。
青年は言葉を切った鎮野の顔を少し不思議そうに見返しつつ、軽い会釈をするとその場を去った。
「……どうも、掴めない奴だ。本気であんな性格なのか、それとも他の性を秘めた仮面なのか……」
鎮野は、遠ざかっていく青年の姿を厳しい表情でしばらく見送り、自らもそれとは反対の方向へ歩き始めた。
青年、五柳 静夜は校内における自らの仕事場、生徒会部室に向かって一人、白い廊下を歩いていた。
校内の一番奥にある生徒会室までの道を、ひたすら冷たい足音が進む。
やがて、静夜は白い廊下の奥、窓からの光が照らす、黒いドアにその手をかけた。
無表情で、ノブを回して部屋に足を踏み入れる。
一瞬、胸で金のピンが煌めいた。
「……敷島、今日も俺の方が早かったな……」
静夜が、静かに笑った。




