プロローグ?(長いですかね……?)
お蔵入り放出!完全書き換え。このサイトでは処女作。
―――「LIE」。
彼らは、その存在をそう呼んだ。
偽りと、闇に溺れた、孤高の存在として。
都会の、鬱蒼と茂るビル群の陰。
黒いタンクトップを着た、黒髪の真っ白な肌の長身の男が、暗がりで機械的な嘲笑をしていた。
その隣に立ち不敵な笑みを見せるのは、黒いパーカーを着た、流れるような漆黒の長髪の少女である。
「誰かがいきなり襲い掛かってきたと思えば……、クスッ」
音を立て吹き抜ける乾いた風に、冷たく冷艶な声がある種の潤いをもたらす。
「これからは、相手に、気をつけることだ」
冷めた目で、横たわる二人の男を見下ろす男の声は、少女のそれより更に感情を含まず、冷冷然としていた。
只者ではないオーラを発する二人の足元に転がるのは、彼らを奇襲し、敢え無く返り討ちされ一撃で失神した、彼らにとっての「虫けら」だった。
「……最近は、物騒だな」
「ちょっと、シメなきゃいけないかもね」
「俺が、やり方標的その他諸々(もろもろ)は練っておこう、お前は、受験勉強でもしていろ」
「……、……、受験勉強……? 勉強なら今まで遊ぶ暇なくして、嫌という程やっている……、そんなことは、お前も百も承知でしょ……?」
少女はパーカーのフードを深く被りながら、微かに不機嫌な声で言った。
二人の言葉には横たわる姿を面白がるような様子さえあった。だがそんなことは一瞬で、数秒とたたないうちに、虫けらのことなどは、既に二人の眼中から外れていた。
それだけ、二人は数多くの場を経験しているのだろう。
二人は細い線となって上からのぞく遠く青い空を見上げ、いたってクールに、言葉を交わした。
「フッ、だな。ただ……、桜里生として、俺が、ちょっと教えてあげても、いいよ?」
だが突然、男は脇に立つ少女の肩を掴み、壁に一回り小さい身体を押し付けるとその耳元でささやいた。男の冷たい声は、鮮やかで蜜のような響きを持った物に瞬間的に変化していた。
「……、何? あたしなんかに―――しかも年下に、勉強を教えていたら、君がそうやって口説いてきた彼女達が、相当怒るんじゃないかな? それにこのあたしに右手である君が手を出すなんて、どうなの?」 少女は、うつむいたまま、フードの下でニヤッと笑いながら応戦した。そうして壁に押し付けられたから、見事に一瞬で男の腕をすり抜け、黒い身体の背後に立った。
「……、四月になったら桜里だから。 又、押さえは抜いて、派手に統制できるでしょ……?」
男は「チッ」と小さく舌打ちすると、少しだけ笑いながら、横目で黒いパーカーを見た。
「待ってるぜ。……、つうかお前も、演劇部はいるか? 部員、少ないけど」
「それもいいかもね」
再び冷然とした態度に戻った二人だったが、硬い表情の下で静かに笑いながら、暗い道を光の差す方へと抜けていった。
一人の男が、白く大きな建物へと入っていった。
そこは、この国の首都における、最高偏差値を誇る公立高等学校、「桜里高校」。
激しい受験戦争を見事勝利した秀才と天才しか入学を許されないエリート校で,この学力最重視の学力社会の典型を示すような、天才とガリ勉の巣窟として著名なこと限りなしの超難関進学高校である。
勿論学習内容も相当高度であり、彼らの勉強量は半端ではない。
しかし、生徒達による活動は相当盛んであり、国からの予算も多くいっぱしの私立高校以上の環境が整っている。私服登校が許可されており、部活もどれも全国レベル、イベントも数多く行われている。
―――そして、忘れてはいけない、その全てを管理する桜里高校生徒会の執行部のメンバー達。激戦の選挙を、全生徒から評価されて勝ち抜いた、優遇対象に正式に認められた屈指の秀才天才達……、のはずなのだが。
彼らは、今日も生徒会室で勉強のベの字もなく、ゆるーい各々のリラックスタイム(?)を過ごしていた。
桜里高校生徒会部室は、管理棟4階、本館との長い連絡通路の先、学校の一番奥に位置している。
黒い扉を開ければ、まるでどこかのオフィスのような設備の広い室内には、支給された一人一個()以上のデスク、パソコンに最新タブレット端末(計20台以上)があるに加えて、絶えず動くコピー機、数々の書類、資料ファイル、アンケート用紙、何かのレシート、スケートボード、フリフリレースのピンクの枕、何やら解せぬ字の書かれた年代物の掛け軸、ホルマリン漬けの古そうな生物(謎)、募金で集めたお金、段ボールの山、筋トレマシーン、保健室のベッド、2リットルの空の炭酸飲料のペットボトル、その他よくわからない私物が大量におかれていた。
それぞれ用途があるのかは一見不明だが、これだけで強烈な個性がうかがい知れる。
「おい、小藤ぃ~! 今月の海外への募金活動、いくら集まった~?」
一番整頓されていない机に土足で座って、カフェオレを飲みながらボリボリ激辛ポテチを食べる、茶髪でどこからどう見ても不良っぽいチャラ男が、相手に背を向けながらのんきに言った。
「……」
「……、無視するなよ……、って……ハァ、こいつ……!」
制服を格好良く着崩すこの茶髪男は、自らをシカトした仲間の少女のデスクに目を向けると、けだるそうにため息をついた。
―――果たして、名前を呼ばれた少女、小藤 愛衣奈は、小銭の入った箱を机脇に放置し、書類を枕に机に突っ伏して爆睡していた。
実に愛らしい真っ白な顔が安らかな寝息を立てる姿は、本当に背中に羽を描けそうである。
だが対照的に、だらしなく開いた口からはツラツラとよだれが流れ落ちていた。
「……ってオイ! 寝てるのは未だしも、アンケート用紙汚すな!よだれ!オイ、お前起きろっての!」
ところで、事態に気がついた茶髪男が大騒ぎしている背後では、ひっきりなしにピーピーと機械音がなり、カタカタと機械的なタイピングの音が止まずに続いていた。
「仕方ない、敷島。小藤が寝てるのはいつもの事……、原因は、私にもわからないけど。まぁ、窓から突き落としても、彼女どうせ起きないから、起こそうってのは無謀ね……突き落としたいのは山々だけど」
茶髪、敷島の言葉を受け、サラッと暴言を吐いたのは、さっきからずっとパソコンに向かい手を動かし続けている、不思議オーラの鳶色の長髪パッツンの眼鏡少女だ。
「それより小藤、せっかく『病弱な誰かさんが倒れた時用』のベッドがあるんだから、使っちゃえばいいのに。椅子で寝てると関節痛くなるのに。そうしたら、怒られて本当に突き落とされたりして……」
「あとちょっと、」と手を動かしながら、敷島の視線を無視してぼそっと小さな声で呟く。
「……、ところでお前、今日は株式やりながら、一体何調べてんの……? 今度は個人個人の好きな人に続いて、学生リストに、それぞれ個人の家族構成とか家庭状態とか、はたまた家系図とか? なんか、変なもん載せようとしてんじゃないよな? それともあれか、好きな人がわからなかった奴らへのリベンジ調査か?」
「……、家系図なら、大方集まってるが、バカね。今日はふざけてない……、できた。見て? レポートなの」
深緑の眼鏡の彼女は、あっさり敷島の言葉を掃き流すと、ようやくキーを打つ手を止めた。
敷島は机に土足のまま立ち上がると、高く並ぶパソコンの上空をひとっとびし、彼女座る椅子の横に着地した。
「あー? 何よ何よ……? 何やってんの……?」
敷島が覗き込んだ先にある明るい画面のテキストは、こまごまと極小の字で何やらびっしりと書かれていた。
「……、へぇ……?」
敷島は目を鋭く光らせると、無言でそれを読み始めた。
【2年6組 上守 沙柚 ~現代社会における、学生裏社会の実態とは~】
―――この国に存在する、数多くの学校。特に人口の集中する首都圏には、数え切れないほどの小学校、中学校、高校、その他諸々の教育の場が敷かれている。
だがそれらのウラには必ず、閉ざされた「闇」が広がっている。
その「闇」が集う場所、それがこの国における首都圏一帯の、暗黒の学生裏社会である。
そこに暮らす「闇」の持ち主は、もちろんの如く膨大な数の小学生、中学生に、高校生達だ。
学 校内の小さないじめから、警察沙汰の傷害事件、金品巻上げに盗難、ちょっとした殴り合いから、はたまた―――。彼らが行うのは、この荒れた国の学窓にて日々絶えぬ、「非社会的」な学生達の「非行」。
近年のマスメディア一般は、何においても彼らの行動に注目し、彼らを営業のおいしいネタとして散々に取り扱う。おかげで国は日々闇に生きる学生達の存在に、いっそう不安定に揺らぎ、崩壊への一途を辿る。
秩序のない、乱れきった社会の鏡として。
だが、闇の世界にも「秩序」は存在する。形態は、支配者である「帝王」を中心とする、弱肉強食ピラミッド型。
多くの学生がップ「帝王」を目指し、日々暗闇の中で戦う。実力主義であるこの世界に、血筋や身分、金、学力、そんなものは何一つ関係ない。そして彼ら学生は、それに憧れてこの世界に入ったものが大多数で、争いと支配が、彼らの本望なのだ。
負けは許されない、生き残るには常に、「勝者」であらねばならない。全てを支配する真の「勝者」に必要なのは、数々の修羅場を生き残り、仲間や敵を蹴落として這い上がる事のみ。そして「勝者」は敗者達を従え、自らを頂点とするグループとシマ作り、周囲の同様の連中を喰らい支配することで、全ての頂点へとのしあがろうとする。
「勝者」は、常に自らのグループ内に目を光らせ、裏切り行為を防ぎ止めながら、周囲の連中の攻撃や侵入と日々戦う。時には複数のグループと連合を組み、ひとつの大きなグループを破滅へと導く。学生達のグループは日々発生と消滅を繰り返し、争いは絶えることを知らない。
因みに激しい体力戦から嘘と裏切り騙し合いの頭脳戦、その戦い方は様々であり、無数に在るそれぞれのグループの個性もまた、同様である。
だが闇世界に、「帝王」と呼ばれる絶対最上の支配者は、すでに君臨していた。
「帝王」にとって、日々戦いを繰り広げる彼らはもはや、闇のさらにその影でコソコソと発生と破滅自滅を繰り返す、取るに足らない虫ケラでしかなかった。
闇の世界、その全てを牛耳る「帝王」は、皆さんご存知だろう……、「偽り」の名を持つ―――「LIE」。
漆黒の面紗に身を隠す、正体不明のたった一人の少女である。
だがここ一年間、「LIE」が裏社会の表舞台に姿を現したことは、たったの一回足りともない。
彼女を支える支配者達も最近は然り、である。彼らの存在が、闇社会の中で軽視されはじめている今。
下層部の学生達が数多くの「非行」を繰り返す中で、彼らは一体何をしているのか。
「帝王、LIE」。それも、既に過去の物語となりつつあるのか?―――
「……、過去って、なんだ……、上守?」
「……」
7人中たった3人しかいない生徒会部室を、重々しい静寂が包んでいた。
―――その時だった。
「……あの、上守さん、敷島さん。何、やってるんですか……? 頼んでおいた、募金の集計とアンケート用紙の各クラスへの分配は……って、……小藤さんは、又、寝てるんですか?」
白い扉を開けて、長身のヒョロっとした男が、困った顔で静かに室内に入って来た。
「病気か……?」と思うぐらいの真っ白な肌に、顔にかかる巻き髪は対象的な漆黒だ。黒縁の眼鏡をかける彼は誰がどう見ても、典型的なガリ勉派の桜里生だ。なんとも控えめな表情が、その陰気さを物語る。しかも彼の周辺の空気だけ、どんよりジメジメと嫌な湿気を含んだものに感じられそうな勢いだから、見事である。
「又、僕が全部仕事やるんですか? はぁ」
執行部のメンツの怠け具合を知った男の周囲の空気が、どんどん重苦しくなっていくのは、もはや言うまでもなかった。
「まずいんじゃねえ? おい上守、お前どう思う? 怒ってる?」
「さあ。でも、主犯者は小藤だから」
「だからなんだよ!」
「キレたりはしないと思う」
ぼそぼそと切羽詰まった顔色で話しかける敷島に対し、上守は見た目非常に冷静に見えた。
「敷島、仕事、今日もサボったんですか?」
ふと、男の笑顔に影が奔る。
「あ!静夜先輩~!」
しかし、その時部屋奥から、寝息の代わりに可愛らしい甘い女子の声がとんできた。
同時に、男は、さっきまでの、困った笑顔に無事戻った。
「げ、小藤、起きやがった……! なーんで!? つうか五柳、今日は、どっかの高校と演劇部部長兼生徒会会長として、何か話しに言ったんじゃなかったっけ? 帰ってくるの早えーな」
「……お帰りなさい~会長っ!仕事、がんばってくださいね」
微笑む小藤と、困ったした五柳は一瞬だけ、その視線を交差させた。
彼らは皆、小藤のクリクリした目に浮かぶ、喜びとまったく別の色に、気づかなかった。
To be continued......




