天国に向かう坂道
私は私の国を毎日のように散歩する。
ここは、この場所は一日置きに色んな物が入れ替わる不思議な国。昨日友人になった人は今日はもういない。法律も毎日変わる。風景すらも変わる。店の場所も種類も毎日変わる、国じゅうが花屋さんになった時はそれはそれは花の良い香りがしたものだ。
そんな不思議な国で私という存在だけが毎日変わることなく暮らしているのだ。
「見かけない顔だね、君たちはこの国の人かな? この国はもう数千年と平和を維持してるんだ、旅人さんならすぐに出ていって欲しいんだが」
すこし太った一人の男が私達の顔を見るとすぐにそう言った。
私達はこう答えた。
「はじめまして、でも私はもう三年はここで暮らしてるよ」
「ぼくはもうそろそろ半年になるかなぁ……。いい国だよねココは」
私達がそう言うとすこし太った男は首をかしげて納得出来ないといった表情をし「そうなのかい」と言い、去って行った。
「流石に毎日のようにこんな事聞かれると気持ちが落ち込んでくるね」
そう言ったミアは猫のような耳をひょこひょこと動かす。
「そうかな? もう私は慣れたかなぁ……。」
三年にもなると普通の感性が麻痺してくるのだろう。私の言葉にミアは首を縮め「イヴが変わってるだけだよ」と言った。
それからもミアとくだらない話をしながら、二人は街の中心へと向かっていく。
しばらく歩いた時だろうか、後ろを振り返って気づいたことがあった。
「ずっと歩いてて気づいたんだけど、この道、真っ直ぐだし、ほんの少し坂になってるんだね」
「え、イヴ気付いてなかったの? なんか感性がずれてるとかじゃない様な気がしてきたなー……っと猫だっ!」
それまで話していたにも関わらず、ミアは急に走り始める。
自分も元々は猫じゃんか……なんて事を心のなかで呟きつつ、猫に駆け寄っていくミアを追いかける。
「こんにちわ、猫さん。いい天気だねー」
走って近付いたのに、猫は驚いている様子もなく、話しかけているミアの顔をまじまじと見ている。
私は後から追いつき、ミアに話しかける。
「変わってる猫だね、逃げ出さないなんて」
「初めて猫に触れるよ!」
多少興奮気味のミアだが、優しく猫に手を伸ばしている。
ミアが猫に触れようとした時だった。どこかから声が聞こえてきた。
「なんだね君たちは」
ゆっくり伸ばしていたミアの手が、突然の声に反応してビクンと揺れる。
「イヴ、なんか言った?」
ミアがのばした手をそのままに振り返り、私の顔を見て質問してくる。
「何も言ってな……」「どこを見てるんだ。全く」
と私のこえに被せるようにして声が聴こえる。そこで私は誰が声の主なのかが分かった。
「もしかして、猫さんが喋ってるんですか?」
今まで猫に『さん』なんて付けたことはないが、ついつい付けてしまう。
「え、本当ですか? 猫さん」
質問をした私とミアの顔を見て、目の前の猫は口を開く。
「さっきから僕が黙っていれば猫とは失礼な、僕は人間だよ」
私から見れば、パクパクと口を開いたり閉じたりしているだけのように見えるが、猫が話しているのに違いないようだ。
「え、でも、猫ですよ?」
私がそう言うと、猫はこう言った。
「君たちの目は何を見ているのか、この綺麗な毛並み、この尖った爪……どう見ても人間のものじゃないか。君たちは一体どんな教育を受けてきたんだ」
そして、フンと鼻を鳴らす。
この人? この人ということにしよう。猫が人間になることもあれば、人間が猫になることもあるだろう。
「すいません、貴方は人なんですよね? なら僕たちは動物で言うと何ですか?」
私が色々と考えてる間に、ミアが猫の姿をした人と話し始める。
「君たちか、君たちは変わった姿をしているね。猿……というわけでもないし。かと言って犬でもない。ぅうむ……新種の猿なのか? 言葉は話せているし、人に近い猿なのかも知れないな」
「え、猿と猫は似てるんですか?」
「猫ではない、人だよ。何度言わせるんだ……。君たちは本当に教育を受けてないみたいだね」
話しの噛み合わないミアに変わってに私が声をかけた。
「すいません、私達も人なんですよ」
私の言葉に、猫の姿をした人は目を見開いた。
「何を言ってるんだね……人とは昔から私のような姿をした動物を……」
「ちゃんと人間ですよ。言葉も話せるし、物事を考えることが出来ます」
今度は私が声を被せて話す。
猫の姿をした人は気分を悪くしたのか、急に態度が変わる。
「君たちはとても失礼な奴だ! 礼儀も知らないなんて人ではない! 人が話しているときは黙って聞くもんだ! それに何だね、自分たちのことを人だという割には決定的な証拠を提示できていないじゃないか、僕のことを猫だとか訳のわからないことまで言い出して! 気分が悪いよ! 人のことを悪く言ってばかりの奴は地獄に堕ちるんだ! 君たちのような馬鹿な奴らは早く地獄に逝くといい!」
怒鳴り散らす猫の姿をした人の話をしっかりと聞くわけもなく、私はこう言った。
「申し訳ないです。お詫びに少し良い物があるんです、ちょっと待ってくださいね」
そしてお弁当の入ったバッグの中から一つのある物を取り出した。
「なんだそれは、ふざけてるのか!」
だが、その良い物を見ても猫の姿をした人は怒りが収まることはなかった。
しかし、そんなことは関係ない。
私はある物を地面に置くと、ある物はゆっくりと坂を転がり始めた。
「これが良い物です」
私がそう言ったのが猫の姿をした人に聞こえていたのかどうかは知る由もない。
猫の姿をした人は転がっていくボールを追いかけ続けてドンドン下へ堕ちていった。
小さくなっていく猫の姿をした人を見送りながら、また二人で歩き出した。
そして二人で同時に呟いた。
「猫だったね」