笑顔の素敵な女の子
私は私の国を毎日のように散歩する。
ここは、この場所は一日置きに色んな物が入れ替わる不思議な国。昨日友人になった人は今日はもういない。法律も毎日変わる。風景すらも変わる。店の場所も種類も毎日変わる、国じゅうが花屋さんになった時はそれはそれは花の良い香りがしたものだ。
そんな不思議な国で私という存在だけが毎日変わることなく暮らしているのだ。
「ねーねー、お姉ちゃんは旅してる人でしょー?」
いつも通り道を歩き始めたところで小さな子供に話しかけられる。見た目は五歳くらいだろうか? 満面の笑顔できれいな歯を口からのぞかせている。
そして私はいつも通り、こう答えるのだ。
「はじめまして、でも私はもう二年とその半分はここで暮らしてるよ」
子供は「うーん」と悩んでいる間にお母さんに手を引かれ、にぎやかな市場の方へと歩いて行った。
今日の景色に変わったところはない。ただ、珍しい移動市場がこの国を訪れているそうだ。
私は今日を楽しむために歩き出した。
暫く歩くと、すぐに市場が開かれている場所に着いた。どうやらここら一帯ほとんどに露店が開かれているそうだ。
「いらっしゃい! 今日は年に一度のイベントだ、お安くしとくよ?」
一つの店の前を通りすぎようとした時だ、店のおじさんがそう声をかけてきた。
「へぇ、ここには何が置いてあるんです? 珍しいものとかあると嬉しいんですけど」
私がそう言うと、おじさんは珍しい形のスプーンを出してくれたが、欲しいと思えるようなものではなかった。
私が「他にないですか?」と尋ねると「路地裏に開いている露店に行ってきな」と少し先の路地を指さして言ってくれた。
路地裏に入るとすぐに一つの露店が目についた。
見たこともない透明の箱や、虹色に光る木など、色々な珍しいものが置かれている。
「これはすごいですね」
私は露店の前に行くと、店主に話しかける。
店主は瞑っていた瞼を開くと私の服装や顔をまじまじと観察するように見た。そして十分に見終えたのだろう、真っ黒な杖を地面につき、口を開いた。
「これは全部ワシの人生を懸けて集めた貴重な物たちだ。すごいなんてもんじゃあないぞ。お前さんには特別にコイツを見せてやろう。この間手に入れた非常に珍しい生き物じゃ」
少し誇らしげにそう言うと、店主は一つの箱を奥のほうから取り出した。
私の足元にそっと置かれた木箱にはいくつも小さな穴が空いており、時々カタカタと小刻みに揺れている。
「誰かいるの? 出来ればこの狭い箱から出して欲しいな」
「??」
何処からともなく聞こえてくる声に私は首を傾げる。
目の前の店主は驚く私の顔を見ると、ケラケラと笑い。
「はっはっは、驚いたかい? この木箱の中に入ってる動物はね、言葉を話すことのできる珍しい動物なんだ」
私は目を丸くして木箱を見つめた。
「本当に驚きました。まさかそんな動物がいるとは……。見せてもらっても?」
そう言い、木箱に手を伸ばすと、店主はスッと木箱を下げた。
「それは駄目だ、この動物は外に出してはいけないんだ。どんな人の命令でもこの木箱を開けることは出来ないね」
店主はそう言うと「出して」と叫ぶ木箱を露店の後ろへと下げた。
「そうですか、残念です。ただ一つだけ……その木箱を開けたら、珍しい動物がお礼してくれるかもしれませんね」
私はそう言うと、路地裏から市場へと戻り、また色んな物を見て回った。
夕暮れ、今日の国も終わろうとする時だった、道中で話すおばさんから私の耳に妙な噂が聞こえてきた。
『奥さん知ってます? 路地裏にあった露店の店主が急に消えたらしいわよ?』「あらやだ、恐いわねぇ』『聞いた話によるとあそこは変な物ばっかり売ってたらしいのよ、変なことが起きても不思議じゃないわ』『そうねぇ、子供を近づかせなくて良かったわ』
噂の真相はどうであれ今日はもう終わり。この国とはもう出会うこともないだろう。
私は早めに帰路につき、家へと帰宅した。
夕食の準備をしている時だったか、いつもは気にならない窓の音が妙に気になり、火をかけていた鍋の火を止めると、部屋に一つしかない窓のカーテンを開いた。
窓の外を見て、私は驚いた。窓をカタカタと揺らしていたのは風ではなく、見たこともない動物だったのだ。
外見は小さな猫。だが、その背中には羽がついている。
驚きながらも私は窓を開けると、その動物を家の中へと招き入れた。
その奇妙な動物は家の中へと入ると、鼻を動かいて部屋の香りを嗅ぎ、そして口を開いた。
「夕食の時間に来てしまって悪いね。いつ気付いてもらえるかと思ったけど、案外早くに気付いてもらえてよかったよ」
その奇妙な動物は話せることが当たり前のように振る舞い、私に話しかけてきた。
私はしばらく目を丸くして黙っていたが、これでは失礼だ、と思い、返事を返した。
「いいえ、構いませんよ。失礼なことを聞きますが、あなたとどこかでお会いしましたか?」
私は自分のベットに降り立ったこの奇妙な動物の目を見つめるとそう質問した。
すると奇妙な動物は「あはは」と笑った。
「まぁそう言うのは仕方ないよ、僕が一方的に見てただけだしね。でもこの声に覚えはないかい? 一度だけお話したんだけどね」
私は昼間の市場で話した人たちを思い出していく。
「もしかして、あの変わった露店で見せてもらった……」
「そう! よく気付いたね」
「これは驚きました。それにしても、どうして私のところに?」
「お礼をしたいと思ってね、君があの店主に言ってくれただろう? 木箱を開ければお礼をしてくれるかもしれないですね、って。おかげで僕はあの木箱から出ることができたんだよ」
奇妙な動物はパタパタと可愛らしく羽を動かす。
「でもお礼なんて……」
「何でも一つだけ願い事を聞いてあげるよ?」
何でも一つだけ。なんて素晴らしい言葉なんだろうか。
何でも手に入るチャンスがこんなタイミングで訪れるとは思いもしなかった。
でも何をお願いすればいいんだろうか?
大きな家? 違う。
王様になる? 違う。
食べきれないほどの食べ物を貰う? 違う。
とっても強い人になる? 違う。
綺麗なお洋服をたくさん貰う? 違う。
数えきれないほどの宝石? 違う。
私には必要のないものばかりだ。この国に財産なんて必要ない。
ただ、ただ、私が孤独で好きなこの国で暮らすだけ。
二年半の間、そうして暮らしてきたのだ。そんな私の欲しい物は一つだけだった。
「一緒に楽しく暮らせる友達をください」
私がベッドに座る奇妙な動物にそうお願いすると、奇妙な動物はそのお願いに驚いたのだろう、耳をピンと立て、私を見つめて問いかけてきた。
「本当にそんな事でいいのかい? なんでもだよ? 何でも手に入るのに本当に友達でいいのかい?」
「ええ、構いません。出来るなら、あなたと友達になりたいです」
「変わった子だ」
奇妙な動物はそう言うと、羽を光らせた。私はその眩しさに目を閉じ、次に目を開けたときには目の前に一人の女の子がいた。
肩までで切り揃えられた黒い髪とぱっちりと開かれた目の瞳の色はビー玉のような綺麗な水色。身長は私よりも少し小さいくらいだろう。ただ頭にぴょこっと生えているそれはどこからみても猫の耳。勿論お尻からは尻尾が生えてきている。
「これでいいのかな? 間違ってないかな?」
目の前にいる女の子はそう言いながら自分の体をまじまじと見る。
「えーっと、誰ですか?」
私は呆気に取られたまま、目の前の女の子にぼけっと質問する。
「ごめんごめん、僕だよー」
目の前の女の子はそう言い耳をピョコピョコと動かす。
「そうそう、まだ名乗ってなかったね。僕はミア、これから宜しく」
どうやらさっきの奇妙な動物が人の姿になったようだ。
「よろしくお願いします。私はイヴって言います。とりあえずは服を用意しますね?」
ミアは綺麗な素肌を見せたままベッドの上に座っていたのだ、同姓同士とは言え少し目のやり場に困る。
「うん、ありがとう。あと丁寧な言葉は使わなくってもいいよ、友達なんだから」
私は友達だからという言葉に頬を緩ませながら、服を持ってき、その後は一緒に夕食を食べながら色々なことを話した。
その夜には『この木箱から出してくれ』という男の叫び声が止まなかった。