↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

好きな人への贈り物を、一緒に選んでほしいと頼まれました

作者: 黒咲かぐら
掲載日:2026/10/19

 好きな人に、好きな人への贈り物を相談された。

 しかも私は、その相談を笑顔で引き受けてしまった。


「少し、見てもいいですか」


 火曜日の午後四時。店内にほかのお客さんはいなかった。

 向かいの自転車店から来た相沢さんは、入口のマットの上で靴底を二度こすった。雨は降っていない。作業場から出てきたときの癖だった。


 相沢さんは普段、入口で用件を済ませる。今日は食器棚まで進み、カップを一つ持ち上げては戻していた。


「贈り物をお探しですか?」

「はい。でも、何がいいか分からなくて」

「どなたに?」

「……好きな人です」


 値札を貼っていた指が止まった。

 貼りかけのシールを、爪の先で押さえる。


「お誕生日ですか」

「いえ。そういうんじゃなくて。何か、渡したくて」

「ご予算は?」


 いつもの質問は便利だ。声が勝手に仕事をしてくれる。

 相沢さんは少し迷って、五千円くらい、と言った。


 商店街の雑貨店『つむぎ』で働き始めて、四年になる。二十九歳になった今年も、私は店長の叔母と二人で、食器や布小物や季節の飾りを売っている。

 向かいの店を父親と切り盛りしている相沢さんは、私より二つ上だった。

 話すようになったきっかけは、春の強風だ。

 店先の看板が倒れ、私が持ち上げようとしているところに、彼が走ってきた。

 それ以来、風の強い日は、向かいからこちらを一度見る。そのたび私が親指を立てると、相沢さんも作業用の手袋をした手を上げてくれた。

 それだけで、一日の調子がよくなるような相手だった。


「好みは、ご存じですか」

「派手なのより、落ち着いた感じだと思います」

「お好きな色とか」

「青。たぶん。……でも、自分のものはあまり買わないみたいで」


 私は棚から、紺色の薄いストールを取り出した。

 自分が欲しいと思っているものは、勧めないようにした。


 ◇


「これ、俺に?」


 そう聞かれたときの声を、まだ覚えている。

 二年前、当時の恋人に贈った財布。彼が使っていたものと同じくらいの大きさで、傷のつきにくい革を選んだ。


「もうちょっといいやつ、自分で買おうと思ってたんだけど」


 財布は箱へ戻され、彼はスマートフォンで、欲しかったというブランドの画面を見せてきた。

 次の誕生日は、先に聞いた。

 指定された靴を買い、サイズも色も間違えなかった。それでも、店の袋を見た彼に、ああこれね、と言われたとき、渡すまで楽しみにしていた自分が恥ずかしかった。

 その頃には、私が自分のために選んだものにも、彼の顔色をうかがっていた。

 出先で青い小鉢を買おうとすると、「地味だな。こっちの方がよくない?」と、彼は白い器を指した。私は青い方を棚へ戻した。

 別れた理由は、贈り物だけではない。

 けれど別れたあと、人に何かを選ぶと、会計の直前に手が止まるようになった。

 喜んでくれる顔を思い浮かべるより先に、箱に戻されるところが浮かぶ。

 店では、お客さんの話をよく聞き、いくつか候補を出す。最後に決めるのはお客さん。それなら平気だった。


「肌触り、いいですね」


 相沢さんが、ストールの端にそっと触れた。

 爪の際に、落としきれなかった黒い汚れが少し残っている。


「冷房の強いお部屋でも使えますし、秋口にも」

「うん」

「お洋服の感じはどうでしょう。普段、こういう色をお使いですか」


 相沢さんは答えず、ストールと私を交互に見た。


「野々村さんは、こういうの、もらったら嬉しいですか」

「私は、嬉しいですけど」


 顔を上げないで答えた。

 嬉しいに決まっている。相沢さんが私のために選んでくれたなら、どれだって。

 でも、そんな返事は役に立たない。


「その方は、寒がりですか?」

「どうだろう。忙しいと、昼飯を後回しにする人で」

「はい」

「気に入ったものを買っても、もったいないからって、なかなか使わないんです。人のは、すごく真剣に選ぶのに」


 私もそうだ。

 去年、自分で買った花柄のハンカチを、一度も使わず引き出しにしまっている。この間、昼食を買いに出る叔母に使わないのかと聞かれ、もったいなくて、と答えた。相沢さんも、叔母の自転車の空気を入れながら聞いていた。

 昼食のことだって、叔母が「紗季は放っておくと三時まで食べない」と彼にこぼしたことがある。

 でも、叔母から聞いた誰かの話かもしれない。私から確かめる勇気はなかった。


「だったら、毎日使えるものもいいですね」


 私はストールを畳み直した。

 次はカップにしよう。話していると余計な期待をしてしまう。候補を出して、選んでもらって、包めば終わる。


「その方なら、相沢さんが選んでくれたものなら、きっと嬉しいと思います」


 言ってから、自分の返事になってしまったと思った。

 相沢さんは返事をせず、私の顔を見た。


「……今、無理してます?」

「え?」

「すみません。変な聞き方してますよね、俺」


 私は畳んだストールを抱えたまま、彼を見た。


「これ、野々村さんに渡したかったんです」


 空調の音が、急にはっきり聞こえた。


「自分で選んで、ちゃんと気持ちも伝えようと思って来たのに、何がいいか全然分からなくて。相手を聞かれたとき、あなたですって言えばよかったんです」


 入口で車の音がした。相沢さんはそちらを見かけて、私へ向き直った。


「ほかの人にあげるみたいな相談して、選んでもらうつもりじゃなかったです。ごめんなさい」


 私はストールを棚へ置いた。畳んだはずの端がずれていたが、もう直せなかった。


「私、ですか」

「はい」

「青が好きなのも?」

「この前、青い釉薬の皿が入ったとき、すごく嬉しそうだったから」


 そんな顔をしていたとは知らなかった。

 皿が入荷した日、彼が修理した叔母の自転車を届けてくれて、ちょうど開梱していた私が、新しい品物を見せた。

 新しい皿が入ったのが嬉しくて、私はずいぶん長く話した気がする。彼は帰り際まで聞いてくれていた。


「先に、ちゃんと言います」


 相沢さんは、店へ入ってから初めて、まっすぐ私を見た。


「好きです。よかったら今度、二人で出かけませんか」


 私は口を開けた。

 嬉しい、と言いたかった。私も、と続けたかった。

 でも息ばかり出てきて、うまく声にならない。


「今すぐ返事しなくて大丈夫です。贈り物も、今日はやめます」


 急いで首を振った。


「出かけたいです」

「ほんとに?」


 いつもより少し高い声だった。


「私も。相沢さんと」


 そこまで言うと、頬が熱くて、もう何も足せなかった。

 彼は、よかった、と言ってから、もう一度同じことを言った。

 私も何か返そうとして、結局うなずいただけだった。

 向かいの店先で、自転車のベルが鳴った。相沢さんのお父さんがお客さんを送り出している。

 相沢さんが帰ったあと、私は値札のシールを探した。ずっと左手に貼りついていた。


 ◇


 その日の閉店後、叔母に報告すると、レジを数えていた手が止まった。


「やっと?」

「知ってたの?」

「さあ。紗季が向かいを見る回数なら、知ってるけど」


 硬貨を積み直す叔母の横で、私は包装紙の端を揃えた。

 向かいを見る回数。そんなものを数えられていたのかと思うと、しばらく顔を上げられなかった。


 相沢さんとは、帰る前に連絡先を交換し、週明けの月曜日に会う約束をした。雑貨店の定休日で、彼は父親に店を任せられる日だった。

 駅前で昼食を取り、私が以前から行ってみたかった隣町の生活道具店へ行く。

 場所を決めるメッセージは、その日の夜に来た。


『何か食べたいもの、ありますか』


 私はパスタと打ち、消した。

 相沢さんはよく食べる。あの店の量では少ないだろうか。

 定食と打ち直してから、それも消した。

 画面の上に、彼が返事を打っている表示が出た。


『俺は辛いもの以外なら、だいたい好きです』


 思わず笑った。

 相沢さんに苦手なものがあると、初めて知った。


『駅前のパスタ屋さんに行ってみたいです』

『じゃあ、そこにしましょう』


 すぐに返ってきた。

 それだけのやり取りを、歯を磨いてからもう一度読んだ。


 翌朝、相沢さんは店を開ける前に、私のところへ来た。


「昨日、言いそびれたんですけど」


 また何かあるのかと、看板を持つ手に力が入った。


「あのストール、野々村さんが好きなのを選んだわけじゃないですよね」

「……はい」

「昨日、結局、野々村さんの欲しいものを聞けてなかったなって」


 私は笑った。

 相沢さんは笑わず、私が看板を置くまで待っていた。


「月曜、もし何か気に入ったものがあったら、俺から贈ってもいいですか。なかったら、また今度で」


 返事が遅れた。

 彼の言い方は嬉しかった。それなのに、店の棚に並ぶ品物を思い浮かべたら、急に落ち着かなくなった。


「そんな、悪いです」

「ああ、すみません。いきなりでしたね」


 相沢さんはあっさり引いた。

 そのまま向かいへ戻ろうとする背中に、私は声をかけた。


「嫌なんじゃ、ないんです」


 彼が振り返る。

 私は看板の足の位置を少し直し、それから話した。

 昔、贈ったものを喜んでもらえなかったこと。欲しいものを聞くようになっても、渡すのが楽しみではなくなったこと。

 今度は自分がもらう側なのに、選んだものを変だと思われないか、考えてしまうこと。

 話してみると、ずいぶん面倒なことを言っていた。


「雑貨屋で働いてるのに、おかしいですよね」

「それとこれは、別じゃないですか」


「俺も、自分の自転車を人に見せるとき、ちょっと緊張しますよ」

「相沢さんが?」

「趣味で組んでるやつ。乗り心地より見た目で選んだ部品もあるから。店の人間なのに、そっちかって思われそうで」


 初めて聞く話だった。

 店の中にいる彼はいつも、私よりずっと迷いなく暮らしているように見えていた。


「見てみたいです」

「今度、持ってきます」


 相沢さんは少し笑った。


「月曜のことは、急がなくていいです。俺も見たい店だし」


 向かいへ戻った相沢さんは、お父さんに何か言われていた。首を振って作業場へ入っていく。

 私も店へ戻った。相沢さんの自転車は、どんな色なのだろう。


 ◇


 約束の月曜日、相沢さんは作業着ではなかった。

 それは当たり前なのに、待ち合わせ場所で一度、前を通りすぎかけた。


「分からなかった?」

「分かりました」

「今、通りすぎようとしましたよね」


 白いシャツの袖が、肘の少し下まで折ってある。

 いつも首にかけているタオルがない。それだけで、目の置き場に困った。


「相沢さんも、いつもと違うので」

「野々村さんも、違いますね」


 紺のワンピースを見られて、思わず裾を引いた。

 彼は私の顔へ目を戻し、似合ってます、と言った。

 お礼を言った声が小さくなって、もう一度言い直す羽目になった。


 パスタ屋では、相沢さんが大盛りを頼んだ。

 私は内心でほっとした。量の心配をしていたと話すと、彼はメニューを指して、便利な制度があるから、と真顔で答えた。

 笑っていたら、食べ終える頃には朝の緊張が薄れていた。


 電車で二駅先へ移動し、生活道具店に着いたのは一時半だった。

 古い倉庫を改装した広い店で、棚ごとに作家の名前が書かれている。

 私は入口近くの籠で足を止め、その隣の刷毛に見入り、気づくと相沢さんを待たせていた。


「すみません、ゆっくり見すぎて」

「この刷毛、何に使うんですか」

「パンくずです。テーブルの上を掃くのに」

「へえ。父がいつも手で集めて、床に落とすんですよ」


 相沢さんは小さなちり取りと刷毛を見比べ、店員に使い方を聞いた。

 私は隣で、柄の木目を見ていた。

 待たせていると思ったけれど、彼もここで買い物をしているのだった。


 奥の棚には、陶器のマグカップが並んでいた。

 白、灰色、飴色。その中に、底の方だけ青の濃いものがあった。

 持ち上げてみると、見た目より軽い。取っ手に指を入れたとき、内側にざらつきがない。

 私はもう一度、持ち替えた。


「それ、いいですね」


 相沢さんの声に、棚へ戻しかけた。


「青、好きなんです」

「うん」

「こういう、少し色むらがあるのが。あと、取っ手が……」


 説明しながら、言い訳みたいだと思った。

 相沢さんは隣の飴色を持ち上げて、取っ手に指を通している。


「ああ、ほんとだ。持ちやすい」


 それから、私の手元を見た。


「欲しいですか」


 値札を見た。三千三百円。

 払えない値段ではない。自分で買えばいい。そう思うのと同時に、火曜日の彼の言葉が浮かんだ。

 好きな人への贈り物。

 私はカップを胸の下あたりで持ち、相沢さんを見た。


「これを、いただいてもいいですか」


「はい」


 相沢さんはカップを受け取ろうとした。


 カップを渡すとき、私の指と彼の指が取っ手のところでぶつかった。

 私は本体を支えたまま、取っ手に添えていた指を離した。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 相沢さんが受け取ってから、ようやく私も手を離した。贈ってもらうのは私なのに、お礼を言われてしまった。

 相沢さんが先に笑ったので、私も笑えた。


 会計には、私も隣へ並んだ。

 彼はカップのほかに、さっきの刷毛とちり取り、それから飴色のカップも買った。


「そちらも贈り物ですか」


 店員に尋ねられ、相沢さんは飴色の方を指した。


「これは、自分のです」


 私の青いカップだけ、薄紙に包まれて、小さな箱に入った。


 ◇


 帰りの電車は空いていた。

 並んで座り、二人分の紙袋を足元へ置く。


「あのカップ、相沢さんも気に入ったんですね」

「取っ手、よかったから」


 電車が動き出した。窓に、私たちが薄く映る。


「あと、同じのを使えたら嬉しいなって」


 相沢さんは前を向いたままだった。

 私は窓から目をそらし、膝に置いた手を見た。


「私も、嬉しいです」


 彼の手が、座席の上で少し動いた。

 自分の手を近づけていいのか迷っているうちに、電車が次の駅へ着いた。

 乗ってきた親子が向かいの席に座る。

 結局、手はつながなかった。

 でも、降りる駅まで、私はずっと右手を気にしていた。


 改札を出て、商店街の入口まで歩く。

 私の家はそこから東へ、相沢さんの家は店の裏手だった。


「今日は、ありがとうございました」

「こちらこそ。また行きましょう」

「はい」


 相沢さんは私の紙袋を渡し、少し黙った。


「次は、もう少し早く誘います」

「早く?」

「プレゼントの相談とか、しないで」


 私は袋を抱えたまま笑った。

 彼も笑ったけれど、耳が赤かった。


「相沢さん」

「はい」

「私、まだちゃんと言ってませんでした」


 駅から人が歩いてきたので、二人で道の端に寄った。通り過ぎるのを待って、私は続けた。


「私も、好きです。看板のこと、いつも気にしてくれるのも。話したこと、覚えていてくれるのも」


 相沢さんは返事をしかけて、口を閉じた。それから、ありがとうございます、と頭を下げた。つられて私もお辞儀をしてしまった。


「それで、来週の月曜日。自転車、見せてください」


 彼は、来週、と繰り返した。


「もちろん。昼からなら」

「お昼も一緒に」

「はい」


 返事が早くて、また嬉しくなった。

 そこで別れたのに、角を曲がる前に一度振り返った。

 相沢さんもまだ、同じところに立っていた。

 私は紙袋を持っていない方の手を上げた。


 家に着くと、箱を食卓に置いた。

 留めてあるシールの端を爪で起こし、包装紙が破れないように開く。

 薄紙の中から青いカップが出てきた。

 食器棚の、来客用の皿の隣が空いている。

 そこへ置きかけて、やめた。

 台所へ持っていって洗い、お湯を沸かした。

 いつものティーバッグを入れると、濃い青の底が見えなくなった。

 勿体ないような気が、少しした。

 それでも取っ手を持って、一口飲んだ。


 スマートフォンで写真を撮り、相沢さんへ送った。


『さっそく使いました。持ちやすいです』


 少しして、写真が返ってきた。

 飴色のカップに、コーヒーが入っていた。縁のところに、小さな泡が残っている。


『俺もです。つい入れすぎました』


 写真を見ると、持ち上げるのが心配なくらい、なみなみと注がれていた。


『気をつけてくださいね』

『一口目、台所で飲みました』


 笑って、私もお茶を飲んだ。

 明日になれば、向かいの店が開く。


『明日、お店に寄ってもいいですか』


 送って、まだ温かいカップを両手で包んだ。

 返事が来る前に、もう一度打った。


『今日は楽しかったです。また会いたいです』


 今度は、消さなかった。


~完~

お読みいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。