コレクターアイテムはコレクターの手に
まあそうですね。レースの保存なんて素人には無理でしょう。もはや博物館の展示品ですよ。
桜「もっとあっちこっち引っ張り回されるんじゃないかと思ってたけど、今回もあっさり帰って来ちゃったね。」
翼「フリーズドライを食べる暇もなかったよ。」
紬「ちょっと海に入って溺れた王子を助けて、桜が王子にチューして....(桜のデコピン)....イテッ。」
桜「チューって言うな。あれは人命救助だ。」
紬「うん、眠り姫と逆パターンだね。王子が目覚めた。」
桜「貴様!」
紬「ごめんてば!」
翼「明日からまた学校。次の転移まで時間がある。」
桜「そういえばさ、アントワープでレース買ったじゃん。あれ、高そうね。」
翼「検索した。値段がバラバラすぎて笑えた。」
紬「メルカリとかはフェイクもいっぱい出回ってるんじゃない。7000円とかありえない値段が付いてたし。」
桜「私は価格よりも保存を調べたんだけど、ガチでアンティークコレクターのように保存しようとするとすごく面倒くさい。」
紬「そうだったのか!私、ふつうに畳んでハンカチの引き出しに入れてしまった。」
桜「それ、ありえねえ。コレクターに怒られるやつだ。」
翼「私も怒られます。」
桜「そこでだな、もう手放してしまうのが良いんじゃないかと思って。」
翼「賛成!そんな面倒くさいもの持ってても何の得にもならない。」
紬「見せびらかす欲も満たされない。周りの友だち、だれも関心がない。」
翼「コレクターアイテムはコレクターの手に。一般人は手放すのが世のため人のため。」
桜「でしょ。だから買い取ってくれそうな店を探したんだ。」
翼「どこにあるの?銀座?」
桜「うん、銀座に“アンティーク・アイ“という店があって、レースやボタンに特化してるって。」
翼「今回は物語介入だから何の金策もしなかったし、レースを売って口座の残高を増やそう。」
桜「明日、学校帰りに行ってみないか?」
紬「こういうのは3人別々に1枚ずつ持ち込むと変だから、誰か代表が持ち込んでうちらは付き添いということにすると良いよ。振る舞いが自然。」
翼「ならばうちらで一番の令嬢オーラを持ってる桜だな。」
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女神「ほう、ついに手放すか。」
翡翠「正しい選択だと思います。コレクターアイテムはコレクターに。しかるべき人の手に渡ってこそアイテムも喜ぶでしょう。」
青水「趣味の品は一般人にとってゴミだからな。学者の蔵書も死んだらゴミ。」
女神「さて、いくらになるかな?」
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銀座1丁目の奥野ビルという非常に古いビルにアンティーク・アイはあった。
桜「アンティークだからビルもアンティークかよ。」
翼「戦前だよね、これ。空襲で焼け残った銀座の最古参。」
紬「ゴジラにも踏み潰されなかった。強運ビル。」
桜「えーと208号室か。何号室っての、テナントっぽくないな。マンションみたい。」
翼「そうなんですよ、桜さん。昔は銀座アパートメントという超高級マンションだったと検索したら出てきた。」
紬「ブザーを押して金属のドアを開けてもらって入店。今日は3人いるから何とかなるけど、ひとりだったら絶対無理。」
桜「行くぞ、おまえら。」
翼「ちょっと桜、ヤクザのカチコミじゃないんだから、そんな怖い顔しないで。」
紬「それだと家から盗んで持ってきた悪い女子高生に見えるよ。」
桜「悪かったね。こういう顔なんだよ。だったらおまえがやれ。」
紬「いや、私は日本語が不自由そうな髪色なので。」
翼「私....何も理由が思いつかないけど、桜がやるって決めてきたんだから笑顔でやりきってよ。」
桜「わかったわよ。よろしくってよ、おほほほ。」
ドアの前でわやわややっていたらドアが開いて店主らしき男性が出てきた。
店主「何かご用ですか?」
桜「はい...家の倉にこのようなものが眠っていまして、母に聞いたら処分しても良いって言うので持ってきました。」
店主「ほお、レースですね。そこにおかけになってお待ちください。鑑定します。」
桜「お願いします。」
店主「ほお、ベルギー、それもアンヴェール産のPoint de gaze ですね。おっと失礼、アンヴェールというのはアントワープのフランス語読みです。なかなか状態が良い。レースはねえ、保存が命なんですよ。この極めて細い糸を複雑に撚り合わせて描き出された精緻な幾何学模様。ふむ、すばらしい。色もくすんでいない。倉にあったとおっしゃいましたが、とても注意深く保存していたのでしょう。なかなか出てきませんよ、これほどのものは。しかも同じ保存状態のものが3枚もある。いやあ、欲しい。売り物としてではなく自分が欲しい。」
桜「あのう、それでおいくらで引き取ってもらえるのでしょう?」
店主「申し訳ありませんが、今の私に出せるのは120万円です。本当はもっと価値あるものだと思うのですが、私の資金力ではそれが限度です。どうしますか?オークションに出せばもっと高く買ってもらえるかも知れませんよ。」
桜「いえ...それで十分です。」
店主「そうですか、良かった。ちょっとお待ちください。金庫からお金を持ってきます。」
翼「ねえ、桜、びっくりしたよ。」
紬「帰り、怖いのですぐタクシーに乗ろう。」
店主「お待たせしました。お改めください。」
桜「わかりました....紬...お願い。」
紬「え?私?」
翼「数学の担当は紬。」
紬「もう...しょうがないなあ...お札を数えるのは数学じゃないよ。………… はい、確かに。」
店主「それではここにご署名と印鑑を。」
桜「え、印鑑....あ、あります。ここですね。」
店主「はい、どうもありがとうございました。」
桜「いえ、こちらこそ。」
店主「また何か、倉で発見することがありましたら、ぜひ当店へ。」
桜「はい、ぜひそうさせていただきます。」
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青水「あの店主、3枚のうち2枚しか店に出さないな。1枚は自分用...いや、コレクターは1枚を保存用、1枚を見せびらかしようにするから、2枚を自宅に持ち帰るな。マニアが商売すると、えてしてこうなる。」
女神「わりとふつうに売り買いが成立してしまった。つまんない。詐欺価格で買いたたかれるとかすれば良かったのに。」
翡翠「マニアはコレクションに愛がありますから、そんなことはしないでしょう。」
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運転手「どちらまで?」
桜「麻布十番駅前へお願いします。」
翼「え?渋谷じゃないの?」
桜「銀行に直行して口座に入金よ。こんなにたくさん、怖くてATMから入金できないよ。」
紬「私たち同じ銀行の同じ支店で良かった。」
というわけで、ポワン・ド・ガーズ、無事に手放すことができました。口座にお金がたくさん。こうなると何かまた買いたくなってくるかも知れません。




