準備は万端だった...はずだが、まさかの船酔い
転移先が陸上とばかりは限りません。
転移の時刻まで6時間を残した翌朝の9時に3人は渋谷に集合した。ブランチを兼ねた作戦タイムを3人は渋谷のファミレスで行った。この時間帯のファミレスはわりと空いている。
桜「みんな下着の替えは持ってきたと思うけど、パンツ問題に関しては朗報があるよ。ジオラインメッシュ、川で洗っても一瞬で乾く。これ、スポブラとパンツ3組買ってきた。」
翼「必要に応じて水着の代わりにもなりそう。」
桜「寝るときに雨露をしのいだり、UVをカットしてくれるミニターブと支えのアルミポール。地面に敷くマットと安眠用のシュラーフザック。」
翼「キャンプ料理用のミニバーナーとクッカー、固形燃料、浄水器のミニソーヤー、アルミ食器とカトラリー。お湯ですぐ戻せるラーメンとリゾット。」
紬「金策アイテムは、蓄光髪飾り20個、キラキラリング20個、キラキラペンダント20個。」
桜「各々、配付したアイテムはしっかりリュックに収納できたね。余ったスパースにお菓子だけど、緊急時に備えてカロリーメイトも各自3本くらい持っていこう。」
翼「制服の縛りがないともっと楽なんだけどな。」
桜「いちおう女神に伝えてみようと思うけど、たぶん却下だね。JKの記号性とか言われそう。」
紬「そういえば、きのう学校帰りにクレープを食べていたときに転移させられて、同時刻のその場所に戻されたよね。で、きょうは翌日だから土曜日か。良かった、学校を欠席しないで済む。」
桜「これが長引くと、学校との兼ね合いが問題になるので、そこは強めに女神と交渉しないと。制服以上に通学は女子高生を女子高生ならしめる基本要素なんだから。」
翼「だよねー、これで進学に不利とかになったら訴訟ものだよ。」
紬「相手が女神だと訴訟が成り立たない。理不尽なもの、それが神々。」
桜「転移先、何も知らされずに飛ばされるので心の準備ができない。」
翼「情報収集が現地でのウィキペディア頼りというのもなあ。物語ならしっかり読み込んでおきたいし。」
紬「こうしてみると、女神と私たちって経営者と労働者って感じよね。やはり現場からの声をどんどん上げていかないと、経営者にはわからない。」
桜「ましてやあちらは女神という人外の存在。人間の生存の条件もわかっていない。」
翼「人間に限らず生き物って、物質が入ってきて出て行く有機構成の場所だよね。エミッションはどうしてた?」
紬「森でお花を摘んでいました。」
桜「私も。あれは仕方がない。今回も、携帯用トイレを一瞬考えたけど、あれは現代のようにその後の処理ができる前提でデザインされているから、トイレがない世界では使いようがない。邪魔になるだけ。」
翼「今回も、トイレがある世界ならそれを使うし、なければお花摘みだね。」
桜「この世界で最後のトイレを済ませたら、ドラッグストアで衛生関係のアイテムを買っておこう。傷薬、絆創膏、解熱剤、胃腸薬、虫除けスプレー、あとアルコール消毒液のついた紙ナプキン。手だけじゃなくて身体も拭ける。」
紬「百均でジップロックをいくつか買っておこう。細々したものがリュックでばらけないように。」
翼「お、意外な女子力を発揮するメガネっ娘。」
桜「タイマーが鳴ったら人目に付かない場所に移動だよ。渋谷で半透明になって消える女子高生とか、SNSに上げられたら最悪だから。」
翼「レンタルルームとか多目的トイレとか、鍵がかかる場所は鍵をかけたまま蒸発すると事件になる。」
紬「この時間帯にはあまり人がいない道玄坂のクラブ周辺の路地や建物の隙間。」
桜「それだ。目立たないように飲み物持って談笑してると、誰も興味を示さない。」
翼「3秒ぐらいで消えるしね。」
桜「そろそろタイマーが鳴る。行こうか。」
翼&紬「行こう。」
**************************************
女神「気合い入ってんな。」
翡翠「楽しくなってきたのかも。」
青水「これが若さか。」
翡翠「こっそりとシャアの台詞を混ぜ込むのやめてください、青水さん。」
青水「次はどこに転移するんだ?」
女神「私にもわからない。初級、中級、上級とだけセッティングしたので、その中でどこに飛ぶかはランダム。」
翡翠「このシリーズ、こちら側は本当に雑ですね。女子高生たちは精密なのに。」
***************************************
桜「来た来たっ!」
紬「霊体移動!」
翼「今度は呪術廻戦かいな!」
桜「ここはどこだ?」
翼「波の音、揺れる床。」
紬「船の上だ!」
桜「やべっ!乗り物酔いの薬持ってきてない!」
翼「次の転移のときは忘れずに用意しよう。」
桜「新鮮な空気、できるだけ遠くに視点を固定、スマホは見ない、船の真ん中あたりに移動、服のウエスト部分を緩める。これだけでずいぶん違う。」
桜「あれ?あそこで男女がなんだか言い争っているような。」
翼「身分が高そうな男女。オーラが立っているのでたぶん物語の主人公かな。言語はドイツ語。」
紬「女が“トリスタン!”って怒鳴ってる。」
桜「あ、それ聞いたことがある名前。」
翼「うちにオペラのCDがあるよ。リヒャルト・ワーグナーの“トリスタンとイゾルデ”。良し、ここは私が犠牲になってスマホで検索する。エチケット袋を用意。」
紬「頑張れ!私がこの袋で受け止める。」
翼「えーと長持ちしそうもないので、現在の状況だけ言うよ。この船はアイルランドからイングランドのコーンウェルに向かっている。あの女イゾルデはコーンウェルの領主に嫁ぐためにこの船に乗ってる。トリスタンは出迎えて警護する役。ところがここで、あとで話すけど、面倒くさい過去の経緯があって、イゾルデはトリスタンを毒殺し、さらにその毒杯を自らもあおってともに死のうとする。しかし、その気配を察したメイドが毒を媚薬と取り替えて、ここでふたりは愛し合ってしまう。う、ごめん、もう限界。」
桜「よく頑張った、翼。あなたにウィキの騎士の称号を与えよう。」
紬「ウィキの騎士よ、この塩飴を舐めるが良い。女神の恩寵があなたに。」
桜「私にもちょうだい。それ、効きそう。」
翼「ということで、これから媚薬を飲みそうなんだけど、どうする?」
桜「それ飲んだら、嫁ぐ花嫁と警護の騎士が不倫しちゃうわけ?それはまずいわ。」
紬「だよねー。きっとこれを阻止するのが今回の試練なんだよ。」
桜「良し、翼ナイト、使えるドイツ語をすべて投入して、とりあえずふたりの進行を遅らせるんだ。その間に私は、塩飴パワーでこらえつつ、ドイツ語版ウィキを出して彼らに見せる準備をする。」
翼「了解...Ah, bitte, bitte... Warten Sie! Das Trink macht eine Tragödie! Trinken Sie das nicht!」
紬「あ、何か通じてるっぽい。トリスタンが不審げに杯を見ている。でもイゾルデが怒り始めた。なんかヒスってる。」
桜「はい、バトンタッチ!さあ、これを読むのだ、お二方!」
桜が示したドイツ語版ウィキのページに書かれたあらすじを読んで、ふたりはショックで固まった。媚薬で不倫!最悪だ。騎士の命とも言える名誉が地に落ちる。不思議な出来事が起こっているのを察したメイドが駆け寄ってきた。
メイド「申し訳ありません、イゾルデ様!あなた様が自殺しようと毒を持ち出すときに、私が媚薬とすり替えてしまいました。どんな罰でも覚悟しています。どうか、自殺だけはおやめください。」
JKトリオは、メイドが何を言ってるのかはわからなかったが、あらすじを知っているので流れは理解した。トリスタンが3人に向かって騎士のお辞儀をした。
トリスタン「名も知れぬ異国の少女たちよ、慣れぬ言葉で私の名誉を守ってくれたことに心から感謝しよう。我が領地、ブルターニュに来ていただければ相応のお礼を差し上げよう。今はこれしか持ち合わせない。見知らぬ方に金貨を渡すのは無礼かも知れないが、何もしないと私の気が済まない。どうか受け取って欲しい。」
翼「ダンケ、ダンケ・ゼアー!」
桜「女神~、これで試練はOKだろ?そろそろ限界なので転移させてくれよ~!うっぷ。」
紬「来た来た~!霊体移動!」
****************************************
女神「いや、良くやったよ、あいつら。船酔いの逆境に耐えつつ見事に解決。」
翡翠「船酔いの経験がないのでその苦しさがわかりません。かつてヨーロッパとアメリカを船で何度も移動しましたが、そういえば青い顔してデッキから海へ嘔吐していた人がたくさんいましたね。」
青水「俺、絶対無理。秒でゲロになる。」
女神「日頃、酒ばかり飲んで胃腸がボロボロになってるからだな。」
***************************************
桜「ふう、良かった。陸地に転移した。」
翼「ヨーロッパの石畳、けっこうな大都市、どこかな?」
紬「フランスだよ、ここ、みんなフランス語を話してる。」
紬「さっきもらった金貨、見せて。」
桜「これ。」
紬「刻印がかっこいい!」
桜「これは期待できそう。換金したらみんなで山分けだ。」
翼「クエストを終えたら報酬もらったみたいな。」
桜「そうそう、ゲーム感あるよね。」
翼の両親がクラシックファンなので、オペラ世界に転移すると強みになりますね。それにしても、今回は翼が大活躍。ウィキの騎士、さすがです。




