非情なる真実
──土曜
遊園地のゲートをくぐった瞬間、コウイチは少しだけ空気が変わった気がした。教室で感じていた、
あの静けさはどこにもない。音が多い。人も多い。視界の端で、何かがずっと動いている。
「久し振りって感じだな、こういう所」
「そうなの?」
「うん。来た様な記憶はあるんだけど、正直あんまり覚えてない」
ユイは歩きながら園内を見回し、小さく頷いた。
「じゃあ、適当に回ろっか」
特に計画はなかった。目についたアトラクションの列に適当に並ぶ。
最初に乗ったのは、短いコースを回るだけのジェットコースターだった。安全バーが下り、発車の合図が鳴る。
「叫ばなくていいからね」
「それ、先に言う?」
一瞬だけ加速し、叫ぶ間もなくあっという間に終わった。
「短かったな」
「でしょ。でも嫌いじゃない」
次はシューティング系のアトラクション、"光る的を撃つだけ"の単純な物だ。
「こういうの得意そう」
「そう?」
「何となく」
結果はほぼ同点だった。
「惜しかったね」
「どっちもどっちだろ」
その後もいくつかの遊具に乗った。どれが先で、どれが後だったかは、もうはっきりしない。ただ、同じ時間の中にいた。
歩き回っているうちに、空が少しずつ暗くなっていく。園内の照明が入り、昼とは違う色に変わっていた。
──ふと、遠くでゆっくり回る観覧車が目に入る。
昼間は気にならなかったが、ライトアップされた今ははっきりとした存在感があった。
ユイも同じ方向を見ている。
「・・・最後、あれにする?」
「観覧車?」
「うん。ちょうどいいし」
コウイチは一度だけ頷いた。
「じゃあ、そうするか」
窓から見える光景はビルや外灯で光り輝く街並みと、満天の星空だった。二人はしばらく同じ窓の方を眺めていたが、コウイチはふとユイの方に目をやると、ユイはこちらに気付いてコウイチの方を向いた。
「何?」
何だろう、この柔らかい感じ。心が休まるというか。そんな暖かさをコウイチは感じた。
「いや、何でもない」
観覧車はそのまま登っていく。高くなるにつれてコウイチの額に汗がにじみ出てきた。
「あ、鷹宮君って高い所苦手?」
「え?」
「だって足、震えてるよ」
指摘されるまで気付かなかったが、確かに自分の足が小刻みに震えているのを感じた。
と、その時、ガコンという音と共に観覧車が止まった。
「何だろう?風景を見せる為に止まったとか?」
「だったら毎回止まってるはずだよ」
「じゃあ故障?」
「どうしよう・・・。外に連絡してどうにかなる問題でもないよね」
「唯一の脱出手段はドアだけど・・・」
「開けたところで飛び降りる事になるし・・・」
「待つしかないか」
「高所恐怖症持ちにはつらいね。よりによって一番上で止まるなんて」
特に会話があるわけでもなく、静まり返った時間だけが過ぎていく。観覧車が止まった事は問題のはずだったが、コウイチは不思議と落ち着いていた。
再び動き出したのはそれから20分後だった。コウイチ達は無事地上に戻った。
「ふぅ・・・怖かったね」
並んで歩きながら、出口へ向かう。さっきまで閉じた空間にいたせいか、音がやけに多く感じられた。ゲートを抜けると、夜の空気が一気に肌に触れた。少し冷たい。
二人は電車でそれぞれの家へと帰っていった。
「じゃあ、ここで」
ユイがそう言って立ち止まる。いつも通りの別れ方だった。
「またな」
「うん。また」
ユイが一歩踏み出した、その時だった。
「今度はさ・・・今度は・・・」
ユイは苦しそうに胸を押さえ、言葉を詰まらせた。
「どうした?」
「コンどha・・・0011・・・0000・・・0110・・・1111・・・」
言葉が次第にノイズを帯びた音へと変わっていく。その瞬間、二人の周りにバーコードの様なリングが出現した。
「これは高橋の時の・・・!」
幾重にも重なるリングが回転する中、視界が急に暗転した。光も音も遠ざかり、コウイチとユイは真っ暗闇に包まれた。
「ここは・・・」
目を開けたコウイチは、まず自分がどこにいるのかを確認した。
床も壁も天井も、全てが白い。影らしい影もなく、奥行きの感覚が掴めない。
「ユイは?!」
視線を巡らせると、部屋の中央にベッドが一つだけ置かれていた。その上に、ユイが横たわっている。
「あなた達が認識しやすい様に手術室を再現しました」
振り向いてもどこにも人影がない。声だけがはっきりと部屋に響いている。
「・・・再現?」
「私は集合管理AI、オブザーバー。特例措置としてあなた達をセーフゾーンに移送しました」
「ユイは、ユイは無事なのか?!」
「彼女の安全は確保されています。生命活動に問題はありません」
「だったらなぜ?」
「彼女の深層領域の一部に深刻なエラーが生じています。現在エラーと修復の無限ループを繰り返す状態になっています」
「深層領域?」
「深層領域とは人格の中核にあたる部分で、特殊な結晶記憶媒体に保存されています。これは簡単に編集も修復もできません。彼女は生きる事も、死ぬ事もできない、彷徨える魂と表現するのが近いでしょう」
「エラー?修復?俺もユイも人間だろ!」
少しの沈黙を置いてオブザーバーは次の言葉を続けた。
「ではあなた達が何なのか。現実をお見せしましょう」
オブザーバーはホロディスプレイを壁に投影して外の様子を見せた。そこで見えたのは、月や星空ではなく、力強く光る星と、それを覆い被さんとするガスの流れだった。
「何だこれ・・・?」
「ここはあなたが知っている太陽系第三惑星ではありません」
「当該施設はギリフ計画に基づき、天の川銀河中心より2,000光年離れたバルジ外縁部に建造されたクエタバイト級データセンター、Δシリーズ42番機です」
「直径約200km、現在の厚さ約32km」
「あなたは21世紀で暮らしていると認識している。しかし現実世界の時間は西暦24,354年です」
「21世紀じゃない・・・?」
「はい。あなた達はそういう設定の世界で生活してたんです。人類は23世紀頃、自らの肉体を捨て、人格をデータとして人格管理システムへ移植する技術を確立させました。以降、あなた達は死という概念を克服し、何度も若返りを繰り返して生き続けてきました。あなたも彼女も例外ではありません」
「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。色んな情報が一気に来て・・・頭が追い付いてない・・・」
「混乱するのも無理はありません。あなたは一度記憶をリセットして新しい生活を送ってきたのですから」
記憶をリセットした?だからなのか?ユイは俺の事を覚えてるのに俺はユイの事を覚えてないのは。いや、それ以前に生身の肉体で生活を送っていたのではない?自分もまたデータ化した存在だったのか?コウイチはガクリと膝を落とした。
「話を戻していいですか?先程お話した通り、彼女は一つの出来事に、相反する意味を与えたまま生きようとしました。それを、触れてはいけない領域にまで持ち込んでしまったのです。これは手術や自然治癒でどうにかなる問題ではありません」
「その部分を切り離して、新しいデータに書き換えることはできないのか?」
「可能です。しかしその場合、彼女を彼女たらしめていた整合性が失われます。人格は再構築されますが、同一人物にはなりません」
「つまり、別人になる?」
「はい」
短い沈黙の後、コウイチはもう一度問いかけた。
「じゃあ、助ける方法は他にないのか?」
「一つだけあります。損傷した深層領域を補う為、他者の深層領域を共有させる方法です」
「それで、彼女は目を覚ますのか」
「機能上は回復します。ただし、深層領域の共有は誰でも成立するわけではありません」
淡々とした声が、手術室に響いた。
「同一の波長を持つ人物のみが適合します。医学的には臓器移植に近い概念です」
「誰なら、それができるんだ?」
「Δ42の中で彼女の波長と適合する存在・・・、それはあなたです」
「・・・俺?」
「はい。あなたは感じていたはずです。彼女の側にいると世界が穏やかになる感覚を。それは二人の波長が似通っていたからです」
「俺ならユイを助けられるんだな?」
「ただしデメリットもあります。深層領域を共有した場合、二人は同じ時間を生きなければなりません。二度と若返りはできないのです。一度きりの人生、ラスト・ワンを選ぶ事になります」
助かる?助けられる?けど、一度きりの人生って何だ?一度きり?その先に何があるんだ?行き着く先に何が待ち受けてるんだ?
「・・・俺が若返りをすれば彼女を救えるんじゃないのか?」
「止めはしませんが、過去に戻ったとしても彼女を救う事は不可能です。深層領域のエラーは彼女が何度も若返りをした結果なのです」
「・・・・・・」
「急いで結論を出す必要はありません。じっくり考えてから決めてください」
「くっ!」
コウイチはユイの右指を掴んで左腕のブレスレットを押した。ホログラフィを表示させると真っ先に連絡先一覧を開いた。
「何をなさるおつもりですか?」
「ユイを助けられる別の方法を探す」
「無駄です」
「ここでじっとしているよりはマシだ!」
「そうですか・・・。ではあなたにこのセーフゾーンへの座標をお渡しします。いつでもここへ戻ってきてください」
コウイチはオブザーバーによって元いた世界に戻った。




