ズレた日常
「データレイヤー・・・レベル12まで削除」
「年齢パラメーター・・・セット」
「表層人格・・・安定」
「身体構造・・・再構成」
「システム・・・リブート」
「ペイシェント・・・覚醒」
最初は真っ暗な空間に浮かぶ小さな光でしかなかった。それが徐々に人の形へと変わっていく。目を覚ました瞬間、暗闇が一気に自分の部屋へと変わった。
「朝か・・・」
起き上がったコウイチはキッチンに向かった。パンを頬張りながら左腕に付けているブレスレットをタップしてデジタル・ホログラフィを表示させた。今日の天気、交通情報、SNSを一通り流し見して、もう一度タップして画面を消した。
今日は入学式。ハンガーに掛けられた新品の制服を眺める。やはり制服も中学の物とは一段グレードが上がった何かを感じる。シャツに袖を通し、ネクタイを締めると、部屋のドアを開けて外に出た。
21世紀も折り返しだというのに路面は継ぎ接ぎだらけのアスファルトだし、タイヤを四つ付けた車はあいかわらず地面を走っている。満員電車は日常茶飯事、ダイヤが乱れる事もしょっちゅうだ。1世紀程前に誰かが想像したチューブの中を走る電車や空飛ぶ車は当面先だな。
初登校したコウイチ達は入学式の為に体育館に集められた。誰も聞いていないであろう校長の祝辞、生徒会長の祝辞を前に、皆ブレスレットを開いてチャットにいそしんでいる。前の席の影に隠れられるから堂々と開いているのだが、前の方に座っている奴等になるとそうもいかず、聞いているフリをしなければならない。さぞ苦労したであろう。
ここまでは典型的な学園生活の始まりだった。何かがおかしいと感じ始めたのは次の日からだった。
「はいはーい。全員ブレスレット閉じる〜。ホームルーム始めるよぉ〜」
担任である永田先生のノリの軽い呼び声から今日の一日が始まる。
「今日は転校生を紹介しま〜す」
永田は一緒に入ってきた生徒の方に手を向けた。
「清水ケンジです。趣味は筋トレです」
「変わった趣味だね〜君。せっかくだから皆に見せてよ」
皆の拍手に応える様に清水はジャケットを脱いでパンパンになった腕を披露した。
「凄え」
「まだ高一だろ。どうやったら筋肉モリモリのマッチョマンになれるんだよ?」
他の生徒とは違う疑問がコウイチの中に湧いた。どうして入学式の次の日に転校生が来るのか、と。
その疑問は数日続いた。
──本窪田リョウマです
──東山ナナミです
──入宮リオンです
一日に二人の時もあれば一人の時もある。いや、問題はそこじゃない。何日にも渡って転校生が来る事自体が、どう考えても異常だった。それを誰一人気にしていない。笑って、拍手して、席を詰めるだけだ。これが高校では常識なのか?気が付けば教室の中は机がひしめき合う状態になっていた。
一学期から二週間余りが経過した。登校して下駄箱を開けると、一枚の封筒が入っていた。中を開けてみると一通の手紙が入っていた。
──放課後、体育館の裏にて待つ
「・・・果たし状か?」
特に名前は書かれていない。これじゃどのクラスの誰なのか分からないな。放課後になれば分かるか。コウイチは手紙をジャケットのポケットにしまった。
放課後、指定された体育館裏に行ってみると、そこには想像を絶する光景が待ち受けていた。何人もの女子が並んでいて、男子と仲良く帰る者もいれば泣き出す子もいる。何の為の体育館裏なのか知らないが、これじゃ誰が呼び出したか分からないな。しばらく歩いていると、向こうから声を掛けられた。
「鷹宮君・・・だよね。私、小林カオリっていうの」
「小林さん・・・。それで俺に用ってのは?」
カオリは耳まで赤くなっている。彼女は唇を結んだままうつむいていたが、意を決した様に顔を上げた。
「私と・・・付き合って・・・ください」
コウイチは少し困惑している。入学してまだ二週間。気に入られる要素が全く感じられない。
「まぁ・・・うん」
「OKって事だよね?はぁ・・・良かった。まだ心臓がバクバク言ってるよ」
そう言いながらカオリは胸を押さえた。その時、彼女の胸に一瞬だけノイズが走った。
──翌朝
校門をくぐろうかとした時、一人の女子が後ろから追い掛けてきてコウイチの前に立ちふさがった。
「鷹宮君、だよね?」
「えっと?」
「私よ私」
「・・・振り込め詐欺か?」
「ちっがうわよ。黒瀬、黒瀬ユイ。覚えてない?天野商事で一緒だった」
「??」
「あ〜やっぱり覚えてないか〜」
「ユイ〜、行くよ〜」
「ごめ〜ん、ちょっと待って〜。じゃ、また今度」
それだけ言い残してユイと名乗る人物は校舎の中に消えていった。
「一体何だったんだ?」
天野商事・・・?会社、だよな。そんな所にいた覚えはないんだけどな。
「コウ君おはよ〜」
後ろから追い掛けてきたカオリがコウイチの腕に飛び込んできた。何か柔らかい物を押し付けられた感じがするが・・・。
「お前、そんなに胸大きかったっけ?」
「成長期だからだよ〜」
「いや、昨日とは全然違う気が・・・」
「ん〜胸が大きくなったのはいいけど、肩こっちゃうな〜。コウ君、揉んで〜」
「・・・胸をか?」
「バカ何考えてんのよ!肩よ、肩揉みなさいよ!」
コウイチは校舎に入るまでカオリの後ろで肩を揉みながら歩き続けるという何ともシュールな光景を醸し出していた。




