狂笑
初投稿です。温かい目で見ていただけたらと思います。
暗い、部屋だった。少なくとも俺の目からはそう受け取れる。その視線の先で明かりが一つ灯る。この空間に似つかわしくないその光は少しずつだが強さを増している気がする。光、否その人は最期の時に似合わない笑みを浮かべてこちらを見る。なぜ? お前を殺したのは俺なのに。なぜなんだよ! そんな顔で俺を見ないでくれ! ……明かりが消えていく。再び暗くなる部屋は、まるで俺の心を表しているかのようだった。
* * *
……んん、もう朝か。じゃあ今日も張り切っていきますか! 「私」はどこにでもいる普通の女子大学生。趣味はアイドルを推すこと! というわけで今大学をサボって地方で推し探し中! 目撃情報を昨日入手して、とんできちゃったんだよねー。なんとしても見つけて、会いに行くぞ〜! 待っててね!
二日後。結局見つからず、帰ってきました。悔しい! 次こそ見つけて会いに行くんだから!ってことで、今は彼氏と大学で授業。心なしか元気ない気がする。何かあったのかなと思っていたらちょうど彼が話しかけてきた。
「今日放課後、教室に来て。話がある」
その声はいつもより重く、棘のようなものも感じられた。やはり何か悩みがあるのだろう。そうだ!私の推しの新曲を聴かせてあげよう。あれを聴けば、きっと元気出るよね。うんうん、そうしよう! 彼氏が元気なきゃ、全国各地を飛び回れないし。早く今まで通りの彼に戻って欲しいなー、なんてことを考えながら放課後。再び教室に来ると、そこには彼氏のほか、数少ない私の友達が勢揃い。数でいうと合計六人。みんなしてどうしたのかな? そんなに深刻な相談があるのか「消えてくれないか」な……、え、?
「俺たちの前から。消えてくれ」
え、ちょ、まって、展開の速さについていけない。何を、言ってるの……?
「もうお前の趣味に付き合わされるのはうんざりなんだよ!」
な、なんで!? 今までは何も言わなかったのに! なんならお金だって自分から貸してくれてたじゃん!
「あん時はお前のこと好みで気に入られようとしてたからな。だからまさかお前がその好意を利用して毎週のように金をせがんでくるクソ女だとは思わなかったよ! そのくせして俺に対する奉仕はほとんどねぇ! お前の友達だったこいつらの方がよっぽど俺の彼女に相応しいぜ!!」
「ほんとよ。憧れの彼の彼女だったから仕方なく友達面してたけど、私ももううんざりだわ」
「私も。もう二度と話したくなーい」
「てゆーかこうなるかもって思わなかったの? そんな趣味で」
「最っ低」
「さようなら。永遠に」
人生で初めてできた友達。人生で初めてできた彼氏であったから、私の脳は中々今受けた罵声を理解しようとしてくれない。そのせいで体に理性がついていかない。今の私に残ったのは本能だけ。『死んだら、アイドルに会えない』
「今までありがとよ。そして、さようなら!」
男の小さな笑みが合図となり、六人全員がナイフを持って一斉に襲いかかる。襲われた女は一人の女からナイフを奪い取り、一人ずつ順番に躊躇いなくナイフを刺していく。残ったのは男。男は怯える。さっきまでの威勢は消え、足を震えさせながら固まっている。状況を把握しきれないのだろう。そんな中でも女は油断しない。最後に勇気を振り絞った男は虚しく散った。
我に返る。辺りを見返す。 ……思わず逃げ出し、家に三日三晩引きこもり、ようやく状況の整理だけはつけることができた。要するに、私は大切な人たちを皆殺した。もう、会えない。 今の私にはもう推しを、アイドルを追いかけることしか残っていない。だって、私はそのために生きているのだから。なんと言われようと、それだけは、やめられない。
私は今日も情報をもとにアイドルを探し、ライブ、握手会に通う生活を送っていた。推しを傍で感じることが一番幸せ。そう感じ、それ以外の全てを捨てた。そんな自分に、ついに神様が微笑んでくれたのかもしれない。
……すらりと整った男だった。それでいて凛としていて美しく、目を合わせれば吸い込まれそうなほどのカリスマ的雰囲気。私の推し、通称「キング」が、私の目の前にいた。
「なぁ、そんなとこで何してんだ?」
よりにもよって金欠で野宿していた所を見られるとは思ってなかったけれど。ついに、ついに……! 会えた、私のキング!
「…………なぁ、なんか反応したらどうだ?」
「ひゃっ! あ、えええとその、実は、私あなたの大ファンでして……」
やばいやばいテンパっちゃってる声とか絶対アガっちゃってるよどうしよー! せっかく話せる機会が得られたってのに……!
「……君、結構面白いやつだな。 なあどうだ、僕に拾われてみないか?」
「…………へ?」
「君、住む場所ないんだろ? 今なら君がだーいすきな僕と一緒に生活できるぞ。もちろん、対価はもらうけどね」
「ど、どうしよっかなー、なんて」
そんなの迷う必要ないじゃん! 緊張はするけど、そんなの関係ないし。
「よろしくお願いします!」
「いい返事だ。じゃ、荷物まとめてついてこい」
神様のおかげで私は新生活を送ることとなった。
半年が過ぎた頃。あれから私は対価として、なんとキングプロデュースのグループに入り、アイドルになることになった。新生女性アイドルグループ「クイーンズ」はメンバー最後の一枠が空いていて、デビュー直前に私が滑り込んだらしい。正確にはキングのゴリ押しらしいけど。そして私を連れてきたキングの目に狂いはなく、遅れた参戦にも関わらず今私は五人の中で一番人気の座を得ている。いぇい。
まぁそんなことはぶっちゃけどうでもよくて、今の私はとにかく幸せすぎるんです! 実はキング私に一目惚れらしくって、今推しと同棲しちゃってるんです! にひひ。毎日推しとおはようおやすみが言えるとか神すぎるよね。もうほんと大好き! ありがと今までの自分。おかげで今すごい楽しいよ!!
変化とは突然訪れる。
「いい加減にしてくれない?」
いつも通り幸せに浸りながらダンス練習をしていた休憩の時間、リーダーの女に吐かれた言葉。今回は言葉に残る棘をはっきりと感じとることができた。ようやく忘れかけていた感覚が甦っていく。
「どうしてあんたばっかり! 私の方がずっと頑張って、オーディションにも受かって、努力し続けてきたのに! あんたは何もしてないのに、あっさり抜きやがって……!」
「……」
「挙句の果て、私の大好きで憧れなキングからあんなに溺愛されて! イチャついて! ……もう我慢の限界なのよ!!!」
「……」
「もう二度と話したくない。私の前から消えて」
心が恐怖に支配されていく。あの時は耐えられたのに、再び感じると折れてしまうこの感覚、人はこれをトラウマと呼ぶのだろう。自分を傷つける人が怖い。そんな人を殺してしまいそうになる自分が恐い。本能と感情が恐怖で争い、動けない中、女は近づいてくる。その手に武器はなく、私を殺す気はみられなかった。そのままビンタを食らいそうになったとき、現れた。キングだ。
「キンー『うるさい』グ……」
一拍子遅れてキングが私を助けてくれたことに気づいた私は、女が血を流して倒れていることにも気づいた。キングは手に持っているナイフをさらに数回刺し、確実に殺していた。女に原形はもう残っていない。
「さ、戻ろう。僕たちの場所に」
何事もなかったかのように帰ろうとするキングの背中を見て、困惑、感謝、 様々な感情が湧いた。でも、恐怖の感情だけはきれいになくなっていたような気がした。
家に帰った私はキングに全てを話した。昔にも同じようなことがあり、その相手を殺したこと、トラウマが甦り動けなかったこと……。今の彼なら私が一番欲しい言葉をくれると思ったから。そしてそれは案の定だった。
「君は正しい。その行動がどうであれ、君がそれを後悔していないのなら、僕は君の全てを肯定する。むしろどんな行動もとることができるその行動力を誇れ! 僕はそんな君が好きだ」
「……えへへ。やっぱりキングはすごいな。私も大好き!」
「くっ……// ま、まぁ自分のしたいようにするのが一番だからな。僕は君に従うよ」
そう言って彼は笑った。
この日、私は生まれ変わった。
その後しばらくして「クイーンズ」は壊滅した。まぁ私が殺したからなんだけどさ。だってしょうがないじゃん。みんなしてリーダーみたいに私をいじめてきたんだから。ということで私がアイドルを辞めたら、キングもやめて私についてきてくれた。そして私たちは地方へ引っ越し、結婚して普通の生活を送ることとなった。
……私は感じだしていた。最初は気のせいかなと思ったけれど、時間が経つにつれそれは誤魔化せなくなる。
「……つまらない」
要するに「飽きた」のだ。今までずっと追ってきたものが完全に手に入ると、やっぱり面白さが消えてしまう。それにもう彼に「アイドル」の肩書きはない。私が憧れたキングはもういない。そう気づいたときには私はもう動いていた。
眠ろうとする彼を襲い、ナイフを刺す。その時の彼の行動に私は引く。
…………笑ったのだ。
抵抗するわけでもなく、文句を言うのでもなく、彼は笑った。今まで感じたことのない感覚から逃れようと、彼に灯っていく明かりを振り払おうと、私は彼を何度も刺し続けた。笑みをなくさなかった彼は最後に一言だけ告げた。
「ありがとな」
明かりが消えた。
私はおかしくなった。
もうどれだけ経っただろうか。私は再び旅をした。元々私の趣味はアイドルの追っかけだもの。でも、つまらない。もっと私の心を動かしてくれるアイドルはいないのかな。そう思い私はまた一人アイドルだった男にナイフを刺す。
……あの男の笑みが頭から離れない。そのせいで私は集中できないのだろう。誰か、私の心を溶かして。
そして、ついにその時が訪れる。
ホテルに入ってすぐだった。私をつけていたらしい男に押さえつけられ、突拍子もなく腹にナイフを突き立ててくる。
「お前が……、お前が! アイドルになったせいで! 業界は壊れた! ファンだったのに、ずっと『クイーンズ』を推してきたのに……!!」
「……」
「……あんな! ファンを裏切る行為の数々、許せない! 俺がお前を処す! 覚悟しろ、俺たちの恨み、受け取れぇ!!!」
よっぽど私のことを恨んでいるのだろう。何度も、何度も、私を苦しませようとゆっくり深々とナイフを刺してくる。それを受け私は悶え苦しみ……はしていなかった。
……笑っていた。
あぁなんだ。そうだったのね。彼は、キングは、嬉しかったんだ。自分と似た人に出会て、その人に自分を解放してもらえて。今なら分かるよ、キングの気持ち。状況こそ違えど、私も同じだもん。自分と同じ目をした人に解放してもらえる。おかげで救われたような気持ちになれる。
「……なんで、笑ってるんだよ、 なぁ。 嘘だろ……?」
やっと楽になれる。私にも明かり、灯ってるかな。あぁでも消えていくのが分かる。なんだか少し寂しい。待っててキング、今行くよ。 …あ、でもこれだけは伝えておかなくちゃ。
「お、 前、なぁ、そんなまぶしくなるなよ、 俺を……そんな目で見るなよぉ……」
「ありがとね」
「ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁーーー!!!!」
響きわたる絶叫。傍らには力を失った肉体。
狂気は笑みとなって受け継がれ、巡っていく。