酩酊猿
「ごめんなさい」
落ち着いた後、ゴシュジンは身に付けているもの全てを脱ぎ地面に並べ、裸身を晒して平伏した。最上位の降伏ポーズである。ボクも見習い武装を解除していく。あ、暴れてたせいでタムリンどのから奪っていた衣服がズタボロに。裸よりマシだろうから一礼して煩悩退散!返し、うわ、裸体より卑煩悩退散!そして共食い装備『ゴブ備え』を外し、負荷役がうんとこしょと拾ってきてくれた薪雑棒+2も再び手から離す。
「わ、見事な陽根」
「お、おと、ゴブリンじゃねぇ!?」
タムリンどのや戦士が声をあげ、後ろ2人もざわめく。陽気濃縮器が褒められた。嬉しい。そのままゴシュジンの横で土下座する。
「これなるは、私が生み出した僵尸。この子の調整の為に、女道士を拐う目的であなた方を襲撃しました」
「何と、これ程の精度で。しかし欠けた技術を別の理屈で埋めた跡が見受けられる。貴方はもしや」
「はい、あなた方、地上人で言う邪教徒でございます」
「屍星洞大王の末裔!翠玉帝の治世より最早500年、生き残っていたのか」
「駄目だ。全裸の尻2つとほとんど紐みたいな布纏った尻に目がいって話しはいってこねぇ」
「ダンジョンに適応した男子、ほ、保護せねばな」
ゴシュジンとタムリンどのが話を進めるなか、戦士や斥候役がゴニョゴニョと囁き、負荷役はタムリンどのの足に抱きついてアニジャアニジャと鳴く謎の生命体になっている。
険悪なムードの冒険者一行と思って襲撃したのに仲が良いし、さっきまで殺し合いしてたのに命を奪う気が全く無い。人間、わからん。
「錬金術師殿、貴方は誤解なされている。地上は平和になりました。冒険者の知り合いにも、錬金術師は何人もおります」
タムリンどのがゴシュジンを労る声を後頭部ごしに聞いていると、地に着けてたボクの手にタムリンどのの手が重なった。スベスベナデナデされパニックになってたらだんだんと手が機能するように!先程の死闘で無理やり陽気を引き出した反動で両手が故障していたのだけど、タムリンどのが癒してくれたようである。
「我がシュジンのおっしゃった通りですね。女道士様の偉大な道術、感服いたしました」
この雰囲気で無いとは思うが、間違ってもゴシュジンだけは殺されないよう、媚びも加えてのボクの発言である。もちろん、素直な称賛100%を加えた120パーのおべっかである。
「……?あ、そうか、タムリン殿、私の僵尸が襲撃した際、お弟子さんを庇いましたね?」
「え、はい。位置を入れ換える方術の類いです」
「我が僕よ。私が命じた『三人目の道士を拐う』という指示、果たしてくれてありがとう。しかし、御前は泥の中に潜み見えていなかっただろうが、直前まで隊列の三人目として歩いていたのはそこにおられるタムリン殿のお弟子さんだったのだ」
「……?しかし、僕が命じられたのは、女道士の誘拐でございます」
「む、むかし読み聞かせた時に質問、していたね、女人とは如何なる、ものかと」
昔というほど昔ではない。生まれて数ヶ月くらいの被造物だ。初期の頃、言葉を覚える訓練をしていたのでそれだろう。
「女人とは美しく、良い匂いのするものとお答えいただきました」
「まあ」
タムリンどのが感極まったように手で口元を押さえる。あ、なんか、口説いてるみたいになってる!?
「sis、ああ!sis」
何かゴシュジンも泣きながら抱き締めてきた!あ、コンプライアンス違反か!ダメな被造物ですまねえ!でも、対外的なやり取りとして我が僕とか我がシュジンとか言えてちょっとフラストレーションから解放されたから、そのせいなんだ。ゴシュジンがわるい!
「何と無垢な子か!主人の為にここまで体を壊し、健気に役割を果たす!」
タムリンどのも泣きながら抱き締めてきた!ふおおおおお!
「sis、この方は、タム・リン殿は男性だ」
え。
「ダンジョンは男女ともに陰陽の気を練り中道を目指す為か、中性的な見た目の者が多いのですよ」
タムリンどのが冒険者たちを指す。何か、裸の男性2名と1匹をイヤらしい目で見ている、思春期の少年が3名ほどいるのだけど、え、こっちが女性?戦士なんて服破れたままで、胸、というよりたくましい大胸筋まろびでたままだけど。
タムリンどのにはボクが無垢な童に見えているようなので都合よく甘えて、彼ら、もとい彼女ら冒険者パーティーの雰囲気が当初ギスギスしていた理由をなぜなにと問うてみたところ、
「わたくしが過保護過ぎる、と妹分たちに拗ねられてしまいまして」
と返ってきた。思春期!我がゴブリンの肉体と同じだね!
「私が、人の心の機微に疎かったか。真理を探究する錬金術師には程遠い。人攫いの外道でしかなかったようだ。この子は生まれたばかりの無垢な子なのです。私の命によって貴方を拐っただけなのです。どうか、この子だけは」
「そも、僕の肉体が異常を来さなければこのような犯行に及びませんでした。どうか僕を処分し、ゴシュジンを故郷へ」
言いきる前に、今度は戦士が抱きついてきた。男泣きに泣きながら。あ、女性だった!でも顔が男前過ぎるんよ。
「無知による罪を裁くなとは冒険娘々様の教え!そうだな大牟輪真君!」
「その通りですアートゥルーシャン。ここが故郷というならば、無理に地上へ出る必要もありません。侠客幇へは私が話を通しておきましょう。これを」
タムリンどのが木札をボクの首にかけてくれた。冷たい指先がくすぐったい。む、廃熱棒が突然隆起してタムリンどののお腹を押してしまった!欠陥被造物だと思われたらゴシュジンの格が下がる!恥ずかしい!
「しー」
すかさずタムリンどのが、人差し指を豊かな唇にあてつつ導引し、按摩で陰気を吹き込んでくれたお陰で治まった。周りから見えない位置でのご配慮、なんて素晴らしい方なのか!そして唾液のついた人差し指で木札に触れ何事か念じる。
「この木札に貴方の消息を刻みます。以降冒険者と出会しても、これを見せれば信用もされましょう。代わりに冒険者同士の不当な争いは出来なくなりますが」
「保険、という事ですか」
「賢い子。そうです。これは、貴方とその主人を守る鎖であり、オイタをしないための首輪です」
なるほど、おそらく冒険者たちと争えば神仙の力により超常の罰がくだるか、そもそも争うことが出来なくでもなるのだろう。この世のどんな保証よりも安心安全だ。何しろあの世由来だし。
「寛大なご沙汰、ありがとうございます」
「なんの。さあ、もう服をお召しになって。練達の術士どのとは言え、ここはダンジョン。落ち着きましたら後日改めて、」
「地上の方々の口に合うかはわかりませんが、その時にはダンジョン産のもてなしをご用意させていただきます」
「まあ、それは楽しみです。それでは、シスくんもまたね」
冒険者たちを引き連れタムリンどのが袋小路を離れて行く。道中の露払いを引き受けてくれたのと、ボクとゴシュジンの帰るルートを見ないためだろう。大昔にダンジョンへ逃れた一族とか言う話をしていた。ゴシュジンが不安や警戒心を抱かぬよう、タムリンどのは配慮してくれたのだ。
「sis、お家へ帰ろう」
「うん。帰ろうお兄ちゃんパパ」
ずいぶん心配させてしまった。ゴシュジンの普段の溺愛ぶりから察するに、肝が潰れ身も細る心境であるだろうに、そんな様子をまるで見せず、ただボクが無事な事に安心し、ボクを安心させようとし、平生のような振る舞いをしてくれてるのだ。
このままでは駄目だ。首にかけられた木札に触れる。冒険者とは敵対する事はなくなった。それどころか、タムリンどのに頼めば陽コンの冷却役に誰か用立てて貰い、共に冒険だって出来るだろう。ゴブリンだって思春期になれば群れを離れる。ボクも独り立ちの時がきたのだ。いつまでも造物主の庇護の中にいてはいけない。人類も、かつては神と一緒に住んでいた楽園から旅立ったそうだし。ボクも少しずつ、少しずつ、大人になる準備をしなければ。よし。
「お兄ちゃんパパ」
「なんだいsis」
「今日から、お風呂は1人で入るね☆」
ゴシュジンは無言で崩れ落ち、熱をだして三日間寝込んだ。やはり無理をさせている。早く自立せねば。




