惜敗ヌーン
戦士へと駆けながらも更に気を練る。土気を纏った薪雑棒+2、その土気から陰気を吸い取ることで五行が流転し木剋土、霊木から成る薪雑棒に枝葉を生やして木気を増幅する。ダンジョン内の偽りの生命体には凄まじい威力を発揮するこの薪雑棒霊剣モードであるが、外の生命な冒険者には只の木剣とさして変わらない。なのでここから更に五行を循環させる!
「木生火」
相克から相生へ、追加で陽気を吹き込み薪雑棒の枝葉からバチバチと石火が生じて松明とななった!陰剣たる仕込み刀と陽剣たる薪雑棒でやつの勁力を削りきってやる!
「道士確定かよっ!破ァッ!」
凡そ地上の兵器と言えるものは存在そのものが金気の塊である。ダンジョンの深層へ訪れる熟練の冒険者であれば、金気が通じないモンスターへ対抗するため、霊木や石器、陶器等で奥の手を用意しているもの、らしいが、あるいはこれ程の達人たちなら持っていたのかもしれないが、彼らはこのダンジョン内でボクを追いかけるために荷物どころか装備すら捨てている!唯一の得物を焼き斬って、それで詰みだ!
あれだけ心配していたのに、不思議と廃熱棒の隆起は感じない、代わりに、肉体が溶けていくような感触がある。中和されない陽気が、このゴブリン由来の肉体を蝕んでいるのかもしれない。なんだ、頑張れば長時間活動出来るじゃないかボク。根性が足らなかったな。
「ぎゃっ」
やはり油断ならなかった斥候役が、すかさず投じてきた礫を仕込み刀で弾きつつ、火剣薪雑棒を柳葉刀と打ち合わせる。
この戦士は剣に気を纏わせ戦う術を心得た、紛れもない達人であるが、達人でも精々がダンジョン内の陰気をも利用して身を鎧うまでが限界だ。そこから先は仙術の域に踏み込む。それでも体格差、そして当然のように剣の技量の差でボクは負ける可能性があるわけだが。
オーバーヒートで行動不能になる心配がなくなったので、更に陽気濃縮器により陽気を増やす。火剣薪雑棒の火気が増し、柳葉刀に深く食い込んだ。このまま、仕込み刀を重ねて鋏の要領で叩き折る!!
「ああにじゃぁぁぁ!」
仕込み刀の実体剣と薪雑棒の火剣、その両方が交差したまま、柳葉刀の根本で止まる。体内を巡っていた陰の気も、剣に纏っていた陽の気も、急激に弱まり大人しくなった。この感覚は覚えがある。最近は毎日、何度も受けていた。ゴシュジンが、何度もオーバーヒートするボクに行ってくれた行為。導引による中和である。
見れば斥候役の肩に担がれた、あの小柄な荷役、荷物を全て捨てているので現状は本人が荷物となっているそいつが、斥候役の両肩から短い手を伸ばし、片や陽気をボクの丹田めがけて注ぎ、片や陰気を陽コンめがけ放っていた。
(荷役ではなく、負荷役!?)
この冒険者パーティ、4人が4人とも専門家だったわけだ。
だが、何の事はない。気が減じたなら、増せばよい。息を大きく吸う。生物として呼吸する必要のないボクがするそれは導引、気を導く行為である。
「こぉぉぉぉぉ」
ダンジョンの陰気を取り込み丹田に溜め、陽コンはキュンッキュンッと唸りをあげ陽気を発する。ゴブリン由来の肉体は廃熱ができず崩壊してしまうだろうが、新人冒険者ごときに負けてしまう程度の被造物だ。仕方ない。むしろ自分を爆弾に見立て、崩壊で生じたエネルギーをぶつけてやろうそうしよう。
まず両腕を犠牲に戦士を消し飛ばす!残り二人は脚爆弾、そして歯で噛み殺す!ボクは頭さえ残ってれば、ゴシュジンは《新しいの》を作れるんだからな!
「戦ォォォォォォォ!」
「おおおおおおおお!」
こちらの覚悟から何か仕掛けると悟ったのか、戦士が気を練り上げ柳葉刀を押し込もうとしてくる。ボクは両手に陽気を集中、指先が煙を上げる中で、
「ウオオオオオオオ!sisゥゥ!ウオオオオオオオ!!」
背後にあったダンジョントラップの残骸、トロッコレールの向こう側から絶叫が聞こえてきた。ゴシュジンのあんなに大きい声を聞いたことがない。そういえばここで迎撃すると決めた時から、ゴシュジンの遠隔指示が聞こえて来なかったが、この場所に来るために隠れ家から離れていたのか!
「タム・リン殿と、おそらく敵手、計2名!早いぞ!」
斥候役がレールの存在を看破。ゴシュジンはどうやらボクが拐った、タムリンってお名前の道士さんを乗せたままのトロッコを利用してこの場所に急行したのだ。ダンジョンに詳しいゴシュジンのこと、おそらくトロッコを違法改造したのだろう。ボクが驚いている間に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったゴシュジンの顔が判別できる距離までトロッコは迫って来た。何と、何と慈悲深いのか我が造物主は。
さて、切り合いの最中にボクが後ろのトロッコ穴を観察出来る余裕が何故あったかと言えば、斥候役が声を上げた時に戦士もボクもお互い剣から手を離したからだ。更に、ボクも戦士も斥候役の方へ兵器を蹴って滑らせる。
荷役あらため負荷役は気の中和を止めむしろボクら二人に気を送り込み肉体を強化してくれた。斥候役は自身がつけていた外套を真っ二つに切り裂き、ボクらに投げて寄越した。これから何をするか、何を優先すべきか、みんなわかっていた。命をかけたやり取りを経て、ボクら4人には変な連帯感が生まれていたのだ。
「タムリンどのはいま裸だ、注意して受け止めてあげて」
「おう!擦り傷1つつけねぇよ!」
ゴブリンに偽装していたボクが急に人語を話したことを気にも止めず、戦士は身構える。斥候役が地形やゴシュジン、タムリンどの両名の位置から弾道を予測してボクらに助言。負荷役は無言で強化の強度を上げた。
「sisぅぅぅぅ!」
改造されたトロッコはブレーキなんて作動せずにレールから飛び出し、前輪が地面を噛んでつんのめり、カタパルトのように中身であるゴシュジンとタムリンどのを射出。
裂いた斥候役の外套で戦士とボクがそれぞれ大切な人を包み、己の背中をダンジョンの壁との緩衝材にして2人を守った。




