ラッシュパワー
「疾ッ」
再び戦士の踏み込み。柳葉刀で突いてくる。冒険者として新人でもこの戦士の技量は間違いなく達人だ。刃を反らす手、合気は対策されもう使えないだろう。その対策がどんな手管か探るためにちょっと駆け引きをする。
戦士の突きを避けながら踏み込むが、至近まで詰めることはせず、柳葉刀の刀身分だけ距離を縮めた後、上体を後ろに反らす。フェイントってやつだ。するとさっきまで首があった位置を刃が通り抜けて行った!満足に腕も振れないこの狭所で首を刈るだけの威力を担保できるの!?
確かにあの柳葉刀、刃幅が広く振りやすい構造をしているようだけど、ボクの肩幅ぶん位しか描ける軌道がないのに、ゴブリンの固い皮膚を裂ける力が確かにあった!フェイントかけて良かった!合気への対策が、勁力を利用される前に直ぐ斬撃に移ること、って、なんて力業な奴なんだこの戦士!
「破ァッ」
間髪入れず柳葉刀を振りまくる!この狭い空間でも刃が振れることをボクにバレたから、ならそのまま押し込んでやろうという腹積もりだろう。何でこんな覚悟決まってるのにパーティー内であんなに揉めてたんだ?人間って複雑なんだな。
刃を躱し、奥へ少しずつ後退していくボク。少しずつダンジョンの壁も狭まり、刃の振れる幅も減っていくが、それでも切れ味は落ちそうにない。徐々に袋小路、出口のない壁際へと追い込まれていく。と、冒険者たちは考えていることだろう。
「いかん!火の処!」
ダンジョンでなぜ聴勁、あるいは勁力に頼らずとも同様の事が出来る何かしらの専門家、盗賊、忍者、狩人、罠師等の斥候役が必要なのか。ダンジョンの脅威とはモンスターだけではないからだ。
冒険者たちには、ボクの背後は壁しかない様に見えているのだろう。しかし実際はダンジョンが放つ陰気と幻惑によって隠蔽されているだけで、トロッコが通るための穴と軌条が存在する。誘拐した道士を運ぶ為に利用した罠、うっかり触るとトロッコに乗せられ別の場所まで運ばれる、ダンジョンギミックである。
今はトロッコが起動して長く細い道が続くだけの穴しかないが、彼らにはその穴すら見えていない。斥候役は何か勘づいて注意を促したけど、既に発動してもぬけの殻になった罠には気を付けようもない。ボクは背中から穴へ飛び込み、彼らの視界から消える。そのまま踵を返して小走りに穴の奥へと進む。助走がつけられるだけの十分な距離を取るために。
「なっ、転移!?……切り替えていこう!再《探査》する」
斥候役は毒矢か石礫の罠でも警戒して、撃ち落とす算段だったみたいだけど、その思惑を外してやった。聴勁によりこの穴は直ぐに《看破》されるだろうけど、その前に攻める。
「ぎゃっ!」
不整地なダンジョンの床と違う、軌条を支える固い枕木の上を駆ける。その枕木の少し浮き出た角に足指を引っ掛け、通常では出せない角度まで体を前傾させ発勁、戦士目掛けて大跳躍してやった。彼らには一度、目の前から消えたゴブリンが、再度何もない空間から現れた様に見えるだろう。あるいは、そんな認識をする間もなく屍を晒すか!
「ふぁよなぁ!」
未熟者め被造物!
ボクが勝利を確信しその懐へと飛び込んだ戦士は、柳葉刀のくの字に曲がった柄頭も握り込んで両手持ちにし、胴も首も捻って刃の峰を噛み締めていた。子供が遊びで竹篦の威力を上げる時、逆の手で指を抑え込む様に!今にも飛び出しそうな刃をその歯で全力で固定している。この狭い空間で斬撃の威力を最大限上げるために全身で勁力を溜めていたのだ!
さっきまで、トロッコレールの穴むこうから見えていた戦士は、確かに驚き戸惑っていた姿をさらしていたのに!ああ、ボクもダンジョンの幻惑にやられていた!彼らがキチンと《看破》しない限りダンジョンの罠が見えないように!偽装したボクがただのゴブリンにしか見えないように!一度距離を取ってしまったボクの目には全力で待ち構えていたこの戦士の姿が見えなかった!やつはボクが逃げずに必ず仕留めにくると読んでいた、いや、期待していたんだ。何故なら、もし自分がボクの立場だったらそうするから!
何なんだコイツ!当初は肉を奪われた野良犬みたいなの目付きでこっちを見ていたのに、ちょっと刃を交えただけで往年の好敵手を見る目付きでこっちを見ている!体を捻ってるから流し目で睨み付けるような状態だけども!冒険者の思考回路!恐るべし!
「刃ぁぁぁぁ!!」
咬筋を開き、柳葉刀を解き放つ戦士!
「土生金」
ダンジョン内の陰気と中庸なる土気をかき集め、金気を強化する。そして、予め解放していた薪雑棒+2のギミック、《仕込み刀》にその金気を纏わせ刃を露出、柳葉刀にぶつけた!
ぶつかり合い、再びトロッコ穴の近くまで弾き飛ばされる。戦士の首を刈り取る為に、纏糸勁による横回転も加えた一撃を、受け太刀に使うことになろうとは!
「武芸者どころじゃねぇ。こいつは」
「ゴブリン道士、馬鹿な、そんなものが、存在するというのか」
隠す意味もないので薪雑棒+2から刃を完全に抜き放つ。仕込み刀に充ちる金気と、その鞘たる薪雑棒を包む土気、そしてボクの内側を巡る陰陽の気に、息を呑む冒険者たち。陽コンがオーバーヒートしたらおしまいなんだこっちは。お前ら腹括るんじゃないよ。怖じ気づいて逃げろよ全く。
「偉大な敵こそ我が師我が友」
戦士が何か唱えだした!?みるみる、奴の中でほんの少しだけあった怯懦、死への恐怖が雲散霧消していく。覚悟決める儀式なのだろうけど、もともと覚悟決まってたぞ!あんまり意味ないぞそれ!
「哮ぉ」
「ぎゃっっっっ!!」
あらゆる負の感情を調息のついでに吐き出し戦士が攻めに転じる、前にこちらから攻める!位置取りだとか駆け引き出来る時間はもう残されとらんのだ!保もってくれよ!ボクの廃熱棒ぉぉぉぉ!




