燃えよゴブリン
「追いかけてくるね。尊大さを見誤ったか。冒険終わりで疲弊もしている。揉めてる相手が拐われても、『清清した』とか言ってそのまま帰還すると思っていたのだけど」
遠回りや隠し通路を駆使して撒こうとするも冒険者パーティーがずっと追いかけてきてるらしい。例の荷物持ちを担ぎながら戦士と斥候役がかなりのスピードで的確に辿っているようだ。まずいな。陽気濃縮器が限界である。腹を括るしかない!
「道士を捨てよう。またいくらでも捕まえられるさ」
造物主の命令は絶対だ。だから道士を捨てた。こう、慎重にふぁさっと。
「sis?」
そしてまた担ぎ直す。いくらでも捕まえられるからね。今捕まえてみた。
「sis、大した負担じゃない。ダンジョン探索の頻度を減らして、新しい冒険者が来るまでのんびりすれば良いじゃないか」
ボクの方が小柄で、向こうの方が数が多い。ええと、こういう時はあそこの狭い通路に誘えば
「無駄なリスクを取るのは馬鹿げてる。道士を置いて帰ってきて」
匂いを辿ってるかもしれないので撹乱のために道士の服を脱がして我が身に纏い心頭滅却!ダンジョンギミックのトロッコに道士を置いて起動。トロッコが裸の、裸に靴と手袋と帽子だけの道士を運んでいく。しばらく時間を稼げるかな?ここで迎え撃ってる間にゴブリンたちに狙われちゃいそうだなあの道士さん。
「また失うのが怖いんだ」
ゴシュジンの震える声。確かに、リスクに見合わない。新人冒険者という存在がどれほどの力量か僕は知らないし。
乱戦になっても最悪勝てると踏んでご主人は計画を立てたが、予想外なことに奴らは仲違いしていた割には異様な程に仲間の道士に執着して、足手まといを背に担いでまで一丸となってボクを追って来ている。呼吸が必要な生物であり、更にはその呼吸も尋常の様には儘ならないこのダンジョン内で、ほぼほぼ全速力で追いかけて来ている。命懸けの冒険の後、というコンディションで、モンスターと遭遇するリスクも負って。
執着、執念、保身を忘れるほどの強い、危険を冒せる心。冒険心。新人冒険者がどんなに弱い存在だとしても、その心を持っているならば、あまりに危険過ぎる存在だ。だから、ゴシュジンは心配しているのだ。だが、だが、
「何処へも行き申さぬ☆」
ガーダーベルトに縫い付けたホルダーから革製の細い筒を取り出す。緊急時に飲むよう言い含められていた、陽気を封じ込めた酒精をあおる。陽気濃縮器を経ずに陽気を巡らせた。まあ、ゲームオーバーを遅らせる時間稼ぎだ。
ゴシュジンの心配はわかる、だが、じゃあ、ダンジョンの深層を目指すボクが、新人の仲違いするような冒険者ですら持っているその冒険心を持っていない様じゃ、お話しにもならないんじゃないか?
絶対に勝てない相手じゃない。油断したら負けてしまうかもしれない相手。格下に怯えて、どうしてこのまま深層、ゴシュジンを故郷へと連れていける。いや、ゴシュジンの故郷へと付いていける?
戦う能力はなくとも遁術の達人たるゴシュジンは、ボクさえいなければ一人で深層まで行けるのだ。ボクという足手まといのせいで何ヵ月も浅層にいる。あと何年だ、何十年だ!?新人冒険者以下じゃないか!あの泣き叫ぶだけだった小柄な、無力なボロの荷物持ちを笑えるものか!まだ大声を上げて助けを求めるあいつのほうが役に立つぞ!無力な被造物が!この程度、冒険の内にも入らない!腹を括れよボク!
「テメェ!その服ッ!」
冒険者達に追い付かれた。撹乱のために道士の服を拝借したけど、そうか、戦利品見せびらかしてるみたいだもんなこれ。偶然だけど、更に煽っとくか。
服の更に下に身に付けているゴブリン偽装のための、共食い装備『ゴブ具え』の面頬は、当然ながら表情を作る機能など無いが、なに、人間の主観なんて簡単に歪む。角度を変える為にちょっとアゴを下げれば、この距離ならそれだけで、口を割けんばかりにニヤリ、と笑っているように見えるだろう。
「テメェェェェェェェッ!」
「よせッ、火の処!!」
よし、挑発成功!ひとり突出した軽装戦士を迎え撃つ。天井の高さも足りないこちら側ならば、相手を制限した上でボクは自在に動ける。戦士の得物は柳葉刀。大きく反った、《切る》用途の曲刀だ。十全に扱えるものか!
背の低いボクは相棒たる薪雑棒+2を満足いく高さまで振りかぶる。軽装戦士は明らかに無茶なことに柳葉刀を突きの位にしてボクの胴体を狙うつもりだ。
「破ッ!」
発勁とともに、幅広で反りの深い片刃をこちらへ押し込んでくる戦士。リーチの長さで一方的に攻めるつもりだろうが、兵器を打ち合わせるまでもない。戦士の刀の峰に手を添えて軌道を逸らす。ゴシュジンから教わった、合気、という技術だ。手足が延びきり勁力が刃先にまで行き渡ったのを狙った。刀はダンジョンの壁に勢いよく突き刺さり、容易には抜けない。
ゴブリン偽装が効いたな。道士誘拐からこれまで、ゴブリンらしからぬ行動をしてきたが、先入観は簡単に抜けるものじゃない。このまま踏み込み、薪雑棒で滅多打ちにしてやる!
「谺ァァァァァッ」
背後で破砕音!こいつ、壁に深く刺さった刃を、運動を終え伸びきった片腕で、踏み込みも儘ならない片足で、引き戻した!
無手の右腕と刀を握る左腕でこちらを抱き潰す円を描く戦士。ボクは慌てて小さく前転、未だ深く前方に踏み込んだ戦士の左足に抱きつく。いくら小さいとは言え、装備も着込んで質量のあるボクが掴まってもびくともしない。歩武ゴブリンにも殴り勝てるんじゃないかなコイツ!
その左足の脛を発射台に見立て全身のバネで地面と並行に跳び冒険者一行と距離を取るボク。遅れてパァンッと破裂音がした。戦士の両腕と胴の鎧がぶつかった音だ!ぺ、ペシャンコになるとこだった……ッ!
「なっ、……ぎゃぎゃっ」
態勢を直しつつ戦士の全身に目を向け、そして驚愕に目を剥く。普通に言葉を発しそうになったのでゴブリンの威嚇音を真似て誤魔化す。
先ほどの、両腕サンドイッチの余りの破壊力に戦士の衣服は破けていた。布の向こうから引き締まった、鎧のような筋肉が顕になっている。そう、筋肉だ。鎧着てないこいつ!ここまでの道中で棄てているんだ。ボクを追いかけるのに、長時間走るのに、邪魔だから!命が惜しくないのかね!?
「すげぇな、オマエ。ゴブリン戦士、じゃねぇな。ゴブリン兵法家……武芸者ってとこか?」
ひと当てして冷静になったのか、内息を調え、入念に準備をする戦士。態勢を立て直す隙を、しかし見逃さなければならない。こちらから積極的に近づけば、斥候役の間合いにも踏み込むことになるからだ。ヤツの投じる一石は致命傷になるだろう予感がある。油断は出来ない。
これが、冒険者。
戦って正解だった。安全マージンをとっていたボクじゃ、このダンジョンの、いずれ何処かで詰んでいただろう。この修羅場を乗り越えて、1つ上の位階へ昇ってやる!
薪雑棒+2を捻り、そのギミックを解放する。絶対!倒す!!




