誘衒道士
思春期による陰陽バランスの崩壊によって、一回の戦闘で確実に陽気濃縮器略して陽コンはオーバーヒートするし、なんなら何もしなくても1日3~5回は勝手にオーバーヒートする。
陰の気を流し中和するゴシュジンの負担は余りにも大きく、数日でみるみる疲弊していった。そのくたびれた姿を見て儚げな未亡人、というワードが頭に浮かび、前世の記憶が少し戻った?と感動するのも束の間、陽コンがオーバーヒートしてまたゴシュジンのお手を煩わせることに。
「状況の改善を希望するよお兄ちゃんパパ☆」
「んしょ。んしょ。え?sis、今なんて」
「お兄ちゃんパパが体を壊しちゃうから、状況の改善を希望するよ☆」
「意思、意志が、う、ううう。分かったよsis、状況を改善しよう!」
オートマータが自意識を得た時の錬金術師みたいな反応だなぁ。いや、ゴシュジンは錬金術師だけども。けっこう普段から気を遣ってきたつもりなんだけど、それらはゴシュジンには機械的な返しに見えていたのか。
様々な制約の中で、何とか主従の分を弁えた行動を取ってきたつもりだったのだけど、今後はもっと妹さん寄りな言動をしていくべきだな。ゴシュジンの心身の健康が第一だ。
「冒険者を拐ってこよう」
ひとしきり喜びを噛みしめた後、ゴシュジンは陶片にメモを取り出した。なにやら次々書き記しつつ計画を話してくれる。
「陰の気は女性の方が生じやすい。特に内功が得意で荒事は比較的苦手な後衛職の冒険者ならば、誘拐も容易で目的にも合致してる」
冒険者。気配だけは察知したことがあるが出会った事はないな。危険だからと、ゴシュジンの遁術でいつも避けていた連中だ。大丈夫だろうかゴシュジン。ボクに自意識が芽生えた(とおもっている)ことに浮かれて無謀な計画立ててないよね?
「見たまえsis、新人冒険者にありがちの不仲だ。メンバーはヒーラーの重要性を理解してないし、リーダーはやりたがりが仕切ってる。狙い目だ。……権力なんて面倒臭いものなのに」
騰雲の術でダンジョンの天井付近の窪みに潜みしばらく、またしても陽コンがオーバーヒート、廃熱棒が隆起しているので按摩で導引してもらいながらゴシュジンのレクチャーを聞く。
遁術により気配を消し、眺める先にはギスギスした雰囲気の冒険者パーティー。ダンジョンから帰還する途上のようだ。先頭はリーダーらしき軽装の戦士。真ん中にはニヤニヤと笑いながら後方へ何事か言う細身の斥候役。一番後ろで縮こまるのはパーティーの生命線である術士だか道士なのだろう。確かに、この後衛の冒険者からは内息による横溢な陰陽の気が溢れている。他者の傷を癒し、ダンジョンのモンスターを一時的に無力化することすら可能だろう。
む、更に後ろに、荷物持ちだろうか?ボロを纏った小柄な奴が、件の道士の尻を下卑た目でチラチラ見つつ付き従っている。雰囲気が宜しくないな。
「復路は読めた。待ち伏せするよsis」
「YES、指示をお願いね☆」
「先頭の戦士が10歩の距離にいる。まだ待機だよ」
無線で繋がったゴシュジンから指示がくる。
凄腕の錬金術師たるゴシュジンは、ダンジョン内の状況と連動する宝貝《盤上演義盤》を所有している。今、その宝貝の盤上には彼ら冒険者とボクとを模した駒が並び、独りでに動いている事だろう。それによって隠れ家にいながらボクに的確な指示が出せるのだ。
外に持ち出せないサイズの宝貝であるためにゴシュジンは隠れ家から離れられない事、というかボクと離れる事をとても憂慮されてたけども。心情は察するよね。
いつオーバーヒートするかわからない肉体的な憂慮もある我が身だけど、現状はゴシュジンと離れていても問題ない。何故ならば
「9、まだだよ。我慢して。8、まだ、まだ、7、6」
何故、何故だろう。何か、何か、廃熱棒がむずむずする!
「もうちょっと、もうちょっとだよ。さーん。にぃー、」
……?カウントが止まった!まさか何かトラブルが?いや、訪ねるわけにはいかない。今、ゴシュジンの土遁術によって壁を泥状にしてその中に潜んでいるのだ。生物的には呼吸が必要ないボクだから出来る潜伏方法。声を出して気取られるわけにはいかないぞ。
「パーティーが揉めてる。待ってね、にぃー、にぃー、……さーん、にぃー、」
カウントがちょっと戻った!ナニ揉めて一歩下がってんだ冒険者どもめ!あ、まずい。極力行動も制限して、陰気の塊であるダンジョンの壁の中に潜んでいるのにそれでも廃熱棒がちょっとずつ出てきてる!あ、でも泥と陰気で冷やされてちょっと引っ込んだ。早く、早くカウント終わって!
「いーち、……ゼロ、」
動き出しそうになるが我慢だ!この一回目のゼロは先頭の軽装戦士、狙うは、
「ゼロ」
二回目!斥候役だ!
先頭が戦士で斥候を真ん中に配置する、というのは、ダンジョンでは別に悪手というわけでもない。とは誘拐計画中のゴシュジンの談。件のパーティーの斥候役は、筋肉の付きかたから平生は弓矢を使っている。狩猟でも生業にしているのだろう、と。
そういう手合いは聴勁に優れ、ダンジョンで鳴子役に専念させ運用すれば不意打ちにも対応しやすいのだ。普通のモンスター相手ならば。
「火生土」
ゴブリンやコウモリ、あるいは小さな虫のような、ダンジョンが生み出す仮初めの生命たち。それらは仮初めでも生命としての挙動をする。呼吸や、筋肉の動き、そこから血液循環、達人なら生体電気に神経伝達物質まで、聴勁は読み取れてしまうから通常のモンスターが待ち伏せすることは不可能だ。しかし元が死体であるボクはそれらを全て止めるか、虫のそれまで小さく出来るのだ。
優れた聴勁によって足元を掬われた斥候役めがけて我が身に纏う泥を被せる。陽気を火気に変じて注ぎその泥を乾かすと通路を完全に塞ぐ塗り壁となった。さて、斥候役を塗り壁に埋めてしまいその聴勁を封じたところで、
「ゼロ」
三人目が至近に来た!「三人目の道士を拐う」、命令どおりに!
ゴブ備えの胴鎧に指を突っ込み、貴重な霊薬を脇の下のポケットから取り出してドパッと投げつけ「陰陽豊潤な道士を眠らせる」、これもクリアー!小柄なゴブリンのボクからすれば一回り二回りも大きい生物が完全に脱力しているので運ぶのが大変かと思ったが、とても軽かった。あとふわふわで良い匂いがする。お、女の人凄いね!
「た、助けっ、兄者ー!!」
廃熱棒の隆起を感じ慌てて逃げようと前を向けば、小柄なボロが地面に転がっていた。あ、ボロと思えば人だ。荷物持ちの小柄な人間。驚いてこけたのか?ヤバい。カウントダウンやら女人やらに必死で、存在を忘れてた。廃熱棒がひゅんって引っ込む。結果オーライだ。
「兄者!兄者ー!」
仲間を呼んでる!?両手が塞がってて口封じも出来ない。そのまま逃げるしかない!
「遅れた!無事かいsis?駒が一瞬乱れた」
「作戦かんりょーだよ☆お兄ちゃんパパ!」
宝貝がトラブってたらしい。冒険者側の抵抗だろうか。ゴシュジンは新人パーティーと言っていたが、ボクごときが侮れる存在では到底ないんだな。後はゴシュジンに逃走ルートを指示してもらい、隠れ家へと向かうだけだ。遠回りして痕跡を隠すが、楽なものである。
走りながら件の道士を抱え直すと、ゆさっ、と柔らかいものにあたる。お、女の人凄い!心頭滅却心頭滅却!
「破ァッ!タム・リン!無事か!?」
「兄者ー!」
「げほっげほっ、けっきょく泥塗れかよ……。未確認の妖術だな。臭いは覚えた。辿れるけど、腹ぁ括れよ火の処」
「わーってるよ。オレサマに醜態晒させたんだ、絶対ッッッ!コロスッ!!!」




