The Beast Kid
ゴシュジンの妹の頭に、ゴブリンの雄の体を縫い付けたらしい。幸い、妹さんが産んだ個体だったので、良く馴染んだそうだ。幸いなのかな?
拐われた妹さんを見つけた時にはもう手遅れで、体は使い潰された上で食い散らかされ、頭は割られて新鮮な脳ミソをスプーンで食べられてる最中だったそうだ。体だけでなく、ミソの減った分もゴブリンから補填したため、ボクには妹さんの記憶がほとんど無かった。時間が経てば、取り戻す目もあるのだろうか?
「さあ、妹よ、今日もダンジョン探索しようか!」
「YES、陰陽機構スタンバイ」
股関に備え付けてある陽気濃縮器、略して陽コンを起動する。この陽コンに蓄えた陽気を活用し、陰の気みちるこの洞窟、ダンジョンを攻略することも、被造物たるボクに与えられた使命だ。
ここより遥か深層でひっそり暮らしていたゴシュジンに、妹さんが命を懸けて贈った剣。それがボクなのだ、と勝手に考えている。この浅層で己という剣を鍛えに鍛え、下へ下へと深く斬り込むべし。
我が秘剣薪雑棒+2を掴む。そして我が肉体には、ゴブリンの皮を剥ぎ脳ミソで鞣し骨を煮て得た膠で固めた革鎧一式、共食い装備『ゴブ具え』を瞬時に装着。ゴブリンを模した面頬を被り、妹さんの顔を隠す。遠目には唯のゴブリンとなる。
「さあ、しゅぱーつ」
「アクティブ」
隠れ家より横道を抜けてダンジョン本道へと進む。
「ぎゃっぎゃっ、ぎゃっ!と」
偽装も兼ねて、発勁にともなう発声をゴブリン風に行い、ゴブリンの頭を砕いて行く。
生まれたての当初とは異なり、複数体と遭遇しても難なく切り抜けられた。陽気をそれだけ練られる様になったのだ。
「素晴らしいよsis。そろそろ中層を試しても良いかもしれない」
ボクの意識としてはゴシュジン様の錬金術だか医術だかで生み出された被造物、のつもりなのだけど、ゴシュジン様にとってボクは、妹がちょっとした事故で記憶失ってるだけで、リハビリすればもしかして記憶も戻るし、例え戻らなくても大切な妹、なのである。
「うんッ。ボク頑張ったよー。誉めて誉めてお兄ちゃんパパ☆」
まあだから、ボクが内心でしかゴシュジン様呼びしていないのも、ゴシュジンにご主人様とか造物主様とか神様、だとか額突くと、とても悲しそうな顔をするからである。被造物として途轍もなく抵抗があったのだけど、ジョカとフッキとか、イザナミイザナギとか、ヤーマヤミーとか、兄妹神を参照し、ゴシュジンを男神、妹さんを女神と見立てて、その間から生まれのが己と定義して『お兄ちゃんパパ』と呼ばせて頂くことで何とか妥協して、容赦して貰った。
ほぼほぼゴブリン産の、足りない頭で何とか絞り出したへりくだった言い回しも、あんまり好まれないので徐々に徐々にフランクな言い回しを増やしていく予定だが、ゴシュジンの横暴にも困ったものである。
一人称のボクだって、本当は下僕従僕のボクのつもりで発しているのだ。涙ぐましい努力をする被造物を誉めて欲しい。
「強敵を感知。指示を」
「歩武ゴブリン!逃げてsis!!」
体長が一歩=約1.8メートルを優に越える足取り勇ましきゴブリン、故にその名は歩武ゴブリン、が曲がり角からゆらりと現れた。浅層では珍しいけれど、中層にはありふれたモンスター。
「YES、ルートを確保するね☆」
つまり、既に中層を目指せるボクにとって歩武ゴブリンは敵じゃないのだけど、ゴシュジンがパニクッて逃げを指示したのでその絶対遵守の命令を最大限に解釈。《逃走を確実にする》為に、邪魔な前方の敵を排除するぞ。
「木剋土」
キュンッキュンッ、と陽コンが唸りを上げ、薪雑棒+2に陽の気が満ちる。陽気は更に流転し、木気へと移り、その副作用として薪雑棒+2から青々とした葉が茂る。
ダンジョンの生物は基本的に陰の気から生まれたモンスター。特に洞窟の形をとるこの階では陰と土の気が満ちている。陽気木気で満たした武器は、ここで生まれた歩武ゴブリンには大きな弱点となるのだ。
「ぎゃっ!」
「ギャッ」
発勁。パチュ、と卵を割る様に頭蓋を叩き、一撃で仕留める。
少し前までは只のゴブリンを倒すのにすら使っていた心許ない必殺技が、今では中層のモンスターにも通用する。ボクも成長してるんだなぁ。
「陽気濃縮器が熱を持っています。冷却してください」
ボクのお口から放たれる警告。連戦によって陽コンに負荷がかかってしまったようだ。迂闊!これを心配してゴシュジンは逃げるように勧めていたのだ!
人間は、陰陽のバランスの中で生命を保つもの。しかしゴシュジンの被造物でありながら、肉体の大部分がダンジョンの雑魚モンスター由来であるボクは、陽コンによる補助がなければろくに陽気を練れないし、しかもそれの中和も出来ない。
陰気のみで生きる不完全生命体なダンジョンモンスター由来が故に、外気から少しずつ陰気を取り込むことは出来ても、それを中和に利用する機能など、人間と違い存在しないのである。
ボクの陽コンは空冷式陽コンというわけだ。通常稼働程度ならば、廃熱棒を隆起させ陰気な外気に晒してしばらく放置だ。
しかしここは非日常が続くダンジョン内。強敵との戦闘による高負荷の連続は当然オーバーヒートも頻繁に起こす。だから急速冷却のため定期的にゴシュジンに導引、按摩と吸息によって陰の気を吹き込んでもらわないといけない。
「さわさわー。さわさわー。んちゅー。ちゅっちゅ。僕が女の子だったら良かったんだけど、ごめんねぇ」
女性の方が陰の気を出しやすいらしく、そのことをご主人は言っているのだ。男性とはいえ、流石は練達の錬金術師。ゴシュジンの導引によってボクの陽コンもすっかり冷却された。
「んく、ふぅ。さあ、鎮まったしお家へ帰ろうか」
「sir、帰還します」
命の危機は常にあるが、それでもボクとゴシュジンにとっては掛け替えのない日常。いつものように探索して、いつものように少しずつ鍛えて、やがて遥か故郷、深層へ。そうやって年月を重ねていくはずだった。かつての、ゴシュジンと妹さんのように、日常を。
「ぎ、ぎぎぎ」
「どうしたの?sis」
しかし、運命とは非情である。あるいは、ゴブリン由来の呪われた肉体の性なのか、
「そんな、陽コンが!また隆起してる!」
ゴブリン由来の早熟な我が肉体は、思春期に入った。陰陽バランスは崩れに崩れ、当然、ダンジョンどころじゃなくなる。




